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175.ミーティング・スペース

「――でさぁ。爺さんの長い話の後でやっと宿を紹介してもらったら、人の家だったんだよ!食材はそこの住人と共同っぽくて、がっつり食べるわけにもいかないし、“ナントカ様に補給して貰えるから遠慮なく”って言われても…」

【バーティミエル・ナサニアス】

「そう、ソイツ!でも焼き魚1匹でも豪華な食事だ、って言われて遠慮しないわけにもいかないだろ?本ッッ当に大学は窮屈な場所っていうか、籠の中の鳥っていうか…」


 ソファにどっかり腰かけ、淡い光が照らす臓書でアデランテの愚痴は止まらない。机に並ぶ肉料理を頬張る手も休まらず、喉に水を流し込んだ所で一息吐いた。


「…ロゼッタはどうだ?いっぱい食べさせてもらってるか?」


 そのまま視線を降ろせば、膝に座る金髪緑眼の美少女と目が合う。豪華な食事には目も暮れず、黙々とクッキーを食んでいる。


「……どうなんだ?」

【自発的に食事を行ない、朝昼夕の3食を摂るまでに生体は向上。特に甘味へ興味を示す傾向がある】

「甘い物か。私も甘い物は好きだからな~…うん?あれが欲しいのか?」


 書架で読書に耽るウーフニールと会話する最中、ふいにロゼッタが机に手を伸ばす。指先を辿れば水差しを欲しており、パッと取ってやれば彼女の口にあてがった。

 角度に注意しつつ、程々で外してやればロゼッタの幼い唇から吐息が漏れる。


【悪習を助長するなと何度言わせる】

「他の誰に見られてるわけでもないんだから、少し位良いだろ?」

【日頃の経験則が繁栄されるのだ。外部にて真似をした場合、責任の所在は貴様にある】

「分かったよ…ロゼッタ、今のはダメな大人の見本だからな?私みたいになるなよ」

【今後とも控えろ。再発した場合、臓書内における一切の食事行為を禁ずる】

「それだと私が来る理由が半分なくなるじゃないかッ!?」

【完全に、ではないのか】

「そんなわけないだろ?地下での訓練もあるし、ウーフニールとも面と向かって話したいし……それに、な?」


 3枚目のクッキーを食むロゼッタを抱き上げ、胡坐の上に座らせる。臓書へ来るもう1つの理由を頬擦るも、無数の瞳は新たな事象を静かに観察した。



 心の内を訪れるアデランテの活動は主に3つだけ。

 

 常人ならば胃が裂ける量の食事を摂り、愚痴や雑談を心ゆくまで交わす。それらに満足すれば、次は地下へ模擬死闘を繰り広げに出掛ける。

 稀に書架を眺めて回る事もあるが、取って見る本は挿絵調のモノだけ。眼を閉じても追える習慣も、ロゼッタの訪問によって今や様変わりしていた。



 貪るような食事速度は低下し、相対的に摂取量も幾分か減った。ロゼッタが座学の成果を披露すれば、活字だらけの物でさえ喜んで目を通している。

 挿絵の無いページでも5秒は留まる様は、飛躍的な進歩と呼べるだろう。



 一方でロゼッタも随分と自己主張が激しくなった。


 指を差して欲しい物を要求し、一通り言葉も理解している。歳相応の子供が如く動き、生ける屍であった頃の面影は表情くらいのもの。

 今もソファの背もたれに立ち、両腕を広げて日頃の訓練を披露中。バランス感覚を遺憾なく発揮するも、ギルド前の花壇とでは勝手が違ったのだろう。

 半分も進まぬ内によろけ、すかさずアデランテが彼女を抱き込む。無事を確認すれば4歩分の功績を褒めちぎるが、ロゼッタの気は済んでいない。

 アデランテの腕を退けると再び挑戦し、披露会は知らぬ間に試験場と化していた。

 

 目標は背もたれの反対側に辿り着く事。自ら課した目的を達成すべく、黙々と繰り返す情熱は子供らしいとも言える。

 あとは表情を変え、声も出せれば人間社会に溶け込めるだろう。



 だがロゼッタは紛れもなく“侵入者”。


 彼女が口達者になった暁には、何を言って回るか分かった物ではない。アデランテの意思によって生かされる彼女を、隙あらば処分したいのも事実。



 だというのに何故。 


 成り代わりを生業とする怪物が、何故世話役という面倒事を抱えているのか。本を読む集中力すら切れ、唸り声を零そうとした刹那――。


「――…おーい。ウーフニールッ」


 ふいに元凶の一端が小声で呼びかけ、瞳を彼女へ移す。見れば両手で何度も宙に四角をなぞり、それから膝で眠るロゼッタに指を差した。


 終ぞソファの端に辿り着く事はなかったが、半分を過ぎた所で力尽きたらしい。就寝時には還るはずが、最近はアデランテがいる間も臓書に残る傾向がある。

 また1人“滞在者”が増えた事実に呆れ、書籍から引き出したタオルをアデランテに放れば、片手で受け取ってロゼッタにソッと被せた。

 頬に掛かった髪を梳けばくすぐったそうに身じろぎ、愛らしさにアデランテから笑みが綻ぶ。


 しかし小さな寝息が聞こえ、一帯が静まり返った時。顔を引き締めたアデランテがウーフニールに向けば、ようやく本題へと移った。

 

