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188.小さな足取り

※“153.溜息ランチタイム”からの分岐ルートになります。

 ミドルバザードでは足音が絶えず、人の往来もまた同じ。

 立ち止まって眺めれば、彼らは水槽の魚が如く右へ左へ去って行く。

 大抵は目的地へ向かって歩を進め、そのため視線は常に前を向いている。


 辺りを見回す時は、決まって過ぎ行く商店の陳列された品を見る時だけ。



 だからこそミドルバザードの片隅でひっそりと。

 物言わず佇むゴミ箱に注意を向けるどころか、中を覗く者などまずいない。


 用事があっても無造作に不用品を放り捨て、早々にその場を立ち去ってしまう。

 

 それを証明するように通り掛かった学徒も、近付いた途端に紙コップを放り込む。

 当然脇目も振らずに去ってしまうが、直後に捨てたゴミが不自然に持ち上がる。

 魔法陣で浮かぶ光景さながらであれ、顔を出したアライグマがあっさり種を明かす。



 普段ならば愛らしい見た目が人々を魅了するだろうに、その瞳は猛獣が如く鋭い。

 今もコップの主を訝し気に睨むも、すぐに顔を振ればゴミ箱から這い出す。


 物陰に隠れて周囲の様子を窺い、やがて隙をつけば颯爽と去って行く。


 幸い雑踏の注意は一方向に基本向けられ、道の端を走る獣に気付きもしない。

 時には店の中へ隠れ、あるいは商品の裏に身を潜める。

 スパイさながらに移動を繰り返し、やがて目的地を視界に収めた時。

 素早く一帯を見回すや、風の早さで走り出した先はまたゴミ箱。


 側面を慣れた足取りで昇れば、頭からゴミの海へ飛び込んで行く。

 

 

 それからも中身を漁っては移動を続けるも、当然目当ては食べ残しではない。

 探しているのは、とある青年が奪われた“形見のアミュレット”。


 彼と分かれたのち、店外の騒ぎに飛び出したアデランテから分離し、すぐに捜索を開始したが結果は芳しくなかった。


《……面倒な事を引き受けたものだ》


 腹底を這うような声が呟かれたのも束の間。

 獣とは思えぬ重い溜息を零せば、ゴミの上にべったり寝そべる。



 道行く学徒の話を盗み聞いた限り、講義室へ向かうには寮を経由せねばならない。

 そして青年がカルアレロスの暗殺に失敗した以上、首謀者は人質(アミュレット)を処分するはず。

 自らの関与を否定するように、出来るだけ証拠品を遠くへ。


 そうなれば寮から直接向かえるミドルバザードが、もっとも廃棄に適していよう。

 金銭的価値が無いと聞いている以上、店に卸されている可能性も低い。

  


 何よりも魔晶石学の講義中に。

 刺客へアデランテが接触した瞬間に、“黒幕”が浮かべた驚愕の表情は捉えた。


 廃棄の可能性はさらに濃厚になるも、如何せん捜索範囲が広すぎる。

 臓書の怪物の所業とも思えないが、引き受けてしまったのも自分自身。

 アデランテが“パートナー”の依頼に集中すべく、立候補したのが終わりの始まり。


 いくらでも悔いる時間はあるが、変幻自在の身でも過去には戻れない。


 諦めて捜索場所を変えようとした時、ふと接近してきた気配に身を隠す。

 いつものように去って行くのを待つも、今度の通行人はこれまでと別格。


 突如全身を押し潰す衝撃が襲い、普通の生物ならば悲鳴を上げていたろう。



「――…あぁー!あたしの鞄がぁ~…」



 生き埋めにされた直後、頭上より若い女の声が轟く。

 何が起きたか分からぬまま、訝し気に見上げたのも束の間。


 ふいに腕がゴミ箱に突き入れられ、無造作に中身をかき回す。

 避けようとした時にはガシっと掴まり、渦潮に呑まれるが如く鞄に流れ込む。

 立て続けにゴミが押し寄せ、奥へ追いやられては脱出のしようもない。


 やがて津波の勢いは衰えるも、次に襲った浮遊感がウーフニールを掬い上げた。







「うぅ…図書館の本、汚れてないと良いんだけど」

「ゴミを捨てるのに鞄ごと放る奴はじめて見たわ。相変わらずトロいんだから」

「ママと同じこと言わないでよ~。わざとじゃないんだからさ~」


 男のように短く切った髪をふわつかせた友が、呆れたように見つめてくる。

 悪態にも強く言い返せず、むしろ彼女がいなければ鞄の次は自分も落ちていたろう。 

 前科があるために一層肩身が狭く、縮こまる少女を友人は力強く押し出す。

 これ以上無い励ましに微笑みを浮かべ、雑談を交わしながら寮棟へ向かった時。

 

