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183.追撃の月夜

 夜闇を爆炎が引き裂き、歪な明かりが轟々と一帯を照らす。瓦礫が忙しなく水面を叩く様は、雨が降ったようにさえ思えたろう。


 人のいない騒々しさは止む気配がないものの、ふいに湖面をごぽごぽ泡が浮かぶ。


「――…っっぷっはぁぁあ!!……一応、礼は…言っておくわ」


 三者三様。各々が水面から顔を出すや、慌てて陸にしがみつく。アデランテ以外は着水まで悲鳴を上げていたおかげで、呼吸する度に肺が痛む。

 

 しかし這い上がろうと腕に力を込めた刹那。背後へ身体が傾き、再び水の中へ引きずり込まれる。

 睨むようにオルドレッドが振り返れば、犯人はやはりアデランテ。水中にも構わず怒鳴りかけた時、突如頭上が煌々と照らされた。

 見上げれば水面を炎がのたうち、陸に上がっていれば丸焦げだったろう。


 呆然とするも束の間、今度は腰を掴まれて横へ引き寄せられる。泡沫を零しながら建物裏へ移動し、2度目の息継ぎは喉が焼けるようだった。


「…ふぅー。2人とも大丈夫゛ぅッ゛ッ゛……か?」

「げっほえっほ…き、急に沈めるんじゃないわよ!危うく溺れる所だったじゃない!」

「ぐッ…だからって殴る事ないだろ!?」

「“伏せろ”とか“危ない”とか、何でもいいから事前に一言叫べないのっ?」

「そんな時間があったら、“外に魔術師がいる。気を付けろ”…くらい言ってたさ!」

「変な開き直り方しないでっ」

「そもそも緊急時に文句を言うな!最善を尽くすには、言葉より行動が先に来る事だってあるんだ!」


【貴様が人の事を言えた義理か】


「放っておいてくれッ!」

「何よっ!パートナー契約を破棄する気!?」


 ヒリつく頬を撫でつつ、小声で言い争うアデランテの脳裏が揺さぶられる。

 同時に会話を不自然に切り。まだ終わっていないとばかりに睨むオルドレッドも、異変に気付いたのだろう。

 視線を追えばラットマンが陸に倒れ、口から水を垂れ流している。掠れた嗚咽で生存は確認できるが、気絶してなお鞄を放さなかったらしい。


「…あの爆発。“誰も信用してない”って言うのも、ここまで来ると執念を感じるわね」

「自分の身に危険が迫っていたからか。それとも普段から準備してたのか…今となってはどっちとも言えないな」


 溜息を吐きながら陸に上がり、手を差し出せばオルドレッドも引き揚げる。同時に“証人”の護衛と監視を視線で頼むも、険しい表情が“ノー”と返す。

 仕方なくラットマンの傍に屈めば、濡れた服を乱暴に引き裂いた。そのまま手足と口を縛り、扉のない建物の中へと放り込む。


「敵は確認したところ3人だ。向かいの建物でずっと私らを見張ってたらしい」

「…行動へ移す前に教えて欲しいのだけれど、見張りに気付いたのは建物に入る前と飛び出した後のどっち?」

「入る前…と言うよりも、アーザーに来てから私らの後をずっと尾けてたな。爺さんに会う “一騒動”の前には撒いたはず何だが」

「先回りされたって事?でも私でさえ気付けなかった手練れって……ちょっとショックね。先輩冒険者ってあまり口にしない方が良いかしら」

「私は“目立つ”からな。色んな奴がジロジロ見てくる中で、選別するのも大変だと思うぞ?」


 普段フードを被る理由を暗に仄めかし、浮かべた笑みを相殺するように、オルドレッドは口元をしかめる。

 だが夜間に木霊する足音が、即座に2人を冒険者の顔つきに戻す。建物に素早く身を潜め、程なく3人分の影が通りに伸びた。


 1人はフードを被らず、両手に魔晶石をそれぞれ収めていた。背後に2人の傭兵を従えるも、雇われているのはむしろ先頭の男。

 衣装はアーザーの住人に同じく、ボロボロの服を纏っている。挙句にサッサと歩くよう急かされ、その様相は捕虜にも見えよう。



 それでも水面に業火を放ったのは、紛れもなく彼自身。関係の悪しきを問わず、同じ“仲間”である事に変わりはない。

 厄災の香りに辟易するも、ウーフニールの囁きで一層表情が険しくなる。


(…後ろの2人が会議室の前にいた門番?それって私らを追い払って、オルドレッドを怒らせた奴の事か?)

