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196.特別授業

「は~い。次の方~」


 客が1人ズレると、間延びしたカミリアの声に反応して次の客が受付に来る。

 その間に最初の客に処方された薬草を計り売りし、代金を滞りなく受け取れるなら幸いだったろう。


 行列とまではいかないが、新規開店から日数が経過した頃には、客が入れ替わり立ち代わり訪れるようになった。

 “店主”としては喜ばしい事なのかもしれないが、客の大半はアーザー層。

 それもカミリアが“アーザー価格”で提供するため、口コミと共に店の評判が広まったらしい。



 商品の減額はもちろんの事。時折物々交換が持ち出される事もあり、支払いに関しては商売人のカミリアが独断で決行。

 少なくともソーニャ準導師から口出しが無いため、交渉事は全て彼女に一任している。


 その間もレマイラは商品の受け渡しと在庫の確認。

 ザーリーンは奥で帳簿付けや事務処理を行ない、黙々と店の経営を裏で支えている。

 経営術もまた大学の外で役立つとは聞いているが、このままミドルバザードで働き続ける勢いに、客の対応を終えると同時に溜息を吐いた。


「レマちゃんお疲れさま~」

「…薬草を渡してるだけだから、疲れるも何も無いっての…大体“あらいぐま薬草店”って何だよ!客が看板見る度に、何だアレって首傾げてくんだぞ?」

「会心の出来…」

「お前も順調に毒されやがってっ」

「でも何でも治りそうな響きしな~い?あたしは凄く好きだな~。“レマザリカミの薬剤店”も良かったんだけど~」

「へいへい、ウチも“あらいぐま薬草店”の名前で良いから、サッサと仕事に戻りな。ほれ、常連がコッチに向かってきてんぞ」


 再び溜息を零しながら強引に話題を逸らせば、店に向かって来るのは初日最初の客。


 “メイクス”と名乗るアーザーの青年は、父親や友人のための薬草を度々買いに来るが、恐らく口コミを広めた張本人だろう。

 カミリアと会う度に雑談を長々と交わし、人懐っこい性格からも何となく伝わってくる。

 

 おかげで彼が金を貯め、アーザーの区画で“船上雑貨店”を開く夢を持っている事さえ知っていた。



 これ以上個人情報を聞かされても困るのだが、彼もまたカミリア同様に“やり手”の商売人だった。

 

「カミリア姐さんにとびっきりのネタがあんだよ。そいつで1つどうだい?」

「キャッチコピーは~?」

「大グラウンドに突如魔物現る!講義中の生徒の運命や如何に!?――で、どうよ?」 


 両手を広げながら語る様は役者のようであったが、彼の交渉材料はもっぱら“情報”。

 興味深い噂と引き換えに薬草を提供する事で、ソーニャ準導師の課題もひとまずはこなせている。


 もっとも出鱈目な作り話を真に受けるわけにもいかず、必然的に選定の目も厳しくなった。


「…それならウチらも知ってる、っつーか生徒なら皆噂してるよ。魔晶石学に出席した連中は全員無事で、おまけに雇われた護衛が1人で活躍したって眉唾話だろ?魔物が襲ってきたのはともかく、魔物学を受講してる連中の話じゃ、1人で倒せるわけねえって話だぜ」

「へっへっへー。噂が流れてんのはオイラだって知ってんよ。それにプラスちょいと面白れぇ話をだな……てなわけで薬草をおまけして貰えないか?」

「う~ん、お話を聞いてからかな~」

「姐さんを信用してねえわけじゃねえけど、聞き逃げされたくないネタなんだよ。むしろ姐さんだから言える話ってゆうか、バレたらまずいかもって感じでよぉ…」

「じゃあ1日分おまけして~、面白そうな話だったら2日分追加でどう~?」

「そこにもう2つおまけは?」

「じゃあ最初の1日分は無しかな~。またのご来店を~」

「わかったわかったって。まったく姐さんには敵わねえわな…」


 さしものメイクスも、カミリアの交渉術の前では無力らしい。

 しかし項垂れていたのも束の間、ふいに顔を上げれば周囲を見回して誰もいない事を確認する。


 それから顔を寄せれば、小声で話し出す様子にレマイラはおろか、奥で耳を澄ませていたザーリーンでさえ身体を傾けていた。


「…実はよ。最近になってボルテモアって準導師が怪しいなんて噂がオイラたちの間で…って言っても2、3人とか何だけどな。とにかくソイツがヤバい事企んでるってよく話してんだ」

