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185..ミーティング・スペース2

 裏区画を突き抜け、入ってきた場所とは別の通路から“表”に帰還。速度を落とさずにバーティミエルの下へ戻る予定だったが、水位に変化は無い。

 腰から下を水が浸かり、いっそ船をもう1隻借りたい衝動にすら駆られた。

 

 しかし住人たちの態度はよそよそしく、むしろ距離感すら覚えるようで。近付いた途端に散っていけば、子供であれば親が慌てて屋内へ隠してしまう。

 怪物のような扱いに良い顔は出来ないが、一方で心当たりが多すぎた。記憶に新しい数々の“活躍”を振り返るも、やがて目的地へ到達した時。

 洞窟前に横たわる魔物の首無し死体が、自然と答えを導き出した。

 

「…ちゃーんと運ばれてたみたいね。“脅し”も無駄にならなくて良かったわ」


 溜息を零すオルドレッドに振り返る間もなく、住人たちが先にアデランテを捉えた。

 まるで観光名所とばかりに集っていたが、魔物を仕留めた英雄の登場に。底知れぬ“怪物”の存在に、誰もが気味悪がって逃げていく。


 唯一顔色を変えなかったバーティミエルの護衛も、程なく洞窟の奥へ去ってしまう。

 雇用主を呼びに行ったのだろうが、途端に一帯は無人化。魔物の死骸だけが残され、不気味な静寂が冒険者2人を包み込んだ。


「……あなたは良く…ううん。この町を救ったのは紛れもなくアデライトよ」

「どうしたんだ急に?」

「ダークホースが執念深いって話は前にしたでしょう?1度恨んだら晴らすまで追って来るんだけど、魔物に人間の顔なんて区別できないから…」

「区画を火の海にしていた可能性があったのか?」

「可能性なんて生易しいものじゃないわ。確実に上空を飛び回って、片っ端から動くものを焼き払ってたわよ。肉食だから最悪“狩り”まで始めたかもしれないし」

「…最初に運動場で暴れたのが馬の魔物じゃなくて良かったよ」

「どっちにしても両方あなたが1人で仕留めたんだから、胸をもっと張ってなさい?それにダークホースは銀等級指定の魔物。私がギルドの職員なら、この場で昇格させてたわよ」

「でもオルドレッドも一緒に戦ったろ?私1人の手柄じゃない」

「……目立ちたくないのは知っているけれど、そんなに自分の手柄を共有したいなら、いっそパーティ組みましょうよ。そうしたら私の“威光”で覆い隠せるんじゃないかしら」

「それだ無理だ」

「~っっ即答するくらいなら、せめて理由を教えなさいよ。理由をっ!!」


 グッと首を締め上げられるも、同時に後頭部が柔らかな弾力に沈む。腕を軽く叩いて解放を要求するが、息の根を止めるような苦しさは無い。

 むしろウーフニールとの“じゃれ合い”を彷彿させ、思わず笑みを綻ばせた矢先。


 ふと視線の先を老人が進み歩き、左右を双子の護衛が固めていた。鏡写しとばかりの光景に唖然とし、その間もバーティミエルは杖を突けど、足元はハッキリしている。

 割れた眼鏡には魔物の死骸を映し、その反応は感心しているのか。呆れているのか。髭で覆われた顔からは、一向に判断がつかない。


「…随分派手に動かれたようだな、お客人」

「言っとくが先に暴れたのは魔物の方だからな。私らは然るべき対処をしただけだ」

「分かっておるよ。その後も一悶着あったようだが、おかげで死骸の運賃を丁重に断られたぞ、お客人。裏地区の住人が遠慮するなどアーザーの区画が始まって以来、初めての事ではないかねアキレス?」

「俺はトータスです。我が長」

「お客人の前でくらい当たったように振る舞ってくれても良いのだぞ。幸い2人以外には誰もおらんわけで…まぁ良い。ひとまず場所を移す事にしよう。互いに話題は尽きんだろうし、お客人の治療もあるしな」


