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167.家政婦は視た

 日差しをパラソル傘が遮り、ケーキを食べるロゼッタの横で紅茶を啜る。街道の喧騒をよそに優雅な振る舞いを見せる姿は、1枚の絵画が描ける事だろう。

 

 だが太陽は真上を過ぎ、喫茶店が開いてから飲んだ紅茶も13杯目。ロゼッタは2個目のケーキに手を出していたが、当のリンプラントが現れる気配はない。

 仕方なくスプーンを取れ上げれば、残りを次々彼女の口へ運ぶ。添えられたアイスはスープ状になっていたが、構わず皿を傾けて喉に流し込んだ。

 

 口元を拭ったところで代金を机に置き、ロゼッタの手を引くと店を退出。街道を進んでいけば徐々に冒険者の姿も消え、代わりに一帯を街の住人が。

 それから衛兵がやたらと視界に映れば、程なく無骨な兵舎が見えてくる。“お尋ね者”は決して近付かない建物だが、状況が状況だけに致し方が無い。

 2人の守衛を通りすぎ、戸を潜ればギルド同様に受付と待合室が待ち受けていたが、内装は必要最低限に留めているのだろう。


 物寂しさすら覚える空間には冒険者の姿もなく、市民がちらほら散らばっているだけ。それでも敵情視察とばかりに見回せば、女衛兵が颯爽と向かって来た。

 

「ご用件は何でしょうか?」


 ニコニコ微笑みを浮かべ、2人の訪問者を交互に見つめるが用件は1つ。


『リンプラント・カリシフラー様はコチラにいらっしゃいますでしょうか。本日お会いする約束をしていたのですが』


 腰を落として慎ましく応えれば、少し驚いたように目を見開き。ロゼッタと交互に見つめられると、彼女に追従するよう指示を出された。

 順番待ちをする住人たちを尻目に受付を通され、そのまま奥の事務所へ移動。しばらく歩けば、建て付けの悪い扉へ入っていく。


 1歩踏み込むや否や、最初に嗅いだのはカビ臭さ。もう2歩進めば埃が宙を舞い、普段は使用されていないのだろう。

 本棚が並ぶ部屋は相応の書物量を誇るが、臓書には数も管理状態も遠く及ばない。


 窓はあっても全て嵌め込み式。換気も碌にされていない環境下で、案内人は構わず先へ進む。

 2つの本棚を越え、やがて資料や紙片を散乱させた机に突っ伏す人物を発見した。


「失踪事件の調査報告書を昨晩見に来られたみたいなんですけど、朝方出勤した当直がまだ起きていたと言っていたので、恐らく夜通しで調べ物をしていたんだと思いますよ」


 衛兵が愛想笑いを浮かべるも、反応する事なくリンプラントを一瞥する。わざわざ説明されずとも、彼女の脇や机に所狭しと積み上がる調査書。

 そして眠ってもペンを離さず、散らばった紙片の書き込みが努力の軌跡を示す。


 何処かの誰かと違い、全ての資料に隈なく目を通したのだろう。紙片には犯行の足跡を辿った様子が克明に記されていた。

 人間の規範ならば十分に評価できる成果に感心しつつ、スッと彼女を抱き上げる。無防備に寝顔を晒すリンプラントを奥のソファへ降ろすや、すかさず衛兵も毛布を持ち寄って功労者の安眠を労う。


「ぐっすりお休みになられてますね……当方としましてはコチラで休んで頂いても一向に構いませんが、これからどうされますか?」

『食事を予定しておりましたが、問題が無ければ彼女の後片付けをしたく存じます』

「ふふふっ、とても誘える状況じゃありませんしね。それではお言葉に甘えて…」


 軽く会釈をした衛兵は踵を返し、ロゼッタに手を振りながら部屋を去る。途端に沈黙が書庫に訪れるが、静寂を破るのはリンプラントの小さな寝息だけ。

 当分は目覚めそうもない彼女の傍にロゼッタを座らせ、手早く机に向かった。

 

