表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/269

141.変態

 怪物の沈黙を見守る中、ケイルダンが挙げた苦悶の声に冒険者たちが駆け寄った。患部を水で冷やし、手当を施す間にフーガは少女の下へ踵を返す。

 家具を越え、毛布をめくれば最後に見た時と何ら姿勢は変わっていない。


「あんなに騒いでもやっぱり反応しないし……屋敷の外に出ても変わらなかったらどうしよう…」

《ようやく投棄する決心がついたか》

「絶対イヤだ」

《迷いが生じる内は検討する余地を十分残している》

「何が何でも屋敷から出してやるんだってば……外に行けばさ。きっと治るよな?」


 不毛な言い合いの最中、顔に垂れた金糸の髪を指ですくう。耳元に掛け、しばし彼女を見つめていたがウーフニールの返答は無い。

 見回しても毛布の下にはおらず、ゆっくり抜け出せばすぐに彼は見つかった。


 ベッドの上に佇み、黒い嘴を向けた先を辿れば怪物に向けられていたが、最後に見た光景と何ら大差はない。


 悪趣味な彫像が如く、項垂れてその場に固まっているだけ。全身は煤けたように節々が黒くなり、冒険者たちの活躍で危機はとうに去っている。

 ベッドに飛び込めば、反動で上下に揺れるウーフニールを怪訝そうに睨んだ。

 

「どうかしたのか?化け物なんかずっと見て」

《……微かに動いた》

「…えっ?」

《一瞬、微かに動いた》


 淡々と語る小さな身体を見つめ、もう1度怪物を眺めてみる。異様な存在感は放っているが、フーガの目に映るのはやはり悪趣味な彫像だった。

 恐らく痙攣の類だろうと茶化すも、再び怪物に視線を向けた時。


「…気のせい、か?」


 目を瞬かせ、首を傾げても景色に変わりはない。強いて挙げるなら、部屋の隅でケイルダンの治療が一段落ついたのだろう。

 互いの容態を報告し合い、フーガの安否に話題が移ったのか。一行の視線が向けられるや、彼らの視界にも必然的に怪物が映り込んだ。



 直後に骨が軋む耳障りな音が響き、俯いていた能面がぎこちなく垂れ下がる。身体をくの字に折れ曲げ、ようやく地面に倒れるのかと誰もが期待した。

 だが怪物の腕が床に突き立てられるや、みるみる筋肉が肥大していく。4つ足が宙へ持ち上がり、逆立ちした姿に誰もが息を吞んだ。

 

 一体何がしたいのか。何が起きるのか。

 次々浮かぶ疑問にウーフニールへ視線を移すが、予測すらつかないのだろう。部屋にいる全員が共通の認識の下、怪物は花弁の如く足を開いていく。


 それから膝が内側へ折れ曲がり、下半身だった物もゆっくり横に倒された時。4つ足の間にあった巨大な口は、今や冒険者たちへ向けられていた。


「…第二形態ってやつか?くそがっ!!」

「……フォーメーションQ。全員戦闘に備えろ」


 毒づくドゥーランの影で、声を絞るようにケイルダンが指示を出す。


 途端に冒険者たちは横一列に並び、各々が武器を構えて襲撃に備えた。

 リンプラントの視線が隠れるようフーガに促し、ベッドに佇むウーフニールを引き寄せると毛布を慌てて被った。


 

 それから飛び出したのは怪物が先。おぞましい口から咆哮を上げ、2本の腕が冒険者に向かって走り出した。

 反射的にリンプラントが射るが、刺さる事なく全て弾かれてしまう。強度が増した怪物に愕然とし、ドゥーランの怒号を合図にそれぞれ散っていった。

 

