165.行き交う記録路
冒険者ギルドは相変わらず人で賑わい、多くの人材がそこかしこでひしめく。
玉のような肌の冒険者から、傷だらけの熟練者まで。一般人が入り込む余地は無いために、ウーフニールはギルドの外で立っていた。
遠目に入口を眺めていたが、建物は最後に見た時に比べて随分と改装したらしい。
1つしかなかった扉は今や2つ。正面は新米たちが群がり、銅等級以上の冒険者たちは裏口から出入りしていく。
早速始められた改革は目に見える形で表れ、“ブラッドパック”もきっと喜んでいる事だろう。
だが関心はもっぱら建物ではなく、出入りする冒険者たちにのみ向けられる。
標的は銀髪の女。“黄金の月”タリアレス。ギネスバイエルンを訪れ、アデランテがギルドで待機中に勧誘してきた冒険者の1人。
それだけの関係だが、銀の髪を持つ女はアデランテを除いて彼女しか知らない。関係している証拠も何1つ無く、朧な憶測でもリンプラントは快く応じてくれた。
当人も今まさに新米の専用口からスキップで向かって来るが、何か発見があったのか。あるいは周囲に悟られないための演技かは区別がつかない。
「おっ待た~。いや~時間掛かっちゃったよー。めんごめんご」
『“息抜き”を咎められたのですか』
「まっさかー!……まぁちょっとはあったけど、言われた通り例の子について調べといたよ。結果は…怪しいなんてもんじゃないね」
頭を掻いたリンプラントは、困ったようにギルドを振り返る。それからロゼッタを挟んで隣に立ち、背中を壁に預けた。
「ザッと調べてみたんだけどさ。タリアレスって子。登録したのはアタシより結構あとなんだけど、いまだに鉄等級のまんま!依頼も気が向いたら取ってるって感じで、遊び感覚なのかも~」
『行方不明者の件とは無関係でしょうか』
「ふっふ~ん。怪しいどころじゃないって言ったっしょ?最初の方なんだけど、彼女のパーティに人が加わっては辞めてって繰り返しなんだよね~。しかも辞めた理由が“殉職”か行方不明。今は全然組んでないけど、パーティ全員の名前を登録する義務がないから、その後も人が加入してる可能性も……これも懸念事項よね。あとで報告しとこっと…まぁもしかしたらソロ活動してるとも限らないし?銀髪の女であれば今のところ最有力候補って感じ~」
『お役に立てて何よりです』
「…そろそろ話す時にさ。も~ちょっと砕けてくれてもいいんじゃな~い?丸1日一緒にいたんだし、敬語とか以前に距離感めっちゃ感じるぅ」
それまでの生真面目さは消え、身をよじる彼女の忙しなさに小さな溜息を漏らす。
しかし話している間もギルドをぼんやり眺めているようで。実際は表と裏口を出入りする冒険者を鋭く監視し、間が抜けて見えたのは表情だけ。
他の職員にも「用事があるから」と、銀髪の女に目を光らせるよう言伝。同時にギルド内も見回し、標的がいない事も確認していた。
調査報告からも情報は絞れたらしく、手際の良さは第一印象からは計り知れない。これで不貞腐れたように口を突き出さねば、素直に評価も出来たろう。
「……それとさ。女の子のこと、実は兄貴に伝えてきちゃった…大丈夫、だったよね?」
『内容によるでしょう』
それまでギルドに向けていた瞳を、リンプラントにゆっくり合わせる。途端に彼女は明後日の方向に視線を移すが、それでも視界の端で監視は続く。
リンプラントの伝えた話が赤毛の女の事であれ。鉄枷の少女の事であれ。
存在を公に話されては活動に支障をきたすが、しばし返答を待てば諦めたようにロゼッタの頭が撫でられた。
「…女の子を見つけた、って話と保護者がちゃんとついてるよ、って事を伝えたら連れて来いって言われちゃった。一緒にいないからって嘘ついたけど」
『彼の用向きは?』
「たぶんアタシと一緒。ほら、かつてのスポンサー様と正式に籍を入れたって話をしたっしょ?多分養子にしたいんだと思うよ~?なんたって元パーティの一員なんだから」
『作り話を理由に引き取られても、当方としては大変困るのですが』
「…その話。絶対誰にも言わないでよ?ホントは秘密にしてなきゃなんだから……あっそうだ」
儚い笑みを浮かべ、未練がましくロゼッタの頭を離した矢先。ポケットから紙片を取り出すや、そこに書かれた文字の羅列に素早く目を通す。
「〝ウフニィル・アデ・ライト””……女の子を無事に街まで連れ帰って、森にいるアタシらに増援を送ってくれた人……メアリーちゃんの奉公先ってさ。もしかしてこの人じゃない?」
『興味はありません』
「…質問の答えになってないんですけどぉ」
『ワタシは少女のお世話、並びに身辺警護をすべく仕えているだけですので』
丁寧かつ互いに距離を置く物言いに、ぐうの音も出なかったのだろう。口をつぐんだ彼女から返答は無かったが、リンプラントに関わる理由は2つだけ。
まずはロゼッタを諦めさせ、彼女との関係を断ち切るため。そして己が嫌疑を晴らし、記憶の補充を容易にする事である。
万が一“ナイトマン”の存在が注目されては、街が厳戒態勢に入る事は必至。屋敷の存在を知った者たちは、特に子供の戯言などでは済まさないだろう。
もっとも姿を変えれば街に留まる事は出来る。人であれ獣であれ、如何なる場所にも潜伏できよう。
ただし喰らえる人間は“アデランテの基準”を満たす相手であらねばならない。
