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013.山窟マスカレード

「どうなんだぁ~、うぁん?なんかいいもん手に入ったかぁ~?」

『…外は真っ暗だっつうのに、誰が仕事に行くかよ。小便に行っただけだ。てめえこそ、こんな邪魔臭ぇ場所で寝こけてんなゴラ゛』

「あんだとぉ~……寝み」


 火花が散るような会話に反し、男は終始気怠そうな声を出している。

 満足に剣も握れない有様で欠伸をするや、酒瓶を落とした事も気付かずにフラフラと。

 恐らく寝床を目指しているのだろうが、辿り着く前にまた通路で寝るかもしれない。


 無防備な背中を見せる男に対し、ゆっくり彼の“仲間”が背後に忍び寄った。


 頬に走った亀裂が首まで裂け、蛇が如く顎が開かれた直後。

 ピタリと動きを止めるや、半ば恨めしそうに閉じられた。

 千鳥足で立ち去る男は壁にぶつかってもたつき、数歩進めば牙が届く距離にいる。


 にも関わらず諦めたように肩をすくめると、全身が歪に波打ち始めた。



――……んんッ…ハァ、ハァ。


「…あんだ?」


 突如洞窟内に木霊した喘ぎ声が、男の足を止める。

 忙しなく首を動かし、酒の飲みすぎか耳鳴りかとも思ったが違う。

 いまだ体に残る酒気で気怠いものの、本能が音の出所を執拗に追っていく。



 幸い通路は1本道。

 調べる場所も多くは無い。


 程なく背後へ振り返るが、肩を壁にぶつけて忌々しそうに悪態を吐いた。


 良い隠れ家とは言え、依然洞窟での生活は反吐が出る。

 いっそ近くの町の占拠を妄想していた矢先、想像しえない光景が視界に飛び込んできた。




 乱れた銀糸の髪に、艶っぽい上目遣いを向ける青と金の瞳。

 膝をつき、抱え込んだ胸を上下させる様は天女さえ彷彿させる。

 そして何よりも頬の傷が色褪せてしまう、女の曝け出された裸体。


 世の男の願望を実現した情景に息を呑み、本来なら迷わず手を伸ばした事だろう。

 