 丁度男女で二手に分かれたが、片方は肩を貸されてやっと移動できる状態。注意を惹くべく射手は連射するも、怪物は意にも介さなかった。

 むしろ獲物が分かれたにも関わらず、方向転換をする素振りすら見せない。壁が近付くにつれ、速度はますます上がるばかりだった。



 だが部屋を揺るがす振動が響けば、怪物の身体が壁にめり込んでいた。あまりの衝撃に“自滅”の二文字が浮かぶが、石屑がカラリと落ちた刹那。

 ゆっくり2本の腕が後退し、異様な口はケイルダンに向けられる。4つの足も開口され、再び猛然と走り出せばリンプラントが次々矢を放つ。

 その間も距離を開けるべく男たちは移動するが、刻々と怪物は彼らに迫っていく。


 背後からベタベタと重々しい“足音”が響き、ドゥーランたちも諦めたのだろう。振り返れば迎え撃つ体勢に入るが、ふいに怪物の股が赤く灯る。

 直後に一筋の光が宙を裂くように放たれ、咄嗟に左右へ飛んで光線を躱す。背後の棚は断面に熱を帯び、無残に両断されてしまった。



 しかし床に倒れた彼らが見たのは。いまだ瞳が健在の頭部が、焼き殺す相手を探すようにギョロつく不気味な光景。

 その視線もケイルダンへ向けられ、身体をグラつかせながらも彼を追った。


 巨大な口からは唾液を撒き散らし、後退していたリーダーも突如足を止める。武器の切っ先を突き出すように身を屈め、相打ちを狙う姿にリンプラントは悲鳴を。

 ドゥーランは罵声を浴びせるが、それでもケイルダンはその場を動く事はない。だが壁を穿つ怪物の突進力は記憶に新しく、また彼も負傷している身。

 容易く描ける未来像に仲間は叫び、足音が呼びかけを掻き消すように木霊した刹那。


 怪物が剣先に触れる寸前で飛びずさり、背中を。そして剣底を壁に叩き付けた。

 いよいよ押し潰されようという時に、切っ先が怪物に触れるか触れないか。その寸での所で横に飛び退けば、一瞬宙に浮いた剣を怪物が魔法のように消した。


 壁にめり込む間にケイルダンは距離を取るが、ふと聞こえた轟音。そして仲間の警告に振り返る間もなく、背後に迫った火球が彼に直撃した。


「ケイルっっ!!?」

「ぼやぼやしてんじゃねぇ!援護だ援護っ!!目を狙え!リーダーは這ってでもコッチに来いやぁ!」

「もう投げる物がないよ!?」

「ガキはガキらしくそこで大人しくしてろ!!戦闘に参加すんな!」

「フーガ君は女の子を守っててっ!仲間なら言うこと聞けるでしょ?ケイルはあたしたちで何とかするから!」

「足手まといみたいに言うな!冒険者じゃなくったって、オレも援護くらいできるやいっ!」

「ザーボンちゃん、お願い!」


 ベッドから降りて投げる物を探すフーガの髪に、ウーフニールの鉤爪が容赦なく食い込む。後ろへグイグイ引っ張られ、抵抗して離れても今度は翼が顔を打った。

 やめるよう叫んでも襲撃は止まず、“鳥使い”の異名はもはや名折れ。反射的に顔を覆った指の隙間から覗けば、ケイルダンは大人2人に担がれていた。


 一方で怪物は雄叫びを上げ、足1本ごと口の端を貫いた剣に悶えていたが、途端に瞳が赤く光るや。反撃とばかりに炎が円状に噴き出した。

 咄嗟に冒険者たちは伏せ、触れた家具は瞬時に火柱を迸らせる。一帯は瞬く間に焦熱地獄と化し、顔を覆いたくなる熱気が容赦なく彼らを襲った。

 


 幸いフーガは素早く棚の裏へ隠れたが、冒険者たちも無傷とはいかない。黒煙を燻らせ、痛みでうずくまる彼らは格好の標的。

 ようやく落ち着いた怪物も再び歩き出し、冒険者たちも這ったままケイルダンを引きずっていた。そんな彼らに悠々と迫れば、3本の足を広げた怪物は唾液を溢れさせている。


 すかさずリンプラントが放った矢も避け、仰け反った身体を振り下ろしかけた時。


――ミシっ…。


 小さくも鈍い音に怪物の動きが止まり、ゆっくり天井を仰ぎ見る。しかし口と足だけの半身が邪魔で、異変を目にする事はない。


――ミリミリ…っ。


 また聞こえた音に反応するも、顔を持ち上げるように身体を曲げた刹那。


 ブツンっ――と。無造作に千切れた音が響き、冒険者たちは這ってその場から逃げ出す。怪物もやっと頭上を捉えた時には、天地を震わす振動と轟音に押し潰されていた。


「…は、ははっ…どうよ!あたしの渾身の一撃はっっ!」

「……シャンデリアの吊り具を射抜いただけだろ。騒いで余計な体力使ってんな、間抜けが」

「鎖1本撃ち抜くのにも相当な技量が必要ですしー!現に外しかけて1発でドカン!って落とせなかったんだからっ」

「…いいから起こしてくれ。身体が動かん…」

 

