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152.魔法立大図書館

 街道を愚直に進めば、商店街の端へ辿り着いたらしい。一帯を囲う高壁が2人の前に立つが、見下ろせば両開きの扉左右に魔術師が佇んでいた。

 槍と見間違う物々しい杖を持ち、住み慣れた学徒ですら威圧される事だろう。


 だが通行証を取り出したオルドレッドに、無言の警戒心も一転。見合わせた彼らが杖で地面を突くや、扉が独りでに開いていく。

 門番の気が変わらない内に中へ入り、背後で扉が閉まる間も薄暗い通路を進む。


 程なく光が2人を照らせば、視線は自ずと部屋全体へ向けられた。


「…これは、なかなかのモノね……」


 嘆息を吐くオルドレッドを見つめ、再び前に向き直った。


 魔法立“大”図書館”と呼ぶに相応しい量の本が左右。奥と書架に敷き詰められ、天井を彩る絵画は聖堂のようにも見えた。

 1階では受付を中心に机が円を描くように並び、熱心に本を読む学徒。あるいは書架を彷徨う姿が見え、計4層からなる図書館をザッと見回す。


 視線をグーっと流していき、やがて瞳はオルドレッドの険しい表情とかち合った。


「……腕まで組んじゃって、相変わらずクールなのね。面白くなかったかしら?」

「そ、そんな事はないさ。感心して言葉にも出来ないだけで…」

「うそ。あなた、コーヒー飲んだ時“口に合わない”ってボヤきながら飲み干したでしょう?今おんなじ顔をしてるわよ」


 意識してか、しないでか。グッと顔を近付けて来る彼女に思わずたじろぐ。

 もっとも後退を強いられる理由は気迫だけではなく。胸を押し当てられるためだが、辛うじてその場に踏み止まると、オルドレッドの表情が和らぐと同時に解放される。

 いまだ遺憾の意は示してはいても、毒気は幾分か抜けたらしい。


「…まぁどう受け取るかはその人の勝手だし、静かにしていなきゃいけないみたいだから、別行動って事でいいかしら?暇になったらココでまた合流よっ」


 そう告げるや否や、パッと走り出したオルドレッドは1階の書架へ消えてしまう。

 残されたアデランテは彼女の後ろ姿を目で追い、それからは右に左に。心ここに非ずといった様子で周囲を観察し、パートナーとは別方向へ移動した。


 落ち着いた歩調で進み、視界の端に数多の背表紙が映っても、どれ1つとして手に取ろうとはしない。時折すれ違う学徒の注意を惹くが、顔を向ければ一様に視線を逸らされる。

 もっとも彼らの反応に気を悪くするでもなく。やがて建物の端へ辿り着けば、書架に沿って移動すること数十分。


(…ウーフニール?)

【ではない】


 ふと前方で目にした青白い光に足を止めるが、心当たりをあっさり否定される。肩を竦めながら再び歩を進め、書架の影からゆっくり光を覗き込んだ。


 部屋奥の窪みには魔法陣が浮かび、床から僅かに離れた場所でくるくる回っていた。

 目を輝かせながらも素早く周囲を見回し、恐る恐る手を差し伸べるが何も感じない。徐々に身体を倒し、思い切って飛び込もうとした刹那。

 背後から聞こえた足音に飛び上がり、反射的に書架の裏に身を潜めた。再び様子をソッと窺えば、本を抱えた学徒が魔法陣の前で掌をかざす。


「“天を仰ぎ地より飛ばせ。ソナタに命じるは、空を目指す者なり”」


 魔法陣が小声に反応し、途端に光り輝けば学徒がすかさず足を踏み入れる。風でローブが巻き上げられるや、遅れて身体が宙にふわりと浮かんだ。

 そして次の瞬間には上階へ吸い込まれた学徒は姿を消し、見上げたアデランテは呆然と。無意識に棚の裏から歩き出し、瞳を炎のようにギラつかせた。


「ウーフニッッ…!!」


(ウーフニール!見たか今のッ!?フワって、フワって上の階に飛んでいったぞ!)

【言われずとも見ていた】

(なんか呪文唱えてから入って行ったよな…私らにも使えると思うか?)

【実践に勝る証明はない】

(……間違って爆発しないだろうな)


 再び腕を魔法陣の光に差し込み、ぶんぶん振り回しても持ち上がる様子はない。周囲を見回してから学徒の動きを真似、同じく掌をかざせば軽く咳払いする。


「…出だしはなんて言ったかな。あぁ、【“天を仰ぎ地より飛ばせ。ソナタに命じるは、空を目指す者なり”!】」


 瞳に浮かぶ文字列を詠唱するや、魔法陣は青白く輝き。思わずビクついたが爆発する事はなかった。

 代わりにアデランテの胸が痛いほど高鳴り、好奇心に任せて飛び込めば予想通り身体が浮かんだ。抗えない力にみるみる押し上げられ、階を1つ飛ばして3階へ運ばれる。

 

 それから最後に背中を優しく押し出されるや、窪みからゆっくり床へ降ろされた。


(……下半身が股からすくい上げられて、ゾワゾワっとしたけど楽しかったな…ウーフニールの書庫でも出来ないか?)

