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168.“黄金の月”タリアレス

 冒険者の活躍によって発展を遂げた大都市“ギネスバイエルン”。急速に土地が開けた一方で、無計画な開拓があちこちに空き地を築いてしまう。

 路地を突き進んだ先で行き止まりに当たれば、そこが該当地。仮に一軒家を建てる広さがあっても、資材の運搬や出入りの不便さ。

 何よりも四方を壁に囲まれ、1年を通して湿った土地に住む物好きもいない。


 そんな手付かずの空き地の1つで、激しい火花が散らされていた。1人は背負われ、残る2人は真夜中のダンスとばかりに一帯を舞う。


 銀髪の娘が横振りに斧を繰り出せば、赤毛の女が受け止め。あるいは躱し。

 隙を見て槍を突き入れるが、タリアレスに素早く避けられる。


 片や斧を振り上げて間合いを詰め、片や槍を振るうべく一定の距離を保つ。

 近付かれては離れる様相は、傍目にも踊っているように見えたろう。むしろ覇気が欠如しているゆえに、戦闘とすら思えなかったかもしれない。

 殺意こそあれ掛け声はなく、ただ互いを抹消すべく武器が振るわれる。蛇がもう一方の蛇を喰らわんとする、殺伐とした空気だけが一帯をひしめいていた。


「……さっきのパーティの話。先に手を出したのはアタイなんだよね」


 振るわれた斧を槍で受け流し、その勢いで回転しながら放った一撃は、あっさりタリアレスに弾かれてしまう。

 

「密会場所…まぁココなんだけど、ダッシュが尾行されちゃってさ。当然あちらさんに怒られるかと思ったんだけど、あいつら……なーんか祝福してくれたんだよね」


 斧が地面に突き立てられ、舗装された地面が砕け飛ぶ。直後に首を狙って刃を振るうも、彼女が武器を引き抜く方が早い。

 身体を一気に起こして避けられ、再び振り下ろされた一撃を柄で受け止める。


「もう歓迎ムードって感じ?お幸せに~…って。もー面倒臭いから1人殺っちゃってさ。“隙を見計らってアタイを殺そうとしてたー”って騒ぎ立てたら、もぅ大混乱!」


 柄が叩き折れんばかりに震え、止むを得ず背後へ飛ぶが、タリアレスは容赦なく距離を詰めてくる。


「錯乱したふりしてバンバン斬ってさ。そうしたら当然アタイを何とかしなきゃって話に普通なるじゃん?なのにダッシュの奴。困り顔でアタイを守ろうとすんの!ほーんっとバカな男だったよ!!」


 重い一撃が雨のように降り下ろされ、全てを槍で凌いでも振動は足まで響く。やがてトドメとばかりに脳天を狙われるが、身をよじって一撃を回避。

 反転した赤毛の女の一閃があわやタリアレスの目を裂きかけるも、全力で仰け反られて不発に終わった。

 


 天高く掲げられた槍の刃先は三日月が如く浮かび、夜風に髪がなびけば、武器を降ろしたタリアレスが深い溜息を零す。


「……あんたさ。何者なの?」


 険しい表情は変えず、斧を肩に載せて問うてくるが答えるはずもない。だが相手の懸念は至極当然だろう。


 “身内”と称しながら、いくら煽ろうとも隙を作る様子も無ければ、タリアレスへの憎悪も感じない。

 背負った子供を案じるわけでもない女に、不気味さしか覚えていなかった。


「ってゆーかさ。そんなに冷静ならせめて死体が何処に消えたか聞くもんっしょ?武器や防具はココに置いてあんだから。ほんと何考えてんの?」

『お答え頂けるのであれば伺います』

「……ほんと、何?」

 

