198.ロマンスは熱いうちに
裸の付き合いから一夜明け、ソーニャの依頼も午後からとなった。それまでは自由時間かと思えば、いつも通り薬草店の経営に励むよう命じられる。
「――…またのご利用を」
言い慣れた文句に嘆息を吐き、レマイラが見回せば治癒師ばりに働くカミリアと、奥で事務作業を続けるザーリーンが映る。
「…ソーニャ準導師からの講義が無かったら、完全な雑務当番だな」
嘆息の次は溜息を。それから持て余した自由時間にグッパッと手を広げれば、体内で増幅された魔力が感じられる。
心なしか身体も軽いが、先日の薬草風呂が効いているのか。それとも久方ぶりに暴れて気分が晴れたのか。
完敗したとはいえ。挙句にいまだ頬や身体の節々に大きな絆創膏を貼っているとはいえ、不覚にも“今”が一番充実していた。
「またのご利用を」
呪文よりも多く唱える文言をまた呟き、また1人客を見送っていく。最近はアーザーから学徒へも客層が広がり、支払いのルールは依然変わらない。
金で物を言わせない商売に下層民が集まり、時折物珍しさで集まる一団もいるが、多くの女子学徒は去り際の“おまけ”に惹き付けられていた。
「ありがとーございまーす……また来るからね~」
最初の一言はレマイラに向けられ、それから伸ばされた手は受付に座る“パスカル”に乗せられる。
相変わらず愛想の1つも見せないが、撫でられるだけでも客には十分らしい。ジト目にも破顔で応え、名残惜しそうに去って行けば、次の客が同じように身体へ触れる。
“あらいぐま薬草店”の名に恥じないマスコットぶりだが、彼が表に出ているのも、ひとえにソーニャによる指示に他ならない。
――店名にあやかって売り上げに作用するか調査しろ。
そう言われた時には、すでに書類も用意されてパスカルの正式な滞在が認められていた。
生き物の持ち込みを禁止されている手前、愛玩動物の存在が新規の顧客を呼び、大人しく撫でられる様がまた常連を生む。
「ママにも教えてあげないとね~」
集客の手法を日々学ぶカミリアの目は妖しく光り、ザーリーンも口では話さないが、明らかにカルアレロスからソーニャに傾向しつつある。
順調に毒されている2人を見て、自分だけは変わるまいと。2人の最後の砦であろうと決意したのは良いが、あるいは日頃から反抗慣れしているせいか。単純に素直になれないだけなのかもしれない。
暇を持て余した手でパスカルを無意識に撫でると、すでに自分も毒されている気がして、深い溜息を零した刹那。
ふと顔を上げると見覚えのある男が雑踏をかき分け、真っすぐレマイラに向かってきた。
「おいーっす、レマイラ!商売は順調みたいだな。紹介しといて何だけど、うまくいったようで良かったよ…そのケガどうした?」
「…うっさい。何の用だ」
「おいおいおい、随分辛辣だなー。こっちはお前の要求を呑むのに必死こいてたってのに…」
「要求?……あっ」
久方ぶりに会った学友に疑問符が浮かんだ矢先、まるで闇取引とばかりに差し出された食券に記憶が甦る。
トドメに“講義の出席権3科目分”を囁かれ、完全に忘れていた取引に。ソーニャ準導師の助手となった今、そのどちらも意味を為さない貢ぎ物に、顔色が徐々に青ざめていく。
「ザーリーン!ちょっくら受付変わってくれ!」
慌てて声を掛ければ、最初こそ彼女も訝し気に見つけてくる。それでも文句を言わず交代するや、筆休めとばかりにパスカルを撫で始めた。
その間に学友を店の路地へ呼び出し、戸惑う彼をよそにグッと胸倉を掴んで引き寄せた。
「…今から再交渉は出来ないか?」
「……はぁ!?そりゃねーだろうよ!」
「しーっ!声がデカいっ」
