表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/269

164. ヒナたちの帰巣

「――…ただいまぁ」

「おかーえりー。お仕事お疲れ様~」 


 仕事を終え、一息吐いた冒険者たちが硬直するまで長くは掛からなかった。


 出迎えたのは宿の店主ではなく。見慣れない冒険者が階段の途中で手すりを飛び越え、目の前で華麗に着地。

 満面の笑みで佇めば、遅れて赤毛の女が子供を抱えて現れる。


 不可解な珍客に警戒を強め、武器にこそ手を掛けていないが、背負った鞄を握り締める音が響いた。

 

「……新しい入居者…じゃあないですよね」


 先頭にいた女冒険者が、リンプラントを威圧するように口を開く。

 彼女を含む計5名のパーティは一様に若いが、恐らくリーダー格なのだろう。仲間を守るように前へ進み出るも、リンプラントは意にも介さない。


「そーんな怖い顔しなくってもいーんだよ?アタシは冒険者係担当っ…まぁ要するにギルドの職員で、これでも元冒険者をしていたリンプラントちゃんでぇす!」


 肩書に毎回“補佐”とつけるのが面倒くさい。かといって“担当官”と言い切れば、彼女の上司の地位を語る事になってしまう。 

 笑顔で誤魔化しながら挨拶し、手短に要件を伝えれば冒険者たちの警戒も多少は緩んだ。それでもリーダー格はいまだ険しい表情を浮かべ、出会い頭の姿勢を一切崩さない。


「…つまりソラミエのパーティについて尋ねたいと?」

「そーゆーこと。具体的にはいなくなる前後で気になったこと。それと何か見てないかってとこだね~」

「……そちらの方は?」

『ソラミエさんのパーティに所属していた者の親類です。この度は冒険者係のリンプラントさんを始め、皆様には大変ご迷惑をおかけしております』

「…こちらこそ不躾に申し訳ありませんでした。彼らを見つけるための助力は惜しみませんが、この場所ではお店に迷惑が掛かるので、一旦部屋へ移動しても良いですか?」

 

 継続した家族作戦が功を奏し、あっさり懐へ侵入を許した冒険者たちの後を追う。リンプラントにこっそり肘でつつかれるが、彼女の悪人面に相槌を打つつもりはない。

 程なく5番の部屋が開かれ、吸い込まれるように入っていった空間は、間取りも家具の配置も失踪した冒険者たちの物と全く同じ。

 しかし空いたベッドは手つかずで、荷物は各々の寝床近くに置かれていた。


 荷を整理する彼らの背を眺めれば、時折リンプラントを。そしてウーフニールたちを一瞥するが、目を合わせた途端に慌てて視線を逸らされる。

 武具を全て脱ぎ、互いに顔を見合わせれば浮かぶのは不安ばかり。宿泊客の失踪に伴い、やはり最悪の想像が次々よぎってしまうのだろう。

 緊迫した様相を察したリンプラントは、すかさず遠慮は無用と口を挟む。


「あー、難しい話は抜きでアタシが勝手に聞くだけだから、皆は部屋にいてくれれば好きにしてもいいよー」

「ではそうさせてもらいます…ただ夕方には庭の草むしりがあるので、出来れば手短に…」


 チラッとウーフニールを。それからロゼッタを気まずそうにリーダー格は見つめるが、ルールはルール。

 宿泊の掟を優先する事を快諾し、話を聞いていた冒険者たちも各々が武器の手入れ。あるいは防具の整備に取り掛かり、ベッドや床に腰かけていく。


「で、早速だけど何か話せる情報あるー?あとお名前も教えてもらえると嬉しいかな~」

「アマナです。“ブラッドパック”のパーティを率いてますが、ソラミエたちの事は…正直仲はそれほど良くなかったので…」

「リーダーは人付き合いが苦手だからだよ。連中良い人たちでしたよ?相談にもよく乗ってくれて、当番の交代も率先してくれるんで、俺たちも出来るだけ協力して仕事を…」

「協力して家事を手伝ってたんですよね!」


 リーダーのアマナを始め、会話が跳び石の如くパーティメンバーに移っていく。ぎこちない笑みもまた伝染するが、直後にリンプラントが一行を宥めた。


「……う~ん、1つ言っておくと“共闘”して依頼をこなすのは、アタシ的には悪いと思ってないよー。それにギルドの幹部連中も顔ぶれがだいぶ変わったし?そこらへんも今後検討してくれるみたいだからさ。何なら皆の不満もこの際まるっと言ってくれたら助かるかな~」


