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182.守銭奴は譲らない

 建物沿いの浮橋を渡り、時折隙間を飛び越えて順調な旅路をやり過ごす。迷路のように入り組む裏地区を進み、目指すは調達屋の住処。

 そこまでの案内にラットマンが先導し、その後ろをオルドレッド。そして最後尾に小舟を被るように抱えるアデランテが付き従う。


「…あの子も言っていたけれど、律儀に返さなくたっていいのよ?大人3人で乗れなかったんだから、仕方ないじゃない」

「壊れたならともかく、乗り捨ては流石に悪いだろう?だからオルドレッドたちに乗ってもらって、私は並走するって言ったのに。何ならロープに括りつけて引っ張っても良かったんだぞ?」

「知らない男と2人きりでボートに乗るなんてイヤよ」

「俺はラットマンってんだ。漕いで欲しいんなら、喜んで姉ちゃんを“運ぶ”ぜぃ?」

「お黙りっ」


 足を止めた男の背中をオルドレッドの声音が押し、引き続き案内を強行させる。酒場を離れてから数十分と経過しているが、目的地はいまだ見えない。

 一帯は月明かりすら差し込まず、暗闇に包まれた裏地区は静寂に包まれている。女子供が出歩くには危険すぎる空気が漂うも、唯一の道標はラットマンだけ。

 罠を警戒しつつ周囲にも視線を走らせ、あと数歩で残りの距離を聞こうとした時。

 

 ふいにラットマンの足が止まり、グッと顔を上げた。視線を辿れば高層の建物が映るが、至る所が穴だらけの錆まみれ。

 全体的に薄汚れた他の“家々”がマシに見え、どう捉えても廃墟でしかない。オルドレッドの険しい瞳に気付き、慌ててラットマンが言葉を紡いだ。


「う、嘘じゃねえって!?あいつは用心深いって言うか、誰も信用してねえから、こんな辺鄙な所に1人で住んでんだよっ!何度俺らのアジトに誘っても、“生理的に無理です”とか抜かしやがって…」

「彼の住処を知ってる人は他にいるのかしら?」

「俺だけだよ。言ったろ?誰も信用してねえって。多分姉ちゃんらと会えば、明日には別の場所へ引っ越してるぜ」

「…でもあなたは信用したのよね?」

「もともと賭けで負けが込んだ時によく金を借りてたんでな。だから肉体労働ってんで、大学から調達した物の売り捌きやら運び人やらで、帳消しにしてもらってたんだ。グラントにもその縁で紹介したって所だな」

「とにかくサッサと行こう。ゆっくりしてると朝になるぞ」

「ままま待ってくれ。ちょ、ちょいと待ってくれ…あくまで聞き込み、だよな?来る前にも言ったが、“ノウハウ”がなきゃココでの生活は厳しいんだ!」

「話を素直に聞かせてくれるならな」


 小舟を水面に浮かべる間、ぽつりとアデランテが呟く。

 不穏な声音に2人は息を吞み、片や観念して。片や信用して。

 やがて立ち上がったアデランテが向けた視線から、慌ててラットマンが先を進む。


 すぐさま伽藍洞の入り口を抜けるが、建物内には一切扉が無い。荒れた通路や階段を歩き、調度品の類も見当たらない事から本当に無人なのだろう。

 空室ばかりを通り過ぎ、聞こえてくるのは足音と風の音だけ。

 今にも幽霊が飛び出そうな空気に。そもそもラットマンの言う“調達屋”は本当にいるのか。

 一瞥する限りでは、人が住んでいる気配は感じられなかった。


「…ねぇ」

「安心しろってのっ!この場所であってっから。いまさら罠に掛ける真似なんざしねえよ」

「その調達屋に会う奴は、お前以外にいるのか?」

「知らねえよ。仮にいたとしても知ったこっちゃねえし、ベルムゾンは誰も信用してねえから、俺に教えたりしねえっての…ちょい待て」


 6階に辿り着いたところで、ラットマンが静止を呼びかける。視線の先はやはり扉の無い部屋だが、明らかな警戒態勢に自ずと冒険者にも緊張が走った。


「……普段は板で入口を塞いでやがるんだ」


 零された言葉に武器を抜き、無理やり彼を引き戻す。アデランテが先頭に立ち、目にも止まらぬ速さで部屋へ滑り込んだ。


「…入ってくれ」

 

 続けて聞こえた声に、オルドレッドが男の背中を押す。訝し気に振り返る間もなく、再び小突かれて2人も潜入。

 途端に視界へ映ったのは、漁り尽くされた豪華な一室であった。


 ソファやテーブル。ベッドに物入れ。


 富豪とは言えないが、外界でも裕福と言えば通用したろう。区画の面影を残すのは壁や天井くらいだが、品評会をしている場合では無い。

 煌びやかな部屋も今や全てがひっくり返され、高価な絨毯もめくれている。夜逃げの構図が一瞬浮かぶも、家主が自ら荒らす真似はしないはず。

 