 感情の揺るぎも見られず、刃を交える理由すら忘れてしまいかねない。それでも生かして帰すつもりが無い事は、唯一の出口を塞ぐタリアレスの姿からも明白。

 出口に近付く度に威嚇で使われた斧の跡で、地面は畑の如く抉られていた。鉄等級が持つ武器とは思えない威力だが、最大の脅威は彼女の腕力だろう。


 両手で掴む槍すら片手で弾き、刃を交えた相手を容易く押し潰せる。見た目にそぐわない怪力に感心するも、再びタリアレスが問いかけてきた。


「…アタイにわざわざ声を掛けてきたって事はさ。どっかから尾行してきたんでしょ?そん時に男2人見なかった?」

『視認しております』

「難しい言葉使うね。普通の人みたいに“見ました”とか言えないの?…まぁいいけど」

『冒険者の成人男性2名に関するお話を伺いたく存じます』

「……わざとやってる?…とりあえずさ。本当はあの2人に前パーティの墓だって言って、ココに連れてくる予定だったのよ。荒らしてくれたせいで、その手が使えなくなったけど。あーめんどくさ…」

『ワタシは傷1つ付けておりませんが』

「うるせぇ黙れ!」


 吠えると同時に飛び掛かってくる姿は、まるで飢えた狼そのもの。牙の代わりに斧が掲げられ、歯を剥き出しに飛び掛かってくる。

 しかし彼女が圧倒的な力を有したところで、動きはある程度読めてきた。


 振り下ろされた一撃を躱せば、彼女の背中へ回るように飛ぶ。すかさず斧が斬り上げられ、それと同時に背後へ下がったタリアレスは、必ず横へ大振りの一閃を振るう。

 全ては己の背中を守るためではなく、獲物を出口に近付けないため。


 そして路地から獲物が遠ざかれば、次は一気に距離を詰めて壁に追いやってくる。そのまま圧倒的な力でねじ伏せるのが彼女の手口だが、観察する程に見えてくるのは隙ばかりだった。



 まずは2撃目の斬り上げに移動するふりをして立ち止まり、勢いよく空振った瞬間に足を切り裂く。槍のリーチを駆使すれば、全くもって造作もない。

 鋭い一振りは鮮血を迸らせ、彼女の口から苦痛の声を上げさせる。

 

 それでも倒れる事なく、痛みを振り払うように見舞ってきた一閃は鈍重。難なく躱して槍を短く持ち替えれば、素早く彼女の腕に斬り込む。

 自然と斧は手放され、自身の慣性によってタリアレスは地面に転がった。悲鳴を喉の奥で押し殺す姿は見るのも忍びなく、トドメに無防備な背中に刃先を突き下ろした。


 

 だが手応えは無く、槍は寂しく虚空を漂う。直後に空き地の隅へ視線を向ければ、息を荒げたタリアレスがひっそり佇んでいた。

 縮こまった姿勢から瞬く間に奥へ跳び。彼女の超越した身体能力も、ウーフニールでなくば瞬間移動したように見えたろう。


「…酷いじゃん。アタイにこんな事して…一体何の恨みがあんのよぉ…」

『恨みはありませんが死んでもらいます』


 数秒前に見せていた猛りも束の間。突如涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな姿に構わず槍の切っ先を向ける。

 その間も嗚咽を洩らし、俯いたタリアレスが肩を震わす。しかし徐々に頭をゆっくり上げるや、顔には満面の笑みが張り付けられていた。


「あんたメッチャクチャ強いね!こんなの生まれて初めて!!…ってか、いつも不意打ちとか毒盛ってるから当然か」


 ケタケタ笑い続ける彼女は、切り傷の痛みを訴える様子はない。出血もとっくに止まり、骨まで断つ一撃も斬撃の痕ごと消えている。


「…昔さ。初めて冒険者になってパーティを組んだ時、死にかけた事があったんだよね」


 ふいにタリアレスが語り掛けてくる。


 壁から離れ、ゆっくり出口に向かっていくが決して去るわけではない。話す間も拾った斧は振り子のように揺れ、依然表情には不敵な笑みが浮かぶ。

 再び彼女は定位置に着くが、佇む姿は心なしか大きくなったようにさえ見えた。


「仲間の1人がさ。大物を倒せば昇級間違いなしとか意気込んで、アタイらを森の奥に連れてったんだ。まぁそいつの実力も適性審査では飛び抜けてたし?アタイからすれば、組めてラッキーとか呑気に思ってたんだよね」