「仕事がうまくいったからって、俺はもうお払い箱かよっ。そりゃソーニャ準導師様の助手の真似事が嫌だから押し付けたってのはあっけど、交渉はとっくに成立してたろ!?」
「別に破棄するって話をしてんじゃなくて、最悪ウチだけの参加に出来ないかって聞いてるんだ。まだ2人には話してねえし、1対1で日にちを分けてってな具合に…」
「もうセッティングは終わってるし、カミリアちゃんとザーリーンさんが来るもんだと思ってたから、3対3でもう組んじまったんだよ…レマイラの条件を満たすのに俺らも必死こいて。合コンの日にちも延ばしに延ばしてようやく全部揃ったってのに…そりゃねえぜ」
肩を落とした彼は隠さずに深い溜息を零すが、決してレマイラへの当てつけではないだろう。
彼を始めとした“貧民会”が必死に働き、食券を集めた事も出席権の確保に奔走したろう事は、助手になる前のレマイラも苦労はよく知っている。
アライグマ騒動や講義の合併の当てつけで無理難題を押し付けた罪悪感も拭えず、互いに気まずい沈黙が流れた。
「…1つだけ条件を聞いてくれんなら、3対3でやってやる」
「この状況でまだ条件付けかよ……まぁ、御入用はなんでしょうかね。レマイラ様」
「難しい話じゃねえよ。時間の指定はこっちでやるって事だ。確か前払いが済み次第決行、って話だったもんな…やるなら今すぐだ」
「……いま?」
「すぐっ」
唐突に次ぐ唐突な要求に流石の学友も面食らったらしい。だが彼の首が“恩人”で繋がっているように、レマイラの後ろ盾には悪い意味で準導師がいる。
ボルテモアの仕事が今夜中と決まり、それすらどうなるか分からないなら、即決行以外の選択肢は無い。
むしろ無事に戻ってきた矢先に合コンなど、それこそ回避したかった。
「……魔法立図書館の2階奥。小説、夜の運び手シリーズの棚の前で10分後に集まってくれ」
「…ロナポでか?あそこは会話禁止だろ?」
「使われてない倉庫があるんだよ。色んな伝手で知った情報だから秘密にしといてくれ」
零しかけた溜息を呑み込んだ彼は、早々に路地を離れるとレマイラもまた店へ戻った。
最後の客を捌くと有無を言わせずに店を閉め、驚く2人に振り返れば極まりが悪そうに。頭を掻きながら“決定事項”を呟けば、予想通りザーリーンは呆れ顔。
そして思い描いたようにカミリアは“お茶会”に備えて茶葉の選択を始める。
その間に納得していないザーリーンへ玉の輿の可能性を示唆するが、今の彼女は学術的興味へ傾いている。
渋々会話の切り口を変えれば、相手が曲がりなりにもソーニャ準導師の取次をした間柄である事。合コンの件は助手の任命で忘れていた旨を素直に伝えれば、あっさり承認が降りた。
納得したわけではなく、レマイラの立場を考慮しての判断だろう。そういった彼女の察しの良さや気配りには毎度感謝してもしきれない。
「――でも、だからってアライグマを合コンに連れてくか?」
レマイラの告白から1分は経ったか。店を離れた一行は早速図書館へ向かうが、カミリアは茶葉を。ザーリーンは手ぶら。
そしてパスカルをいつもの如く、レマイラがポーチにしまって運んでいた。
「置いてけない…」
「急がないとなら、講師室に戻ってる時間ないもんね~。帰ったら帰ったでソーニャ様に捕まっちゃうかもだし」
「そりゃ~…まぁそうだな」
反論しようとしたところで口を閉ざし、ボルテモアの一件とは別に仕事を吹っかけてくる姿が難なく浮かぶ。
仮にそうでなかったとしても、わざわざパスカルを落として、また図書館まで移動するのも手間。石像の如く大人しい彼を信じ、諦め混じりに歩き続ければ程なく目的地へ着く。