挙句にロゼッタを連れる限り、“保護者”の存在も求められる。人の関わりを断つ事で安全を確保するはずが、人脈は刻一刻と広がりつつあった。
面倒事に溜息すら漏れるも、ふと感じた視線に顔を向けた時。ボーっとリンプラントに見つめられ、呆けた瞳を思わず覗き返す。
それから自身が観察されている事に気付いたのか、彼女も慌てて居住まいを正した。
「あ、あはははは。ごめんね?ずーっと顔見ちゃって…」
『何か思う所でもあったのですか?』
「……う~~ん…王子様の物語に出てきたカラス…じゃなくてワシがいたでしょ?なーんて言うのかな…もしあの子が人に変身出来たら、メアリーみたいになってたのかなって。そんな気がしただけっ」
鳥と“パクサーナ”を同等に扱った事を謝るが、カラカラと悪びれも無く心根を洩らす。首を傾げる姿も悪戯っ子のようであったが、おかげでウーフニールの一筋の殺意を見逃したらしい。
もしも人目がなければ。ロゼッタが手を繋いでいなければ、背中の槍がリンプラントの首を刎ねていたろう。
「…そういえばあの子もフーガ君と一緒に姿見えなくなったんだよね……物凄く賢かったし、大丈夫だよね?」
ボソリと告げられる核心に、さらなる危機感を覚える。
やはり事を終えた後に彼女を処分すべきか。周辺地域に点在する路地を思い浮かべていくが、ふいに傍の街灯が点いた。
魔晶石の技術を応用し、暗がりに反応する仕組みに道行く冒険者も顔を上げている。
そんな彼らも明かりに負けない輝きを目に宿すが、慣れた住人たちは注意すら向けない。ただ夕餉の時間を知らせる、時計代わりの道具としか思ってないのだろう。
「…言っとくけど女の子を引き取るって話。諦めたのは本当だから」
仄かな明かりの下、俯いたリンプラントが小声で呟く。
「言い方が悪かったかな~…諦めたって言うより、メアリなら任せられるって何となく思ったって感じー。まぁアタシの直感でしかないし、実際コテンパンにされたのもあるけどさっ」
『勿体なきお言葉』
「もー本当だってば!アデライトって奴もソロで青銅等級って話だけど、今のギルド長が任命したんだから実力は確かだろうし、ギンジョウも高く評価してたからアタシはこれ以上何も言いませんーーっ」
『高く評価していたとは?』
「あいつ懐広そうに見えて、結構人に対する評価は辛口なんだよねー。アタシと違って本人に言わない分大人なんだろーけど……そうだ。もう1つ言われてて“もし良ければ再起した我らが新たなパーティに参戦せぬか!?”って話をアデライトに会ったら伝えといて」
もはやアデランテが主人確定とばかりに話し、屈託の無い笑みが依然浮かべられる。
それから壁を離れると身体を伸ばし、くるっとウーフニールに向き直った。すでに辺りは暗くなってきたというのに、彼女は昼時のような温かい陽気を漂わせている。
「あ~、そうそう。万が一兄貴に…副ギルド長からアプローチがあったら、絶対にアタシを呼んでね」
『息抜きの件でしたら、尋ねられた事をそのままお答えしますが』
「なっ、別にサボってないし!」
『では調査の件で?』
「女の子!女の子のこと!!養子の話が来なくっても、何か聞きに来るかもしれないからっ!そん時はアタシの名前を出して、一昨日きやがれって伝えてねっ」
『娘の事であれば何人たりとも関わらせるつもりはありませんが』
「…まぁメアリなら相手が誰であっても大丈夫だろうけどさ」
複雑な表情を浮かべていたものの、壁を離れたリンプラントは歩道を進んでいく。自然と彼女の後を追ったが、あえて路肩に寄っているのはロゼッタのためだろう。
日が沈んでいるとはいえ、まだ冒険者たちで通りは賑わっている。ギルドに向かう者もいれば、これから宿に戻るか食事に向かうか相談している声も聞こえた。
「…じゃっ、アタシはこれから衛兵の詰め所行くから、今日はお別れかな?」
冒険者の一団が去るのと同時。曲がり角で足を止めたリンプラントが、頭に腕を組んだまま一瞥してくる。
夕餉や帰宅の選択肢は彼女の中に無いらしい。
『詰所のご用件は?』
「行方不明者が消えた詳しい日時。もし被疑者が冒険者を勧誘して回ってたなら、ギルドの登録日とか、依頼で訪れた日に接点があるかもだからね。そこから銀髪の女がギルドに現れる時間帯を絞れる可能性に期待してって感じ」
『お勤めご苦労様です』
「労ってくれるなら一緒に晩御飯でもどぉ?」
『生憎夕餉の予定がすでにありますので』
夕飯を摂る事はすでに宿へ申告している。丁重に断れば「1人で寂しく食べますよーだ」と舌を出すが、すぐに笑みが浮かべられた。
そのまま別れを告げると屈み込み、ロゼッタの頭を愛でるように撫でた。
「…また明日。あの喫茶店でケーキ奢ったげるね?」
ソッと顔を耳元に近付け、2人だけの内緒話とばかりに小声でロゼッタに呟く。もっともそれはウーフニールが聞こえる声量にほかならず、直後にチラッと。
護衛の機嫌を窺うように見上げ、最後にもう1度撫でれば颯爽と踵を返した。雑踏に程なく溶け込み、彼女の後ろ姿を瞬く間に見失う。
だが横を見ればロゼッタの姿は映り、彼女もまたクッとウーフニールを見上げる。相変わらず感情の無い瞳を向けられるが、夕餉の予定は彼女のためのもの。
食事の遅さから、宿の到着が長引くほど月も高く昇るだろう。
最低でも日付が変わる前に済ますべく、握り返された手を引いて街道をひっそりと進んだ。