 チラッとオルドレッドの容態を一瞥し、颯爽と彼が歩き出せば無言の行進が始まる。雑談も一切交わさず、“暗黙”の了解に大人しくバーティミエルに従うこと数分。

 誰ともすれ違う事なく、やがて一行の歩みは1軒の家屋へと続いていく。他の建物との大差は見当たらず、1階も水没して廃屋同然の景色が広がっている。

 裏地区や相手次第では罠を警戒したろうが、階上へ向かっても“冒険者特別捜査本部”との違いは無い。家具の類すら置かれておらず、空き巣でさえ呆れて踵を返すだろう。


 だが天井をバーティミエルが杖で突くや、魔法のようにハシゴが降りてきた。各々が上がっていき、背負ったオルドレッドも難なく担いで到達すれば、直後に光が2人を包み込んだ。


 一帯は打って変わって豪華な景色が広がり、ベッドの類は無くとも絨毯や動物大の枕が並んでいる。

 天窓からは惜しみなく明かりが差し込み、塗り替えられた壁や床も相まって、一流の宿と称しても相違なかった。


「……こっちの“宿”を初めから紹介してくれても、良かったんじゃなくて?」

「生憎“信用できる”お客人しか入れるつもりは無いでな。もっともココに他人を呼ぶのは、お客人らが初めてではあるが」

「魔物の手土産があってようやく信用したの?それはまた随分敷居の高い部屋ですことっ」

「いやはや、実は区画でウロつくよそ者が増えてな。中にはアーザーに変装までする物好きもおって、アキレスとトータスが追い払った者も少なくないのだ」

「良くある事なのか?」

「規模で見るならば初めてと言えるかね。恐らく魔物の件で躍起になっとるんだろうて」

「なるほどね……ところで治療はまだかしら?」


 思い当たる節に首を傾げつつ、いまだ背負われたオルドレッドが訝し気に足を指す。解放しろとばかりの声音も合わさり、床へ降ろせばアデランテも隣に座り込んだ。

 

 その間に護衛の1人が奥の収納を漁り、傍で腰を下ろしたバーティミエルと共に双子の片割れも屈むや、程なく包帯と薬瓶が放られる。


「てっきり回復魔法でパパっと治すもんだとばかり思ってたけどな」

「アーザーで魔術を唱えられる者は悉く“枷”を嵌められとる。それに回復魔法は…」

「肉体の再生に負担が掛かるから、薬草の方が良い…でしょ?」 


 バーティミエルの声を遮り、溜息を零しながらオルドレッドが手当を進める。薬が滲みたようだが、慣れた手つきで素早く傷口を覆っていく。

 “回復魔法”の知識に老人も感心を示していたものの、話題をすぐに報告会へ移せば、オルドレッドが告げたのは魔物の出現について。


 運び屋たちは全滅し、繋がりを持つ調達屋も口封じに遭った事。そして“後始末”に関わった一味は返り討ちにしたが、結果的に証人を全て失ってしまった。

 魔物の首無し死体こそあれ、区画における密輸の証明にしかならない。


 事態に好転は見られず、アーザーの未来を憂うようにバーティミエルが髭を撫でつけた。


「…なるほどのぅ……頼みの綱は無くなったか」

「あるとすれば1つだけ。ボルテモア・ランドスケープの名に心当たりはないかしら?」

「その者が黒幕っ…のはずはないだろう。せいぜい駒と言ったところか」

「必死に見つけてきた手掛かりなのに、随分と残念そうね」

「植物学の準導師なのだが、先日彼が殺害されたと報告があった。彼もまた口封じにあったのならば…そういう事であろう」 


 増々肩を落とすアーザーの長に、負けじとオルドレッドの顔も歪む。

 チラッとアデランテを一瞥するが、すでに事態は把握済みとばかりに。まるで反応を見せない様子に目を丸くし、ふと瞳が合えば速やかに逸らされる。

 オルドレッドの驚きはともかく、情報を整理する度に辿り着くのは袋小路だけだった。

 