衛士が槍で地面を突けば扉が開き、暗いトンネルを潜れば厳粛な図書館に訪れる。
相変わらず辛気臭い空気は苦手だが、受付や他の学徒の横を過ぎたところで、各々魔法陣を使って2階に到達。
ザーリーンに案内される形で進めば、やがて目当ての棚を見つける。
「ここ…?」
「ってウチは聞いてるけど」
辺りを見回しても誰もおらず、もう2分過ぎたら去ってしまいたくなる空気に。ザーリーンに至っては読書に耽りそうな空気に溜息を零した時。
ふいに本棚が動き出し、誰が触れるわけでもなく独りでに床を滑っていく。その裏に隠されていた扉が露わになり、直後に開かれると中から学友が姿を現した。
レマイラを捉えるとへらへら笑い、カミリアたちには調子よく頭を下げて3人を中へ案内する。
「扉を開ける呪文は教えとくから、後は皆さんで寛いでってくれ。食べ物も飲み物も用意してあっからよろしくっ……あっ、それとくれぐれもこの部屋のことは…」
――バタンっ。
危うく彼の顔を挟む勢いで閉ざせば、溜息を吐いて2人に振り返る。
「…ま、あいつも言ってたし来る時も話したけど、気楽に適当にやってくれ。準導師の仕事までの息抜きだと思って」
溜息を零すレマイラの心中を察してか。カミリアが頭を撫でる間も、視線は鞄へと注がれる。
蓋をソッと開けば迷惑そうに小さな顔が上げられ、相も変わらぬふてぶてしさに大丈夫だろうと。先日の薬草風呂も相まって、香りの良い彼から目を背ければ、いざ倉庫の奥へ入っていく。
古びたカーテンはかつて仕切りに使われていたのだろうが、やがて廃れた本棚を過ぎたあたりで“廃屋”の二文字がよぎった刹那。
「ようこそ淑女諸君。我々の出会いを長引かせたかと思えば急に会いたいだなんて、男心のくすぐり方を分かってるじゃないか」
奥へ辿り着くや否やカーテンも暗色に変わり、絨毯や子供大の枕が置かれた空間に思わず驚いてしまう。光源もロウソクだけで、“宴”を中心に3人の男子学徒が座っている。
1人は両手を広げて歓迎を。1人は気怠そうに。そして最後の1人は我慢できなかったのか、すでにお菓子に手を付け始めている。
それぞれ外見は中の中。ザーリーンと無言で打ち合わせれば、レマイラは話しかけてきた最初の男の下へ。恐らくリーダー格と思われるが、同時に合コンの首謀者でもある。
自ら撒いた種を回収するように隣へ座れば、2人目の傍にザーリーンが。そして残るつまみ食い男にカミリアが着く。
「おほん。諸君、長らく互いに待った事だと思うが、こうして今日…」
「挨拶はいらない。そんな事される身分でもないしな」
「単刀直入で良いね。では各々乾杯だ」
1人でグラスを掲げ、1人で口をつけたリーダー格の視線を独り占めしたところで、会は自然と始まった。
「それで?君は何のために大学へ入ったんだい?ちなみに余計なお世話かもしれないが、顔や手を覆う負傷痕にはグッとくる物があるね。そこらの化粧をする女より余程色気が…」
お菓子に手を伸ばした所で、ふいに声を掛けられた。もちろん無視を決め込んで一頻り食べ、勿体付けたように返答しても、相手が怒る気配は無い。
レマイラが女だからか。それとも一帯の雰囲気に酔っているのか。
少なくとも紳士を気取っていても、目のギラつきは大抵の男がザーリーンに向ける物と遜色がない。
「――それで大抵の物は手に入るもんでね。暇を持て余して、今は学生の身に扮していると言ったところか。まぁ何か欲しい物があれば、いくらでも言ってくれたまえ。好きな時に好きな物を買ってやろう」
「…別にお前の金ってわけじゃないんだろ?よく平然と使ってられるな」
「親の金は子のためにある。そして僕もまたいずれは稼いで、余った莫大な金が僕の子のために使われる。簡単だろ?」