 それからは次々資料を回収し、棚の空いた隙間へ差し込んでいく。元の位置は埃のズレ具合や、パッと見た記述内容で把握している。

 瞬く間に本棚へ全て収めれば、残すは巻物大の紙切れ1枚と2冊の調査報告書。前者はリンプラントの文字がびっしり書き込まれ、空きスペースは殆ど無い。

 そして数秒で改めた後者の内容は、“神隠し”と題された事件概要の記録だった。突発的に消える失踪者の状況に、“バルジの怪を彷彿”と注釈までされている。


 2冊の報告書にもう1度眼を通すや、おもむろに丸めて喉の奥に押し込んだ。

 続けて片付けの合間に入手した空白の調査報告書。さらにリンプラントのペンを取り、目にも止まらぬ速度で次々書き写していく。


 新たに作成された報告書には“神隠し”など一文字も書かれていない。残された荷や現場状況は全て曖昧に表現され、次に読む者がいれば失踪者は街を出たか。

 ギルドの依頼で行方不明になったか。あるいは素行の悪さから、事件に巻き込まれた可能性を示唆するだろう。


 完璧に真似た筆跡を見抜くのも至難の業。幸い専任担当者はおらず、調査に当たった衛兵もバラバラ。

 互いの情報を突き合わせたところで、真実に辿り着けるとも思えない。


 あとは部屋一帯を掃き掃除し、埃1つない空間に仕上げて漁った痕跡を消す。最後にリンプラントの成果も飲み込めば、完全犯罪が出来上がる。

 その頃には窓から差し込む明かりも弱くなっていたが、兵舎での用件は済んだ。リンプラントの目隠しに置いたロゼッタを回収するも、ふいに屈んだ姿勢のまま硬直する。

 僅かな抵抗に覗き込めば、少女の裾を握りしめた腕が宙に垂れ下がっていた。


 すかさずロゼッタを床に降ろし、慎重に指を引き抜いていくが流石は射手。思わぬ握力に手こずるが、時間を掛ければ解決できない問題ではない。

 ようやくロゼッタを解放すれば腕を毛布の中へしまい、颯爽と兵舎を離れていく。


 街道を逆走すれば衛兵から市民へ。それから冒険者が行き交う道へ戻り、そのまま真っすぐギルドに向かった。

 リンプラントの推測。さらには資料の情報から、統計学的に銀髪の女が現れてもおかしくはない。


 仮に発見出来ずともダメで元々。どの道ロゼッタの勉強は夜からで、日中は身体を動かす訓練が主。

 ギルドの入り口を見張る傍ら、花壇の段差を少女が何度も上り下りしていく。時折失敗する彼女を受け止めれば、ゆっくり地面に降ろしてやる。

 繰り返される工程を横目で捉えつつ、その間もギルドの監視は怠らない。忍耐力には自信があったものの、直近の忙しなさでそれも失いつつあった。



 銀髪の女の一件に始まり、長期化する大学の依頼。 

 そしてリンプラントの対応に、ロゼッタの世話。


 かつてはアデランテとウーフニールの2人だけで、心配事もオーベロンに心臓を握られる事だけだったはず。

 それが何故面倒事ばかりに巻き込まれるのかと。思わず唸り声を零せば、ふと感じた視線に少女へ注意を移す。

 

 花壇に立ってもなおウーフニールを見上げ、無心で繰り返していた反復作業も止め。緑の瞳でジッと見つめてくるが、臓書を訪れる気配はない。


『…何の用だ』


 眉間にしわを寄せて問うが、話しかけたところで返事があるはずもなかった。代わりに小さな手がソッと上げられるも、握手にしては高すぎる。

 背伸びするつま先は震え、真っすぐに揃った指先はウーフニールの頭へ向けられていた。


『……お前は自分が出来る事に精を出せ。この案件は俺が片を付けなければならないんだ』


 手首を包めば、ゆっくりロゼッタの身体へ戻してやる。彼女の瞳はなおも向けられたままだが、すぐに顔を逸らすと元の訓練を再開した。

 依然無表情ではあっても、いらぬ気遣いを覚える程度の知性は身に着けたらしい。言葉が話せるなら、具体的に思っていた事をその場で話していたろう。

 

