表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/269

019.マルガレーテ探索

 マルガレーテの町。

 そこには木造建ての家屋が並び、恐らく切り開いた土地の木材だけを使用したのだろう。


 商店などは無く、鉄製の道具は鍋くらいのもので、それ以外はすべて木製。

 服装もオシャレの概念はなく、山賊も一目で略奪品の無さに引き返すような辺鄙な町。



 ただ一概に何も無い、と言い切れないのは地平線にそびえ立つ、いくつもの巨大な樹木が圧倒的な存在感を放っていたから。

 樹齢何千何万年とも分からぬ佇まいは雄大であったものの、根本まで近付けば、奇妙な事に丸い扉がそれぞれについていた。


 まるで人の住まいのような窓。

 そして樹木ごとに前庭が施され、その内の1本。

 または1軒の樹木の傍に生えた小さな木の周りで、リゼとコニーが果実を収穫する姿が見受けられた。



「はい、落とすよコニー…どう?カゴに入った、って何ムクれてんのさ」

「…トリノアシノセを採って来ても「ありがとう」も「お疲れ様」の一言もなし。明日も早いからもう寝ろって言われて、翌朝一番でやることが果実採り。これのどこが魔法使いの修行になるってのよ!」


 果実を握った片手をジッと見つめていたかと思えば、乱暴にカゴの中へ放り込む。

 その様子を眺めたリゼは溜息を吐き、またかと呟きながら次の作物に手を伸ばす。


「先生の雑務をこなすのも修行の内なんだよ、きっと…多分」

「でもザクセンとカルアはもう魔法を覚え始めてんのよ?この前も手から火を出してたし。アタシらがやってるような事やってないじゃん!先生先生って呼ばされてるけど、偉そうに命令ばっかして…本当は教える才能がないんじゃないかってのっ。どうせならミケランジェロ先生の弟子になりたかったなぁ~。あ~やってらんないっ!」

「…そんな事言ってるとまた先生に“修行の話をよそで勝手にするな”って怒られて地下に閉じ込められるよ。あの時は食べられるんじゃないかって本気で思ったし、もしかしたら……この前の仮説の話だけどさ。本当はボクらが魔法使いになれる素養がなくて、先生も困ってるのかも」

「そんなこと絶っ対ないし!アタシたちも修行すればきっと大魔法使いになれるもん!その証拠に…ほら来た!」


 憤怒から一変。

 嬉しそうに手を振るコニーの視線の先で、1羽のフクロウが飛来する。

 突き立ったシャベルの柄に止まり、すかさずカゴを漁れば果実を1つ差し出す。


 嘴の先にグイっと出されても、フクロウが驚く様子はない。

 首を左右に傾けたのち、首を伸ばして無警戒についばんでいく。


 その姿を破顔しながら見ていたコニーは、ソッと頭に手を乗せた。


「みてみて!撫でさせてくれるよ!やっぱりアタシには魔法使いの素質があるんだってば!!」

「…フクロウの頭を撫でられるのが魔法使いになれる条件なの?」

「バッカねー。おとぎ話にも出てくるでしょ?いい魔法使いってのは動物だって従えっちゃうのよ。アタシたちに才覚がある前触れかも!」

「面識のない野生動物に懐かれるとか破滅の前兆でしかない気がしてならないんだけど。不気味だとか思わない?普通」

「…アンタさ。昔っから“希望の光”って言うと“風前の灯火”って返すわよね。この前は“奇跡”を“怪奇現象”とか呼んでたし。そんなんで人生楽しい?」

「堅実なだけだよ…兄妹でこうも違うと本当に同じ親から生まれたのか疑いたくなるね」

「ちょっと、今キョウダイって言った時どっちのニュアンスで言った?“姉弟”が正しいんだからね!」

「もうどっちでもいいよ…それより早く戻らないとまた先生に叱られるよ」


 スルッと木から滑り降りたリゼはフクロウを一瞥するが、近寄ろうとはしない。

 遠巻きに見つめるだけで、踵を返すとそのまま樹木の家へ走っていく。

 彼を見送ったコニーは「姉弟の風上にもおけない」と首を振りつつ、もう1度フクロウの頭を撫でた。

 別れを惜しみながらも、足早にリゼの後を追う。



 扉が閉まり、残されたフクロウも彼らが去った方向をジッと眺める。

 それから首を180度回転させ、周囲の様子を確認。

 やがて勢いよく飛び立てば、巨大な樹木の群生から離れて森の中を通り過ぎていく。


 程なく木造の町並みが見え、手前の茂みに急降下。

 勢いを保ったまま突入し、小刻みに揺れると葉っぱを頭に乗せた黒猫が姿を現した。


 黒い毛並みは太陽に照り映え、尾を揺らしながら怪訝そうに首を振れば、邪魔な葉をサッサと振るい落とす。

 それから町へ悠然と進み、表通りを歩いていくが、誰も注意を向けてくることはない。

 

 もっともそれは調査をしている側にも言えることで、見回したところで特筆すべき事柄も無かった。

 

 家。

 住人。

 日常生活。

 1回で十分見飽きる光景でも、すかさず窓枠に飛び乗っては室内を覗き込む。


 時に台所の食料が視界に入ろうと目も暮れない。

 そっぽを向いて次の家へ向かうが、ふいに顔を上げた黒猫が虚空を眺めだす。


〈…手掛かりなし、か……てっきり町に着いたらカミサマから話があるもんだとばかり思ってたけど、呼んでも相変わらず返事はないし、自力で探せってことなのかな〉

【やはり喰らった方が早い】

〈ダメだっての!ハッキリ言っとくけど、この猫だってフクロウの姿をした私らに襲われた時の姿がいまだに頭から離れないんだからな!!百歩譲ってチンピラでもいれば止めないんだけど…〉


