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160.パクサーナ・サイド・ストーリー2

 食べる時。そして寝る時間や臓書へ飛び込む座学を除き、ロゼッタの歩行練習は続いた。


 走る事はまだ厳しいが、ゆっくりであれば移動できるようになった頃。アデランテの過密なスキンシップのおかげか、手を伸ばせば指を掴む。

 1点を指せば、その場で大人しく佇む程度の指示にも従えるようになった。


 そんな彼女の飛躍的な成長を鑑み。何よりも服の話題を頻出するアデランテを黙らすべく、外出の判断に踏み切ったのも束の間。

 ハシゴを自力で降りるには早かったらしい。椅子を上り下りしているだけあり、動きこそ初めは手馴れて見えた。

 

 それでも勝手が違ってか。素早く彼女を摘み上げなければ、階下まで真っ逆さまに落ちていたろう。

 また別の訓練は必要になるが、平坦な街道を歩く分には問題ないはず。一旦ロゼッタを担ぐや、飛び降りるように1階へ瞬く間に到着。

 受付の店主と目が合い、脇に少女を抱えてなお身軽に振る舞う姿に驚いたらしい。

 

 2人を交互に見つめるが、ロゼッタに至っては初めて挨拶をして以来の顔ぶれ。余計な会話を挟まれる前に買い物へ出かける旨を告げ、サッサと宿を離れた。


「気ぃつけてなぁ~」


 扉を閉ざす直前で店主の声を聞くも、振り返る事なく街道に向かった。程なく賑やかな雑踏に交わるが、人の多さに関係なく無数の視線が突き刺さる。


 全ては日差しがパクサーナの赤毛を艶やかに照らし。目立つ髪色に整った顔立ちが、道行く男たちの視線を奪うため。

 “子連れ”でなければ声を何度も掛けられていたろうが、一方のロゼッタも男女問わず通行人の目を惹いていた。

 隣で手を引かれ、陽だまりの中を歩く姿はさぞ神秘的に見えたかもしれない。

 


 それでも彼女は虚空を見つめ、ウーフニールもまた視線を意に介す事はなかった。無言で道なりに進み、過去に喰らった記憶をもとに目当ての店を見つける。


「いらっしゃいませー!ようこそ“ブティックの花園”へ!!」


 颯爽と店内へ入れば、途端に花の香りが漂った。煌びやかな服装の女店員も躍り出し、“ふぁっしょん”の最先端とばかりの装いで2人の客を出迎える。


 店の在り処を知らせた記憶の主への対応とは大違いだが、情報源は男の冒険者。店頭近くに展示された下着コーナーを眺め、塩を撒かれたのも無理はないだろう。

 


 いずれにせよ、女物の服を子供から大人用まで幅広く揃えた店。1つや2つは品が見つかる事が期待でき、店主もまた新たな顧客に目を輝かす。

 交互に2人を見つめ、風貌から最適な商品の選別を脳内でしているらしい。


「おほんっ。本日はどういったご用件でしょうか!?」

『彼女に合う服を見繕って頂けますでしょうか。足を隠し、かつ動きやすい物を所望します』

「なーるほどぅ!女の子が足を上げるところを見せるのは良くないですものね!それでは……この辺りの服なんか如何ですか?縫い方に工夫が凝らされて、色合いなんかも若い方には人気の…っ」

『先程の要望に合った物をいくつか用意して頂ければ、あとはコチラで試着させて頂きます』


 ピシャリと告げた言葉と共に頭を下げ、すかさずロゼッタを試着室まで連れて行く。カーテンを閉じれば少女が隠れ、踵を返した途端に店員の監視に移った。

 あまりにも突然の事に、一瞬呆けていた彼女もハッと我に返るや。それからは働きアリの如く店内を彷徨い、チラッと1度顔を合わせたのを最後に服の山へ隠れてしまった。









 その日はいつも通り“ブティックの花園”を開け、呑気に店番をしていた。時折客は入ってくるが、ギネスバイエルンは“冒険者の街”。

 来るのは私服を購入する住人か、それとも下着を探す女客ばかり。折角の豪華なドレスの数々も、煌びやかな色合いに反して脚光を浴びる事はない。


「……昔は催しがよくあったから売れたらしいけど、悉く潰れちゃったからなー…冒険者なんて碌なもんじゃないわね」 


 受付で頬杖を突き、深い溜息を零せば店外をジッと見つめた。


 冒険者の街として謳われ始めた頃は、何かにつけて催しがあったと聞く。巨大な魔物を倒した暁には、街道を貸し切ってパレードを開催。

 金等級冒険者が結婚した日には街の女が踊り、男は酒を片手に大笑い。紙吹雪を作る商店まで設けられ、ドレスの発注も引っ張りだこ。

 そんな当時に比べれば街も賑わいこそ増えたろうが、今や栄誉も何もあったものでは無い。

 

 かつては誇り高い“冒険者”も、ただの傭兵や便利屋の通称。酒と肉が街道で蔓延れば、問題を起こす輩の割合が大幅に増えている。

 ギルドでは衛兵隊との賄賂すら噂され、住人まで護身用に武器を買う始末。


 年々治安が悪化する街並みに、生まれ故郷でもなければとっくに逃げていたろう。

 あるいは嫁げれば話は別だとしても、女客ばかりで出会いは皆無。煌びやかなドレスに囲まれる生活も悪くないが、それらを着るのも自分ではない。


 複雑な心境で商品に目を移せば、ふいに戸口で音も無く客が立っていた。



 子連れ。髪色の違い。

 まるで感情を見せない顔色。


 一瞬覚えた違和感を振り払い、接客したのも束の間。衣服そのものに興味が無い事は、初めの会話ですぐに判明した。

 

 それでも子供服から社交界のドレスまで、仕立ても何でもおまかせブティック店!