 ふと入口を塞ぐ傭兵2人に足を止め、とめどなく不安が押し寄せる。

 争いに巻き込まれる事を恐れるも、グッと腕を掴んでくる友の気丈さは健在。

 引きずられるように連れていかれるや、傭兵たちの背後まで一気に近付く。

 

 そのまま2人の間を通り過ぎる勢いで進むが、一斉に振り向かれた事で急停止。

 流石の友も驚いたものの、足を止めたのは恐怖からではない。



 1人は褐色の肌に、長い耳が特徴の美女。

 最近噂で聞くダークエルフだとすぐ気付くも、嫌な事でもあったのか。

 その目は何処か険しく、口を開けば美貌に反する荒々しい声で囀ったろう。


 一方で彼女の隣に佇む傭兵は、傷だらけの頬に関わらず表情は明るい。

 少女たちを見つめる妖瞳もさる事ながら、整った顔立ちを直視するには眩しすぎる。

 

 予期せぬ出会いに友ともども声を失うも、ふいに男の方が動いた。


 紳士よろしく扉を押さえ、淑女のために道を開ける様に相手の意図を早々に理解。

 そそくさと足は勝手に動くが、つい相手を一瞥するとニッコリ微笑まれた。

 


 途端に耳まで紅潮し、着ているローブを脱ぎたくなる程身体が火照ってしまう。

 感謝の言葉も忘れて通り過ぎ、ようやく振り返れたのも室内を20歩は進んだ後。


 胸を押さえてホッと一息吐くも、チラッと友を見れば彼女の顔はくしゃくしゃ。

 初めて見る赤らんだ表情を眺めるや、少女の視線に気付いたのだろう。

 瞳を合わせる事なく、男子の物より少し長めの髪を掻き毟れば短い溜息を零す。


「…この後の予定は?」

「……あたし?あたしは薬物学の講義だよ~」

「相変わらずソッチ系統ばっか何だな。折角入学したんだから、もっと魔法を使えるような講義に参加すりゃ良いのに」

「ママがお店を継いで欲しいからって入ったわけだし、魔術は嗜みでって感じだね~…両方取ると授業料いっぱい取られちゃうし」

「まぁ密造酒とかヤバい薬作れりゃ、魔術を覚えるよりは稼げるしな。別に責めるつもりはねーよ」

「そんなんじゃないってば~。もぅ……色塗り合戦してるレマちゃんが羨ましいよ」

「実・戦・力・学!!他の連中は知らねえけど、ウチは本気でやってるんだ!」


 友の茶化しに同じく冗談で返したつもりが、突如熱意の籠もった小声で怒鳴られる。


 近距離では格闘戦を。

 遠距離では魔術の行使が理想とのたまい、拳を振るって熱弁する姿はまるで傭兵。


 魔術師らしさは見受けられないが、それでも真っすぐな彼女が少し羨ましく思える。



 母は薬師。父は一般人。

 後者には自分の未来は好きに選べと、優しく頭を撫でてくれる父親。

 前者は代々稼業を継いできた、自分の意見を絶対に曲げない母親。

 どちらの声に従うべきかは、物心がつく頃にはハッキリとしていた。


 それに魔術を仮に覚えたくとも、テストの名目で暗記が多い薬物学に暇など無い。

 

 あるいは母に反逆し、衛士団が開催する講義へ参加すれば実践的な魔術を学べるが、内容は概ね洗脳教育に近い“エリート”の形成について。

 強者と弱者を分ける絶対的な考え方に、友ですら早々に講義を諦めてしまう。



 ゆえに彼女は実戦力学へ傾倒するが、実際は着色料を噴く杖を使うお遊戯クラス。

 一部の学徒はゲーム感覚で参加し、身体を動かすのもストレス発散の目的で。


 大抵は“子供の戯れ”とすら一蹴され、本気で挑んでいるのは彼女くらいだろう。

 愚直や努力と言った魔術師らしからぬ言葉が似合うも、だからこそ友でいたい。


 そう思える彼女と廊下で分かれ、次の講義へ向かう。

 友と話すだけで元気は貰えるものの、薬物学の前では所詮は付け焼刃。



「え~…であるからして、鱗粉を混ぜる事で薬物反応が出たらば~…」 

 


