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018.トリノアシノセ

 少女が茂みを大雑把に漁り、少年は木の根元を地道に探す。

 しかし時折顔を上げては周囲を不安そうに見回す様子を、少し離れた木の上からフクロウが観察していた。


〈……悪いことしたかな。やたら怯えてるんだけど〉

【マルガレーテはどうした】

〈町は逃げないだろ?もう少しだけ付き合えよ〉


 胸を膨らまし、溜息を吐くように萎んだウーフニールは子供たちの監視を続ける。

 傍目には、森へ入り込んだ人間を見つめる野鳥にしか見えないだろう。


 

 だがそれこそ彼が怪物たる由縁。

 少し離れた場所に大人がいるとはいえ、今も深淵が子供たちを見つめている。

 もしもアデランテがいなければ、今頃あの2人は――。


 ゾッとする考えを振り払い、素材集めをする子供たちを眺めつつ、ウーフニールの動向にも目を光らせる。


 彼がいつ痺れを切らすとも分からない。

 最悪子供だけでなく、彼女たちの師匠までも毒牙に掛ける可能性は十分にあった。


 

 しかしアデランテの心配をよそに、ウーフニールは大人しくしている。

 素材集めも難航し、先に忍耐力を欠いたのはアデランテの方だった。


〈…なぁ。まだ時間はかかりそうか?〉

【手よりも口が動き、辺りを警戒しているために動きが遅い】

〈ん~…まどろっこしい。私がアイツらの師匠だったら、今頃合流して一緒に探すんだけどな〉

【まだ3分と経っていない】

〈長く待った方だろ…ところで2人はなんの話をしてるんだ?〉


 そう聞くや否や、突如耳元を虫が一斉に羽ばたく雑音が響く。

 耳を塞ぎたくなる衝動に駆られるが、“内側”にいてはどうしようもない。


 程なく音が途切れ途切れになると、雑音に混じって甲高い声が聞こえてくる。


{……ちょっ…、まだ見つか……の?日が……ちゃう…}

{仕方が………もう…}


 徐々に音が鮮明になっていくも、砂嵐が時折混じる。

 ダメ押しとばかりにウーフニールが前のめりになれば、子供たちの声がハッキリとアデランテの耳にも届いた。


{……ってゆーかさ。本当にいたのになんで嘘吐いたのよ!あんただって見たでしょ?あのおっかなくて、目と牙をギラギラさせた毛玉お化け!}

{コニーのサボり癖のせいで信じてもらえると思わなかったし、振り返った時いなかったから、お腹を空かせてないか逃げ切れるくらい鈍足なのかと思ったんだ。それに先生と会ったらホッとしちゃったし…}

{あんたもサボることあるじゃん}

{少なくとも下手なウソ吐いて怒られるような真似はしないよ}

{……リゼ。ちょっと今からタコ殴りにするから、歯を食いしばりな}

{なんで!?}

{毛玉お化けがやったって先生に証明するために決まってるじゃん}

{バカなこと言ってないで、さっさとトリノアシノセ探そ。ちなみに茂みなんか探しても見つからないよ。木の横から生えてるものだから}


 睨みつけてくるコニーの動きを予測したリゼは、振り返りもせずにポツリと告げる。

 淡々と作業を続ける彼の背をしばし見つめていたが、やがて彼女も視線を木に移す。


 ようやく採取が再開されるも、子供の足取りで。

 それも“今は”存在しない魔物に警戒しながらの作業ではなかなか進まない。

 そんな2人を大人しく観察していたウーフニールとは対照的に、アデランテはさらに痺れを切らしていく。


〈ウーフニール~。まだ終わって……ないっぽいな〉

【監視が不要ならばマルガレーテに向かう】

〈う~ん…私らのせいでこんな事態になったから、放っておけないんだよなぁ〉

【貴様、のせいだ】

〈でもお前の体でもあるわけだろ?そんなことより、トリノ…とにかくそれを探しに行こう。その方が早く終わってアイツらは帰れる。私らも本来の目的に戻れる。互いに損はないだろ?〉

【現時点で無駄な時間を過ごしている】


 溜息に似た声と共に翼が広げられ、音もなく飛び立てば眼下の2人に気付かれる事なく、スイスイ木々を避けていく。


 止まらず、羽ばたかず。

 風に身を任せるだけの優雅な飛行に、興奮を覚えて間もなく枝に着地されてしまった。


 もう少し風を感じていたかった。

 そう伝えようとするも、ふとウーフニールの視線の先に注目すると、木の横から生えた歪な物体に気付いた。

 まるで椅子のような形だが、人が座れば簡単に壊れてしまうだろう。


 そこへ優雅に降り立ち、忙しなく羽ばたきながら足で器用に掴めば、歪な物体はパンの如く千切られる。


〈……それがそうなのか?〉

【恐らく】

〈…見つけるのが随分早かった、と言うよりも最初から場所が分かってて飛んでるように見えたんだけど〉

【移動中の視界に映っていた。観測当時は情報不足に伴い、名称等が一切不明だった】

〈あぁ、恐らくってそういうことな。よし!それじゃ、そいつを2人に渡して町を目指す旅に戻るぞ〉


 目的の達成を喜ぶアデランテに反し、気怠そうに動く羽根は子供たちの元へ向かう。

 

