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171.謁見の間

 グラウンドの門を抜けた直後、4人が辿り着いたのは厳粛な通路だった。部屋全体は薄暗く、回廊で見た彫刻や絵画は1つもない。

 来客を迎えるための質素な調度品だけが置かれ、見る物で比べるならカルアレロスの応接室よりも少なかったろう。


 おかげで準導師の護衛に集中でき、緊張した面持ちの彼らに従うこと数分。ふいに扉の前で立ち止まれば、ズィレンネイトが脇を小突いて依頼主を急かす。

 どうやらノックする事に躊躇しているらしく、いっそアデランテが代わりに叩いても良いか。許可を求めるようにオルドレッドと視線を交わすが、首を左右に振られてしまう。

 何も出来ぬまま時間だけが過ぎるや、突如響いた開閉音に準導師たちがビクついた。


 しかし開いたのは前方の扉でなく、通路横の壁。積み上がった煉瓦が奥へ開けば、隠し通路から女が姿を現した。

 冒険者ギルドの職員が如く制服を着込み、一行についてくるよう無言で促すと、ネジを巻かれた準導師たちは足早に向かう。


 アデランテたちもトンネルに続くが、足音だけが響く通路はまるで監獄のようで。唯一の光源も等間隔に漂う魔術光のみ。

 不気味この上ない様相に辟易する間も扉をいくつも通り過ぎ、ようやく案内人の足が止まった先は何も無い壁だった。


 思わずオルドレッドと視線を交わすも、ブツブツ唱えながら掌をかざした途端。迸った閃光が煉瓦の窪みを走り、長方形に区切られた一画が通路と化す。

 すかさず女は暗がりを進み、準導師たちも慌ててついていく。護衛もまた追従し、さらに歩いた先で無骨な通路に不釣り合いな扉が佇んでいた。

 

「どうぞ」


 案内人が脇へ退き、初めて口を利くと共に扉が開いていく。許可を得てなお準導師たちは迷うも、覚悟を決めるまで数秒掛かったらしい。

 カルアレロスが1歩踏み出せば、ズィレンネイトも彼の後を追った。

 

(……さっきから何を緊張してるんだ?確かに薄気味悪い場所ではあるけどさ)

【当選次第、魔法大学の全権限を掌握する人物と相見えるがゆえ】

(だからって何も固くなる事はないだろ。力み過ぎるのも相手を警戒してるようで失礼だって言うぞ?)

【間接的に心臓を握れる相手に身構えるのは必然】


「…なるほど」


 もっとも納得できる回答に1人頷けば、つい声に出してしまったらしい。オルドレッドに訝し気な視線を送られるも、注意はすぐに入室した部屋へ向けられた。


 室内はカルアレロスの講師室と違い、本棚の類は何もない。ただ奥の壁一面がカーテンで仕切られ、その手前に置かれた厳粛な机の上で。

 装飾品のように輝く、色鮮やかなローブを着た女が端で物言わず腰かけていた。


「……お、お久しぶりになりますジュゼッテ代表候補。突然の訪問誠に申し訳ありま…」

「謝罪も挨拶も不要です。すでに報告を受け、プルートン衛士団を手配しておきました。お2人がご無事で何よりです」

「いえそんなっ、勿体なきお言葉!……ですが、我々の手柄ではなく、此度の件は全て冒険者の2人によって…」

「アデライト・ソーデンダガーの功績になります。ジュゼッテ大学長候補様」


 ドンっ――と。ふいに背中を押されるや、アデランテが前に躍り出る。

 途端にオルドレッドが深々頭を下げ、一瞥すれば舌を出す彼女と目が合った。あくまで自分は何もしていない事にするつもりらしい。

 だがそうはいくまいとアデランテも恭しく頭を垂れ、騎士らしい所作で敬意を表した。


「お言葉ながら全てはオルドレッド……【フェミンシア】の指示に従ったまで。依頼を受けた彼女が準導師様をお守りしたからこそ成し得た所業に過ぎない」


 冒険者2人が下げた首は、目線の高さも同じ。キッと睨んでくるオルドレッドに、アデランテは悪戯な笑みで応える。

 そのまま目だけで会話も続けられたろうが、話の腰を折ったのは大学長候補本人。面を上げるよう指示を出されては、姿勢を正さないわけにもいかない。 

 共に顔を上げれば準導師2人の背後へ下がり、再び護衛の佇まいに戻った。


「……優秀な冒険者を雇ったようですね。デュクスーネ」

「有難きお言葉。オルドレッド殿にアデライト殿が双方活躍してくれるからこそ、小生も安心して講義に打ち込めております」

「最近では実戦力学の講義を合同で行ない、生徒からも一層高い評価を収めていると伺ってます。学び舎の本懐として嬉しい限りです」

「全ては己の采配にあります!冒険者諸君の実戦経験を生徒に提供すべく、合同立案から講義内容まで!魔法大学の未来を支える若者を育てる機会を日々研究しておりまして…っ」