【認識に相違はない】

(……つまり、あの傭兵を雇った奴が魔物騒動の黒幕ッ…のはずはないよな。下請けの下請けって感じがする)

【喰らえば分かる】

(簡単に言わないでくれよ…)


 溜息を吐くように隣を見れば、弓を構えたオルドレッドが映る。 恐らく2人の傭兵が、会議室の門番気取りである事に気付いているのだろう。

 一行に向けた眼差しは鋭く、今にも撃ちそうな彼女がふと瞳を向けてきた。


 弦を絞る音が木霊し、無言の要求に首を縦に振った途端。放たれた矢が先頭の男を射抜き、瞬く間に水面へ叩き込む。

 てっきり傭兵を射るとばかり思っていたが、彼女も冷静であったらしい。まずは厄介な“魔術師”を排除し、直後にアデランテが躍り出た。


 あわよくば相手の不意を突くつもりが、流石は“護衛”というべきか。戸惑う様子は微塵もなく、あるいは使い捨ての雇用者だったのだろう。

 仲間の骸を拾い上げるや、勢いよく投げつけてきた。


 

 もう1人の傭兵もボーガンで応戦し、双方を躱したところで奇襲の恩恵は消滅。自然とアデランテたちが二手に分かれるや、相手も動きに合わせてくる。

 夜闇を4人分の足音が駆け、やがて互いのパートナーが姿を消した。


「――…よぉ、色男。こんな所で再会するとは奇遇だな」


 やがて男の声だけが木霊するや、足を止めたのは廃墟の一室。悲鳴を上げても人が来ない空間に、相手も待ち伏せや罠を警戒していたらしい。

 しばし周囲を警戒していたが、程なくアデランテが1人である事を察したのだろう。醜く歪んだ笑みは、彼の本性をそのまま表しているようだった。


「あわよくば手柄を横取りするつもりだったが、世の中うまくいかねえってこった」

「てっきり証拠隠滅に来てたのかと思ったけどな」

「それじゃあ、まるで俺らの依頼主様が魔物の密輸に関わってるようじゃねえかよ。根拠もなく人を疑うのは感心できんぜ、兄ちゃん」

「ただの直感さ。気にしないでくれ」


 興味がなさそうに告げるも、戦闘の狼煙には十分だったらしい。素早く武器を抜いた男の手にはステッキが握られ、魔術師の類かと一瞬身構えた。


 しかし枝を剣の形状に編み込んだ物体に、アデランテの困惑が顔に浮かぶ。傍目にも初見の武器である様子が、さらに男を愉悦に浸らせた矢先。

 駆け出しながら繰り出された大振りの一撃を容易く躱す。単純な軌道に軽く仰け反るだけで済むはずが、突如頬を打撃と熱が襲い掛かった。

 弾けるような音に痛みも付随し、バランスを崩したのも束の間。連撃が的確にアデランテの身体を穿ち、殴られたような衝撃が全身を打った。


 ようやく打撃から解放されるが、トドメの蹴りが胴体にめり込み。一瞬息が詰まったものの、直後に振り上げた剣先に男は後退。

 同時に鞭打を抜け目なくアデランテの横っ面に入れ、身軽に距離を取っていく。


「ほぅ?わざわざ対人用の武器使ったってのに、まだ立ってられんのか。ただ顔が良いってわけじゃなさそうだ」

「…魔物用と人間用で武器を使い分けてるのか?随分とマメな性格なんだな」

「こちとら護衛の“通常業務”に殺人はご法度ってんで依頼を受けてんだ。そん位の準備をしとくのがプロってもんだろ?」

「火を浴びせかけた後で、生かして捕らえる気があったとは驚きだよ」

「そいつは相棒の提案…つーか、独断だ。俺は止めたんだぜ?殺っちまったら話が聞けなくなるってな」

「“ただ”話を聞くためなら武力行使しなくったっていいだろ。何か疚しい事でもなければ建物を出た時か、そもそも魔晶石を持たせた奴に尾けさせずとも最初から接触してきたはずだ。違うか?」


 ヒリつく身体を誤魔化すように笑って返せば、図星だったのか。はたまた会話に飽きたのか。

 アデランテが言葉を切るや、距離を詰めた男が“鞭”の先端を鋭く突き出す。目を狙った一撃に顔を逸らすが、しなった武器は代わりに腕を叩く。

 常人ならば握っていた手を開き、武器を落としていた事だろう。


 だが手放せない“呪われた”特性に頼らずとも、自力で柄を握り込んだ。すかさず反撃に出るが、鞭状の一撃を躱す事は不可能に近い。

 着弾地点が外れようとも、しなった先端が他の部位を叩きつけていく。


 おかげで深く踏み込む必要はなく、躱そうが防ごうがダメージを与えられる。傍目にもどちらが劣勢かは、負傷度合いで分かったろう。


 

 しかし目も慣れてきた。

 

 よろめいた直後、頭部に振り下ろされた一撃を剣で防ぐ。すかさず男は当然の如く手首を捻らせ、軌道修正を行なう。

 