「ウチの考え方に反するな」
「そのために人間は会話し、互いをより良く知る術を身に着けているんだ。植物学で学んだ“クスリ”を売って稼ぐ方が性に合っているのなら、なおさら話し合うべきだとは思わないか?」
いけしゃあしゃあと述べる相手に、カチンときたのも束の間。以前のレマイラなら容赦なく拳を振るっていたろうが、植物学に赴任してからは随分毒気が抜けたものだと。
それこそ草のように落ち着いた自分に辟易し、握っていた拳をソッと開いた。
ソーニャにボロボロにされたプライドも手伝い、植物学の名誉を守る気概も無ければ、そもそも自身がよくカミリアに掛けていた言葉でもあった。
それをヘラヘラ笑って躱していたのか、彼女の秀才ゆえか。天然か。
いずれにしても後で謝ろうと心に誓い、チラっと一瞥すれば当人は相も変わらず呑気顔。会話よりも食事会の様相を呈し、不覚にもお似合いのカップルに見えてしまう。
一方でザーリーンの方はレマイラよりも芳しく無いらしい。相手の男があの手この手で話しかけても、目を合わせているだけで不機嫌なのは丸分かり。
恐らく失言でもされたのだろうが、2人に問題が無いのであれば、あとはレマイラの方をうまく処理するだけ。
稚拙な宴も女子会とは比較しようも無く、サッサと会話を収容してお開きにすべく、無意識にポーチに触れた時だった。
「…ん?」
「どうかしたかな?」
「いや、何でもない……ふぅー…」
それまでの強気な姿勢が途端に霧散し、雰囲気の変化に相手も驚いた事だろう。
もっともレマイラの鞄にも同じ事象が発生しており、アライグマでパンパンだった中身が今やスカスカ。後ろ手に隙間から探っても成果は無い。
悟られないよう、それとなく周囲を見回すが光源はロウソクだけ。奥は暗がりに包まれ、古くなった備品だらけの倉庫で果たして見つける事が出来るのか。
個人的にはパスカルの行方に興味は無い。それでも準導師が滞在許可まで出した手前、このまま放っておけば管理不届きを責められるだろう。
「……何やら心許ないようだな。そんな素敵な君にはプレゼントをあげよう。それで少しは乾いた心を癒したまえ」
何が“そんな”なのか。余裕を幾ばくか失う中、キラリと差し出された物を思わず受け取れば、レマイラには無縁の装飾品。
ザーリーンですら食指が湧きそうにないが、シンプルなデザインは嫌いではない。成金の割には質素な贈り物に驚くも、ふいに蓋が開けば中は殻。
代わりに刻まれていたのは短い一文。
「……“いつまでも、どこにいても幸せでいてね”…なんだコレ?」
パッと読み上げて相手を訝し気に見つめれば、固まった表情に同じく驚いてしまう。まるで中身を知らなかったような様相に増々顔をしかめ、ようやく我に返った男が極まりが悪そうに腕を伸ばす。
仮に価値のある物でも返すつもりだったため、特に気にする事なく。スッと男に手渡した瞬間だった。
ふいに黒い影が2人の間に割って入り、男は悲鳴を。レマイラはたじろいだが、姿こそ捉えずとも正体は自ずと把握していた。
だが追いかける間もなく。
「――…きゃっ!?」
カミリアの悲鳴で思わず動きを止めれば、驚いた拍子に男がグラスを落としたらしい。その拍子にロウソクが弾かれ、絨毯に勢いよく燃え広がりつつあった。
もっとも慌てるにはまだ早く、飲み物でも水魔法でも簡単に鎮火できたろう。床が焦げる事は致し方ないが、サッサと去ってしまえば犯人が分かるはずも無い。
しかし慌てた男が咄嗟に風魔法を唱えるや、炎はさらに燃え広がった。
「バッ、お前何してやがんだ!サッサと消火して…っ」