 

 容疑者は全員消え、カルアレロスもかつては植物学で教鞭を取っていた身。彼の成功を妬んだボルテモアによる犯行が、一層有力視されてしまう。


 それらの情報も、果たしてバーティミエルに伝えるべきか。縛った傷口を見下ろすオルドレッドの表情に、ありありと浮かんで見える。

 同様にアデランテも口を閉ざすが、双子の護衛は話を始めてからも顔色を変えていない。バーティミエルも髭で表情は隠せても、険しい眼差しが彼の胸中を物語っていた。


 互いに物思いに耽るように黙っていたが、やがて視線はアデランテへ向けられた。


「…先程…裏地区で襲ってきた傭兵の特徴を伝えられたが、他の者たちから聞いた話を統合する限り、ボルテモアの護衛であった可能性が高い」

「状況証拠を辿っていくならそうでしょうね…“他の者”からって、護衛にまで目を光らせているの?」 

「当然であろう。ただ疑問があるとすらば、ボルテモアに護衛が雇える財力があるとは思えん事だ。講義も不人気なあまり、職を失う噂すら流れていたが、今日まで地位が変わる事も無く…」

「口封じされたんだから、結局は彼自身も誰かに雇われてたってだけでしょう?それも幹部クラスの誰かに」

「……区画を守ってくれた礼も兼ねて、もう1つ情報を提供しよう。カルアレロスの…お客人の雇用主。その妻が療養している事は知っているな?」

「生徒が起こした魔晶石の“事故”って聞いてるわ」

「では事件の実行者がボルテモアの元弟子であった事はご存じかな?」


 ポツリと告げられた言葉に、冒険者2人が目を見開く。一行の反応にバーティミエルの目元は笑っているが、驚愕だけが理由ではない。

 同じく辿り着いた結論を吟味するように、ゆっくり身体を傾ければ髭を掻くよう撫でつけた。


 

 魔術師は優秀な学徒を弟子に取る慣習があるが、事件が起きる前にボルテモアは師弟関係を解除。原因は明かされておらず、分かっている事は直後に弟子がガルミナバ陣営へ所属した事だけ。


 ゆえに両者の大学における方針の違いを指摘できても、数々の状況証拠が。学長候補レミオロメが、確実に依頼主カルアレロスを自陣営に引き入れるための。

 当選するための“自作自演”すら疑われる今、誰もが重い口をつぐむ。


 大グラウンドで放たれた魔物も、相手陣営の仕業に見せかけた陽動。自陣営に所属するボルテモアを矢面に立て、傭兵に口封じを命じさせた。


「――…あるいは我々の考え過ぎで、単純にガルミナバが送り込んだスパイの可能性もあろう。レミオロメが黒幕だとする証拠は何処にもない」

「もし相手候補のスパイなら、わざわざボルナントカの口封じはしないと思うぞ?調達屋を黙らせる事にも、一応は成功してるんだ。魔物を仕入れるコネまであったなら、それこそ“優秀な人材”だったんじゃないか?」

「それにレミオロメ学長候補の陣営に所属しながら、“不人気”な彼が地位を保持していたんでしょう?よほどの理由が無い限り、そんな判断は下さないんじゃないかしら」

「…そして彼女が不利になる証拠をわざわざガルミナバが揉み消す理由もない…とな。ふぅむ」


 公然となりつつある謎にバーティミエルが髭を撫でつけるが、口元を押さえていたオルドレッドがふいに顔を上げた。


「少し…いえ、かなり気になるのだけれど、仮にレミオロメ学長候補が黒幕だったとして、その上でカルアレロス導師様を陣営に取り組むのが彼女の目的だったとしましょう。当選するためにしても、魔物まで持ち込んだり口封じしたりって、大袈裟なんじゃない?」

