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151.自由待機宣言

 宙づりの長い渡り廊下に、左右を覆う広大な緑とベンチの数々。暖かな陽気は通路にも差し込み、昼食を取るには丁度良いだろう。


 しかし一帯は講師室でもなければ、直前に消えた学徒たちの痕跡もない。代わりにカルアレロスと似た衣装の集団が、廊下のそこかしこに佇んでいた。

 手ぶらの者や、装飾が凝った杖を持つ者。腰から武器を下げる魔術師までいる中、傍に護衛らしき輩を従える者もいる。


「――上層部会議が始まるまで、しばし時間がある。その間も貴公らには目を光らせてもらう事になる」


 導師たちが各々の場所で寛ぐ中、カルアレロスも彼ら同様に一定の距離を保つ。奥の豪華な椅子に腰を下ろし、アデランテたちも脇を固めるように配置へ着いた。


 会議は廊下の中央に見える、巨大な両開きの扉の先で行なわれるのだろう。チラホラ入っていく導師もいれば、パッと中を覗いて離れていく者。

 あるいは依頼主のように、扉を遠巻きに窺う者もいる。


「…冒険者諸君。小生に何か話しかけてはもらえないかね」


 ヒリつく緊張感が漂う中、突如切り出された話題に思わず振り返りかけた。

 だが“口下手”なアデランテは警戒を優先。それにくすりと笑ったオルドレッドが、代わりにカルアレロスに応対した。


「…どういった話をご所望でしょうか」

「内容は貴公らに任せたい。仕事の邪魔はしたくないが、無言で共に過ごしていれば金だけで雇った間柄に見え、護衛を買収できると思われるだけでも弱みへ繋がる事になる。警備をしてもらいつつ、我々の繋がりが太いように見せる事も重要なのだ」

「左様ですか……質問、の類でも構いませんか?」

「うむうむ。忌憚なき質問を歓迎する!魔法大学の情報なき者が如何なる事柄に興味を持つか知る良い機会になる。それと敬語は不要!旧知の間柄に見える事が望ましくなる」


 漠然とした要求に、オルドレッドの視線はアデランテへ向けられる。譲渡された質問権に笑みで応え、さほど間も置かずに口を開いた。


「……扉1つで教室や廊下。それぞれ全く違う場所へ繋がる絡繰りを聞いてみたい」

「おぉ、良問良問。少々難解な内容だが簡単に言うならば、魔法陣から魔法陣へ空間を繋ぎ、我らが肉体を転送しているだけのこと。導師それぞれが自ら陣を扉に掛け、術式を発動する事で目的地に専用の通路を開くのだが…如何せん複雑な魔法ゆえ、定期的な更新と構築に膨大な魔力を強いられる。数が多すぎれば誤作動の危険性もあるため、設置する数も限られる事になる」

「私たちが森から導師の部屋へ飛ばされた方法と同じなのか?」

「しーーっ!!しー…っ。小生はまだ“準”導師である。そう呼ばれるのは大変この上ない名誉だが、周囲に聞かれては自尊心の塊と吹聴されかねない事になる!……さて。質問の続きだが、苗木を通して小生の私室に貴公らが馳せ参じたのは、確かに同系統の陣ではある。しかし魔法大学への入退場は別の部門によって管理されているゆえ、詳しい事は小生ですら教えてもらってはいない」

「…苗木に掛かってたペンダントの紋章と何か関係があるのかな」

「ほぉほほー!良き目良き目っ」 


 席から立ち上がらんばかりの声に、危うく振り返りそうになった。だが直後に溢れ出した言葉の羅列が、急速にアデランテの関心を遠ざける。

 おかげで警備に集中でき、視界に浮かぶ文字に全ての情報を託した。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【統轄の層】 

