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190.実戦式肝試し

 大学の寮棟が唯一繋がる先はミドルバザードだけ。講義へ向かう際は魔法陣を通り、それ以外は市場を経由しなければならない。

 

 ゆえに入口を閉ざせば、学徒は謂わば袋の鼠。生殺与奪権を管理者に握られたも同然だが、不思議と扉に鍵は掛けられていない。

 夜間外出禁止を謳いながらも、ミドルバザードへの出入りは事実上自由だった。

  

 それも全ては学徒の“従属”を試すため。そして規則を破る“無法の芽”を刈り取るため。 

 一方で抜け目の無い実力者を育てる“裏”教育とも囁かれていたが、やむを得ず外出する学徒にそんなものは関係無い。


 ぽっかり空いたミドルバザードの天井が夜空を映し、おかげで一帯は松明いらず。実は投影魔法ではないかとも噂されているが、カミリアたちの視線は常に前へ。

 進む道にだけ向けられ、ミドルバザードの影に隠れながら慎重に進路を覗いた。


「……カミリア。どうだ様子は」


 首を伸ばしていたレマイラは振り返らず、傍に屈む友へ声を掛ける。カミリアの手元には掌に収まる水晶が輝き、仄かな明かりをぼんやり放っていた。

 周囲の魔力を感知するアイテムで、付近一帯の警戒も怠らない。


「う~ん…たぶん大丈夫じゃないかな~」

「おいおい、しっかりしてくれよ?こういう時こそ非戦闘員ってのは役に立つんだから」

「…衛士の人たちと戦ったりしないよね?」

「なに当たり前の事言ってんだ…あと確認したのは衛士だけじゃなくて、タヌキの事もだよっ」


 気迫の籠もった小声に押され、慌てて鞄を覗けばアライグマと目が合った。迷惑そうに顔を上げ、もしかすれば惰眠を邪魔したのかもしれない。

 幸い暴れる様子は無く、あるいは人慣れしているのか。そもそも拾ってから威嚇の1つもされていない。

 このまま大人しくしてくれるなら。衛兵にも出会わなければ、元居た場所に戻してやれるだろう。


 最低でも寮棟から十分距離を置くようザーリーンのお達しも出ているが、当の本人は明日の“魔晶石学”に向けて、今頃はとっくに寝ているかもしれない。


「…ったく。ザーリーンの奴、1人だけ楽しやがって」

「……本当にごめんね」

「お前のせいじゃないっての。そうじゃなくって、あの野郎…普段から講義以外じゃテコでも部屋から出ないだろ?おかげで動き回るのはいつもウチらだっ」

「ははっ。お風呂も濡れタオルで済ますくらいだもんね~」

「それにあいつの買い物だろ?あいつの昼飯だろ?あいつのっ……3人部屋にしてもらった時、適当に“条件付け”を聞き流すんじゃなかったな」  

「あたしはレマちゃんと一緒の部屋になれて嬉しかったけどな~。ザーリんもいて、3人でずっといれたらな~って」

「…その話は無事に戻ってからしようぜ…っっ隠れろ!」


 視界の端に捉えた陰影が動き、カミリアの頭を押さえ込めば商品棚の下に引っ込む。程なく足音まで聞こえれば、水晶に2人分の魔力反応が近付いていた。

 唐突に緊迫した空気にレマイラは友を。カミリアは獣を抱え込み、息を殺して遠ざかるのを待った。


 衣擦れすらハッキリ聞こえ始めた最中、レマイラたち以外の声が耳に届く。


「――で、昼間の騒動で結局何人捕まえたんだ?」

「聞いてるだけで15人。それも罪状は“騒ぎを扇動した共犯者”ですって。ホント馬鹿げてるわ」

「陣営の点数稼ぎに奔走してるんだろうが、醜態を晒してるって事に気付いてないのが驚きだわな。どうせ大学長候補様の耳にも、我ら衛士の活躍なんて届いてないって言うのに」