 溜息を零しつつ、ふいに持ち上げた斧を見下ろして鏡のように自身の顔を映す。顎には外したトドメの一撃が辛うじて残り、傷口を弄ぶように指先でつつく。


「結局実力不足でパーティは全滅。アタイはすぐ隠れたから助かったんだけど、1人で街に帰れるわけないじゃん?食料もすぐ無くなっちゃって、だってのに誰も助けに来なくて――」

 

 それからは日数も忘れる程に森を彷徨い、極限の飢餓で草や根を食べても腹を壊すだけ。そんなタリアレスの脳裏をよぎったのは、強烈な“肉”への欲求だった。

 死ぬ前に一口は食べたいが、狩りをする腕前も釣りが出来る川もない。助けてくれる人は当然ながら、神様も願いを聞いてくれなかった。


 無い無いづくめの空虚な環境。だからこそ“ある”もので代用するほかなかった。

 血を滴らせ、新鮮でなくとも十分な食べ応えがある“かつての仲間”が。


「――もう空腹は最高の調味料っていうの?おかげで街に戻る気力は出来たけど、その時の味がどうしても忘れられなくてさ」


 満面の笑みを浮かべた彼女の顔横に、斧が妖しく掲げられる。唇をベロリと舐め、赤毛の女を味わうように隈なく視線を走らせた。


 端整な四肢にくびれた身体。それから首を見上げれば、ようやく瞳が合った。

 鳴らされた喉の音まで路地に木霊するも、不可解なのは彼女の言動ではない。大きく“見えていた”身体が、今やウーフニールの背丈を優に超していた。

 不自然に隆起した筋肉は肥大し、着込んでいた軽装すら持ち上げている。


「悪い連中とつるんでた時期に良い薬貰ってさ。“アンブレラ”って茸。知ってる?」


 得意気に語る彼女は空いた手で小袋をかざし、左右へ軽く振った。

  

 乾燥させた茸を粉末状にし、少量を飲めば“疲労回復”と痛みの軽減。さらには筋力増強も見込めるが、量を誤れば死は免れない。

 しかしタリアレスの“神様”が助けてくれたのか。常用者にあるべき終わりは訪れず、なおも彼女は生き続けている。

 

「…適性があったのか、それとも日頃の“食生活”のおかげかな?夢の薬のおかげでアタイはハッピーになれて、ご飯候補が飲めばあっさり死んでくれて超ハッピー!サイっコーの出会いってこういう事なんだろうね!」

『毒を用いられるのであれば、新米冒険者でなくとも宜しいのでは?』

「あ゛ん゛っ?んなもん警戒されるからに決まってんだろーがっ!新人なんざ“喉乾いたでしょ?”なんて優しく言えばコロっと逝くからな!」


 すでに装備は破け、筋肉の鎧を纏ったタリアレスの口調は目に見えて荒くなる。危険はとっくに察知していたが、反応するには遅すぎたらしい。

 地面を蹴って近付いた彼女の速度は、以前と比べ物にもならなかった。


 それでも斧の一閃は、手首に刃先を叩き込んで阻んだ。辛うじて凶悪な一撃を回避するも、以前のように血が迸る事は無い。

 むしろタリアレスが自ら武器を手放すや、槍の柄ごと腕を掴まれてしまう。容赦のない握力が骨まで食い込み、ミシミシと嫌な音を立てた。


「そうそう。ここら一帯の住人はだいぶ前に死んでるから…」


 動けないのを良い事に、タリアレスがゆっくり顔を近付けてくる。


「安 心 し て 泣 き 叫 ん で ね ?」

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