「分かっておりますよ、ダラハイ。お2人は旧知の間柄でしたね。陣営内ですらいがみ合いが絶えない中で互いに信用し、外部の者と対等な関係を構築する姿勢は、是非とも生徒に見習ってもらいたいものです……しかし結果的に敵の目も惹いたようですね」


 笑みを絶やさなかったレミオロメの表情に、ふと影が落ちる。薄く塗った口紅の隙間から小さな嘆息が零れ、巻き髪を指先で絡め出す。

 

 化粧は最低限に留めているのだろう。僅かに浮いた小皴は30代後半に見えるが、それでも整った顔立ちや振る舞い。

 鳥の囀りが如く透き通った声は、男を振り向かせるには十分な魅力を有していた。


「此度の件。話を伺う限り、冒険者のお2人で解決されたそうですが、魔物の侵入に関する所見をお聞かせ願えますか?」


 弾かれた指に髪は上下に跳ね、笑みこそ浮かべているが目は座っている。並々ならぬ貫禄に、まずはオルドレッドが魔物に関する知識を披露した。


 名前や生態に始まり、グラウンドで出現するには条件が不自然すぎる旨。それからアデランテがその目で見た、人為的な工作の跡。

 持ち込まれた方角が、アーザーの区画であった事も伝える。


 一通り情報を開示すれば、それまで形だけ笑みを作っていたレミオロメは一転。途端に険しい表情を浮かべるや、溜息を零しながら椅子に腰かけた。


「……これより話す内容は、この部屋を出る事はなりません。良いですね?」

「心得ています」

「同じく」


 すかさず冒険者2人が返答し、準導師たちも同様に頷く。

 すると背もたれに身体を預けたレミオロメが語り始めたのは、まず如何なる生物も大学内へ持ち込む際には、幹部相当の特権が必要になる事。 

 レミオロメ傘下の講義中であった事も鑑み、魔物の襲撃は相手陣営の差し金だろう。だが研究素体が暴走した結果、偶然乱入したと主張されてしまえばそれまで。

 憎しみは結果的に実行犯たる“アーザー”へ向けられる事になる。


 それから行なわれるのは“犯人狩り”。衛士隊を下手に刺激すれば、過激な取り締まりに踏み出す事だろう。

 場合によっては学徒まで暴走しかねず、有事の際は区画の緊急閉鎖もやむを得ない。そしてアーザーが不在になれば、大学の機能が停止してしまう恐れがある。


「――合同講義の評価や状況を鑑み、偶発的な事故ではない事も明白。ですが犯人特定に繋がる確かな証拠も無いとあっては机上の空論…それでも1度ある事は2度ある可能性もありますし、次はさらに厄介な魔物を引き入れる危険性も孕み、風評被害によってアーザー独自のテロ行為と認定されぬよう情報規制を――」