★エイガ

・大地の紋章

・魔法大学を統括する大学長の私邸

・各導師、準導師の講師室も一部内包

★ミスティアル

・猛獣の紋章

・冒険者ギルドなど外部組織への交渉役

★デミトリア

・植物の紋章

・大学の出入口や病棟を管理

・回復魔法の講義も請け負う


【学殖の層】 

★エレウシス

・未来の紋章

・大学の中枢にして教育と発展の場

・講義室や学徒寮を内包

★ロナポ

・叡智の紋章

・魔法立大図書館を管理


【衛兵機構の層】

★イゥトポス ⇒ 氷、風魔法に特化

★プルートン ⇒ 炎、雷魔法に特化

・杖と本の紋章

・治安維持を担い、実戦力学を一部担当

・切磋琢磨、相互業務監視の観点から二極化


【労働階級の層】

★アーザー ⇒ 紋章なし

・魔法を使わぬ下位組織、肉体労働に専従

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 区別すれば4つの組織。細かく見るなら8つの団体。


 ウーフニールなくして、まず頭に入らない情報に隣人へ感謝を。それから依頼主に礼を述べ、他に質問がないか考える間にパートナーが口を開く。


「少し聞きたいのだけれど、会議が始まるのを待つなら、部屋の中でも良くなくて?」

「ふむふむ、勤勉勤勉。その意見もっともではあるが、残念ながら“大賢者の間”は導師相当の者しか入れぬゆえ、貴公らには外で待ってもらう事になる。室内にいるのは同じ陣営の同志と言えどスパイの可能性も否めぬ上に、最悪襲撃も予測できよう。小生の身は己で守れるが、それでも何も無いに越した事はない。大勢集まればヘタな手だしも出来ぬ事を考えれば、開始ギリギリまで貴公らと待つのが得策」

「それともう1つ。植物学では毒草も扱うって話。明らかに毒殺の危険もあるのだし、選挙中くらい休講には出来ないの?」

「ほほほぅ、正論正論!しかしどの知識にも危険は付き纏うゆえ、自らの身を守るためにも正確な情報は開示されねばならない。それら知識は魔法大学に留まらず、現場実習における冒険者ギルドの門を叩く事に始まり、大いに人々の役に立つ事になる……小生も準導師になる前は植物学の教鞭をとっていてな。食用となる野草や薬草の話をよくしたものだ…その時の生徒が我が助手であり、小生の妻である」


 それまで声を押さえつつ、快活に話していた依頼主の声が突如和らぐ。

 

 カルアレロスがまだ助手であった頃、講義に熱心な彼女を準導師が相手にせず、代わりに受け答えていたのが恋の始まり。

 昇進した勢いで妻に迎えるが、幸せは瞬く間に悪夢へ変わった。


 選挙の補佐ゆえに代理で彼女に講義を頼むも、魔晶石の暴発により妻は重傷。「手が滑った」学徒による事故と処理され、現在も療養中だが意識は戻らない。

 それから長らく休講にしていたが、彼女に付き添うだけでは何も解決しない事は分かっていた。悪夢の再来を防ぐべく、選挙を無事に終わらせる事を決意したのも束の間。


 そのために必要な護衛を雇おうにも、外部の人間と連絡を取るのは人生で初めて。挙句に相手は祖父と面識があるだけで、依頼書にも大学の規制で詳細を書けない。

 護衛の承諾どころか、大学まで話を聞きに来てもらえるかも怪しかった――。


「――…ゆえにオルドレッド殿が依頼を引き受けた時から、小生はすでに救われているのだ。妻のためにも死ぬわけにはいかぬが、大学の未来がどう転んでも貴公らにとって価値のある時間になる事は約束する」

「……正直に言ってアデライトがいなければ私は受けていなかったわ。だから感謝をするなら彼にお願い」

「オルドレッドの人徳があっての依頼だろう?なんで私の名前がそこで出てくるんだよ」

「本当の事なんだから有難く準導師様の感謝を受け取りなさいよっ」

「まだ何もしてないのに受け取れるかっ!」

「ほっはっはっは!愉快愉快。やはり祖父様の目に狂いは無かった事になる……さて、会議がそろそろ始まる頃だろうて。貴公らの人間性を垣間見るなかなか有意義な時間であった」


 愉快そうに彼が笑う傍らで、廊下にたむろしていた魔術師たちが1人。また1人と扉を抜け、彼らの護衛は扉近くで待機する者もいれば去る者もいる。

 依頼主も颯爽と立ち上がるや、懐から1枚の煌びやかな紙切れを取り出す。

 

「その通行証があらば大概の場所は自由に入場できよう。会議は長丁場ゆえ、市場なり施設なり好きに見回ると良い。迎えの時間は通行証を介して知らせるでな。その際は好きな扉に掲げ、小生の私室へ来た時と同じ文言を唱えてもらう事になる」