「勘違いしている者も多いが、導師も所詮は大学に籍を置く雇われ魔術師に過ぎんのだよ。加えて陣営の考えに賛同するのと、陣営そのものに所属するのとでは訳が違う」

「…魔晶石は金を生む木だから、加工技術を持つ男を手元に置いておきたいだろうしな」

「あら、アデライトが大学のインフラに興味があったなんて知らなかったわ」

「知り合いが昔教えてくれてな。何でも魔晶石を使った家財とか色々売られてるらしい」

「魔晶石学の講師は他にもいるが、カルアレロスの受講率がもっとも高い。金の卵獲得と当選の可能性を上げる一石二鳥の作戦ではあろうな」


 溜息を零すバーティミエルに合わせ、オルドレッドもまた脱力していく。枕に身体を預け、気怠そうに天窓を眺める瞳は臓書で転がる“誰か”を彷彿させた。 

 もっとも今のオルドレッドと比べては、それも失礼と言うものだろう。出たとこ勝負のウーフニール任せな当人と違い、彼女には冒険者の責務があった。


 しかし物的証拠は悉く欠落し、報告先も複数人いる。伝える情報を精査しなければならない立場に、しばらく身体を起こしそうにも無い。


「…でも良かったんじゃない?バーティミエルさんはレミオロメ学長候補の弱みを握れて、魔物を持ち込む危険な一味もまとめて排除できたんだから。私たちは大学の政治に口は出せないし、雇われている以上告発するわけにもいかないわ。あなたの独り勝ちってところかしらね」

「本来の依頼人も人質に取られて、大学の脱出路も抑えられてるしな」

「……お客人らは色々誤解してるようだが、儂は鬼でもなければ、もともとお2方を利用するつもりもない。何より脅迫するにはガルミナバの協力は不可欠ではあるが…」


 相変わらず髭で表情は隠れるが、声音までは隠す事が出来ないのだろう。

 

 所詮アーザーの纏め役では、大学の一派を率いるレミオロメを牽制する事は厳しい。

 そのためにも2大勢力の片割れ。ガルミナバと提携する必要があるが、接触できる機会も無ければ彼自身は強権的な考えの持ち主。

 仮にレミオロメを落選させたところで、大学に未来があるわけでもないだろう。

 

 かと言って魔物を利用する彼女が、果たしてどんな“未来”を大学に約束するのか。


「…大学の未来は、アーザーの未来でもある。このままでは道ずれにされるだけであろうな」

「……憶測とはいえ、限りなくクロに近いレミオロメ候補。魔術師を人類の支配階級だと思ってるガルミナバ候補…心中お察しするわ」


 重い沈黙が流れ、相変わらずオルドレッドは寝そべったまま動かない。

 バーティミエルも虚空をぼんやり眺め、双子の護衛も同じ気持ちなのだろう。口は開かずとも、瓜二つの表情を浮かべて俯いている。


 そんな光景を黙って眺めるか。あるいは話題の進展があるまで、臓書に籠もる選択肢もあった。

 だが依頼の受注者がオルドレッドであれ、“パートナー”とは支え合うもの。遠慮なく寝転がっていた身体を起こせば、視線がアデランテへ一斉に集まる。

 思わぬ注目に一瞬驚いたが、気を取り直してバーティミエルを一瞥した。


「アーザーの纏め役じゃ話にならないなら、あんたも思い切って立候補したらどうなんだ?穴倉の小屋で細々とやってるよりは、少なくとも今より声は人に届くと思うぞ」

「…世迷い事を。ここを出たところで、アーザー出身の人間を有力者が支持をするとでも?馬鹿馬鹿しい」

「謙虚である事は美徳って言うらしいけど、嘘は良くないと思うぞ。【バーティミエル・ナサニアス】……いや、“ダルグレイ・サルフマン元大学長”?」


 ニヤリと笑みを浮かべれば、まさに寝耳に水と言ったところか。記録を更新せんばかりにオルドレッドは驚愕し、同様に“ダルグレイ”も固まる。

 

 一方で護衛2人も一瞬驚いたが、途端に殺気立けばバーティミエルを守るように配置に着く。

 彼らの行動こそがアデランテの一言を肯定したとも気付かずに。

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