 だがあまりにも急な展開に思考が追いつかず、酔いも眠気も一瞬で醒めてしまった。

 疑念が性欲を上回り、酒や夢のせいにしたくとも、痛む肩が選択肢を否応なく絞る。


「…な、なんなんだ!?姉ちゃん一体どこから入って来やがっ、さっきまでいた野郎はどこいった?」

「ハァ…ッんく!…はぁはぁ」


 動揺は隠せないものの、数秒前に会話していた仲間を慌てて探す。

 1本道に去る場所など無いはずが、残念な男の性ゆえか。

 視線は自ずと扇情的な女の姿ばかりを捉え、浮付いた思考が集中力を削る。



 おかげでアデランテの腰に“生えた”剣に気付かず、素早く抜刀された切っ先は、心臓にめがけてまっすぐと突き出された。

 息も詰まる一撃に男は背後の壁に激突し、声も上げずに動かなくなる。


「…おいウーフニール。私の服はどこにやった?」

【装備もまた肉体の一部。探さずとも常に貴様と共にある】 

「言葉遊びをしてる場合じゃないだろ?それに体の一部みたいに私から生やしてたんなら、そのまま残しておいてくれよ!」

【また生やせば問題はない】

「ちょっ、待てよッァアッ、アァ…ぁんんッッ!!」


 ようやく立ち上がったのも束の間。


 直後に足を這い上がる疼きに全身が震え、咄嗟に体を抱え込む。

 腕の下では怪しい色合いに染まった肌が衣服となり、甲冑となり。

 最後に首筋を駆け上がった感覚に口元を塞ぎ、やがてポフンっ――と。


 頭を慣れた感触が覆い、引きずるように体を壁へ預ける。

 火照った頬はフードで隠し、息を整えた所で忌々しそうに呟いた。


「…まったく。本当にこの変身する時の…変な感じは何とかならないのか?」

【まだ生きている】

「何だって?」

【山賊の男。まだ生きている】


 即座に返事はあったが、求めていた答えではない。

 言葉の真意を問おうとするも、続けて響いた男の絶叫が全てを教えてくれた。




「っっっ痛ってぇぇぇええぁぁああーーーー!!!」


 洞窟中に響き渡る声に狼狽えつつ、慌てて剣先を見つめる。


 彼の身体を貫いたはずが、血は一切付着していない。

 悶える男を見れば胸当てがヘコんでいるだけで、“何故”と考えるまでもなかった。

 直ちに頭部を薙ぎ払い、目の前の警鐘を黙らせる事には成功する。


 運が良ければ全ての山賊が泥酔し、騒音に気付いていないかもしれない。


 

 微かに抱いた期待も、しかし遠方から聞こえた装備を着込む音。

 警戒を呼び掛ける怒号。

 走り回る足音。

 洞窟内が急速に活気で満ち始めた事で、あっさりと裏切られてしまう。


 崩れゆく計画に呆然としながらも、“自前の武器”を神妙な顔つきで翻した。


 刃先は松明の明かりを妖しく反射するが、切れ味は木刀並。

 大根を叩き折る事は出来ても、切断する事は到底敵わないだろう。


【任務失敗。撤収だ】


 木霊する山賊の騒ぎと打って変わり、水紋のようにウーフニールの声が染み渡る。

 おかげで平静を多少は取り戻すが、状況は好転したわけではない。


「ま、待てって!まだ負けると決まったわけじゃないだろ?」

【これより押し寄せる未知数の群れを相手に対処できる、と言うならば進め】

「……通路が狭いから私1人でも何とか出来る、と思うし、なるようにしかならない。そもそも檻の中の魔物を食わせたんだから、逃げ帰るなんて選択肢を持ち出すなよ!」

【状況が変わった。貴様が無暗に捕食を止めず、奴を喰らう事が出来れば、騒ぎも起きずに済んだ】

「仕方ないだろ!?お前が出てくる時も丸呑みする時も喉がゴポっ!てなるんだからッ…とにかく、行けそうな所まで行く。ヤバかったら尻尾巻いて逃げつつ潰す。それでいいか?」

【撤退が念頭に無い事は理解した】

「それはどうも…ところでフードを外してくれないか?見えないわけじゃなくても、戦い辛いんだ」

【貴様の外見は目立つと忠告したはずだ】

「…ようは目撃者を出さなければいいわけだろ?」


 切れない剣でフードを小突き、さらなる要求に溜息のような唸り声が響く。

 反論がない様子にそのまま切っ先を押せば、あっさりと拘束衣は脱げてしまった。


 開放感に自然と笑みが零れ、顔を振ると犬の如く髪を振り乱す。


 その間も洞窟中を喧噪がひしめき、滝の如く迫ってくる気配が感じられる。

 自分で蒔いた種とはいえ、流石に無謀だったかと我ながら肩をすくめてしまう。


 

 自前の剣を腰に差し、仕留めた山賊から武器を拾い上げると両手で構える。

 相変わらず手入れは行き届いていないが、すでに計画は出たとこ勝負の段階。

 徐々に迫る声へ集中すれば、やがて暗闇から飛び出した敵が、迷わず斧を振り下ろした。


 咄嗟に躱せば急所へ一撃入れ、倒れる様も見届けずに次の山賊を仕留めていく。

 その次の男も、その次の次の敵も。


 

 狙い通り、いくら奥から湧いてこようが、狭い通路で武器を振り回せるのは1人だけ。

 背後で待つ山賊も巻き添えを喰らわぬよう、距離を取って順番待ちをしている。

 手前から順次始末していくが、その間も山賊の怒号は、情報となって後列まで伝達されていく。



――侵入者、剣士、女。



 伝わるごとに情報は簡略化され、アジトの防衛より生身の女を拝む事が優先させる。

 我先に駆けつけようと通路は混雑し、夜の寒さも忘れる蒸し風呂が彼らの脳を焚く。


 ようやく自分の番が回れど、興奮とのぼせた頭で考えもまとまらない。

 無策で突貫し、勢いよく空振った隙を冷徹な一撃で切り裂けば1人。

 また1人と、何が起きたか知る術もなく倒れ伏していく。



 傷1つ負わず、呼吸1つ乱れず。

 単調な戦闘を繰り返し、無計画な侵攻も問題なく進んでいる。


 