 発動に必要な魔晶石もオルドレッドに手渡し、会議室へ近付いた刹那。ふいに門番を買って出た護衛が、アデランテたちを阻むように立ち塞がる。

 カルアレロスとも分断され、少し早めに解散を宣言した彼は扉向こうへ。一触即発の雰囲気を醸すオルドレッドは、アデランテに引かれて会議室を離れた。


 その間も廊下に残る他の護衛たちが一瞥してくるが、鼻の下を伸ばす事は無い。そこはかとないプロ意識を漂わす中、すぐさま曲がった先の階段を昇っていく。  

 周囲に人がいない事を確認したところで、オルドレッドが力強い溜息を漏らした。


「まったく!何様なのよ、あの連中はっ」

「会議室を守ってるつもりなんだろうよ。いずれにしても我らが依頼者は外で待つことを選んで、向こうのは先に入ったから門番のお役目を手に入れたんだ。早い者勝ちってところだな」

「そんなの知ってるわよ。ただアイツら、私たちの時だけわざと邪魔して、コッチより上の立場だって他の護衛に見せつけていたのが許せないのっ。準導師様にも申し訳が立たないわ…」

「程度の低い挑発だって他の連中にも見て取れたろうさ。向こうがそのつもりでも私たちが無視しておいて、手を出してくるなら容赦しなければ良い。まだ仕事は始まったばかりなんだ。ゆっくりしていこう」

「……あなたが冷静で助かったわ。ありがと」


 険しい表情も少しずつ和らぎ、今にも抜刀しそうな身体の強張りも解けていく。


 もっともアデランテもまた挑発に乗りかけた1人。ウーフニールの制止や、オルドレッドの建前がなければ危なかったろう。

 

(ありがとな)


 ポツリと伝えるが返事はなく、代わりに唸り声が響く。それと同時に背後から嘆息が零れ、振り返ればオルドレッドが遠い目をしていた。


「…人間性を垣間見た、なんて言われたけれど、私たち変な話でもしたかしら?」

「悪い印象を持たれたわけではないはずだ。何かあればハッキリ言ってくる性分だろうからな」

「それもそうね……それで、何処か行きたいところはあったりする?」


 それまでの怒気が息を潜めるや、渡された“通行証”が指先でひらひら弄ばれる。

 1枚だけの手形に2人行動が前提とはいえ、依頼を受けたのはオルドレッド本人。彼女に任せると一言告げれば、間も置かずにアデランテへ顔を向けてきた。


「……図書館に行ってみたいのだけれど、どうやって行けばいいのかしら?」

「としょかん?」

「準導師様も言っていたでしょう?“魔法立大図書館”って。昔はツアーまであったのよ?予約が30年先まで埋まっていて、あと4年待てば私も入れたのに…学長が変わった途端に“貴重な知識を流出している”って名目で廃止になってしまったのよね。今じゃ外部の人間でも入れるのは大学と強力な繋がりがある人に限られているわ」

「…生まれてから予約しても30歳になるまで入れないというのは凄いな」

「この世の知識が全て詰まった宝箱って触れ込みだし、本の中身に興味はなくとも1度は目にしたいって思うでしょう?……それなのに予約券のお金。ふんだくっておいて返さないなんて、ホント質が悪いわっ」


 当時の苛立ちを思い出したのか。神経質そうに足踏みするオルドレッドを、辛抱強く落ち着くのを待った。

 だが怒りは思ったより長引かず、冷静さを取り戻した彼女の手が通行券を掲げる。


「それで、図書館に行くのでいいのかしら?」

「私“は”構わないぞ」


【同じく】


「ははっ…それで行き方の事なんだが、やっぱり生徒に聞くのが1番じゃないのか?闇雲に歩くのも…」


 嫌ではないが。そう言おうとした刹那、鋭い眼差しで睨んだオルドレッドが距離を詰めてきた。

 突拍子のない行動に後退し、壁に背をぶつけても彼女の顔が近付く。逃げ場のない状況に既視感を覚えるも、額が触れそうな距離でボソリと呟かれた。


「…さっきの講義。生徒に話しかけていたけれど、何の話だったのかしら?」

「……実戦力学について聞いただけさ。破壊を主流とした魔術を教える授業らしい」

「それだけ?」


 長い睫毛を何度も瞬かせ、なおも視線を逸らさない彼女から逃れる術は無い。渋々懐からナイフを覗かせれば、一瞬でオルドレッドの表情が歪む。

 素早く片付けて周囲を警戒するが、幸い目撃者はいなかった。


 もっとも傍目には、アデランテが言い寄られているようにしか見えないだろうが、視線を戻す頃にはオルドレッドも離れ。虚空を怪訝そうに睨んでいた。


 学徒による“襲撃”が現実味を帯び、青年の処遇にも素直に答えれば、嘆息を吐くだけで責められる事はなかった。

 危険の芽を事前に摘み取る事も、護衛に課せられた仕事。カルアレロスに発生を都度報告し、不安を煽る必要もない。

 かと言って人前で話そうものなら、依頼主が何者かに狙われた事実が知れ渡る。あらゆる情報が弱みになり、慎重な行動が求められるのは言うまでもないのだろう。 


「……相手の顔は覚えたんでしょうね?」


(ウーフニール?)