「ほーんと…父さんに言われてなかったら、衛士なんてとっくに辞めてるわ。むしろ大学出て無難な生活送ってたわね」

「おれなんか衛士長や先輩の命令だけじゃなくて、嫁までコキ使ってくるんだぜ?所属する陣営まで指図されるし、それこそ大学を出る十分な理由だっての」

「…ま、愚痴を零せる衛士と見回り出来るだけマシなんじゃない?」

「ははっ、違えねぇ――」


 2人分の魔術光ともども衛士は去って行き、会話に夢中なおかげか。おざなりな監視を躱したところで、再び移動を開始する。

 目指す先は残念ながら“ゴミ箱”。失われた食券とアライグマを交換し、早々に撤退できれば上々だろう。

 このまま見回りが手薄なら、風呂と就寝の時間も十分取れるかもしれない。


 だが店舗の影を順調に縫っていた矢先、ふいにレマイラの足が止まった。


「ところで鞄を何処で落としたか覚えてるよな?」

「…へっ?」

「えっ……ほら、ゴミ捨て場の場所をさ。そもそも落とした記憶自体あるか?」

「それはあるけど~…でもレマちゃんが覚えてるかなって。前を歩いてくれてたし…」

「お前が遅っ……見回りを警戒するので、毎回追い越してるだけだっての!」

「ごめんね遅くて…」

「だぁ泣くな泣くなっ。それにタヌキと水晶抱えてんだから、遅くなるのも仕方ないだろ?ウチが短気ってのもあるし、それよりも…」


 それよりも目的地は何処なのか。ぐずるカミリアに後ろ髪を引かれつつ、キョロキョロ周囲を見回す。

 夜空が照らすと言っても、一帯が暗闇に包まれている事は変わらない。昼間とは様相もまるで異なり、すでに迷宮へ飛び込んだ心境に陥っている。


 下手をすれば寮に戻れるかも怪しいが、食券を諦めて撤退するわけにもいかなかった。

 腹が減っては講義に参加できず、何よりカミリアが罪悪感で押し潰されてしまう。

 

 グッと溜息を堪え、必死に記憶を辿っていた刹那――。


「きゃっ!?」


 小さな悲鳴に鼓動が飛び跳ね、反射的にカミリアへ振り返る。水晶を落とさないよう胸に抱えた彼女は、一方で手を。

 視線を地面へ向け、否が応でも追えば黒い影が見えた。すぐにアライグマだと気付いたが、慌てたのも一瞬だけ。

 少なくとも目的は1つ果たし、厄介事が自ら去ってくれた。あとはゴミ箱の位置さえ思い出せれば、全てが上手くいく。


 幾分か気持ちも落ち着いたところで、肩を落とすカミリアの背中を擦った。

 それから我が子を見送るように。晴れ晴れとした気分でアライグマを眺めていたが、期待に反して獣は動かない。

 これまでに同じく、ジッと2人を見返す様は剥製と言われても信じたろう。


「…アライグマちゃん?」


 呆然としていた隙を付かれ、ふいにカミリアが這うように獣へ近付いていく。咄嗟に止めようとしたが、幸いアライグマから離れて行ってくれた。

 だが走った先で立ち止まれば、再び踵を返してその場に座り込む。まるで“追え”とばかりの訴えに、カミリアは自然と。

 レマイラも不安を覚えつつ、辺りを警戒しながら付き従った。

 

 するとアライグマは腰を上げ、先導するように前を歩き出す。当然のように追うカミリアはともかく、何故自分まで追っているのか。

 漠然と覚えた疑問に、レマイラも溜息を隠せない。



 目的地が分からないとはいえ、獣に案内を委ねるなど正気の沙汰では無いだろう。いっそ思い切って撤退し、記憶を洗ってから朝一で挑戦する方が得策。

 そう何度も自身に言い聞かせるが、レマイラの口から告げられる事は無い。その原因の1つは馬鹿げていながらも、忘れていた童心が足を動かすから。

 そして何よりも影へ潜り込み、間近に迫っても動かない“彼”に首を傾げた直後。

 

 衛兵の足音に全身が硬直し、息を殺して通り過ぎるのを待った。迫る度にバクバク心臓が早打つが、幸い音は外まで漏れていない。

 その証拠に衛兵は去って行き、すかさずアライグマが進み出せば、休む間もなく移動を再開した。


 おかげで水晶を使う必要も無く、もはや“彼”の判断を疑う余地も無い。ただ愚直に後を追い、“合図”に従って衛兵の巡回をやり過ごす。

 人間の尊厳も全てかなぐり捨て、導かれるがまま行動していた矢先。ふと行軍が終わった場所は、影も無い開けた空間だった。

 無防備な環境に戸惑いを隠せず、それでもアライグマは堂々と地面に佇む。


 まるで我が家へ招待するように、ゴミ箱の傍でドッカリと。


「…お、お邪魔しま~す…」


 カミリアも同じ心境に陥ったのだろう。恐る恐るゴミ箱へ近付けば、浮浪者のように中を漁り出した。

 昼間に訪れなくて正解だったと思う絵面を眺めるも、すぐに視線は周囲へ。それからアライグマへ移し、カミリアを観察している様子を盗み見る。

 

 思う所は星の数ほどあったが、恐らく住処へ戻ってきたのだろう。レマイラたちを引き連れたのも、犬が“宝物”を見せる行為に他ならない。

  

 もっとも合理的な結論に1人頷いていた時。ふいにアライグマの顔が向けられ、咄嗟に視線を逸らした。

 後ろめたい事など無いはずが、何故自分は“逃げた”のか。

 