 心中で聞こえた溜息を合図にウーフニールが動き出し、別の窓枠へ飛びつく。

 再び家の中を覗き込むも、ガラスには猫とは思えない訝し気な表情が映し出されている。

 


 しかし視線の先にあるのは、自らの姿ではない。

 背後に映った平穏すぎる光景に、ウーフニールですら違和感を覚えたようだ。


 道行く人々は朗らかな笑顔を浮かべ、互いに挨拶を交わしながら作業に手をつけている。

 困っていれば近くの人間が寄って手を貸す。

 古き良き田舎の光景とも呼べる相互ほう助の関係に、隠居をするにはこれほど適した環境はないだろう。



 一方で魂が抜かれた様相は、まるで人の動きを真似る案山子のようで。

 必要に迫られない限り、1泊する事も戸惑われた。


〈…敵情視察の経験はあっても、密偵は初めてだからな。これほどむず痒い心境になるもんだとは知らなかった。サッサと何とかって本を見つけ…〉

【アルカナの巻物】

〈ソイツを早く見つけて町を離れよう…しかし処分しろってのはあまり穏やかじゃないよな。町に何かあるとも思えないし、そうなると怪しいのは巨木の家なんだろうけど、先生って呼ばれてる連中がそこに住んでて…そもそも町と魔術師共は一体どんな関係なんだ?交流があるようにも見えなかったぞ〉

【この町には魔術師と弟子の文化が根付いている。親元を離れた幼体が弟子入りし、一人前の魔術師になれば世に送り出される。雇用先で得た金は魔術師を介して支払われ、薬や必需品。必要な時に必要な物が町へ供給される】

〈…何で知ってるんだ?この町に来てから誰もそんな話はしてないし、聞いた覚えもないんだけどな〉

【この現身の記憶にあった】

〈動物は人間の言葉を理解できないはずじゃなかったのか?〉

【理解できずとも言葉や景色は記憶している。ゆえにほかの獣を喰らおうとしたが、貴様に止められて歩き回る羽目に遭っている。そもそも小娘たちを見張る意味はあるのか】

〈それは私のお節介のせいで、妙な勘違いを起こさせた罪悪感が否めないから、ってのもあるけど…一応町に着けたのはあの子たちのおかげだしな。仮に助ける事があればあと1回、ってところだ〉


 会話しつつも順調に町を巡回し、一通り見終えると民家を離れていく。

 いっそ住人へ聞き込み出来れば良いが、アデランテの姿では注目を浴びる。

 


 ネコとフクロウの二重生活。

 当分は人間の姿に戻れないものの、特に不都合は感じなかった。

 馬車の助手席に座る観光気分を味わいつつ、ウーフニールに負けじと注意を払った。

 

 老人。

 男衆。

 赤子を抱く母。

 当たり障りのない世間話。


 会話に堂々と耳を傾けても、道端に座る猫が聞いているとは夢にも思わないだろう。


 警戒されるでもなく、構われるでもなく。

 生活を謳歌する住人たちに密着。

 もとい監視する密偵業には、時折眠気すら覚える。

 

 見飽きた光景に一刻も早くオーベロンの依頼を終わらせたいが、ふとアデランテに違和感がよぎる。


 住人に対する印象とはまた違う、町としての傾向。

 喉で閊えている発想にやきもきするや、いつの間にか町外れの河原に到着していた。


 透き通った川を魚が気持ちよさそうに泳ぎ、屈んだ黒猫は水面に舌先をチロチロと水につける。


 暖かい日差しの中を動き回るのは、無形の怪物といえど喉が渇くのか。

 思わずほくそ笑んでしまい、心地よい空間にまた癒しを覚える。

 都会を嫌って隠居する人々の気持ちを理解した刹那、アデランテの思考に走った電流が悲鳴となって轟く。


〈あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁあーーー!!??〉


 突然の事に驚いた黒猫はバランスを崩し、そのまま川の中へ落下。

 魚も跳ねて逃げ出し、緩やかな川の流れが一瞬妨げられてしまう。



 やがて陸へ這い上がったウーフニールは、ネコらしく体を震わせた。

 うんざりした様子でその場に座り込み、ジッと虚空を睨みつける。


【何を騒いでいる】

〈分かったぞ!この町に来てからずっと変だと思ってたけど、ようやく分かったんだ!〉

【何がだ】

〈子供がいないんだよ!町を見て回っても、こんな町外れに来ても、どッッこにもッ〉

【…樹木に集う幼体は違うのか】

〈それでも4人だけだろ。町の規模はそれなりにあるんだ。いくら辺境って言っても、子供が町のどこにもいないのは不自然だ〉


 平穏な町並み。

 だからこそ子供が伸び伸びと街道を走り回り、健やかに成長できるはず。


 そのはずが遊具はおろか、町に来てから1度もはしゃぎ声を聞いていない。

 樹木の家を一通り覗いても、一帯に住まう子供は“先生”が従える弟子4人だけ。


〈――…この町。何かおかしいぞ〉


 平穏とは裏腹に漂う異様な気配に、町の捜索を早々に打ち切らせる。

 樹木の家を徹底的に調べるようアデランテが提案すれば、反論する声はない。

 その場でフクロウに変化したウーフニールが翼を広げ、コニーたちの下へ飛び立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