「廊下の埃が蹴散らされていたから、もしかして…とは思っていたけどな」

「タイミングからして、あなたのご同業が来たってわけでもなさそうね」

「…ベルムゾン?」


 恐る恐る“護衛”からラットマンが離れ、オルドレッドもまた移動する。2人が調達屋を探す間に足を止めれば、ザッと部屋の様相を見回した。

 

 建物の屋上は欠けていたはずだが、天井を雨避けにしているのだろう。廊下も乾いている様子から、上階も封鎖しているのかもしれない。

 肌に張り付く湿った空気を感じつつ、アデランテも捜索に加わろうとした時。突如2人を背後に引き寄せ、部屋の入口へ無理やり戻した。


 息が詰まる強引さにアデランテが睨まれるも、一行と視線が交わる事はない。瞳の先の絨毯を剣先でめくるや、床には薄っすら魔法陣が浮かんでいた。

 

「…調達屋が魔術師だって話は?」

「……聞いた事もねえな」

「そんな事を言ったら、自分の部屋を普通漁るかしら?」


 疑問で溢れ返る一室で、さらに剣先を押し込んで絨毯をめくった刹那。ロウソクの淡い明かりを反射した、赤い血だまりが一行の視界に飛び込んだ。

 


 直後に顔を上げたアデランテがラットマンを蹴り飛ばせば、フードを羽織った一団が何処からともなく姿を現した。

 虚空から出現した様相に驚くも、身構えた冒険者に対して襲撃者4人は手ぶら。武器の類は所持しておらず、代わりに握った黒曜石が彼らの手元で光った。


 1つ輝けば一陣の風が吹きつけ、咄嗟に飛び退けば宙が無残に引き裂かれた。かまいたちに驚く暇も与えられず、また別の魔晶石が光れば壁の一部が震え出す。

 パズルのように瓦礫が崩れ、無数の石礫が襲い掛かればすかさずアデランテが全て叩き落とす。


 その間も3人目の石が炎の槍を放ち、狙われたオルドレッドが棚を倒して防ぐも、素早く弓で狙えば氷の壁が阻んだ。

 彼女がキッと睨みつけた先には、4人目の襲撃者が石を光らせている。


 

 それぞれが魔術を放ち、ラットマンを遮蔽物に蹴り入れたオルドレッドも、彼の身を守るので防戦一方。

 アデランテも二の足を踏んでいたが、四者四様。使う属性は違えど、飛び交う魔術は皆同じ。


 風の刃。瓦礫の砲弾。

 炎の矢。氷の防壁。


 詠唱を無視し、石が光る度に発動されているのは、予め呪文を魔晶石に封じているから。代わりに1種類の技しか放てない即効性の術式だと、魔晶石学で“習った”知識がウーフニールから流れ込む。

 


 それからは実戦力学が如く身体が動き、素早く風刃を避ける。床に落ちた本を蹴り上げて“氷の魔晶石”を弾き、瞬く間に襲撃者は防衛を失った。


 攻勢の色にオルドレッドも飛び出し、次々敵を仕留めていけば、かまいたちも。火の矢も。

 石の礫さえ彼女らの反射神経を持ってすれば、単調な一撃でしかない。猛攻を容易く掻い潜り、1人を残して瞬く間に襲撃者を殲滅。

 最後に残された敵は、形勢逆転に迷わず部屋から逃げ出した。


 しかしラットマンがここぞとばかりに立ち塞がるや、咄嗟に走った先は絨毯の上。途端に敵の身体は燃え上がり、悲鳴を漏らす余裕も無く床へ倒れ込んだ。



 “自害”ではなく、事故であった事は最期の断末魔と表情が物語っていた。


「さて、明かりも確保できた事だし、家探しを始めるか」

「……随分と冷静なのね。また襲撃されるかもしれないって言うのに」

「相手も戦力を出し惜しみ出来る状況でもないだろ。来るなら今頃襲ってきてるはずさ」

「それでも油断は禁物よ…魔術の罠にもよく気付けたものね」

「前に魔術師を追いかけてた時に似たような事があってな。場所が場所だし、一応警戒はしていた」

「それなら教えてくれても良かったんじゃなくて?私たちが何も知らずに進んでいたら…それに連中、何処から現れたのかしら。まるで空中から現れたように見えたわ」

「ウーフニ…ちょっと考え事をしてたら話すタイミングを失ったんだ。それと姿が見えなかったのは風魔法で姿を眩ます術があるらしいから、多分それだったんじゃないかな」

「…そんな話、何処で知ったの?」

「……知人に教えてもらった」


 顔を逸らすアデランテに、オルドレッドは訝し気に詰め寄る。その間も血の気が引いたラットマンは、襲撃者の死体を一瞥。

 しばし呆然と佇んでいたが、やがて視線を絨毯下の血だまりへ落とした。ビクつきながら覆いをめくり、引きずった血の痕を目で追っていく。

 