「…あったぁ~~!」


 浮かび上がった疑問も、間延びしたカミリアの声で良くも悪くも中断される。直後に彼女の口を塞ぎ、指を1本当てれば十分意図が伝わったのだろう。

 コクコク頷くカミリアが抱える魔晶石を奪い取り、明かりを直ちに消した。


 握られた食券も優しく奪い、すぐさま枚数を確認するが欠損は無い。安堵と共にその場で崩れそうになったが、ようやく折り返し地点に到達しただけ。

 そのままカミリアの手を取れば、すぐに元来た道を戻っていった。


「あっ、アライグマちゃんアリガト~ぉ」


 小声であれ、近くにいれば十分聞こえる声量を訝しむように睨むが、彼女の視線はアライグマにのみ向けられている。


 空いた手を小さく振った先では、今だ案内人が座ったまま動く気配は無い。ますます彼の住処である根拠が裏付けられ、捨てたのではなく“巣に帰した”のだと。

 心に残る僅かなわだかまりを振り払い、急いで路地を駆け抜けていく。


 案内されたとは言え、帰り道は一応覚えている。目も暗闇に慣れ、日頃の記憶も相まって足の進みは緩やかだった。

 順調に歩を進めていたが、突如腕を引っ張られると、振り返った先には狼狽するカミリアが掲げた水晶が注意を惹く。


 断面には2つの光る点が徐々に中央へ。レマイラたちの地点へ近付き、周囲を見回せば急いで物陰に身を潜めた。

 店の表看板では心許ないが、何も無いよりはマシ。建物の影まで位置をズラしておき、あとは通り過ぎるのを待つほかない。

 

 だが肩を揺するカミリアに再び振り返れば、水晶がグッと眼前に押し出される。すでに2つ分の魔力は確認済みで、今更何を訴えているのか。 

 改めて彼女を落ち着けようと試みるが、接近する反応が2つ増えていたらしい。それも逆側から迫りくる様子に、思わず覗いた顔をすぐに引っ込めた。


 道の向こうから衛兵の姿を捉え、今出ていけば確実に見つかってしまう。かと言って留まり続ければ、新たに現れた見回りとの遭遇は必然。

 想像していた最悪の事態に見舞われるが、あらかじめ覚悟していたからか。不思議と心は落ち着き、多少の過呼吸だけでダメージは済んだ。


 途端にギュッと腕を握られ、カミリアがぶんぶん首を振るが、寮を離れた時から決めていた事。にっこり微笑んで頭を撫でてやり、嫌がる彼女をグッと奥に押し込む。

 レマイラが囮になれば、少なくともカミリアが帰還を果たすチャンスはある。あるいは“実戦力学”の経験が火を噴き、何事もなく共に戻れるかもしれない。


 可能性としては奇跡に近い物であったが、ゼロよりはマシ。日頃の素行も相まって、念の為に“遺書”を残した甲斐もあったというものだ。



 ザーリーンが見つけるだろう事を祈り、最後の深呼吸も終えた。後はなおも縋りつくカミリアを突き放し、可能な限りこの場を全力で離れる事。

 講義では冒険者にボロ負けしても、そこらの学徒よりは足に自信もある。


 やがて足音が近付き、打ち付ける鼓動がカウントダウンのように響いた刹那――。


  

――いい子…いい子…。


 

 ふいに聞こえた、柔らかくもハッキリ木霊した声が一帯を這った。聞き覚えのある声音に思わず振り返るが、カミリアのはずがない。

 涙を瞳に溜めた様子はもちろん、そもそも声は道の反対側から聞こえてきた。


 それからはレマイラを始め、衛兵たちも気が気ではなかったのだろう。声が聞こえる場所へ恐る恐る彼らは近付くも、声が止む事は無い。

 ヒソヒソと一斉に話すようで、時には子供や老人の笑い声が入り乱れている。

 

 もはや一刻も早く逃げ出したいが、間近で聞こえた足音にビクンッと心臓が跳びはねた。ぎこちなく首を動かせば、目と鼻の先には衛兵たちが佇んでいる。

 彼らが振り返ろうものなら、すぐに看板の裏で隠れる学徒2人を発見したろう。だが一行の視線は全て向かいの路地が惹き、レマイラですら顔を逸らせなかった。


「……誰かソコにいるのか?我らは大学の治安を守りしプルートン衛士団。大人しく出てくるならば、手荒な真似はしないっ」


 衛兵の1人が威勢よく吠えるが、突然の事に他の仲間たちまで驚いている。むしろ啖呵を切った男の声も震え、威厳が1つとして伝わってこない。



 だと言うのに、ピタリ――と。

 

 突如声が止んでしまい、不穏な静寂がミドルバザードを包み込む。喉を鳴らす音すら木霊し、路地に向けて衛兵たちが槍を構えた途端。




――ダ れ カ ソ こ に イ る の ォ ぉ お オ 




 漆黒を捻じ曲げたような声に、衛兵たちが悲鳴を上げながら魔術を放った。

 暗がりが爆発の光で満たされ、暴風がレマイラたちの髪をも掻き乱す。しかしキュッと掴まれた指を握り返せば、最後にもう1度だけ周囲を確認。

 それから隙を見て街道を走り出せば、振り返ることなく寮棟を目指した。

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