【始めに確認しておく。洞窟にて貴様は男の話を何処まで聞いていた】

「一言も聞いてなかったぞ。途中から雑談染みてたから、集中力が切れてしまってな」

【概ね大学長選挙における不毛さや、大学の未来なき行く末について語っていた】

「その中で使えそうな情報は?」

【現候補2名の政策にアーザーの地位改善は含まれておらず、怨恨により実行する可能性のある該当者は不特定多数】

「…あれだけ立たされて、聞けた収穫がそれだけだったのか?う~ん…じゃあ無駄話以外の情報を頼む」


 呆れたようにケーキを頬張れば、甘味にアデランテの表情が和らぐ。その間も巨大なシーツが壁に降ろされ、表面にアーザーの区画が映し出された。


 内7割は青く染まり、端には丸い点が1つ表示される。少し離れた場所では三角印が載せられ、強調するように点滅を繰り返した。


 “丸い点”は、バーティミエルがいる洞窟。

 “三角印”がアデランテの泊まるボロ家にして“冒険者特別捜査本部”。


 青い区画は主に大学の産業を支える住人が暮らし、貧しいながらも平和を謳歌する彼らに、大層な襲撃計画を企てる者はいないとバーティミエルは言う。

 だが残りの赤く染まった区画は、彼の統制下に無い。

 

 麻薬。

 酒。

 タバコ。


 学徒が製造した品を購入し、アーザーで売り捌く一団。大学内の悪事を一手に引き受ける集団。

 彼らが従う長はおらず、儲ける為なら家族や友さえ売ると揶揄されていた。


 それでも赤区画の住人を閉じ込める事はせず、大学の出入りも自由。念の為に青と赤の境界線に憲兵団を配備し、衛兵の如く住人を取り締まっていた。

 検査の対象は武器や薬物などの危険物だが、勤めているのは青区画の住人たち。大学の門番と同じく賄賂を受け取り、徴収した物を私物化する報告も挙がっている。


「――だとしても青の連中は大学とコトを構えるような輩じゃない。だから犯人がいるなら地図の赤い場所。青い所は無関係、って話だったかな」

【犯人並びに証拠品を確保した場合、バーティミエルへ先に報告する事が調査の協力条件でもある】

「まぁ爺さんとしては、青い所に犯人がいたら目も当てられないだろうからな。ただドッチも大学の外から既製品を仕入れる手段があって…方法は……外に繋がる下水路か」

 

 口元に手を当て、立体図の周囲に表記された補足にサッと目を通す。


 区画自体は大学よりも歴史が古く、当時の下水路がそのまま地下に残っているが、殆どは老朽化して機能すらしていない。

 残った一握りの配管を使えど、幅と高さは大人が辛うじて這える程。移動中につっかえて文字通り、“帰らぬ人”になる事も多々ある。


 その内いくつかはバーティミエルが押さえ、また厳重に管理。アデランテたちの“裏報酬”に、万が一の脱出路を提供される手筈になっていた。


「でも魔物を運び込める大きさの物ではない、か。オルドレッドが幅の広さを確認したら、即答してたもんな」

【奴の話が事実とは限らん。明かす予定のない通路を隠し持つ可能性は十分にある】

「そんなこと言ってたらキリがないさ。言っとくけど爺さんを摂り込むなんて近道はナシだからな……えーっと、なになに。“デミトリアによる魔物の搬入も可能性大。魔法陣による荷の転移”…でみとりあ、って何だ?」