「誰だそれ?」

「植物学の先生だよ~。1回だけ講義に出たけど、その後は全~然だね~」

「……で、そいつが怪しいってのは?」


 カミリアの辛辣な評価を自ずと理解したところで、さらにメイクスの話に耳を傾ける。

 聴衆の反応に気を良くしたのか。再び見回した彼は、身を屈めて一層声を潜めた。


「そいつの護衛がさ。よくアーザー連中と話してる所を見たって噂が絶えないんだよ」

「…護衛なんてウチもよくバイトの時に話すし、それくらい普通なんじゃねえの?何なら導師連中に絡まれる事だってあるぜ?」

「オイラだって生徒様様にはよく話すっての!ただその相手ってのがアーザーでも、とびきりヤバい連中って言うかさ。ほら、爪弾き者の中でも要注意人物っているだろ?」


 怪訝な表情で話すメイクスから視線を切れば、まず最初にザーリーンと目が合う。

 互いに無言で会話を交わし、やがて2人の瞳は自然とカミリアへと向けられる。

 

 幸い彼女は話に夢中で“秘密の対談”に気付いていないが、その間も話題は“裏地区”の無法者について語られていた。


 密輸密造が当たり前で、暴力の行使も日常茶飯事。

 誰にも従わず、獣のような彼らの中でも比較的まともに振る舞える輩が大学内に潜入するが、そういった時はまず真っ当な仕事をする事はない。

 そんな一団を相手にしている護衛を見たと。アーザーでは噂こそしているが、裏地区には誰も関わりたくない。


 だが大学側から見れば裏地区の住人も、メイクスも。アーザーの区画に住んでいる事から区別されるはずもなかった。

 ゆえに万が一何かあれば“連帯責任”や風評被害の餌食になるため、誰もが余計に口を閉ざす。

 限られた人物しか知らない極秘情報である事を強調する彼の顔は、話が終わりに近付くにつれて悪くなっていった。


「…で、薬草2日分の話には十分だったか?」 

 

 一瞬の沈黙の末、ようやく話題のきっかけを思い出すが、カミリアはレマイラに。

 レマイラはザーリーンに視線を向け、無言の淑女決議が始まる。



 裏地区などと言われても、まずアーザーの区画に行った試しが無く。またこの先も行きたいとは思えない。

 それでも冗談やガセネタには聞こえない気迫に、ザーリーンの目はメイクスに向いているが、筆は報告書に走らせている。


 瞬く間に決議が終われば報酬を約束通りに払い、さらに血行に良い茶葉も付け足しておいた。

 ホクホク顔の彼も去り際に“情報の慎重な取り扱い”を忠告して、颯爽と雑踏に去って行った。

 

「……今の話、何か思った事はあるか?」

 

 程よい売り上げに颯爽と店を閉め、誰にも聞かれる心配が無くなったところで、机に腰かけたレマイラが問いかける。


 撤収準備をしていたカミリアも作業を止め、報告書を書き上げたザーリーンもゆっくり顔を上げた。


「襲ってきた魔物の話…?」

「魔物を持ち込めたって事はデミトリアが関わってる…って別の子も言ってたよね~」

「大学外の転移魔法を掻い潜る方法があるって言うなら、アーザーだけでも出来るだろうけどな…その報告書。本当に提出すんのか?」


 レマイラの鋭い眼差しにつられ、カミリアの視線もまたザーリーンへ向けられる。


 デミトリアの区画に住まう身としては、面倒事を避けたいのが山々であり、そして彼女たちの雇い主ソーニャ準導師もまた在籍していた。

 同時に不穏な噂を持つ“ボルテモア”もまたデミトリアにいるはずで、メイクスの告げた“慎重な取り扱い”に重い沈黙が流れる。


 しかし帳簿を閉じたザーリーンが立ち上がり、サッサと撤収する事を告げれば、残る2人も黙って彼女の後についていく。


 

