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184.思考行脚

「……あ~ぁ…」

 

 陸に上がったは良いものの、視界に映るのは爆発四散した肉片。大部分の肉塊も生死を問うまでもなく、当然“尋問”は出来ない。

 

「…ウーフニールに頼むつもりだったんだけど、まさか自爆するとはなぁ…口数も武器も多かったくせに、肝心な情報は1つも無しか。まったく」

【当てはまだある】

「それはそうだけど…ッオルドレッド!!?」


 とっくに乾いた我が身を見下ろすや、直後に顔を上げて走り出した。元来た道を戻る事はせず、ウーフニールが拾った血煙反応を追っていく。

 

 かつて屋敷を徘徊した日々を彷彿させられるが、だからこそ焦燥してしまう。血を追って辿り着いた先は、大概ろくでもない結果にしか終わらないがゆえに。

 決して立ち止まらず、やがて建物の一室に続く煙を先回りするように窓枠を越えた時。

 


「――…オルドレッ、ド?」


 微かな月明かりが差す暗闇の中で、2つの人影がアデランテの瞳に浮かんだ。


 1つは床に倒れ、首から2本の剣が左右に突き出ている。もう1人は壁にもたれ、身体から放つ光沢が艶めかしく。

 それでいて脳裏に警鐘を鳴らす光景に、屋敷の惨状が脳裏をよぎってしまう。


 約束を果たせなかった赤毛の女の最期が。パクサーナの顔がチラつき、咄嗟に肩を力強く掴んだ。


「…痛っ…ちょっと、乱暴にしないでチョーダイっ」

「オルドレッド!?無事だったのか?」

「あと顔の近くで大声も出さないで。コレは飾りじゃないのよ?」

 

 片目を気怠そうに開け、長い耳が力なく上下に動く。まだ眠りたいとばかりに俯くが、瞳を閉じれば永久に別れてしまいそうで。

 再び揺すれば顔を迷惑そうに上げ、負傷度合いの確認に胸を持ち上げたのが運の尽き。


 アデランテの横っ面に拳が叩き込まれ、同時にオルドレッドの表情が歪んだ。


「~~痛ぅ…言っておくけれど、私は1発も貰ってないから!…初っ端で麻痺薬を撒かれて、首から下がうまく動かないのよ」

「…てっきり手加減してくれたのかと思ったんだけどな。とりあえず腕は動くようになって…怪我は?」

「んっ…」


 乱暴に首を傾げれば、視線を降ろした先の太ももに矢尻を見つける。気付に使われた“薬”を抜くや、苦悶の声が僅かに零された。

 それも誤魔化すように声を絞れば、油断した男を1発で仕留められた事。引き換えに麻痺薬の効果と相まって、まともに走れない事を告げる。

 身体を覆う血も彼女の物ではなく、ホッとしながら傷口を男の装備品で縛り上げた。


「痛っ!?…むぅ」


 再び悲鳴を押し殺すが、アデランテの荒い応急処置に不満を零す事はない。強いて挙げるなら男の所有物を使って縛った事が気に喰わないのだろう。

 抱き上げる前に返り血を落とす事を要求され、すかさず肩を貸せば怪我人よろしく引きずっていく。


 あとは湖にゆっくりオルドレッドを浸けるだけだったはずが、突如腕を掴まれるとそのまま彼女は前に倒れ込み、抵抗する術もなく水面が視界一杯に。直後に全身が水に浸かり、浮かび上がるまで数秒と掛からない。

 