 首を傾げて尋ねるリンプラントに、冒険者たちも互いに見合わせる。いくらか沈黙が流れるも、ふいにベッドの上段にいた青年が身を乗り出した。


 彼が受付の待ち時間について愚痴れば、奥に座った女冒険者が街の治安を口にする。チンピラ紛いの冒険者に絡まれないよう、集団行動は必須。

 夜は武器の携帯も無しに歩けず、中には恫喝が原因で解散したパーティもいる。

 それに昇級できる基準も曖昧で、ろくに目標を立てられない。登録後の審査も終えたのち、後は自力で全てを学ぶ放任主義も如何なものかと。

 次々零される不満の数に、リンプラントは黙って首を縦に振る。



 それから不平に耳を貸したギルド職員を、多少は信用してくれたのだろう。

 自分たちに嫌疑が掛かる事を恐れていたのも最初だけ。ようやく重い口を開けば、居間で戦略や市場の装備について良く話し合っていた事。

 誰が先に昇級するかで話が盛り上がり、店主が怒鳴り込んできた思い出を零す。


「――そんなだから何も言わずに消えるなんて変だと思ったのよね」


 武具の手入れも忘れ、1人の冒険者が頬杖をつけば全員が賛同する。


「仕事に行く時なんか女将さんに必ず声かけてたしな」

「ふ~ん……ところでその中の誰かが怪我したーとか。病気になったって話は聞いてなーい?」

「…そんな話は……聞いてない、ってか見てもないよな?」

「じゃあ恨まれてた~は?前に組んでたパーティの人を……見捨てちゃった…とか」


 冒険者たちの口も軽くなり、ようやく捜査が進展した矢先。最後の質問で突如リンプラントの声音に影が落ちる。

 俯く彼女に気付かず、怨恨の線を消した新米たちに、ウーフニールが代わりに問う。

 

 質問の切り口は、すでにリンプラントから窺っていた。


『失礼ですが女性関係で何か問題が起きた事はありませんでしたか?』

「…女関係?」


 唐突な割り込みに驚いた彼女たちは、不可解な質問でさらに口を閉ざす。それでも記憶を辿り出し、中には赤毛の女とロゼッタを意味深に盗み見る輩もいた。

 だが全ての答えが揃ったところで、“分からない”と結論付けられる。

 

 ただ1人、直後に撤回した青年を除いて。


「あっ!そういえばダッシュの奴。彼女が出来たって言ってましたよ!」

「…奥手のあいつが?嘘でしょ?」

「いや、僕もそう思ってたからあまり相手にしなかったっていうか……でも冗談言うタイプじゃないだろアイツ?」

「……その話なら私も知ってる」


 1つの回答が議論に発展し始めた頃、それまで耳を傾けていたアマナが口を開く。途端に全員の視線を浴びるが、当人も引っ込みがつかなくなったのだろう。

 口をへの字に曲げ、深い溜息を吐きながら“秘密”をポツポツ零した。


 曰く、ダッシュがパーティを抜けたがっていた事。その理由も彼がある女に惚れ込んでいたがゆえに。


「――私たち新米冒険者にとっては今あるパーティが財産ですから、1人でも欠けると依頼に支障をきたすんです。それもあってリーダー同士、腹を割って話そうって取り決めを交わしたソラミエから相談を受けてました」

