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015.バルジの怪

――ざわざわ、がやがや…。




 壁越しに伝わる外界の騒がしさが、強引にソニルの目を覚ました。

 起床時間は遅い方ではないとはいえ、なにぶん昨晩は“多忙”を極めた身。

 二度寝を決め込もうにも、いまだ騒音は止まない。


 渋々ベッドから離れるや、手早く着替えて玄関へと向かった。

 苦情を申し立てる気はなかったものの、せめて何を騒いでいたのかは確かめたかった。



 扉を開き、差し込んだ朝日に目を覆ったのも束の間。

 普段は人が行き交うだけの表通りが、今やあちこちで住人が輪を作り、誰もが頭を寄せて囁き合っていた。


 大きな事故でもあったのか。

 それとも目を引くような一団でも町を通ったのか。

 不気味な様相に一歩下がりたくなるも、一方で好奇心も拭えない。

 時間帯からして、店の準備や買い付けで走り回っているはずの住人まで集まっている。


 自然と足は前に踏み出し、気付けば1番近くの輪に歩み寄っていた。



「皆さん、おはようございます!朝からどうされたんですか?」

「…おー、ソニル。おはよっす。朝っぱらから衛兵どもが町中バタバタ走り回ってるもんで、みんな起きちまったんだよ」

「何でも山賊が住んでる場所が分かったんですって!ほら、積み荷襲ってたって、例のっ!」

「山賊の……ほ、本当ですか!?」

「噂じゃよ噂。じゃがな、あながち嘘ではないようじゃぞ?」


 いまだ驚愕するソニルに構わず、自らが噂の先駆者とばかりに、全員が一斉に話し出す。

 捲くし立てられる情報の数に目が回るも、解放された頃には心身共にクタクタ。

 やっと家まで戻ってきたが、振り返れば住人たちは再び輪に戻っている。



 昨晩の疲れさえなければ。


 名残惜しそうに住人を視界の端に収め、居間に戻ればどっかり椅子に腰を下ろした。

 少しでも休息すべく机に突っ伏すも、首の痛みがそれを許さない。

 ベッド以外は受け付けない体に辟易するが、横になった所で眠れはしないだろう。


 寝起きも手伝っていまだ実感は湧かず、それでも情報を整理すべく頭を抱え込んだ。





 事の発端は昨晩、衛兵の1人が突如行方をくらませた事から始まる。


 その夜は衛兵3人が交代で町の外の見張りにあたり、内1人は体調を崩して欠勤。

 やむなく2人体制の夜番となるが、その内の片割れの衛兵は、鍛冶屋の従兄弟であったらしい。


 そんな彼が待てど暮らせど交代要員が来ず、不審に思って詰所に戻ったが同僚の姿はなかった。

 事務机には書き途中の手紙と食べかけのサンドイッチが置かれ、腹でも壊したのかと呆れて待つ事に。


 そんな折、ふと手紙へ目をやれば、その内容は極めて不穏なもの。

 出だしの文面は“山を嗅ぎまわる青年を始末できたか”だった。



 同僚も詰所に戻ってくる気配がなく、物騒な書き置きを即座に隊長へ報告すると、共に彼の家を訪ねてみたが不在。

 扉のカギは開いており、念の為に家探しをすれば、床下の収納から様々な金品が発見された。


 その中には被害届が出されていた積み荷。

 盗品を運搬する御者や、山に潜伏する賊とやり取りした手紙。

 襲撃ポイントや衛兵の巡回ルートを記した地図。


 一連の荷馬車襲撃事件と密接に関わっている証拠が次々摘発され、可及的速やかに。

 かつ秘密裏に首謀者を手配したものの、涼みに表へ出ていた八百屋の店主が一部始終を目撃。

 機密事項は瞬く間に町中へ広がる運びとなった。



 しかし問題はそれだけに留まらない。

 