「ぷっはぁッ!…随分荒っぽい感謝の仕方だな」

「あら。ありがとーの気持ちなんて、これっぽっちも無いわよ?これでさっきの分はチャラってだけっ」


 水を滴らせながら屈託の無い笑みを浮かべ、おまけとばかりに頬をグッと押される。

 ひとまずオルドレッドの容態に胸を撫で下ろしたが、ふと覚えた既視感に首を傾げた。前にも2人で水に浸かっていたが、いつの事だったか。

 記憶を辿ってみれば、程なく行き着いた心当たりは爆発した建物からの脱出劇。そしてラットマンの存在も思い出し、慌てて腕を陸に掛けた時だった。



 ふいに突っ掛かりを感じれば、背中に捕まっていたオルドレッドに振り返った。グッと引き下ろす動作に任せて水に浸かり直せば、訝し気に彼女を見つめ返す。


「負傷者を運ぶなら、水中を移動した方が負担も少ないわよ?それに見つかる心配も減るわ」

「…風邪を引かれても困るんだけどな」

「ジメっとするような暑さなんだから、丁度良いくらいなんじゃない?ほら、エスコートは男の役目でしょう?グズグズしないの」


 グッと引き寄せられ、彼女の力強い瞳に“ノー”と言える勇気はない。再び水に浸かれば腰に腕を回し、ビクリと震えが伝わってきたのも一瞬だけ。

 オルドレッドが身を委ねればアデランテが抱え込み、音も無く水面を泳いでいく。


 その間も周囲を警戒するが、聞こえてくるのは時折オルドレッドが我が身を撫で、血を洗い流す音だけだった。


「…それで……何か有力な情報は聞き出せたかしら?」


 パートナーの吐息に耳を澄まし、穏やかにすら思えた時間も束の間。水面を荒立てる話題に、否応なく意識を現実に引き戻される。


「すまないが情報を引き出す余裕も無かった。気付いた時には死んでいたからな」

「そう…私の方も結果があんな感じで、良くも悪くもすぐに終わってしまったから、あなたの手腕に期待していたのだけれど……あの男。やけに対人慣れしてたわ」

「プロの嗜みで対人用の武器まで用意していたからな。ただの護衛というわけでも無さそうだ」

「使った麻痺薬も即効性や効能を考える限り、大学の外でお目に掛かれる代物でもないわね。植物学でクスリやお酒を造ってるって話だし、そっちの筋が怪しそう」

「有無を言わさず襲ってきたあたり、口封じが連中の目的だったんだろうな…身体の痺れはどうだ?」

「自前の怪我を差し引いても、満足に動き回るには心許ないわ。戻ったら回復士にでも治してもらわないと」

 

 不甲斐なさ半分。それでいて身体を重ねた今を楽しんでいるようで、腕もだいぶ回復したのだろう。

 アデランテの頬に伸ばされるや、弄ぶように軽くつねられる。


「…魔術師4人。調達屋のところで倒したけれど、あなたはどう思う?」

「たぶん裏地区の人間を雇ったんだろうな。傭兵と一戦交える前にオルドレッドが仕留めた男も、きっとお仲間さ」

「あなたもやっぱりそう思った?」

「魔晶石を使うだけで、動きは素人同然。下手をすれば調達屋の顔見知りだったのかもな」

「誰も信用してない、ね。爆弾も仕掛けたくなるわけよ…」 


 ポスンっとアデランテに身体を預け、見上げた夜空は生憎の曇天。オルドレッドの顔色もまた相応に曇るも、すぐに意識は陸へ向けられた。

 

 真っ暗闇の中、道標も無く。上陸するアデランテの背におぶされば、容易く水から引き上げられる。

 水濡れや身長も相まって“程々の重さ”を有するはずが、流石は男と言うべきか。あるいはアデランテならではの剛力ゆえか。

 どちらにしてもギュッと肩に掴まれば、程なく目的地へ辿り着く。建物内の暗がりに踏み込み、視界の端に倒れたラットマンに視線を移した。


 いまだ手足は縛られたままで、なおも意識を取り戻していないのだろう。呆れ混じりに歩み寄るも、ふとアデランテの足が重くなる。

 近付いてもラットマンの反応は無く、彼の喉からナイフの柄が突き出ていなければ、蹴り起こしていたかもしれない。


「……透明になる魔法を使う奴がいたんだったな、そういえば。やられたよ」

「風魔法って言ったかしら。本当に徹底してるったら…鞄もご丁寧に盗まれてるわね」


 オルドレッドも肩越しに覗き込むが、彼の脈は確認するまでも無い。胸元に抱えていた鞄も見当たらず、証人も消されてしまった。

 しかし落胆する間もなく。オルドレッドが頬も胸も惜しみなく当ててくれば、屍を隠すように1冊の手帳で視界を遮った。


 顔は見えずとも、頬越しに彼女の笑みがニンマリ伝わってくる。

  

「あなたが縛る前に抜き取っておいたの。大事な証拠品だしね」

「…よく濡れなかったな」

「防水製のポーチだから。先輩冒険者の嗜みよっ」


 背後からポフポフ空荷を叩けば、同時に“馬”を出発させる合図となる。踵を返せばラットマンから離れ、1人分の足音を響かせながら暗い街道を進んでいく。

 2人が向かう先はオルドレッドも知る由がないが、相手がアデランテとあっては、目的地に不安を覚える事もない。

 かと言っておぶられるだけでは暇を持て余し、おもむろに手帳を広げればマッチを点火。道行きを照らすには心許ないが、手元の文字を読むには十分だろう。

 アデランテにも見えるよう掲げれば、程よい速度でページをめくっていく。


 数々の名前に目を凝らすが、良くも悪くも見知った名は1つも無い。その横に日付と金額が羅列され、パラパラと最後まで読み終えた。


「…桁違いの取引額が2件。商品名目は“生体搬入”で、購入者は“ボルテモア・ランドスケープ”…偽名だったとすれば、とんだ外れクジね」

「用心深い調達屋なら、相手の身元を把握してると思うぞ。少なくとも脅迫できる準備をしながら、万が一の時は証拠を消せるようにも備えていた男だ。そんなヘマはしないさ」

「それなら拷問された時にサッサと鞄の場所を教えれば、死なばもろともで苦痛も相手も一瞬で終わらせられたじゃない。死ぬまで口を閉ざす意味が分からないわ」

「話しても殺されていた。けど、黙っていれば帳簿の事を知ってる奴が…それも爆発を生き延びる程度の実力と執念を持つ奴が見つければ、刺客を放った奴に必ず一矢報いる事ができる…そう思ったんじゃないかな。私だったらそうする」