 勢いよく捲くし立てる彼女に、準導師は学徒の如く耳を傾けるが、冒険者たちは本題へ入れと言わんばかりに立ち尽くす。


 黒幕は敵陣営。実行したのがアーザー。

 そこまで分かっているのなら、問題は次にどう動くのか。


 結論を急かすか、最悪話が終わった所で呼んでもらいたい衝動に駆られる中。ようやく大学長候補の独り言が終わり、注意は観衆へと向けられる。


「――当選した暁には、大幅な組織改正を検討せねばなりませんね…時にデュクスーネ。それにダラハイ。魔物の襲撃以外で被害に遭った事は?」

「ありませんな!」

「恐らく護衛2人の存在が良い牽制になっているものと思われます」

「左様ですか。ではフェミンシアに…ソーデンダガー、でしたね。これまでに発生したデュクスーネ並びにダラハイ所縁の事件はいくつありましたか?」

「……確認しているだけでも13件ほど」

「私は10ッ…24件だな」


 隠し立てる雰囲気でもなく、諦めたように呟くオルドレッドとは対照的に、あっさりアデランテも情報を漏らす。

 全ては依頼主を不安にさせず。堂々と講義に臨んでもらうためであったが、事実2人の案は成功していたらしい。

 話を聞いていたカルアレロスは途端に青ざめ、ズィレンネイトですら顔色が悪い。


 準導師たちの反応を観察し、指先を髪に絡めるジュゼッテが小さな嘆息を吐いた。


「依頼主に無用な心配を負わせる事なく、全て未然に防いでいた、と。魔物騒動の1件に留まらず、お2人を評価するには“熟練”と表すだけでは物足りませんね」

「仕事をしているだけですので、評価に上も下もありません」

「いえいえ。デュクスーネたちが部屋へ入室した時に堂々としていましたから、それだけで彼らの大学生活が安泰である事は見て取れます」

「……すまないが用件を言ってもらえないか?回りくどいのはあまり好きじゃないんだ」


 冒険者の功績を評価すれど、話は一向に進まない。すでに忍耐は限界を迎え、気付けばレミオロメの言葉を遮っていた。 

 直後に相棒から睨まれてしまうが、言ってからではすでに手遅れ。キョトンとした大学長候補も、やがて愉快そうに笑みを浮かべる。


「…それに仕事熱心でもある、と……分かりました。単刀直入に申しますが、解決にあたってお2人の力添えが欲しいのです」

「具体的には?」

「魔物の入手経路はコチラでも当たりますが、実行犯の確保。それと相手陣営が依頼したであろう証拠を掴んで頂ければ幸いです」

「実行犯が死んでいて、お望みの証拠がない場合は?」

「人が動く以上、何かしら痕跡は残るはずです。お2人には冒険者としての腕を見込んで調査をお願いしたいのですが…すでにデュクスーネと雇用関係を結んでいる以上、二重契約は問題になりますね」

「……代表候補のためならば小生に異論は…」

「そのため準導師お2人は講義を当分休んでもらいます。その間にアーザーの区画へ調査に出向いてくださいませ。依頼料は言い値で構いません」


 淡々と進む契約にオルドレッドが戸惑うも、それ以上に準導師2人が慌てていた。講義の中止は選挙とは無関係に自身の評価先でもあり、給料の出所でもある。

 かと言って大学長候補に抗議できず、顔色はますます悪化していく。


 しかしレミオロメはその場で2人を正式に導師へ昇進させ、“選挙活動”の名目で休講を言い渡す。名実共に彼らの大義名分は立ち、彼女の下で依頼主たちの身の安全も保障される。

 アデランテたちは調査に専念でき、かつ次期大学長との人脈も築けるだろう。


 淡々とレミオロメは話を進めるも、冒険者たちは驚きを。突然の昇進に講師陣は慄くが、講義の評価から正当な判断だと一蹴されてしまう。


「むしろ遅すぎたと言っても過言ではありません。グラウンドも当分は閉鎖する必要がありますし、悪い話ではないと思いますが?」

「めめめめめめ滅相もない!!己は大変満足、ではなく…粉骨砕身!ジュゼッテ代表候補の手となり、足となりましょう!」

「小生は大学の未来のため、世のため。これまで同様に仕えさせて頂きます」

「期待していますよ……さて、冒険者様にはコチラを…」

 

 巻き髪を弄りながら呟く彼女は、ふいに机の引き出しを開ける。中から1枚の紙を取り出し、素早く走り書きすればパッと宙に放った。

 不規則な軌道で最初は漂っていたが、やがてオルドレッドの手中へスッポリ収まる。


「そちらの書状があればアーザーの区画を自由に歩き回り、必要あらば衛士団の協力も取り付けられるでしょう」

「…該当する区画へは、頂いた書状を扉にかざせば飛んでいけるのですか?」


 訝し気に書状を指先で振ったオルドレッドに、レミオロメは数度頷く。護衛の依頼は瞬く間に捜査へ切り変わり、担当者はオルドレッド。

 助手をアデランテが務め、速やかな解決に当たって効率的に動く必要がある。


 大学長候補から直々に依頼され、通常は歓喜すべきところなのだろうが、チラッとパートナーを一瞥しても視線が交わる事は無い。 

 オルドレッドの意識は全て書状へ向けられ、書状すら破り捨てかねない気迫に、つい口を閉ざせば目も逸らしてしまった。

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