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199.鼠の檻に飛び込んで

 ふいに腕を引っ張られ、重い瞼をゆっくり上げれば茂みの上で目覚める。

 視界にはパスカルがいつもの気怠そうな顔で。それでいて袖に噛みつき、乱暴に引く様子にようやく意識が現実に引き戻された。


「…お前…っっ!?カミリア!ザーリーン!」


 ガバっと起き上がれば慌てて周囲を見回すが、どうやら森の中に落ちたらしい。厚い茂みのおかげで助かったとはいえ、2階から確認もせずに飛び降りたのは正気の沙汰ではなかったろう。

 見上げた先では煙が小窓から溢れているが、図書館の管理人も無能ではない。被害はともあれ、気付けばすぐに消火してくれるだろう。



 それよりも――。


「カミリアー!!ザーリーン!!どこだぁーっ!」 

「……うるさい」

「ザーリーン!?……どこだ?」


 一瞬掠めた声に振り返ったものの、辺りに人影は1つも無い。それでも彼女が寝起きに零す声量を聞き逃すはずも無く、もう1度叫ぼうとしたところで裾が何かに引っ掛かった。

 

 確認せずとも覚えのある感触に渋々見下ろし、やはりパスカルの仕業だとは気付いても、いまさら驚くには値しない。

 目が合った途端にパスカルが走りだせば、視線で追った先の茂みでピタリと止まった。


「…そこか?」


 答えを待たずに茂みをかき分け、程なく突き出た腕を乱暴に引っ張り出す。

 髪には飾りとばかりに葉がついていたが、寝起きばりの不機嫌な表情は見間違えようが無い。

 

「さいあく…」

「ハズレもハズレだったな。まぁ内容はどうあれ、義理も果たせて面倒事から手も引けたんだ。図書館もそろそろ…ほら、窓から煙も見えないし、今頃は消火されて……んっ?」

「ところでカミリアは…?」

「…上見てみろよ」


 グッと引き起こしたザーリーンに目で合図すれば、訝し気に見上げた彼女もすぐに異変に気付く。

 木の枝にぶら下がった親友に安堵半分。呆れ半分。すかさずザーリーンが魔術で枝を破壊し、素早くレマイラが受け止めた。


「おい、しっかりしろ。大丈夫か?ケガは?」

「ん~…もぅ食べられな~い」

「平気そう…」

「だったら起きろってんだよ!いつまでもグズグズしてる場合じゃねえんだ!サッサとこんな所をズラかるぞ!!」

「むにゃ~…?パスカルちゃんは!?」

「ウチらよりそいつの心配かよっ」

「でも実際どこ…?」

 

 不服そうに顔を歪めるレマイラを尻目に、辺りを見回す忙しない2人も、程なく傍に佇むパスカルを発見する。

 カミリアが撫でようとすれば、スルリと抜け。レマイラの足を登って鞄の中に戻って行った。


「…ふふふ~。やっぱりパスカルちゃんは頭いいね~」

「はいはい。みんな無事でウチも良かったよ。怪我も…してなさそうだな」

「ソーニャ様の防護魔法のおかげ…」

「どうせなら氷魔法を教えてもらえりゃ、そもそも飛び降りる必要も無かったと思うけどな」

「話し合いはお終い。移動した方が良い…」


 パンっと手を叩いたザーリーンの合図で、一行の視線は彼女へ向けられる。

 それから頭上の割れた脱出口を見上げ、遠くで聞こえるざわつきに耳をすませば、途端に現実が押し寄せて来た。

 

 “共犯”として確保される前に逃走し、建物の脇を抜けたところで正面玄関の騒ぎを一瞥。立ち止まったカミリアの手を引けば、足早にミドルバザードの雑踏へ紛れた。

 振り返る事もなく薬草店まで戻るや、すかさずボルテモアに宛てた荷を回収して、再び市場の静かな賑やかに身を投じた。

 約束の夜まで時間はまだあるが、荷を渡すだけなら1分と掛からない。合コンの騒ぎも相まって、面倒事をサッサと終わらせてしまいたかった。


「…もう図書館での騒ぎが噂になってんな。流石はミドルバザードっていうか、暇を持て余してるっていうか」

「犯人は不明っぽい…」

「あの男の子たちどうなったのかな~。ドアから出てったから大丈夫だとは思うけど~」

「女見捨てて飛び出した連中の事なんざ知るかよ…それより取り決め通り、あいつらに名前は教えてないだろうな?」


 険しい目つきで2人を見れば、コクリとザーリーンが頷く。カミリアに至っては食べてばかりで、まともに会話すら交わしてなかったらしい。

 良くも悪くも無事に終わった義理立てに嘆息を吐くも、ふいにレマイラが足を止めた。


「…ってゆーかよ。ウチ1人でも仕事はこなせるんだから、お前らは店に戻っても良くないか?」  

「言うと思った…」

「あたしも~…でもダーメっ。行くならみんなで行こ?」

  