 しかし直後に意識をギルドへ向けるや、開かれた瞳孔が思考を掻き乱す。多くの冒険者が賑わう街道で、とりわけ3人組がウーフニールの注意を惹いた。


 2人は男で、1人は標的。

 前者はどちらも女に気があるのか。猿のように飛び回っては、彼女の気を果敢に引こうとしている。

 そんな彼らを控えめに笑い、楽しそうに過ごす女の髪色は“銀”。アデランテのモノより見劣りするが、ウェーブを掛けて傷めたせいかもしれない。

 


 くだらない考察をすぐに払拭すれば、花壇を登ったロゼッタをすぐさま回収する。片腕に乗せて追跡を始め、バレないよう距離を取るが幸い彼らの歩調は遅い。

 むしろ男たちがおどけるおかげで立ち止まり、待機場所に困ってしまう程だった。


 それでも地道に追い続ければ、やがて1軒の宿で一行は立ち止まる。二言三言交わせば男たちと別れ、女はそのまま去っていく。


 このまま根城まで追うべきか。それとも限りなくクロに近い被疑者を尋ねるか。

 選択肢が瞬く間に浮かぶが、結局は“早期解決”以外に選べる手段など最初からなかった。


『すみません!ソチラの銀髪の冒険者さん!!』


 大声を上げながら2択目を選ぶや、振り返った女の顔は険しい。男たちにも見せなかった表情からは、そこはかとない苛立ちすら臭う。


『お止めしてすみませんでした。少々お尋ねしたい事がありまして…』

「……悪いけどアタイはお姉さんのこと知らないんだけど、人違いじゃない?」


 極めてお淑やかに振る舞う赤毛の女から、彼女の目は背負った布切れ。それからロゼッタへと順に向けられる。

 突然子連れの女に話しかけられては、怪訝な反応も当然と言えるだろう。


 だが“尋ねたい事”をキーワードに。首から下げる冒険者プレートを隠すように握る仕草を、ウーフニールが見逃すはずも無かった。


『貴女、“黄金の月”のタリアレス・ランブルローズさんで間違いないですよね?ワタシの弟ダッシュ・アルカニックとお付き合いしてたッ』

「いろんな人と会ってるから正直覚えてないし、アタイも忙しいから…」

『彼のいたパーティが貴女といたのを最期に消息を絶ったんです。何か知りませんか?』

「……冒険者なら依頼に行って帰ってこないのも珍しくないでしょ?最後に会ったのがアタイだったとしても、それで変な誤解されたら困るんだけど」

『ダッシュが貴女と会うために宿を離れて、帰ってこない彼を心配したパーティの皆さんが探しに行ったと知り合いの冒険者から伺いました。ギルドにも無理を言って調べて頂いたところ、依頼は受注していないそうです』

「…ふ~ん……ダッシュ、だっけ?それだけ必死に探してさ。弟君がそんなに大事なの?」

『唯一の肉親ですから。私にとっても、娘にとっても…』


 胸の前で拳を握り、震えて見せればそれまでの態度を一変。嫌悪感を浮かべていたタリアレスも、掌を返すように優しく接し始める。


 しかし決して彼女が人並みに同情したがゆえの行動ではない。不必要に声を絞り、涙を浮かべて訴えれば否応なく周囲の注意も惹く。

 会話の行く末を見守る冒険者たちに、タリアレスも下手に逃げ出せないのだろう。赤毛と銀髪の女が会話をすれば、彼らの印象にも強く残るはず。

 挙句に不穏な会話内容から、出方次第では彼女の今後の冒険者業にも支障が出る。

 

 タリアレスの心境を逆手に取り、観客を武器に彼女を囲めば、やがて気まずそうに顔を近付けてきた。


「……ダッシュのこと…実は知ってるんだけど、ちょっと話がデリケートで…場所、移しましょっか」


 周りに聞こえないよう小声で呟き、素早く見回したタリアレスは踵を返す。すかさず彼女の後を追い、観客を置き去りにすれば徐々に遠ざかっていく。

 人通りもまばらになり、沈む日差しも相まって増々辺りは静寂に包まれる。おかげで2人の足音だけが木霊し、街道を曲がった所で路地を真っすぐに突き進んだ。

 