【原理不明。再現不可】

(妄想でカバーできればなぁ…ま、出来ないものは仕方ないとして…どうしたもんかね)


 いまだ魔法陣への興味は尽きないが、そればかりに時間を割くのも勿体ない。ひとまずその場を離れ、当てもなく書架をフラついていく。

 行き止まりに着けば本の壁を沿い、一際明るい空間を覗けば欄干に寄り掛かった。


 1階をザッと一望するも、入室時の第一印象と大差はない。身を乗り出して天井を仰ぎ見れば、階層を1つ挟んで絵画が一面に広がった。

 描かれた人物たちはローブで全身を覆い、寝かせた掌から光を照らしている。

 実際には照明の役割も果たしているらしく、背景画と合わさって天地を創造する構図に。しかし食指は一切湧かず、程なく欄干を離れると書架の海へ戻っていった。


(……飽きた)

【女から行き先を告げられた際は貴様も乗り気だった】

(“大”図書館だぞ?ウーフニールの書庫と見比べたかったのもあるし、お前も興味あるかと思って来たんだけど…やっぱり私らの方が断然すごかったな)

【知識に興味はない。欲するは記憶のみ】

(そんな気もしてた)


 腹底の声にくすりと笑えば、背中を預けられる場所を探すが、壁一面が本棚に占められて休めそうな場所は無い。

 かと言って物音1つ立てられず。図書館の光量に赴きを感じられなければ、オルドレッドの姿も入口には無い。


 暇を持て余し、ふいに目が合った学徒もよそよそしく奥へ去ってしまう。

 いっそ会話でもして大学の話を。もとい時間を潰したかったが、どの道声を出すわけにもいかなかったろう。

 

【用事なくば提案がある】


 魔法陣でフワフワ遊んでいようか検討していた矢先、腹底を這う声に足を止めた。


(提案って、なにか面白い話か?)

【知識そのものに関心はないが、情報として役立つ可能性はある。肉体の稼働権限をウーフニールに譲る事を推奨する】

(…生徒を摂り込むのはナシだからな)


 一応念は押したが不要な心配だろう。深く考える事なく頷けば、急速に視界が遠ざかっていく。

 次に意識がはっきりした時にはソファに腰掛け、見慣れた臓書が広がっていた。


「……やっぱりコッチの方が断然すごいよな」


 笑みを綻ばせ、図書館で感嘆していたオルドレッドに是非とも今見ている景色を分かち合いたかったが、それも無理というもの。

 何よりも臓書の管理人が決して許してはくれないだろう。


 1人では勿体ない空間に肩を落とすも、ふいに空腹をそそる香りに視線を落とす。

 円卓には豪華な食事が並び。途端にオルドレッドの存在が脳裏から切り離されると、抗えない魅力に次々頬張っていった。



 花より団子。

 文字より食事。


 危うく大学への関心すら吹き飛びかけたが、それも食欲が満たされたところで、徐々に関心は現実に引き戻される。

 視線も壁面にぶら下がるシーツへ向けられ、“外”の景色をゆっくり鑑賞し出した。


 画面には2本の腕が映り、視界一杯に広がる書架から本を2冊同時に引き抜く。そのまま目にも止まらぬ速さで両方めくっていき、延々同じ事が繰り返される。

 到底真似できない手際に感心しつつ、オレンジジュースを一気に飲み干せば、やがて満足そうな吐息を零した。


「ごくん…ウーフニール~。もし聞こえるなら、街を出てから大学に着くまでの様子を流せないか?」

【ウーフニールの監視はいいのか】

「ふぉぉッ!!?……お前、表に出てるはずじゃなかったのか?」

【呼んだのは貴様だ】


 首筋を震わすような声音が響くや、無数の眼がアデランテを見下ろしていた。 黒色の雫が際限なく表面を垂れるが、床に滴る事なく下部へ吸い込まれていく。


「…えっと、別にウーフニールの事はそもそも信用してるし、本を読む景色ばっかり映されたって、私が文字を見るのが苦手なことは知ってるだろ?折角だからココまでの旅路を見てみたいなって…思ったんだけど」


 無言の圧力に喉を鳴らし、変な事を尋ねていないか頭の中で反芻した直後。ふいに視界の端で映像が切り替わり、思わず視線をウーフニールから逸らす。

 映っていたのは要望通り、宿を出てオルドレッドと合流してからの軌跡だった。


 だが期待に反して。一方で予想通り。

 何もない街道をひたすら馬車が走る映像が続き、村も町も通らなければ誰1人会う事はない。それから乗った馬車が引き返せば、アデランテたちが森の中に進んだところで映像は終わった。