 ザーリーンが溜息を零すや、カミリアが強引にレマイラの背中を押す。再び移動する羽目になるが、切り札にパスカルの身の安全を唱えても彼女たちは聞かない。

 彼の賢さを考えれば、むしろレマイラたちよりも生存率は高そうで。何より黒い噂を持つ男の下へ行くのに、1人で行かせるわけがない。


 あっさり失敗した交渉を引きずったまま、やがて寮棟や図書館の前に同じく開けた空間へ出た時。

 

 まるで王城とばかりの門構えが待ち受けるや、その前に佇むのは赤と青の衛士たち。チェスの駒の如く並んだ彼らは互いに睨み合い、学徒には近付き難い空気が漂っている。

 流石のカミリアも咄嗟にレマイラの背中に隠れたが、彼女の行動を咎めるように。


「――とまれっっ」


 内1人の衛兵が。あるいは2人か3人か。

 途端に左右から声が掛けられると、ザーリーンですら飛び上がった。レマイラも2度目の制止とはいえ、数の多さに流石に委縮する。

 

 それでも大人しく待てば、短い口論の末に赤と青の衛兵たちがそれぞれ歩み寄ってきた。

 二重検査とばかりにそれぞれが確認を行なうが、疚しい事など何1つ無い。ソーニャの書状を持ち、届け物も正規の薬草。

 もっとも鎮静剤だとレマイラたちが分かっていたところで、仮に毒であっても彼らに判別できる知識は無いだろう。


 強いて挙げるならパスカルの存在が気掛かりで、呼応するようにカミリアたちの視線はレマイラの鞄へ向けられる。

 滞在許可を持っているとはいえ、衛兵が果たしてどのように反応するか。ドキマギする彼女たちを尻目に、やがてバフンっ!と。上から叩きつけられた鞄は平たく潰れ、蓋を開けても中身はカラ。

 イリュージョンに2人が慌てて周囲を見回すが、“2度目”のレマイラには慣れたものだった。


「――…行って良し」


 青と赤。それぞれが発せば、滞りなく検査も終わった。

 率先して歩き出せば、なおもパスカルを探す2人も渋々ついてくる。


「…レマちゃん?」

「堂々としてろ。これ以上あいつらと関わりたくないだろ?」

「パスカル…」

「いいから胸張ってろってっ。大丈夫だから」


 衛兵の監視を通り抜けると小声で囁き合い、なおも心配する2人を引きずるように門を潜った。

 

 

 それから一行の前に現れたのは、家が3軒は収まりそうな大広間。家財は無駄とばかりに置かれず、それでもピカピカの壁や床。豪勢な装飾やシャンデリアが、格式の高さを物語っていた。


「……“エイガの間”…来るの初めてー…」

「大学長の私邸なだけあるわな。講師室があるって言っても、導師連中は部屋の間借り人みたいなもんなんだろうよ」

「しっ!誰に聞かれてるか分かんな…パスカルっ!?」


 レマイラを嗜めようとした矢先。ふいに奇声を上げたザーリーンに振り返れば、彼女の足元にパスカルがちょこんっと。

 何事も無いように佇めば、カミリアたちが二言目を発する前に、スルスルとレマイラの足を登っていく。


 そのまま鞄の中に潜り込めば、慣れたレマイラはサッサと移動。雑務を早く終わらすべく、背後の2人の足音を聞きながら前進した。

 