「…お姉さんのためにも言いますけど、ダッシュはもう死んでますよ。他のパーティの人たちも一緒に」


 まだ見ぬ目的地に向かう最中、唐突に始まった告白が否応なく注意を惹いた。


「アタイと会ったのはギルドのロビーで何だけど、歳が近いのもあってすぐ仲良くなったんですよ。でもダッシュがパーティを辞めたいって相談してきて、最後に会った時はパーティ仲もだいぶ険悪になってたみたいです」

『弟の手紙ではタリアレスさんと駆け落ちするから、と書いてありましたが』

「あっちゃ~…そんな話までされちゃってたかぁ……2人の内緒話だって言ったのに…」


 参ったように頭を掻く先導者の顔は見えないが、手紙の話など真っ赤なウソ。カマかけのつもりだったが、網に自ら絡まったタリアレスの抵抗は続く。


「…まぁ駆け落ちは正直アタイの方が乗り気じゃなくって、ダッシュの中では冒険者を辞めた後の計画を色々組み立ててたみたいなんですよ。それでアタイが断って、パーティの人たちに自分勝手だって追及されたダッシュは………着きましたよ」


 歩みが止まり、脇へ退いたタリアレスが前方の壁を指差す。月明かりに浮かぶ袋小路を眺めれば、冒険者装備が視界に映った。

 立て掛けられた様相は墓石にも見えるが、墓参りに来る者はいないだろう。

 

「結局話し合いがこじれにこじれて……ダッシュがアタイの武器を奪って酷いことに…」

『殺し合いになった、と』

「アタイはダッシュの申し出を断ったって言っても彼の味方だったし、多勢に無勢だったから仕方なく参戦したんです……ダッシュを守る事は出来なかったけど」

『衛兵に報告しなかった理由は』

「アタイの武器が使われたんですよ!?生き残ったのもアタイだけだし、ただ巻き込まれたんだって訴えたところで、誰も信用してくれないですって」

『ゆえに黙っていたのですか?』

「…はい……ごめんなさい」


 淡々と確認する度に頭を下げ、争いの原因が自分にあると謝罪を続けるタリアレス。どう贖えばいいか分からないと告げるも、彼女の話に耳を傾ける必要は無い。


 失踪者が最期にいた現場は発見したが、彼らの死体は何処にあるのか。

 仮に引きずったとしても表は住宅街。誰にも気付かれず、こっそり運び出すのは至難の業だろう。

 夜中に持ち出したにしても、6人分をタリアレス1人で実行するのは非現実的。あるいは日数を分けるか、人手があれば有り得ない話でもない。



 だがもう1つの仮説が正しければ。

 死体が消え、荷や所持品に手を出さない悪漢の目的を考えるのなら。


『タリアレスさん。1つお尋ねしても宜しいでしょうか――』


 供えられた武具に歩み寄り、屈み込みながら赤毛の女は呟く。


『――防具がねじ曲がるほどの争いとは、如何ほどの激戦を繰り広げッ…』


 歪にひしゃげた胴当てに触れ、振り返った瞬間だった。


 真っすぐ放たれた矢に飛びずさり、ロゼッタを宙に放る。直後に槍を解放すれば、少女を包みで巻いて赤子の如く背中に縛った。

 距離を取って武器を構えるも、ボーガンから2発目が放たれる事はない。


「……驚いた。完全に隙を狙ったのに外されるなんて…流石は冒険者のお姉さんってとこ?」


 呆れたように武器を捨て、腰に下げた斧を素振れば凶悪な風切り音が響く。すでに交渉の余地がない事は、月明かりにギラつく彼女の瞳からも見て取れる。

 荒い息遣いも獣のようで、もはや互いに言葉は不要。


 猛然と懐にタリアレスが飛び込んできたところで、戦いの火蓋が切って落とされた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、家政婦ww こういう端々にユーモアが感じられてすごい面白いですw
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