――情報の有用性を判断するな。全て報告しろ。


 

 準導師の依頼が脳裏によぎり、諦めと共に現状を渋々受け入れる他なかった。

 何よりも一介の学徒が報告したところで、罰則を受けるわけでも、すぐに解雇されるわけでもないだろう。


 仮に解放されたのなら、その時はまた寮に戻って元の生活基盤を築くだけ。

 アライグマも“景観”として講師室に置いていき、マイナス面など何1つ無い。

 

 十分に自分を納得させたところでデミトリアの区画に踏み入れ、慣れた足取りで準導師の下へ向かう。

 


 扉を抜けた瞬間に熱気と茂みに襲われるが、慣れた様子で呪文を唱えれば、途端に火照った身体も冷めていく。

 そのまま部屋の奥へ入って行けば、まず誰が。正確には“どっち”が準導師に報告するか相談し、解放された方は晴れてカミリアと控室へ移動できる。


 いっそジャンケンで決めるか互いに目で牽制し合っていたものの、ふと足を止めたカミリアにつられ、レマイラたちも静止した。

 何事かと彼女の視線を辿れば、開けた前方の空間に準導師が佇み、普段ならば迷わず彼女に近付いていたろう。



 しかし今のソーニャ準導師は、本棚の横で読書中。

 その傍の机ではアライグマが座り込み、まるで魔女の館を彷彿させる光景に思わず息を呑む。

 洗練された眼差しで彼女が文字を追う様子も神秘的に見え、“知識の探求者”を思い浮かべた矢先。


 ギロっ――といつもの鋭い視線を向けられ、バタンっと本がキビキビ閉じられる。

 

「何か報告する事でもあるのかね」


 直後に告げられた問いにまた鼓動が跳ね、心を読まれた気がしたのも錯覚ではないだろう。

 咄嗟にカミリアが心臓を隠すように手で覆い、ザーリーンも珍しく戸惑ったように視線を向けてくる。


 だが元より報告するつもりだった手前、単純にジャンケンの手間が省けただけ。

 すかさずレマイラが魔物の襲撃について話し、やや間を置いてボルテモアの噂を零せば、あとは報告書にまとめてあるとだけ告げる。

 段取りとしてはコレで彼女から解放され、控室での待機か別の仕事を任される手筈だった。



 ところがザーリーンから報告書を受け取った準導師は、目も通さずに懐へしまうと杖で床を突いた。


 途端に鬱蒼とした茂みは平坦になり、グラウンドと見紛う空間にレマイラたちも目を瞬かせる。


「それでは実践訓練を始める。手加減はするつもりだが、薬草で多少の負傷も治せる事を考えれば、少しばかり乱暴にやっても問題ないだろう」

「……はっ?」

「返事はハイかイイエだ」


 ゴンっと。

 ふいに鈍い音が響くや、杖先がレマイラの頭に振り下ろされていた。

 まさかの“教育的指導”に頭を抑えていたが、すでに実践訓練は始まっているのだろう。


 キッと彼女を睨みつけたものの、準導師は杖を肩に担ぐだけで、むしろレマイラの反応に呆れているようだった。


「どうかしたのかね」

「…ひとまず急に何なんすか!本当にっ」

「言ったはずだ。実践訓練を行なう、と。魔物が襲撃するまでに治安が悪化したならば、護身術の1つや2つは覚えるべきだろう。もっとも教えるのは苦手なので、身体で覚えてもらう事にはなるが」

「ウチらの身を心配してくださっていたとは知らなかったね」

「前にも言ったが助手にコロコロ変わられても迷惑なんだ。それに君たち程度の魔術でどうこうなる部屋でもない。安心して実戦に励むと良い……杖を使うのはフェアでは無いな」