 ラットマンの様子にアデランテたちも目配せし、再び警備態勢を強化した所で先を進んだが、警戒を尻目に魔法陣の罠も襲撃もなく。代わりに質素な空間へ悠々と足を踏み入れた。


 表の部屋とは異なり、視界に入るのは区画相応の古びた家具にズタズタのマット。

 前室が虚栄のようにすら感じるが、あるいはビジネスのため。己の経営手腕を“客”に魅せる、事務室の類だったのかもしれない。


 住人のしたたかさが伝わってきたが、当の本人は奥の壁で物言わず座っていた。

 身体の前面を切り刻まれ、服には焼け跡も見受けられる。確認せずとも絶命している事は一目瞭然だろう。

 

「……これで俺の借金はチャラって事か…裏地区に残る理由も無くなっちまったが…」

「連中は何を聞き出そうとしたんだろうな」

「少なくとも私たちが求める情報を持っていた可能性が高いわ。まだ襲ってきた連中が室内にいたって事は、“終わったタイミング”で来てしまったって所かしら」

「血は大分乾いてるから、結局聞き出せなかったんだろうよ。捜索に手間取ってたなら…お目当ての物はまだ見つかってないな」


 アデランテの一言で即時に全員が散開し、早速“証拠”探しに勤しむ。

 ラットマンはもはや逃げる気も無いのだろう。知人の非業な死に怯え、命綱とばかりにオルドレッドから離れない。

 探索にも積極的に協力し、自身に証人以上の価値がある事を示そうともしている。


「…ところで何か心当たりのある物はないの?がむしゃらに探すのは趣味じゃないのだけれど」

「俺が知るかよ。こちとら会った時の言い訳考えんので精一杯だったっつの」

「大罪人になりたくなければ、もう少し役に立ちなさいよね。魔物の運搬を証言するにしても、あなたの妄言って一蹴されたらどうしようもないんだから」

「…そりゃベルムゾン(使えそうな奴)が殺られて腹が立つのは分かっけどよ。何も俺に当たる事はねえんじゃねえの?」

「護衛して欲しいのなら、余計な口も利かないでっ」


 小声にも構わず伝わる気迫に、ラットマンも思わず萎縮する。それから会話が途切れるも、腹を立てた理由の大元は別にあった。

 もちろん敵に先を越された事は悔しいが、美貌を忘れる形相で部屋を調べる間も、時折前室へチラッと視線を移す。


 例え冒険者であれ、オルドレッドも乙女である事に変わりはない。それがラットマン(馬の骨)と2人きりにされ、アデランテも襲撃された別室を探索中。

 酒場までの舟旅で癒えた心に、再び暗雲が立ち込める。


 それでも冒険者としての悲しい性か。手足は真面目に探索を続けるも、ふいに動きを止めたラットマンに注意が向く。


「…何よ急に」

「あの野郎、確か帳簿ってのを付けてたはずだ。会う度に借金の額を確認してやがったから、もしかすればソイツを…」

「どんな見た目!?」


 鬼気迫るオルドレッドに再び萎縮し、辛うじて紡げた言葉は“変哲のない手帳”。とんだ肩透かしに気持ちも隠さず、渋々探索を再開した矢先。

 ようやく戻ってきたアデランテと目が合うも、心ここに非ずと言った様子だった。


「どう?そっちで何か見つけられた?」

「すまないが、何か探してたわけでもないからな。オルドレッドに進展は?」

「…変哲のない手帳を探せば、何か手掛かりを得られるかもしれない、って位かしらね」

「ふ~ん……そこの瓦礫は調べたか?」


 アデランテの“サボリ”を咎める前に、指摘された部屋の隅を一瞥する。崩れた壁が積み上げた瓦礫の小山は、建物のあちこちでも見受けられたもの。

 特別注意を惹く光景でもないが、それでも助言は助言。大人しくラットマンが瓦礫を漁り、オルドレッド共々アデランテが背後を警戒する。


 しばし石屑の崩れる音が響くも、やがて一際大きな塊がガラリと崩れた時。腕を突っ込んだラットマンが身体を起こすや、抱えられた鞄が否応なく注意を惹いた。


 互いに向き直り、戦果をここぞとばかりに見せつけた瞬間――。


 

 ピンっ――と。静寂に乾いた音が響き、全員の思考が停止する。誰もが反応に遅れたものの、ウーフニールの視界に映った真実は1つ。

 鞄に繋がった紐が取れ、危機感を覚えるのに説明など不要だった。


 すぐさまオルドレッドを肩に担げば、ラットマンの首根っこを掴む。全力で部屋を抜け、ガラスのない窓を飛び出した途端。

 爆音が背後で咆哮を上げ、強烈な熱気が背中に襲い掛かった。


 炎が噴き出す頃には4階まで落下し、2人分の悲鳴は瞬く間に湖に呑み込まれる。

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