「……縁起でも無い事言わないで」


 ゴンっと後頭部を頭突かれ、首筋に囁かれた吐息に身体が震えそうになる。すかさず誤魔化すようにオルドレッドを担ぎ直したのち。

 

(…ウーフニール)


 周囲を警戒しつつ、心の内にひっそり呼びかけた。

 

【どうした】

(調達屋の所で目ぼしいものはなかったか?)

【具体的には】

(…魔物絡みだったり、取引相手に関する情報に繋がる何か)

【特に無し】

(う~ん、私らは向かいの建物で見張ってた連中を警戒してたからな。他に何か見つかれば良かったんだが…まぁ、何とかって奴が…)

【ボルテモア・ランドスケープ】

(そいつを揺すれば、何か出てくるだろうよ。あとは帳簿を何処までうまく使って話を聞き出すか、ってところか)

【該当する人物は死亡が確認されている】

(……うそだろ?)

【他殺に伴い、衛兵が現在対応中】

 

 淡々と零される事実を尻目に、落胆を覚える情報に肩を落とす。おかげで胸中がオルドレッドに伝わり、再び頬が擦り合わされる。

 まるで古傷を撫でるように当てられるが、一方で密談をするにも丁度良い距離だった。


「…もしかして、あなたも気付いた?」


 グッと首に絡めた腕が引き金とばかりに、そよ風よりも静かな声が零された。


「……気付いた、って何がだ?」

「とぼけなくったって良いのよ。襲撃してきた奴らが会議室で道を塞いだ連中だって事は知ってるでしょう?じゃあ、あの会議には誰が集まってたのか、って話になると思わない?」

「…依頼人の陣営、か」


 慰めるようにオルドレッドが身体を重ねるが、追い打ちに気は重くなるばかり。確かに“門番”の雇用主が魔物の取引相手なら、レミオロメの陣営に責任は移る。

 そしてウーフニールの追認は、“ボルテモア”が雇い主であった事を確定した。


「……くっそ。私が摂り込んでいればッッ」

 

 歯を食いしばる呟きに、オルドレッドの疑惑の眼差しが横っ面に刺さる。慌てて俯けば足元の青い煙を目で追うが、心中では事件のことばかりが浮かぶ。


 

 陣営内でも諍いがある事は、レミオロメもはっきり名言していた。そうなれば動機は急速な人気を得た、依頼主カルアレロスへの嫉妬。

 選抜戦争のどさくさに紛れ、ボルテモアが魔物の投入に踏み切ったと思われるだろう。自陣営の悪評に繋がる事はもちろん、最悪な形で相手陣営が当選する事になる。

 

 そんな情報をバーティミエルに流して良いものなのか。成功報酬たる“脱出路の提供”が現実味を増す一方で、何故犯人が。

 ボルテモアが殺されたのか疑念を払拭する事もできない。護衛に口封じを任せたのちに、誰が彼の始末を命じたのか。 

 当人が死んだ今となっては、もはや真相も闇の中だろう。


「…もう1つ。気になる事があるのだけれどっ」


 背中や首を圧迫し、不意打ちとばかりにオルドレッドが身を乗り出す。2本目のマッチまで着火すれば、再び視界を帳簿が遮る。


「注文の日付…どっちも魔晶石学が実戦力学と合同で講義を始めるずっと前なのよ。魔物も一朝一夕で手配できないでしょうから当然としても、その頃はカルアレロス様も休講していたし、大抵は室内で生徒に教えていたみたいだから…」

「大グラウンドで授業を行なう事を見越して、魔物をあらかじめ注文していた…って事か?」

「……疑いたくはないけれど、講義の合併を提案したのってズィレンネイトさんよね」

「とても悪事を働く人柄には見えなかったけどな」

「人は見かけによらないものよ?それに利害が一致すれば、どんな事でもやってのける危険性はいつだって孕んでるんだから」


 マッチを消し、暗闇が一帯を覆うと共にアデランテも息を呑む。彼女が指す“魔が差した悪人”など、怪物(ウーフニール)に比べれば可愛いもの。

 それでもグゥの音も出ないオルドレッドの一言に。証拠は着々と消え、憶測と疑念ばかりが増えていく現状に。


 ボロを出さぬよう口をつぐみ、帰路を急ぐほかなかった。

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