 呆然とする助手たちの視線も意に介さず、颯爽とアライグマがいる机に杖を立て掛ければ、悠々とソーニャは中央へ戻ってくる。

 とても“実践”を始める雰囲気には見えず、むしろ普段と全く様相は変わっていない。


 だからこそカミリアとザーリーンは戸惑っていたが、ブツブツ呟いていたレマイラだけは違った。

 

 杖の一撃を受けた時点で講義が始まっているなら、もはや奇襲も何も無いだろう。

 直後に腕を伸ばせば、掌から炎の槍がソーニャへ真っすぐ向かい、みるみる迫っていくが彼女は一切動かない。

 そのまま直撃すると爆炎が巻き起こされるが、轟々と立ち昇る黒煙にカミリアたちはもちろん。放ったレマイラさえ唖然とし、ぎこちなく互いを見合った。


「……そ、ソーニャ…準導師…さま?」


 恐る恐る声を掛けてみるが、相変わらず返事は無い。

 不安がいよいよ現実味を帯びてくるも、煙の中から突如レマイラたちを電流が襲えば、その場に為す術もなく倒れ込んだ。

 暗転しかけた思考に“雷魔法”の一語が浮かぶが、顔を上げれば黒煙からソーニャが悠々と現れた。


 爆炎で服や肌が多少煤けていたものの、負傷そのものは全く負っていない。


「ふむ。最低限の防御魔法で何処まで防げるか試してみたが、まだまだ改善の余地はありそうだな」


 ポツリと告げられた言葉は、もちろん助手たちに向けられたものではないだろう。かと言って雷魔法を浴びせた彼女たちを心配する素振りも見せず、悠然とレマイラの傍に佇んだ。

 早くしろとばかりの様相に、グッと足に力を入れて立ち上がったのも束の間。


 直後に横っ面を殴られ、大きく傾いた身体を踏ん張れば、反射的にソーニャを殴り返していた。

 立場も忘れた渾身の一撃であったが、頬にめり込ませたレマイラの手応えに反して、彼女は1歩後ろに仰け反っただけ。


「…威力は大幅に低減。衝撃までは吸収できないか」


 またポツリと告げた刹那、腹部を打ち上げるように膝を叩き込まれ、たまらずよろけたレマイラの顔を再び殴りつけた。


「レマちゃん!!?」


 カミリアの悲鳴が上がった直後、仲間の危機にようやくスイッチが入ったのだろう。ザーリーンともども手を向ければ、それぞれ風と炎魔法を放って容赦なくソーニャに浴びせた。


 もちろん彼女は効かないとばかりに佇んでいたが、レマイラの一撃に比べれば、だいぶ摩耗させられたらしい。

 幾らか怯んだようにも見えた矢先、すぐに周囲に伸びた茂みが鞭となって2人を襲う。


 仲間のピンチにすぐさまレマイラは飛び掛かるが、放った拳はソーニャの頬で止まる。顔に指先がめり込む感触はあったはずが、ふいに肺の空気が押し出されるや、身体が宙に浮いてしまう。


 必然的に視線は下へ向けられ、ソーニャに鋭いボディーブローを入れられたらしい。

 その続きとばかりに顎へ一撃入れられ、再び腹部に深々と拳を打ち込まれて地面に転がされた。



 かつてないダメージに呼気は荒げられるが、ザーリーンたちも鞭の罠から脱出したらしい。

 すぐに反撃に出ればソーニャはやはり躱さず、正面から攻撃を受けるとすぐにカウンターを発動する。


 不可解な講義にレマイラは増々困惑するが、仲間の悲鳴を聞いて地面に這いつくばっていられる程、呑気な性格もしていなかった。

 即座に立ち上がれば魔術を放ち、効かないと分かっているからこそ肉弾戦も挑む。

 

 そして予想通りあっけなく返り討ちにされ、短い休憩を挟んですぐに攻勢に出る。



 そんな彼女らの姿は、さながら砂時計をひっくり返し続けているようで。時折流れ弾を躱すウーフニールは、静かに部屋の片隅で乱痴気騒ぎを傍観していた。

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