 兼ねてより町に直接被害が出ていなかった事から、山賊への対応が疎かだったこと。

 積荷の情報はあらかじめ詰所にも送られており、立場を悪用した犯罪であったこと。


 もはや衛兵は信頼できないと住人が大勢押しかけ、行き過ぎた不祥事に衛兵隊も強くは出られずにいた。



 それでも住人の監視下で、アジトの地図を頼りに調査隊が派遣されるらしい。

 町の男たちも勇士を募り、自警団として参加する予定だと聞いている。




「――…こうしちゃいられない!」


 勢いよく立ち上がった拍子にひっくり返った椅子を慌てて戻し、すぐにでも武具を買うべく財布を取りに行く。

 玄関まで近付き、扉に触れようとしたところでピタリと動きを止めた。



 恩人にも山賊のアジトが判明した事を。

 そのために家を空けなければならない事を伝えねばならない。


 踵を返すと母親の部屋へ向かい、脳裏に浮かぶのは調査よりも献立。

 昨晩の食べっぷりからも、朝ご飯はしっかり用意した方がいいだろう。

 防具店ついでに食料も購入し、出る際はカギを植木鉢の下に隠してもらえばいい。


 浮足立つ気持ちを鎮めつつ、廊下を素早く横切る。

 扉の前に立つと軽くノックし、返事を待ったが起きてくる気配はない。

 もう2度3度叩くが反応はなく、こうしている間も自警団が準備を整えているはず。

 最悪武器が売り切れている恐れもあった。


 最後にもう1度だけノックし、痺れを切らして恐る恐る扉を開けた。

 隙間から冷気が吹き込み、一瞬体を竦めるがソッと声をかける。


「し、失礼しま~す。すみません、少し出かけないといけなくて、何か朝食のご要望があれば買いに行って…あれ……?」


 話しかけている間も一向に反応がなく、訝し気に室内を覗き込む。

 最初は勘違いかと思ったが、ふいに目を見開くと勢いよく扉を開けた。



 部屋はもぬけの殻。

 ベッドは整頓され、室内の肌寒さから誰も使っていないように感じてしまう。

 まさか夢だったのかと疑いたくなるが、足元に置かれた桶のタオルは湿っている。

 昨晩、彼女を泊めたのは間違いない。


 もう1度ベッドを見つめ、せめて別れの挨拶だけでもしたかったと思うも束の間。

 ふと視線が一か所に固定されるや、部屋の中へ入っていく。


 サイドテーブルに置かれた布切れを取り、ゆっくり開けてみた途端。


「……エエェぇぇえっっ!!?」


 驚きのあまり、落としそうになった包みを辛うじて拾い上げ、慌てて姿勢を正した。

 周囲を忙しなく見回すが、自分以外には誰もいない。


 もちろん客人の姿も。



 困惑しつつ再び布切れを広げれば、そこには掌にすっぽり収まる小箱が包まれていた。

 片手で支え、蓋を開ければ小さな指輪が彼を出迎える。

 輪に螺旋状の金細工が絡み、小さなダイヤモンドがいくつも先端に取り付けられた特注品。

 寝る間も惜しんで働いて、ようやく注文できた婚約指輪は見間違えようがない。


 あまりにも突然の出来事に呆然とするも、おかげで意識が一瞬だけ指輪から外れ、新たな事実が浮上する。


 包みの触り心地に顔をしかめ、細心の注意を払って小箱を机に置いた。

 結婚指輪を覆うには粗末な色合いや素材に首を傾げ、ソッと布きれを広げていく。




“世話になった”




 殴り書きに最初は驚愕し、それから笑みが自然と零れる。

 綺麗に畳んだ布切れを指輪の隣に添え、一息吐くと勢いよくベッドに腰を下ろした。



 自分は町中の誰よりも騒ぎの真相を把握している。

 むしろその中心にいたと言っても過言ではないだろう。

 山賊から助けられ、挙句に指輪を取り戻してくれた“影の英雄”。

 多くは語らず、残された言葉少ないメッセージに彼女の人と成りが伝わって来た気がして、再び苦笑する。


 


 山賊団は壊滅した。

 もう町が脅威に晒される事はないだろうと1人頷き、改めて我が家を見回した。


 全ての窓はハメ込み式。

 玄関の扉もカギがなければ、内側からでも開かない仕様になっている。

 防犯を考慮した母が施した対策であったものの、外からの侵入は防げても、室内からの脱出までは想定していなかったのだろう。

 