 

 出張中の店長に聞かされた文言を胸に、次々要望に沿った服を選んでいく。赤毛の女はともかく、少女の衣服を買うのは確定だろう。

 彼女の素晴らしい幼少時代のため。もとい青春のため、精一杯選んだつもりではあった。



 しかし志に反して、当人は試着室で監禁同然。客は門番とばかりに正面で佇み、鋭い眼差しが時折向けられる。

 失敗は許さないとばかりの空気に血は凍り付き、ようやく選び終えた5点の衣服の説明を加えても、相手の反応は入店時から変わらない。

 有無を言わさずカーテンで隔てられ、衣擦れの音に耳を澄ませる時間が流れる。


  

――…何かがおかしい。



 首を傾げた店員も、持て余した時間を全て思考に注いだ。


 まずは少女の姿が浮かび。金糸の長い髪はいじり甲斐がありそうで、試着後には髪飾りを勧めるつもりだった。

 ところが視線は終始合わず、人見知りともまた違う。ニコニコ手を振っても反応せず、人形のように佇んでいただけ。

 服も孤児のようにボロボロだったが、肌艶や髪質は金持ちの令嬢より上等に思えた。


 そして赤毛の女は少女の手を引いていたが、親姉妹の関係ではない事も十分伝わっている。第一印象で浮かんだ“護衛”の二文字も、あながち間違いではないだろう。

 鋭い声音も尋問されている気分に陥り、入店してから服を選ぶまで。ずっと視線は突き刺さっていたが、特に目を惹いたのが彼女の背負う細長い布袋。

 中身は槍の類と見受けられ、ブティック経営で培った観察眼も伊達ではない。装備や鞘の刺繡を手掛けた経験が、やはり彼女が護衛であると結論づける。



 そうなると気になってくるのが少女の身なりである。


 最初に浮かんだのは金持ちが可憐な少女を路上で拾い、護衛に彼女の服を仕立てるよう命じた構図。ボロボロの衣服も相まって1番説得力があり、店長がいれば休憩中の話題に花を咲かせたかもしれない。



 しかしジャラ――っと。カーテンが勢いよく開かれ、途端に思考が掻き乱される。笑顔を強引に取り繕えば、護衛の隣にはクリーム色のワンピースを着た少女が佇んでいた。


 肩や袖周りに刺繡が施され、腰にはスカートの巻き上げ防止に簡素なベルトが巻かれている。

 やはり可愛い子供は何を着ても似合うと思った一方で、選ばれた服は要望に沿った物の中で1番地味な衣服だった。


 途端に売り上げの悪い品を勧めた事に罪悪感を覚えたが、安物を売らないのが店の売りでもある。

 頑丈な素材で編まれたワンピースは、あらゆる性能面でもバッチリで。むしろ簡素ゆえに実現できた、職人のこだわりがそこはかとなく感じられる。


『靴も用意して頂けますか?』


 感想を挟む隙も無く、両の手で表された少女の足のサイズを参考に仕事を再開。すぐさまフリーサイズの靴を渡すが、補足する謳い文句は特に無い。

 強いて挙げれば魔物皮を使用する事で硬く、そして長持ちするように作られている。


 もっとも伝えようとしたところで、お客様はすぐにカーテンの裏へ消えてしまう。開いた口を閉ざし、ただ金を払って貰えればそれで良いと自分に言い聞かせた。


 そして直後に赤毛の女が再び姿を現し、急いで笑顔を取り繕った。


「…い、如何でしょーかぁ…」

『こちらを頂きます』


 ぎこちない笑みを浮かべる間に商談は成立。何事もなく会計を済ませ、振り返りもせずに2人は手を繋いで店を出て行く。

 後ろだけ見れば仲の良い親子に見えるが、互いの間に会話はない。完全に姿を消すまで落ち着く事もできず、やっと一息吐けば即座に裏手へ引っ込んだ。


 椅子へ飛び乗るように座り、重い空気を払わんと肩を揉んでみる。それでも店全体に重い沈黙が残留している気がして、また深い溜息を吐いてしまった。



 本当なら少女だけではなく、赤毛の女にも何かを買わせるつもりでいて。それだけの手腕を自負していたつもりが、余計な口出しを阻む気迫につい屈してしまった。

 

「……店長がいたらまた違ったのかなー…」


 ぶつぶつ文句を垂れるも、終わってしまった事は仕方がない。大事なのは今日1日の売り上げがあったということ。

 失敗しても次の客で上手くやれば良いだけだが、1つだけ気になる事があった。


 

 試着室のカーテンが閉まっている間、ふと表を見れば冒険者の姿を捉えた。声を掛ける前に去ってしまったが、赤毛の客が護衛ならば別動隊だったのかもしれない。


 事件の臭いを覚えるでもなく。すぐに頭の片隅へ過去を追いやれば、新たな客が訪れるのを店の片隅で呆然と待った。

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