【敷地内外の出入りを管理し、扉から別の空間へ転移する魔法陣を管轄する部署だ】


 見慣れぬ単語も瞬時に補足され、成程と納得出来ても事件の真相は見えてこない。それでも拾った手掛かりから、アーザーによる犯行が濃厚である事。

 レミオロメの反対勢力から依頼された可能性が大きい事。複数犯による凶行にして、赤い区画の住人が怪しい事。


 少しずつ捜索範囲を絞れてはいるが、殆ど憶測の域を出ない。唯一確実なのは、現場に残された足跡のみ。

 本人の足底さえ視界に捉えれば、ウーフニールが直ちに特定できよう。



 しかしアーザーの区画に、一体何十何百という住人がいるだろうか。赤い地区に絞れても、1人ずつ足を持ち上げるわけにもいかない。

 溜息を吐けば背もたれに身体を投げ出すが、膝にロゼッタが眠っていなければ、アデランテもソファに寝転がっていたろう。


「…アーザーを仕切ってる奴のこと。ウーフニールから聞いた時は、もっとゴツい男を想像してたんだよなぁ」

【それがどうした】

「来た時は無法地帯だったって話だろ?それが年寄り1人で何とかなるもんじゃないだろうよ」

【瓜二つの用心棒がいた】

「それでも3人だけだぞ?……そういえばココをまとめ上げた方法の話もしてたっけか。まさか武力で従わせたわけじゃないよな」

【密輸と薄ら暗い取引】

「だとしても7割を黙らせて、残りを奥に押し込める程の規模だぞ?ちょっとやそっとの取引じゃ、簡単にはいかないだろうよ…ところでアミュレットの捜索はどうなってる?」

【その件と何の関わりがある】

「関係はないさ。ただ爺さんについて調べられそうなら頼めないか?多分ココに来る前はそれなりに良い役職に就いてて、取引出来たのも大学内にコネがあったからだと思うんだ」

【……機会があらば】


 身体を起こし、黒い巨塊に話しかければ無数の眼が細められる。気乗りしない様子に、ニコリと笑みで返したのも束の間。


 急速に景色が変わり、アデランテを取り囲んでいた書架は消えていく。膝で眠るロゼッタも消え、視界に広がるのはボロ臭い部屋の一室。

 座っているのも柔らかいソファではなく、年季の入った硬い木の床だった。


 隣のベッドではオルドレッドが眠り、1人乗るのがやっとの狭い幅で、しがみつくように横たわっている。

 廃れた街を延々歩いて、よほど気疲れしたのだろう。ぐっすり眠る様子に思わず撫でそうになるも、彼女はロゼッタでも子供でもない。

 グッと堪えて注意を窓へ移せば、薄汚れたガラスには月明かりが煌々と差し込んでいた。光は触れる物全てを平等に照らすが、敵でもなければ味方でもない。

 他人事のようにただ観測し、見える物だけに脚光を浴びせるだけ。


「…ま、私らも似たようなもんか」


 ポツリと暗がりで零し、居住まいを正せばオルドレッドに視線を戻した。


 明日の予定もすでに話し合い、“赤い区画”へ出向く事になっている。新たな書状で憲兵団の協力を取り付ける手筈だが、期待は当然出来ないだろう。

 賄賂の受け取り手がいれば、最悪アデランテたちの情報を漏洩されかねない。一方で先手を打った敵を捕らえられるなら、少しは進展の望みもある。


 いずれにしても出向く以外に選択肢はなく、先の長い調査に小さな嘆息を吐く。地道な作業はアデランテにとって、苦痛以外の何物でもなかった。


「――う~んんぅ…」


 ふいに耳元で囁かれた艶っぽい声に、ビクリと身体を震わす。同時にオルドレッドの頭が肩に乗せられ、落ちないようベッドの端に思わず身体を寄せた。

 緑白のショートヘアは頬をくすぐり、軽く首を傾げて避けるや、自然と豊満な胸が視界に飛び込む。


 重みで増々ベッドからズリ落ち、慌てて身体をさらに彼女へ寄せたものの。必然的に吐息が首筋を伝い、思わず避けてしまったのがまずかったのだろう。

 腕を絡みつけたオルドレッドまでついてきて、彼女をベッドから引きずり出してしまった。


 咄嗟に肩で押し戻すが、耳に吹きかけられる吐息で力が抜ける。手を使えば胸に指先が沈み、思うような成果が発揮されない。 

 もはや重力に逆らえず、為すがまま倒れ込めば、新たなベッドとなる以外に選択肢はなかった。


「……ウーフニール。明日たぶん起きたら真っ先に殴られるだろうから、先に謝っておくよ」

【同様の現象に遭遇するのはこれで3度目。今後も繰り返すのであれば、謝罪するだけ無駄だ】

「…3度目?枕元に立った事は何度もあるけど、こんなこと前にもあったか?」

【洞窟から救出するにあたり1度。酔った女を庇うので2度】

「……あっ、あぁ!魔物の糸から解放した時のことか!居酒屋で泥酔した時も倒れ込んできたんだったな。ずいぶん懐かしい話を…あっ、しーっ!しーっ…」


 つい声を上げるや、寝苦しそうに身をよじったオルドレッドに慌てて口をつぐむ。僅かな隙間も潰すように密着され、首筋に寝息が掛かる度に身体が疼く。

 

 オルドレッドを起こさぬよう。声を上げぬよう。

 今度はアデランテが身をよじるが、動く度に彼女の体温と香りが眠気を誘う。


 褐色の肌は羽毛より柔らかく、気付けば瞳を閉じ。抗えない魔力に2つめの寝息が部屋に加わった。

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