 鳥の視点で見れた事を除けば収穫も無く。ゴロンとソファに寝そべれば、知らぬ間にウーフニールは姿を消していたらしい。

 階層を見回しても影も形もなく、常に多忙な彼を羨みつつ天窓の明かりを享受した。


「…やっぱ護衛の仕事。私には向いてないな」

 

 腕を枕に溜息を吐けば、摘み上げた冒険者プレートをパッと離す。

 ジッとしていると、まるで真綿に首を絞められるようで。先行きの見えない予定に加えて、自身のペースも乱される。

 

 しかしオルドレッドを責めるつもりは無い。むしろ彼女なくして魔法大学に訪れる機会は、今までもこれからも訪れなかったろう。

 不満があるとすれば、選挙活動の最中ゆえに漂う陰気な空気。戦闘とは異なるヒリつきが、アデランテの胸中を曇らせた。


「だぁーッ!!ウジウジしてても始まらない!…ウーフニール!」

【どうした】


 身体を起こした瞬間、幾分か慣れた呼びかけに小さく肩を震わす。見上げれば無数の眼とかち合い、臆さず彼に口を開いた。


「依頼人から選挙がいつ終わるか聞いてないか?」

【最低1ヶ月と目されている】

「そんなに!?2人いる内のどっちかを選ぶだけだろ。しかも最低って…何に時間をかけてるんだ?」

【演説。技量披露。陣営強化…話を聞くに、最終的には投票そのものではなく、より多くの人間を陣営に取り込んだ時点で勝利と判断される模様】

「……聞いて良かったと思うけど、正直知りたくなかったな」


 想定外の情報に項垂れ、長丁場の依頼に早くも心が折れかける。

 

 最低でも1ヶ月。依頼人やオルドレッドの面目を立てるため、品性良好を演じなければならない。

 いっそウーフニールに全てを任せ、延々臓書に籠もりたくもなってしまう。


 だがオルドレッドはアデランテの“管轄”。最後まで任務をこなすべく身体を伸ばし、肺の空気をいっぺんに吐き出した。

 気持ちも切り替えたところで、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「そういえば何を熱心に読んでたんだ?両手でペラペラ~っとめくってたけど」

【主に魔物や薬草における知識。魔術に関する物も検索したが、この階層では恐らく取り扱っていない】

「魔術を使える日はまだ遠そうだな……他は?」

【…幼体における生育について】

「ようたい…子供?……ロゼッタッ!?」


 一瞬外れた歯車がカチリと重なり、ウーフニールの腕を発作的に1本掴む。袖を引くように揺らせば、眼を細める彼をよそにスクリーンが動き出した。

 振り返れば宿の景色が映され、ベッドから身体を起こしたロゼッタが、スープをゆっくり与えられている。


「……ちゃんと食べられるようになったのか?」

【摂取量は以前に比べて増している】

「そうか…きちんとロゼッタって呼んであげてるんだろうな?名前の呼びかけは大事だって“交渉上手の正しい進め方”にも書いてあったぞ?」

【該当する書物をのちに館内で探索する】

「言っておくけど嘘は言ってないからな。名前によるコミュニケーションの大切さがちゃんと書かれてあって……ところで“生育”がどうとかって子育ての事か?ずいぶん熱心に保護者をしてるんだな」

【万事に備えているだけの事】


 隠すでもなく、淡々と告げる彼を見つめてから再び映像に視線を移す。ロゼッタの眼差しはいまだ虚ろで、されるがままに動く人形同然。

 今もベッドに横たわる生活を続け、その隣でウーフニールは待機しているのだろう。


 パクサーナの分身を動かせるはずもなく、保護者として。護衛として。


「…暇なのは私だけじゃないってことか」


 笑みを綻ばせると唸り声を耳にし、思わず見上げた瞬間。天窓へ意識が吸い込まれ、気付けば本の背表紙が大量に眼前へ映し出されていた。

 目を瞬かせると脳を揺さぶられ、欄干に躍り出れば入口にオルドレッドを発見する。


 笑みを浮かべる彼女は小さく手を振り、合流すべく踵を返した所で立ち止まった。



 見様見真似で唱えた呪文は3階へ運んだが、下降には別の合言葉が必要だろう。ウーフニールに尋ねても答えは無く、魔法陣に戻る理由もない。

 途端に解決策を思い付いた頃には、すでに欄干を軽々と飛び越えていた。落下中に次の階の手すりを掴み、勢いを殺しながら瞬く間に1階に到達する。


「待たせてすまなかった。図書館はもういいのか?」


 着地と同時にオルドレッドの下へ向かい、呆然とする彼女は辛うじて首を縦に振った。喉を鳴らせば次の行き先を尋ねられ、迷う事なく返答すれば彼女の背中を押して図書館を去った。


 その場から逃げるように消えたのは、ただでさえ静かな空間の中。全学徒が硬直して2人を眺めていたからに他ならない。

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