 しかし順調な時こそ油断は禁物。


 深夜に襲撃したと言っても、山賊の根城にいる事に変わりはない。

 通り過ぎた横穴から遅れて。

 あるいは仲間の断末魔から慎重に行動し、隙を見て奇襲を狙う輩も出てくる。


 ソッと背後から忍び寄り、無防備な首を狙って武器を掲げた直後。

 アデランテは後ろも見ずに腕を振り、襲撃者の首を一瞬で斬り落とす。


「…あのさ。少し良いか?」

【撤退する気になったか】

「誰がするかッ!そうじゃなくて…前を見てるはずなのに、こう…よっ!と。横が見えたり後ろが見えたり…うぉッ。地面も同時に見えたりで、腹の下と背中に目があるような違和感があるんだけど」


 攻撃を巧みに躱しながらカウンターを決め、息切れもせずに敵を捌いていく。


 全ては体中が目となり耳となった視界。

 そして聴覚によって敵の位置を完全に把握出来ているがゆえ。


 たとえ頭上から奇襲されようとも、ウーフニールがいれば楽々対処も可能だろう。



 だが激しく体を動かせば視界はブレ、忙しなく飛び交う虫になった気分に陥る。

 三半規管が弱ければ、たまったものではない。


【すべては目。すべては耳。ウーフニールの肉体を以って、死角など無い】

「…途端に自分の体が薄気味悪くなってきた」

【ならばいますぐ返せ】

「そう怒るなよ。助かるのは本当だし…ただ敵が迫ってくるのが分かるのはイイけど、全部見える必要はないって言うか、酔いそぅ」

【……貴様は注文が多い】


 ウーフニールの溜息に似た小言が零されるや、途端に視界が元に戻る。

 全方位見えていた景色の代わりに、右上の片隅に黒円が表示されていた。


 突然の変化に思わず飛びずされば、優勢と判断した山賊は薄ら笑いを浮かべ、我が意を得たりとアデランテを襲撃。

 数秒後にはあっさり返り討ちにしたが、同時に黒円の中を動く小さな紫点が1つ。

 煙のようにフッと消失し、映像の変化を視界に留める間も、次の山賊が襲い来る。


 当然剣先を向けるも、円の中心に佇む三角印へぐんぐん紫点が近付いてくる。

 

 黒円と眼前の現実。

 交互に見比べたせいで反撃できず、慌てて一閃を躱して横穴へ飛び込んだ。


 するとアデランテの動作を追うように、三角印は紫点から距離をおいた。

 よく見れば黒円は点と矢印だけでなく、灰色の線が仕切りのように引かれている。

 表示されている位置に手を伸ばせば、指先が壁に当たった。


「…洞窟の中を再現してるのか?」

【〝見えて”〝記憶して”いる範囲に限られる。貴様の要望に応じたまでだ】


 ウーフニールの声に注意を払おうにも、紫の点が次々迫ってくる。


 前方から3つ。

 懐に飛び込んで早々に2つ消した所で、3つ目の紫点の脇から新たな点が2つ。

 それぞれ左右から出現する。


 突き出された槍を跳んで避け、間をすり抜け際にそれぞれの首に一撃見舞うと、黒い円に配置された紫点はすべて消滅した。


「おぉぉお!!なんだか、私の体なのに私の体じゃないような感じだな!」

【貴様、まだ文句を言うか】

「違うっての。こう…戦いやすいというか、俄然やる気が沸いてきたというか…とにかく先を行くぞ!」 


 再び通路に戻り、新たに奥から湧いた山賊を確実に仕留めていく。

 破竹の勢いで次々葬り、敵が奇襲を掛けようとアデランテの姿を捉えたが最期。

 黒い円は1つとして取り零しを許さない。



 洞窟はみるみる血で染まり、紫点が減っていく手応えを黒円から感じていた矢先。

 前方に立つ山賊の体を貫き、1本の矢がアデランテ目掛けて飛んできた。

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