 瞬く間に頭上の枝へ到着するも、子供たちがウーフニールに気付く様子はない。

 草まみれになりながら懸命に探し続け、落としても見落とされる可能性がある。



〈ウーフニール。出来ればそれとなく分かるように渡せないか?〉

【了承した】







「ぎぇっ!」

「…どうしたのリゼ…うわっ!?」


 背後で作業をしていたリゼの潰れた悲鳴にコニーが振り返る。


 途端に視界へ飛び込んできたのは1羽の大きなフクロウ。

 屈んでいた彼の背中にどっかり座り、突然の光景に唖然としつつ、来訪者としっかり目が合ってしまう。


 以前からリゼのトロさには苦言を呈してきたが、まさか止まり木にされる程とは誰が予想出来ようか。

 驚きも冷めぬまま、ふと不自然に片足を上げた姿に違和感を覚えて視線を落とした。


「…えっ?」


 ようやく足元の植物に気付き、疑問符を連呼しながら恐る恐る手を伸ばせば、見計らったように爪が開かれる。

 ポトリと小さな掌に落とされたのは、紛れもなくコニーたちが探し求めていた物。


「…これ、トリノアシノセ?……採ってきてくれたの?」

「ねえってば!何が起きてるの?背中に何か食い込んで痛いんだけど!?ねえっ!」

「……誰か使役してるのかな。でも首輪も使役印もついてないし…そもそもどうしてトリノアシノセを探してるってわかって…」

「体起こしていいの?ねえったら!」

「あーもう、うっさいわね!…あの、悪いんだけどちょっと動いてもらえる?下にいるのがうっさいのよ」


 そう告げるや否や、フクロウは羽ばたきながら頭上へ舞っていく。

 近くの枝に止まり、ジッと見下ろしてくる姿をコニーもまた見つめ返す。

 まるで御伽話に出てくる生き物のようだが、所詮は空想だと否定する材料も見当たらない。

 見れば手にはトリノアシノセが握られ、確かにコニーの言う事を聞いた。


 仕上げに解放されたリゼが反り返り、体を伸ばしているのが証拠だろう。

 ついでに屈んで凝った背中をほぐしつつ、チラッとコニーを一瞥すれば、口をあんぐり開けた彼女の視線を辿った。


「あの鳥がボクの背中に乗ってたの?ずいぶん図々しい、というより大胆だね。人慣れしてるのかな…あれ、トリノアシノセ見つけてたの?」

「……フクロウが持ってきてくれた」

「へっ?」

「…言葉もわかるみたいだし、ものすっごい賢いフクロウなのかも!!」


 目を輝かせる彼女を引き気味に見つめ、もう1度リゼは見上げる。

 フクロウはいまだ2人を見下ろし、首を傾げる姿は少し愛らしい。

 

 だがその瞳はまるで品定めしているようで、ふいに背筋が寒くなるのを覚えたものの、コニーは微塵も不安を感じていない。

 飛び跳ねてまで喜ぶ様は、弟子入りして以来初めて見た気さえした。


「ねぇ!アタシたちマルガレーテの町から来たんだけど、一緒に来ない?アタシはコニーっていうの!」

「ちょ、ちょっと。まずいって!何か様子が変だよ。それに勝手に連れてったら先生に何て言われるか…というより、何で言葉が分かる前提で話しかけてるの!?」

「アタシが魔法使いの才能を開花させた可能性もあるでしょ!何をビビってんのさ?」

「だ、だって…」

「フクロウちゃ~ん!素材採ってくれたお礼もするからついてきなよー!ちなみにコッチのうっさいのがリゼ!」


 手を快活に振り、踵を返すとトリノアシノセを握ったまま来た道を駆け出すコニー。

 慌てて彼女の後をリゼも追うが、疑問と不安に苛まれながらもチラッと振り返る。

 フクロウの姿は視界に入らず、やはり彼女の勘違いであったと。

 一瞬覚えた安堵感も、空を見上げたコニーの満面の笑みで打ち砕かれる。


 視線を辿ればフクロウが舞い、追い越しては枝に止まり。

 距離が開けばまた羽ばたく。

 その様子にますます気を良くしたコニーはさらに加速し、リゼは何も考えないよう無心で彼女の背中を追った。


 もはやトロールの事など思考に掠りもしない。

 草と風を駆ける音が彼らの耳元を遮り、おかげで話し声が頭上で囁かれても、聞かれる心配はなかった。




〈…結果的に良かったかもしれないけど、私の“それとなく”の意味は本当に分かってくれたのか?〉

《失敗すれば喰らうまで》

〈またそれか。私の良心が痛むから勘弁してくれ…それにしてもよく町の話が出た時に食べようとしなかったな。正直ドキドキしてたぞ〉

《貴様が無闇に喰らうなと指示を出していた。喰わずとも心臓に悪いのか》


 相変わらず不満そうに返すウーフニールに、アデランテは微笑みで応える。


 ひとまず目的地には無事に辿りつけそうで、あとは巻物を探して処分するだけ。

 思わぬ成果に日頃の行いの大切さを説こうとするアデランテだったが、忍耐力について問われると耳や口を閉ざし、意識を子供たちに集中した。

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