 一か八かの大逆転。怪物を罠まで誘導したチームワークを称えるのはリンプラントただ1人。

 興奮が止まない彼女を男たちが諫め、すぐさま互いの容態を確認。それから食料を消費し切っても休息を取るようケイルダンが指示を出す。


 遠くの命令に“新米冒険者”も弾けるように動き、彼らの荷物に身体半分を突っ込む。散々漁ってようやく目当ての品を見つけるが、ふと床に佇むウーフニールへ注意を向けた。

 黒真珠の視線を辿れば、その先には怪物の体躯を凌ぐシャンデリアが床に沈み、無残な亡骸からは赤い液体が流れている。

 

「…なぁ。“ソレ”、不安になるからやめてくれよ」

《矢を弾き、壁を砕く硬度を有していた》

「シャンデリアの方が硬かったかもしれないだろ?せっかく仕留めたんだし、もうちょっと明るい話題をさぁ…」


 空気が重くなるような声音に苦言を申し立てるが、全く取り合っては貰えない。溜息を吐けば壁に寄り掛かる大人たちを一瞥し、1人でこなすべき仕事を浮かべる。


 彼らに荷を届けた後は、まず火消しの作業。その後は少女に食事を与え、扉もあちこち封鎖する必要があるだろう。

 満身創痍な冒険者たちに変わって、仕事はまだまだ沢山あるというのに。そんな時に疲れる事を言わないでもらいたかった。

 


 一通り仕事を終えたら愚痴の1つや2つは零してやろうと。憤慨しながら歩き出そうとするや、突如シャンデリアが持ち上がった。

 床へ乱暴に放り飛ばされ、地を掴む荒々しい音に続いて獣の掠れ声まで響く。腕と足で立てば怪物は四つん這いになるが、節々から突き出す骨が禍々しい。

 宙に浮かせた2本脚も縦に裂け、ハサミが如き口を新たに作り出した。


 それも断面から生やしているのは巨大な人間の歯で。不気味な姿にゾッとするや、本来の機能を取り戻した頭部がゆっくり持ち上がった。

 瞳がギロリとフーガを捉えるが、視線はすぐに冒険者たちへと向けられる。赤く灯った光に慌てて彼らも武器を構えるが、炎に抗う術などありはしない。

 絶体絶命の境地に、気付けば少年の足が前に出ていた。


 道具も全て落とし。シャンデリアのガラス片を拾い上げれば、怪物に猛然と襲い掛かるが、全身を骨折していては躱す事も出来なかったのだろう。

 背中によじ登ったフーガはおもむろに鋭い先端を突き立て、まずは一刺し。

 二刺し。

 

 そして3回目で怪物が暴れ出せば、飛び出た骨を掴んで頭部によじ登った。直後に歯音を立てながら振り下ろされた“尾”を躱し、それからも首筋を何度も斬り付ける。


 だが力不足なのか。はたまた武器が軟弱なためか。

 一向に怪物は怯まないが、徐々に広がる傷口に耐えるのは至難の業。冒険者たちに潰された瞳2つも使えず、振り落とす以外に脅威を払う方法は無い。



 しかし冒険者や少女に近付けば、ガラス片が抉るように怪物へ押し込まれる。その度に向きを変えられ、急速に彼らから離れた先は隣室へ続く扉。

 怪物が叩き壊す勢いで部屋に移動した瞬間――。


「――っっザァアアーーボンンン!!ドァアアアっっ!!」

 

 怪物に掴まったまま、ありったけの声で叫ぶフーガの後をカラスが優雅に追う。床へ着地すれば扉を一瞥し、“当初の作戦”が決行された事態に深い溜息を零す。


《…扉の開閉は貴様の役目だと言うのに》


 誰に聞かれるでもなく。跳ねながら隣室へ移動すれば、扉の端を小さな身体で押していく。


 遅々と。だが確実に扉が閉められる間も、反対側からリンプラントの声が聞こえてくる。

 弓を掴んで必死に這う姿が窺えたが、無情にもつぶらな瞳はリンプラントの姿を捉えたまま、カチリ――と。

 扉を閉める確かな音を奏でて、フーガともども姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