『相談とは具体的に』

「ダッシュの説得を手伝ってくれ…と万が一抜けた場合、私たちの中から人を貰えないか…と」

「俺たちの知らない所でドラフト会議っ!?」

「ってかウチらにも相談してよ!そんな大事な話があったんなら…ってかソラミエちゃんたちいなくなっちゃったし!」

「リーダー同士の話は誰にも漏らさないって約束だったし、でも見なくなってから随分経つから…時効かなって」

「そのダッシュ君って子の相手。顔とか何か知らなーい?」

「……銀髪の女、って聞いてます」


 とうとう話してしまったが、おかげで胸のつかえも取れた。そんな複雑な表情を浮かべるアマナを尻目に、彼女のパーティは活気づく。

 新たな情報に独自の見解を述べ始めるが、リンプラントもまた気力を取り戻したらしい。


 彼女から視線を送られ、有力な手掛かりに感謝を告げる間にロゼッタを回収。そのまま去ろうとしたが、ふいに冒険者の1人が捜査協力に名乗りを上げる。

 次々賛同の声を口にし、やがて“ブラッドパック”全員の顔ぶれが揃う。


 しまいには宿屋ツバクロの宿泊者全員で。と提案がなされたところで、リンプラントが冷静に首を横に振った。


「みんなの気持ちは嬉しいけど、そのためにアタシが動いてるんだし?こーいった事件は少人数でやるのが鉄則なのっ」

「……でも」

「出来れば普段通りに振る舞って女将さんを安心させたげて?ちょっと話した感じ、だいぶ参ってるみたいだったから…ね?」


 子供に言い聞かせる話し方ではあったが、店主の存在を口に出せば途端に熱意が鎮まる。その間に扉の後ろに滑り込み、彼女らに手を振りながらゆっくり顔を引っ込めた。

 そのまま踵を返せば階下に移動していたウーフニールに追いつき、共に宿を出れば街道を黙々と進む。

 

 それまで一切会話を交わさず、やがて雑踏が増えたところでリンプラントが深々と項垂れた。


「あ゛―いっぱい聞いて喋ったぁ……あの子たちが言ってた不平不満は覚えてくれた?あとでフィードバックよろしく~」

『次はどちらへ向かわれるので?』

「予定は未定……ってかあいつら。元金等級の顔も知らないわけ!?けっこー有名だと思ってたんだけどな~、ショックぅ…」

『捜査が捗って宜しいかと』

「ムゥ~…サインでもねだってくれたら、もーちょっとギルドの改革話をしてやろーと思ったのに気分台無し!」

『左様で御座いますか』

「サヨーだよっ!!」


 宿の功績を撤回する勢いで憤慨する彼女は、やがてギルド内部へ怒りをぶつける。


 “前” 冒険者係責任担当官ロジェールが如何に無能だったか。そもそも彼が就任した理由は、ひとえに前ギルド長の飲み仲間であったがゆえ。

 弱気な性格から政策をゴリ押され、守銭奴集団と一時期は陰口を叩かれた程。そして最後には「古い考え方と経営が軌道に乗った結果の惰性」と締め括った。


 現状は前政権の尻拭いで手一杯な最中、新人教育も同時進行で検討しているために、ギルドは戦場そのもの。

 行方不明者の調査も息抜きの口実だった事を零したところで、ハッと顔を上げた。


「ま、まぁ結果を出せばいいんだしぃ?メアリーちゃんたちとも出会えて万々歳って感じ……ってことでギルドには内緒にしてくださいお願いシマス…」

『声が震えてますが、休まれますか?』

「変に優しくしないでいっそ罵ってぇ~……でもメアリーってば演技派!氷の彫像みたいな人だと思ったら、声とか態度とかコロっと変えて普通に驚いたんですけどぉ」

『貴女様が言えた事ですか』

「…アタシ?別にいつも通りのつもりだったよ?」


 キョトンとした表情すら演技に思えてしまうのは、ひとえにリンプラントゆえか。もしも彼女を喰らう機会があれば、成り代わりも容易ではないだろう。

 

 しかし今検討すべき議題は“銀髪の女”について。現在のアデランテが男でも、バルジの町の奇行が噂となって独り歩きする事象から。

 身体的な類似性や女に戻った際、町を移ろうとも嫌疑が掛かる可能性は否めない。事件から一層眼が離せなくなり、解決せねば今後の記憶の補充にも支障をきたすだろう。


『先程の調査。成果は如何でしたか?』

「おっ、だいぶ乗ってきたねー。良かったら護衛の仕事が落ち着いたらギルドで働かな~い?何ならアタシから口添えしたげるよぅ」

『成果を』

「分かってるってば。そんな冷たい目で見ないでよ~……でも検討はしといて?」


 片目を閉じ、抜け目なく勧誘するリンプラントは背後と周囲に気を配る。

 