レマイラの咄嗟の怒号も虚しく、会はとっくにお開き。ローブの裾にまで引火した男たちは、迷わず出口へ向かった。
途中で振りまいた火の粉はカーテンにまで飛び火し、すでに言い訳のしようがない状況にまで陥っていた。
「……わぉ」
「落ち着いてる場合かよ!?もう氷魔法でも使わねえとキッツいぜっ」
「でも杖が無いとこの規模は~…」
「くっ…ザーリーン!」
「無理…」
辛うじて水魔法を発動していたが、植物に水を与えるのとでは訳が違う。
文字通りの焼け石に水。触れた所でたちまち蒸気となって、黒煙に呑み込まれていく。
喉や目を襲う痛みに堪え、絶たれた退路を睨んでも結果が振るうはずも無い。
3人で固まれば徐々に背後へ下がり、苦し紛れに冷感魔法を唱えて熱を軽減こそしても、流石に炎そのものまでは防げないだろう。
「――…お前ら、先に謝っとく」
「…なにが?」
「合コンの事もだけど、ほとんどは薬草の事でカミリアをバカにし続けてたこと。この集まりが終わったら謝るつもりだった…本当にすまない」
「…あはっ。あたしはそんなこと気にした事ないよ~。レマちゃんとあたしの仲だも~ん」
「合コンの件はワンチャン玉の輿あったから、参加は私の自己責任。謝られる筋合い無い…」
「そうか…うぉぁあっ!?」
互いに身を寄せ合っていたのも束の間。ふいにレマイラの生足を撫でた手触りに奇声を上げれば、飛び退いた途端にカミリアたちから離れる。
驚くあまりに煙を吸ってしまったが、ローブの下に潜んでいたパスカルの存在に憎しみ半分。一方で癒され半分で肩を落とせば、カミリアが慌てて抱きかかえようとした。
しかし軽やかに避けるや、壁際に走りだしてピタリと。それから振り返って座る仕草に、レマイラは当然ながら、カミリアでさえ既視感を覚える。
唯一ザーリーンだけは置いてけぼりだったが、途端に彼女の手を掴めば全員が走りだし、パスカルの後を追っていく。
やがて部屋の角へ辿り着けば、床の近くに設置された小窓を見つけ、人1人なら辛うじて抜けられる幅に目が七色に輝いた。
「…換気用かな~?」
第一声を上げたカミリアに、ザーリーンともども意見が一致した。
直ちに小窓を破壊すれば、強引にカミリアを攫って足から外へ突き出す。不意打ちも相まって滑り出しは良かったが、ふいに引っ掛かれば途端に危機感が再来した。
「くっ…そぉ…このっ、お前また胸がデカくなったのか!?」
「ちがうもん!太っただけだもん!痛い痛い痛いっ!」
「お風呂でも思ったけど胸が太ってる…」
「やっぱり前言撤回だ!変なクスリばっか扱ってっからデカくなってんだろ!?いい加減認めろ!!」
「ちがうってば~…イタ~いっ」
強引に頭を押してもうまくいかず、最終的には胸を潰すように通せば、涙声と共にカミリアは消えた。
暗黙の了解で次はザーリーンが通り、問題なくすり抜けた事に、今頃は反対側で自己嫌悪に陥っているだろう。
「よし…おい、パスカ…っ!」
振り向こうとした間際、足元をすり抜けた影が窓を飛び出せば、それ以上の言葉は不要だった。
黒煙が蔓延する部屋に長居も無用で、すぐに足から通していけば、外気が下半身に纏わりつく。
2人を押し出した手前、いまさら怯えるのも馬鹿らしい話だが、ふとよぎった現実逃避に思わず言葉を洩らした。
「…カラスと一緒で光り物が好きなんかな」
走馬灯の如くよぎったのは、アミュレットを奪取した黒い影。パスカル以外には考えられないが、普段一切動じない彼を動かした衝動は何だったのか。
そのまま思考に耽る事も出来たが、頬にチリつく熱気や、すぐ傍まで迫った炎に気付いた時。
もはや思考によぎったのは、自分の身の安全と脱出先で待つ2人の事だけだった。