 振り返れば部屋の端に掛けられたカーテンが、不自然なほどに揺れている。

 近付いてズラせば窓ガラスは割られ、破片が家の外側に散らばっていた。

 持ち上げたカーテンも端が破られ、手に取れば質感は客人が残した置き手紙と同じ。

 我が家に紙片がなく、湯浴み用のタオルも湿気って文字が書けなかったに違いない。



 寝ている間に起きた珍事が目に浮かぶようで、しばし部屋を見つめていたが、やがて小さな嘆息を吐く。


 山賊団の調査に参加するよりも、窓の修理を優先しなければならない。


 それに指輪の事もある。

 考えるだけで頭が沸騰しそうだったが、命の恩人からの後押しなくば、渡す度胸も湧かなかったかもしれない。




 彼女が向かった先は知っている。

 目的が何であれ、無事に旅を果たせる事だろう。



 だが今は他人の事よりも自分の始末。

 まずは窓の応急処置をすべく、修理道具の買い付けに出かけなければならない。

 朝食や装備代よりは安く済むだろうと笑みを浮かべ、静かに部屋を後にした。









 その後、行方不明の衛兵、もとい内通者が見つかる事は終ぞなかった。


 誰かが匿っているのでは。

 旅人に変装して町を出たのでは。

 次々と憶測は語られど、懸念材料の多さに真実を知る者はいない。



 内通者が町を離れたのなら、戦利品をなぜ持ち出さなかったのか。

 失踪当時は町の人間はおろか、衛兵でさえ内通者の存在を疑っていなかったのだ。

 逃げようと思えば、いくらでも機会はあったはず。


 そして詰所にあった書きかけの手紙。

 重要な証拠品を残して姿を消した意味も分からなければ、かじられた夜食はまさに食事中だった事が示唆されていた。

 現場の状況からも、少し席を外してすぐ戻ってくる様相だったと口々に伝えられている。


 加えて調査隊が発見した山賊団のアジト。

 滝によって巧妙に隠された入り口へ潜行したものの、奥へ進むにつれて広がる凄惨な光景に誰もが息を呑んだ。

 風貌から山賊である事は間違いないが、生存者は1人も残されていない。



 やがて揃った情報から、衛兵隊を始めとする町内会を交えた議論の末、仲間割れによる内部瓦解と結論付けられた。


 山賊の武器が凶器に用いられた事。

 さらに頭目と思しき死体が見当たらない事から、恐らく略奪品の横流し。

 あるいは独占を図った内通者と彼についた山賊たちは粛清され、詰所に寄った頭目らは内通者を拉致。

 当人は今頃死んでいるだろうと推測され、残党はアジトを捨てたものと思われた。


 念の為に自警団と衛兵からなる混成部隊が町内外を巡回。

 昼夜問わず警戒は行なわれたものの、山賊の被害が再発する事はない。

 町に平和が訪れ、また元の日常に戻るものとばかり町長や衛兵幹部は楽観視していた。



 しかしこれにて一件落着といくはずもなく、殆どの住人は導き出された答えを鵜呑みにしなかった。



 夜遅くまで起きている住人もいる。

 詰所まで残党が押し寄せれば、誰かしら接近に気付いたはず。

 それに内通者が連れ去られた現場も、山賊団の訪問があったのなら争った形跡があってもおかしくはない。


 中には手紙に残されていた“山を嗅ぎまわる青年”が関係しているのではないか、と鋭く指摘する声もあったが、積み荷の襲撃に苦情を申し立てていた住人は大勢いる。



 真実は闇に埋もれ、町では一連の噂が絶える事はなかった。

 神隠しや山賊の死から、悪事を働けば恐ろしい怪物が夜な夜な連れ去りに来ると、子供を寝かしつけるための物語として伝えられるようにもなる。

 一向に帰ろうとしない酒場の客を脅すための文句にまで幅広く用いられ、都市伝説としていつまでもバルジの町に根付いていた。



 しかし“バルジの怪”は、何も全てが恐ろしい結末を迎えたわけではない。

 





 騒動が鎮まった頃、町を巻き込んだ盛大な結婚披露宴が行なわれた。

 目立つ事を好まない新郎新婦の希望に反し、不祥事を揉み消そうとする衛兵隊や、不穏な空気を吹き飛ばそうとする町内会の魂胆が重なり、町中の人間から祝福されたのは言うまでもない。



「おめでとーソニル!幸せにねー」

「うっ、ううぅぅぅ。俺っちの看板娘が綺麗になりゃがって、バッキャローめぇ…」

「衛兵隊!新郎新婦の素晴らしい門出と輝かしい未来に、敬礼!!」


 歩き慣れたはずの街道の左右では衛兵隊が仰々しく剣を構え、その後ろでは住人が花びらを空高く撒いている。

 パレードのように道の中央を歩かされる状況に、新郎がはにかみながら控えめに手を振ると、新婦は腕に抱き着いて頬を赤らめた。


 だが新郎は参列者に愛想を振りまいているように見えて、その実、人を探していた。


 食べている間もフードをずっと被り、助けてもらった事を除けば何1つ知らない人物だったが、それでも左頬の傷はハッキリ覚えている。

 向けられた力強い視線も決して忘れる事はない。

 人目見ればすぐに分かるだろう。



「……そういえば名前、聞いてなかったな…」

「どうしたの?」


 ふいに隣から声をかけられ、新婦に顔を向ける。

 誓いの言葉を述べる際に流した涙で化粧は崩れ、薄っすらと頬にそばかすが浮いていたが、彼女の美しさは彼が覚えているままだ。


「ううん、ちょっと、その…人を探してて」

「……女?」


 鼓動が一瞬飛び跳ねる。

 図星を突かれて慌てふためくも、決して彼女が考えているような関係ではない事を。

 あくまでお世話になった旅人であった事を必死に伝えるが、新婦の険しい表情はすぐに笑みへ変わる。


「なーにびっくりしてるのよ。冗談に決まってるでしょ?ソニルがそんな男じゃないって昔から知ってるんだから……もっと早くプロポーズしてくれても良かったと思うけど」

「何か言った?」

「なんでも!?…その探してる人ってどんな人なの?探すの手伝うよ?」

「2人揃ってキョロキョロしてたら変だよ。でも、そうだな…僕もよくわかんないや」

「…へっ?」


 素性が実際分からないのだから仕方がない。

 呆れる嫁に対し、男の威厳を取り戻すべく彼女を抱え上げると、一層参列者の歓声が熱くなる。

 新婦は耳まで赤くなり、一方でソニルは彼女を下ろすタイミングを見失う。


 周囲からは決して降ろさぬようヤジが飛ばされ、町の反対側に出るまで抱え続ける事を余儀なくされた空気に、彼は一瞬で後悔を覚えた。



 

 山賊団の壊滅は謎に包まれ、“青年”も真相までは辿り着いていない。

 それでも新郎新婦同様、彼女の指に嵌められ、すべての中心にいたダイヤモンドの指輪は、太陽の光を受けて誇らしそうに輝いていた。

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