「…正直行く当て無いんだけど~…また喫茶店でも入る~?」

『歩きながらでも問題ありません』


 チラッとロゼッタを一瞥されるが、歩いてからそれ程時間は経っていない。まだ疲れるには早すぎる上、問題があれば抱えれば良いだけ。


 世話係の意見に、リンプラントは渋々と言った様子で再び前へ向き直った。頭の後ろで腕を組み、気怠そうな顔で調査結果を語り出す。

 それもまた周囲に対する、彼女なりの演技なのかもしれない。




 失踪時にパーティ全員が装備を着用した中、部屋に残された武具は1セットだけ。では所有者の身に一体何があったのか。


 まず考えられるのは、該当する人物が負傷。あるいは病気を患ってしまい、仲間の治療に出掛けた可能性。

 だが部屋に血痕も無ければ、宿の関係者が緊急事態に誰1人気付かない。はたまた知らされていないのはそれこそ異常だろう。

 話では最低でも店主へ自主的に報告するパーティだと聞いていた。

 

 次に所有者が1人で外出した可能性。すぐに戻るつもりで出掛け、ゆえに装備を着なかった彼が帰還しなかった。

 それで心配したパーティが探しに行った状況が、当人も1番しっくり来たのだろう。リンプラントが1人頷くも、問題は出先から誰も宿に帰ってこなかった事。


「――さて。新米なる冒険者諸君も言っていたように、ギネスバイエルンの治安は悪い。最悪タチの悪い先輩たちに捕まった、それとも以前組んだパーティの恨みを買って復讐された。その2点がアタシの脳裏に浮かんだんですよ!」

『銀髪の女は検討されないのですか』

「まぁ待ちたまえメアリ君。物事には順序が…わ、分かったって。とにかく情報1つに振り回されるのは良くないから、可能性は全部潰しましょ?って話っ」


 睨んだつもりはないが、気持ちは十分伝わったらしい。大袈裟な身振りが息を潜めれば、失踪者の誘拐と報復の線について説明を続けた。



 宿屋の合鍵には“ツバクロ”の名が彫られている。アマナが持っていたカギにも、同様の刻印があった事は確認済み。

 もしも拘束されたのなら、襲撃犯が後から宿を訪問し、所持品を売りに回収へ来てもおかしくはない。

 あるいは宿に泊まり、盗む頃合いを気長に待つ事も出来よう。


 しかし女将の見る目が本当にあるのなら、そんな客は入れないはず。新規の客の話も、彼女やアマナたちの口から出る事は無かった。


 そして他パーティ。あるいは前パーティによる報復については、そもそも彼らは新米同士で組む身。

 おまけに安宿で生活する彼らが、恨みを買う機会は無いように思われた。


『つまり女性絡みの可能性がもっとも高いと仰られるので?』

「まとめるとそーゆーこと。銀髪なんて珍しいし、当初の予定通り街中を練り歩けば……まぁ見つからなくも無いのかなって」

『捜索期間は如何ほどになりましょうか』

「見当もつかない……でもでもっ!付き合ってくれる間の食費とかはアタシが全部持つし、女の子の服とか買って回りながら、ってのも有りじゃん?」


 深刻な顔つきは途端に霧散し、ロゼッタを危険に晒さない旨を再度約束されるが、彼女の弁明はウーフニールに届かない。

 パクサーナの姿を長期間保てるわけでもなく、アデランテが戻ってくるまでには。彼女の耳に入るまでに、全てを終わらせる必要がある。


『リンプラント』

「…な、なんでございましょうか?」


 ウーフニールの返事を待っていたリンプラントが、直後に身体を硬直させる。何を考えているかは想像に難くないが、彼女の不安はすぐさま杞憂に終わった。


『心当たりが1人いるのですが、冒険者ギルドの職員としてご協力お願いします』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