【当然】


「もちろんだ。人の顔を覚えるのは得意だからな」

「ふふっ、頼もしいのね……ひとまず生徒も油断ならないって事が分かったのは収穫かしら。道を尋ねるにしても、気を付けるに越した事はないわ」

「…場所を移動するか」


 足音が聞こえ、階段の踊り場を颯爽と降りて行く。広大な通路に出るが、いまだ学徒の姿はない。

 代わりに用心棒はチラホラ見えるも、一行は熱心に壁の紋様や絵画を眺めるだけ。招待されなければ見る事も叶わない光景を、少しでも記憶に留めたいのだろう。


 一方でオルドレッドたちは、視界の端に捉えるだけで足を止める事はしない。程なく扉へ辿り着くが、押し開いた途端に光が瞳に差し込んだ。

 思わず目を覆ってしまうも、すぐに慣れた視界に映ったのは広大な中庭だった。所狭しと建物が並び、外周はコロシアムのように高壁が囲っている。

 欄干の向こうでは人が行き来し、商店街が如き町並みを監視しているのだろう。人の行き交いや吊るされた看板が、別の町へ飛ばされた錯覚にすら陥らせた。


 もっとも雑踏や商人がローブに身を包む姿から、まだ大学内にはいるらしい。


「…とりあえず聞く相手には困らなさそうだな」


 町並みを一瞥するや、頭上にぽっかり開いた空を仰ぎ見る。少なくとも“外”にいる事に安堵するも、自由時間が限られているのも事実。

 商店街も興味深いが、まずは回りたい場所を優先すべきだろう。


 早速黄色く彩られた街道を進めば、次々視界の端を店が流れていく。

 

 雑貨屋や食事処。小物店に装飾、魔晶石を並べた店頭。

 ギネスバイエルンでも見ない品揃えは興味深いが、雑踏の数に反して活気はない。全体的な年齢層も若く、中には少年少女が切り盛りしている店も見受けられた。

 挙句に麻袋を切り裂いて作った“奴隷”のようなローブを着る輩もおり、頻りに学徒へ頭を下げている。


 歳不相応な世知辛い光景に顔を歪めるも、ふいにオルドレッドが学徒の1人に近付いた。屈んで製品を眺めていた娘がハッと顔を上げれば、すかさず図書館の場所を尋ねるが部外者ゆえか。

 学徒は怪訝そうにオルドレッドを上から下へ。軽装をじっくり観察したのち、胸で視線を固定したところで口をつぐむ。


 答える義務はないとばかりの様相に、パートナーの苛立ちが背中越しにも伝わってきた。


 一触即発とはいかずとも、少し前に他の護衛から邪見に扱われたばかり。何か起きる前にとオルドレッドの肩を引き寄せ、彼女の代わりに前へ出た。


「すまないが図書館への行き方を教えてもらえないか?案内板の類は見当たらないし、よそ者が勝手に歩き回っても迷惑だろうからな。一応導師……【準導師カルアレロス】の…カルアレロス様の許可は貰っているんだ」


 何度も言い直しつつ、ソッとオルドレッドに目配せする。憮然とした表情を浮かべた彼女も渋々通行証を突き出すが、書面の文字が追われていたかは定かではない。

 学徒に惚けた瞳は再びアデランテに向けられ、思考から切り離した指先が方角を示す。

 すかさず感謝を告げるとコクコク頷かれるも、直後にオルドレッドが強引に腕を引いた。ずんずん奥へ引っ張られていく最中、ふいにパートナーと目が合う。


「…色香」


 口先を尖らせた彼女に呟かれ、身体の内側では【篭絡】と唸られる。唐突な物言いにムッと顔をしかめるが、どちらも反論して勝てる相手ではない。

 諦めて肩を落とせば、瞬く間に雑踏を掻き分けて目的地を目指した。

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