 次に狙った先は首筋。骨と筋肉が弾ける音に顔が歪むも、反射的に先端を掴んだ。

 咄嗟の行動に男も驚き、アデランテの剣先が霞めるよりも早く武器を手放した。


「…っぶねー。掴もうとする奴は何人も見たが、成功したのは兄ちゃんが初めてだわ」

「お褒めに預かり光栄だね」

「別に褒めちゃいねえさ……ったくよ。生け捕りにして情報吐かそうってのに面倒臭え…なぁ、兄ちゃんよ。何をどこまで掴んでんのか、チャチャッと教えてくれねえか?」

「やっぱり調査ではなく、証拠の隠滅が仕事か」

「何だって良いだろうがよ。生憎相方は加減が出来ねえ性分なんで、俺が聞く側に回らにゃならねんだ。まぁ、痛ぶる趣味はねえから、抵抗してなきゃ姉ちゃんも楽に死ねてるだろうよ」

「そいつはどうかな。彼女、あぁ見えて結構しぶといぞ?」

「なら苦しんで死んでるだろうな…で、話すのか?話さねえのか?まごまごしてっと、相方に合流されちまうから、返事はサッサとぅっ!!?」

 

 一気に距離を詰めたアデランテに、今度は男が引き下がる。双剣を引き抜き、素早い一撃を巧みに逸らしていく。

 


 だが避けたはずの剣戟が、鋭く男の顔を裂いた。


 さらに腕。身体。足。

 全身を嬲るように剣が切り裂いていき、有り得ない太刀筋に全力で後退する。


 まるで剣が蛇の如く曲がって見えたが、恐らく目の錯覚だろう。直ちに体勢を整え、突進すれば牛のように双剣が突き出される。

 単純な軌道にアデランテは容易く横に躱すが、動きを想定した男が直後に横へ太刀筋を展開。二段構えの斬撃に、当たれば相手の身体は三等分されるはずだった。

 


 しかし剣先が触れるよりも早く。突如熱気と業火が男を襲い、全身に纏わりつく炎に武器を手放した。

 必死に転がっても火は消えず、這うように建物を離れて湖面に飛び込んだ。


 途端に白煙が立ち昇り、程なく男が息継ぎに浮き上がる。吸った炎は口内をも焼き、それでも適切かつ迅速な処置のおかげか。

 そして何よりも殺意によって、男の身体はまだ動く。強引に陸へ這い上がるも、水を吸った装備が重い。

 炎から身体を守ったとはいえ、戦闘が終わり次第破棄するだろう。


 もっとも激痛によって引き起こされた現実逃避も、激痛によって再び現実に意識を戻される。悶えている暇も無く、思考は直ちに数秒前の出来事を振り返っていた。



 相手が口を開いた瞬間に放たれた業火は、一体どんな手段を用いたのか。

 毒霧とは訳が違う一撃に感心するも、絶え間ない痛みが。建物内に立ち込める黒煙を纏うアデランテの出現が、男の思考を強引に削ぐ。


「――…げっほげっほっごほッ…もぅ、何なんだよアレは?前は見えなくなるし、喉も肺も焼けるし、もっとお手軽に吐けなかったのか?」

【慣れろ】

「身体のゾワゾワも苦手なのに無茶言うなッ。大体勝手に吐かないでくれよ!アレの相手は私1人でも十分なんだ!」

【戦況は不利なように見えた】

「初めて見る武器に驚いただけだろ!?…でもおかげで剣をしならせる戦い方も出来て、結構面白かったな。やっぱり戦闘は何度こなしても学ぶ事が尽きなッ……あっ」


 先の緊張感を忘却し、何事もなく歩いていた所で否応なく視線が交わる。悪戯が見つかった子供のような反応をするアデランテに、男は増々戸惑うばかり。

 挙句に打鞭で散々叩いた肉体には、痣1つ見当たらなかった。


 いよいよ化物染みて見える相手に。痛みで入った殺る気スイッチに、すかさず男の秘密兵器が火を噴いた。


 放たれた1発目をアデランテが咄嗟に躱すや、背後で爆発が起きる。2発目も身体を投げ出して避け、3発目は危うく直撃しかけた。

 5連射式ボーガンによる発射速度に加え、全て魔晶石を仕込んだ矢尻付き。アデランテに近付くリスクも無くなり、焼け爛れた肉体を動かす必要もない。

 圧倒的な戦況にほくそ笑み、幸いな事に相手も水上へ逃げ出した。


 無計画な逃走経路に勝利を確信し、文字通り“高い”授業料の4発目を発射。射出されてから着弾まで、距離にして1秒と掛からなかったろう。

 だが僅かな滞空時間すら持て余すように。アデランテが水面を勢いよく踏みつければ、直後に水柱が迸った。

 同時に細長い影が姿を覆い隠し、男が驚愕する間もなく矢は着弾。爆発と共に遮蔽物の残骸が弾け飛び、破片が容赦なく男を襲った。


 躱せるほどの体力も残されておらず、全身を穿つように直撃すれば、その内1つが腕に直撃。それと同時にボーガンが誤射され、男の目と鼻の先で矢が暴発してしまう。

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