 向かった先は正面に佇む女神像――と少なくともソーニャからは聞いている。

 パッと見はローブを着た女にしか見えないが、彼女の指示に従えばザーリーンが1歩前へ。

 2人に先行して進めば、取り出した書状をグッと差し向けた。


「“鍵を回さば門は開く。ザーリーン・マルミコスに命じるは、導師ボルテモア・ランドスケープなり”」


 彼女なりの精一杯の声音のつもりなのだろうが、レマイラたちの声量に比べればまだまだ小さい。

 それでも像が突如光れば、横の壁が溶けるように。ゆっくり消えて無くなり、ぽっかり開いた通路が奥へ続く。


 互いに見合わせれば無言で頷き、足並みを揃えると意を決して歩き出した。


 まるで魔王城に挑むような気持ちであったが、ただ荷物を届けに行くだけで、それ以上でも以下でもない。

 ソーニャからも別の指示を出されているわけでもなく、今回の仕事は接触を図るためのきっかけ作りに過ぎないだろう。 


 時折すれ違う巡回兵たちに睨まれつつ、表札を見ながら荷主を探すが、流石に名前順で並んでいるわけではない。


「…ぼ…ぼ、ぼ~」


 カミリアが本でも探すように。指を差しながら導師たちの名に目を通すが、じっくり見る必要など無い。

 違えば違う。合ってれば反応するだろう自分の無意識に丸投げし、やがて該当する名を見つければ、予想通り足が先に動いてくれた。

 

 いまだ手前の部屋を見ていたカミリアも引っ張り、扉の前に来たところでコンコンっと。


「ちわーっす。ソーニャ準導師様からのお届け物でーす」

「…出前じゃないんだから、もっとこう…」

「似たようなもんだろ?ちわーっす!!ソーニャ準導師様からお届け物でーす!ボルテモア・ランドスケープ準導師にお荷物でーす!」

「全然出てくれないね~」

「やっぱり早く来すぎたかも…」

「3度目の正直だ。それでダメなら出直して…また店でも開くか?」

「いっそパスカルを講師室に戻してもいいかも…」

「あー、それでソーニャ準導師に仕事押し付けられて、夜になるのを待つのもアリか……どうしたカミリア?」

「……ドアノブ。ちょっと降りてるな~って」

  

 留守が前提で話していた時分。カミリアの指摘を追えば、確かにドアノブが半分ほど不自然に下がっている。

 鍵が掛かっていないのは一目瞭然だが、警戒心よりも好奇心が。そして何よりも荷を届けるという簡単な仕事を終わらせるべく、レマイラが取っ手に手を掛けた。


「…ボルテモア準導師ー。お届け…――っ」


 恐る恐る開いたつもりが、突如押し出されるように扉が開くと、黒い影が足元に倒れ込んだ。

 思わず後退しても躱し切れず、膝へ埋もれるように倒れた人物を見下ろせば、まずはローブが目に入る。同じ大学従事者ならば着ていて当然だが、なぜわざわざそんな事を確認したのか。



 ひとえに背中から突き出た、ナイフの柄が瞬時にレマイラたちの生気を奪ったからだろう。


「だ、大丈夫か!?おいっ!」


 咄嗟に揺らすが反応は無く、すぐさまカミリアたちは回復魔法を唱えた。だが詠唱中にレマイラが制止するや、グッと身体を持ち上げた拍子に、首に刺さったナイフが彼女たちの目にも映る。


 素人目にも死んでいる事は明白で、もはや手の施しようも無い。呆然とする中、ふいにカミリアがハンカチを取り出してレマイラの頬を拭う。

 ハッと我に返れば手も身体も返り血に染まり、ひとまず死体を退けると深い溜息を吐いた。


「…こいつが荷主…で合ってるのか?カミリア」

「ふぇ!?え、あ…うん。ボルテモア準導師様で合ってるけど…どうしちゃったんだろ」

「そんな事より荷物置いて衛兵呼ぼう…」

「だな。サッサとしないと面倒な事になっ――」


 血と災いの臭いに顔を歪め、早々に退散しようとした矢先だった。


 ふいに怒鳴り声が廊下中に轟き、振り向いた先から衛兵が走ってきた。

 普通ならば呼ぶ手間が省けたと。あるいは事件の発生に際して安堵すべきはずが、大学における異常性が彼女たちの血を凍りつかせる。


 質問に応じる前に威圧的に怒鳴られ、声に集まってきた衛兵が寄って来れば、もはや誰に質問されているのかも分からない。

 青と赤。男に女。混乱する中で乱暴に身体を右往左往と振り回され、ようやく一段落ついた頃には魔術封じの首輪を嵌められていた。


 混乱の中で現場から瞬く間に離されるが、届け物も証拠品として押収される中。レマイラが剥ぎ取られた鞄は、中身がまるで空っぽのようにはためいていた。

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