 講義室は程々に学徒が参加するも、あくまでテストの範囲を知るため。

 そして配布された資料を受け取るため、黙って講義に参加している。


 要領の良い学徒は金や物で“写し”を頼むが、そのような人脈も胆力も無い。

 ただ眠らないよう少女は頭を上げるも、ふと小腹が空いて周囲をサッと見回す。

 誰もが暇そうな顔色を浮かべ、起きているのが精一杯なのだろう。

 少女に注意を向ける者はおらず、また講師も手元の資料と黒板に集中している。


 いざ決行すべく鞄を寄せるが、中は教材とゴミが入り混じっていた。


 慌て過ぎた自身の行ないに溜息を吐くも、空腹はいまだ止まない。

 ゴミと教材をかき分けて目当ての物を探し、やがて不自然な柔らかみが。

 温かみが指先に触れ、不思議に思いながらブニブニ押してみる。


 毛皮のような、枕のような。

 まず自分の持ち物には無い手応えに、思わず中を覗き込んだ時。



 直後に鞄を閉じて顔を上げ、再び周囲を見回す。

 喉をゴクリと鳴らし、恐る恐る中身を見れば見間違いではない。

 鞄の奥ではクリクリと黒い目が光り、迷惑そうに少女を見つめ返している。


 ソッと蓋を閉じれば冷静に机へ向かい、優等生の如く姿勢を正すが、困惑も限界に達すれば逆に冷静になれるのだろう。


 心当たりは1つしか無いとはいえ、大学内に何故“たぬき”がいるのか。

 小鳥1羽さえ侵入不可能だと聞くが、あるいは調教学から逃げてきたのか。

 それとも魔術や薬の実験素体が逃亡し、運命の悪戯が少女と巡り合わせたのか。


 もう1度鞄の中を覗き、それからも度々視線を移しても幻覚ではない。

 講義が終わる頃には一目散に部屋を抜け、騒がしい寮の通路を抜けていく。

 共有区画から女子寮へ移動し、長い廊下を歩けば無数に並ぶ扉の1つを叩いた。


 それから自分の名を。

 そしてもう1人の友、ザーリーンの名を続けて叫ぶ。

 

 少しの時間すら長く感じられたが、ふいに開かれた扉の隙間を眠たそうな目が覗く。

 相手が確認できたところでチェーンが外され、部屋への入室を許可された刹那。



 つむじ風の勢いで滑り込み、扉の鍵を瞬く間に閉めていく。

 途端に汗がドッと流れるものの、早足で移動してきた事だけが原因ではない。

 落としそうになった鞄を慌てて胸に抱え、急いで自分のベッドに置いた。


 2人用の狭い小部屋のおかげで、扉からの移動距離は3歩足らず。

 それでも肩で息をする少女に、ザーリーンが怪訝そうに首を傾げる。


「カミリア。クスリ吸ってる…?」

「吸ってないっ…っていうよりヤッた事ないよ!?」

「……かばん」


 恐らく先程まで寝ていたのだろう。

 いまだ瞳は眠たそうだが、相変わらずの鋭い観察眼。

 視線はカミリア自身ではなく、身体で隠すように置かれた鞄へ向けられる。


「…誰にも言っちゃイヤだよ?」

「レマイラにも…?」

「ん~、レマちゃんには隠し事したくないから…というより隠しようがないから別に~」


 溜息を零しながら振り返れば、視線はザーリーンの背後へ向けられる。


 2人部屋にも関わらず、奥に吊るされたハンモックはレマイラの物。

 寮の賃金をケチった彼女の“叡智”は、もはや野生児さながらだろう。


 所持品も全てハンモックの下の荷物に収納され、身軽さは大学随一かもしれない。


 

 現実逃避も程々に、やがて観念して脇へ退けばゆっくり鞄を開く。

 ゴロゴロ出てきたゴミの数々に顔をしかめられるも、すぐに議題が姿を現した。


「アライグマ…?」

「えっ、たぬきじゃないの?」

「形が違う。それより説明して…」


 鞄の奥で気怠そうに頭を上げた“アライグマ”に、ザーリーンが驚くのも一瞬だけ。

 すぐに目が座れば、訝し気にカミリアを一瞥する。


 もっともゴミの数や前科から、すでに心当たりがついていたのだろう。

 素直に白状したところで、お咎めも無ければ呆れられる事も無い。


 ただ“大学内での生物の無許可持ち込み”が如何なる罪に問われるか。 

 カミリアに限らず、ザーリーンも当然その事は知っている。

 間違って鞄に紛れ込んだ、等と通用するはずも無ければ情状酌量の余地も無い。

 

 最悪他人に知られようものなら、密告者の点数稼ぎにされてしまう。



 何よりもカミリアが保有している時点で、すでにルームメイトも同罪。

 ゆえに絆が必然的に生まれるとはいえ、悠長な事を言っている場合でもない。


 ザーリーンの険しい表情に怯えつつ、アライグマの気怠そうな仕草に癒される狭間で、ふいに扉がドンドン叩かれた。

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