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129.傾く天秤台

 首から下を甲冑で着込む大柄な男が最初は遠巻きに。やがて威嚇するように接近すれば、ソファの前で立ち止まった。

 素早く座っている少女を。そしてカラスを一瞥してから、再び少年を睨みつける。


「…フーガ、って言うらしいな。こいつが何か分かるか?」


 屈んでなおフーガよりも目線は高く、怯える彼に構わずプレートを取り外す。

 そのまま眼前に突き付けると表情を変える事無く、少年の答えを静かに待った。


「……冒険者プレートってやつだろ。ザーボンから聞いた」

「ザーボン?…あぁ、黒いペットの事だったな。で、こいつに何て刻まれてるか分かるか?」

「知るわけないだろ。字が読めないんだから」

「おー、そうかそうか。それもザーボンに教えてもらうのか?」

「…機会があったらって言われてる」


 もはや隠す事なく、開き直るように語るフーガの言葉に歯牙に掛ける様子は無い。ウーフニールの思惑通り、子供の戯言を男は愉快そうに笑っただけだった。


 それから仕方なしとばかりにプレートを近付け、サッと文字を読み上げる。


 金等級冒険者“壇上の咆哮”。 

 文字列の下には“ケイルダン・ブラシュカッツ”の名が彫られていた。


 首にかけ直せば再び一行を見下ろすが、当然話せるのはフーガ“だけ”。押し黙る彼の感想を待つ間にも、背後ではリンプラント含む留守組が移動を開始。

 ぞろぞろと部屋を出て行くや、ロレンゾと彼のメンバー1人が代わりに残った。


 娯楽室を拠点にする一行は3人を見張り。5人が調達へ回るよう、役目をきっかり決めているのだろう。

 黒真珠の瞳がキョロキョロ見回すが、誰からも注意を惹く事はない。その間もフーガは質問攻めに合うが、答えた内容は依然聞いたものばかり。



 親はなく、集落にも属していない。名も知らぬ少女の世話をしながら生活し、ザーボンの提案で出口を探している。



 最後の答えにケイルダンは訝し気にカラスを睨むが、子供の滑稽な妄想とはいえ。諦めずに逞しく生き抜いてきた姿が瞼に浮かんだのだろう。

 何度も頷き、それから頭を乱暴に撫でればフーガは鬱陶しそうに払う。


「…で、これからどうすんだ。あてもなく出口を探し続けるのか。ん?」

「同じ所にいるよりは移動を続けた方が良いってザーボンが……屋敷にいるのは危険だし」

「そいつは同感だ。俺たちも食料探しがてら、脱出の手掛かりを探ってる…そこでちょいと提案があるんだが、聞いてみる気はないか?」

「寄付できる食い物も、戦うための腕力もないけど」

「んなもんガキに期待するほど落ちぶれちゃいねーんだよ。さっきも言ったように、俺たちはこんな薄気味悪い場所にいつまでもいる気はない。だが出口を探すにはどうしても根気と時間、それと体力がいる。そのために必要なものが何か分かるか?ずばり飯だ」


 回答を思い浮かべる間もなく、出された結論にパチパチ目を瞬かせる。膝に座るカラスと見合わせ、再びケイルダンに注意が向けられた。

 表情から察するに、彼らの生活を支える隠し玉があるのだろう。自信に溢れたケイルダンに反し、背後からしかめ面のロレンゾが迫ってくる。


「…ケイルダン様。子供とはいえ、安易に話されるのは如何かと…」

「俺たちは現状、拠点の見張りと調達で手一杯なんだ。最後に何があったか忘れたとは言わせねぇぞ…それとも何だ?自分の身を守る事しか考えてない俺たちと違って、女まで守ってる健気なガキを部屋から放れって言いたいのか」

「そ、そうは言いませんが、せめて全員が集まった時に評決を取った方が後腐れないのでは?それこそ最後に何があったか、ケイルダン様もよくご存じかと思いますが」


 軽い会話から唐突に雲行きが怪しくなり、互いの間に火花が散って見える。

 

 だが体格差か。あるいは階級差か。

 威圧するように佇むケイルダンに、ロレンゾは何も告げずに去っていく。険悪な空気に少女を背負って脱出したいが、そのための道はまた別の男が塞いでいる。

 首を伸ばして他の抜け道を探せば、向き直ったケイルダンにビクリと肩を震わす。


「…ま、意見が出た以上、1人で物事ぜんぶ決めるのも良くないだろうな。坊主も居座るかどうか決まっていないわけだし、残るなら多数決。去るってなら止めやしない」


 気怠そうに告げはするが、その場から動く気配はない。

 いますぐ決断するよう催促されているようで。しかしフーガの判断無くして、話し合いようもないのだろう。


 もっとも相談相手は、もっぱら両手で抱えた黒いカラスだけ。他人の前で会話するつもりは無く、加えて優先事項は出口を探すこと。

 答えは喉まで出掛かっているが、チラッと少女を窺えば大きく意思が揺らぐ。


 それから最良の判断をすべく、今度はケイルダンに質問を投げ始めた。


「…さっきの飯が大事だって話だけど、あれってどういう事なんだ?」

「それを含めての評決だ。それでも今言える事は、仮に提案を受け入れるなら坊主が危険を冒すわけじゃなけりゃ、嬢ちゃんも上級冒険者に護衛してもらえるってこったな」

「じゃあもう1つ。“最後”に何があったの?」

「……残る残らないって判断する時に、材料が足りないのはフェアじゃないわな。省略すると見張りがポカをやらかしたタイミングで魔物が部屋に侵入した。ポカの収拾と応戦でどっちつかずの対応をした結果1人死んでな。2度と同じ失敗を繰り返さないために留守を任せた奴らは防衛、坊主には“ポカ”された仕事に専念してほしいってわけだ」

「もしオレがポカしたら?」

「俺たちの生命線でもあるからな。生半可な気持ちでされても困る。よくて嬢ちゃんともども追放ってところか…冒険者として心苦しいが、この状況じゃプレートもただの飾り。今はただの一生存者でしかないんだ」


 肩をすくめた男は、戯れるように自身のプレートを指先でつつく。一通り伝えるべき判断材料は与えた事を告げ、再びフーガに答えを求めてきた。

 


 去るのであれば、今すぐ少女を連れて拠点を出ても構わない。

 ただし魔物に襲われて助けを求めようとも、次に出遭えば侵入者として相応の対処をする事。

 残って評決を待つのであれば、大人しくソファに座っている事。


 毅然と最後通告を言い渡した所で、他に質問はないか問われる。無ければ見張りに戻ると告げる彼に、何かないかもう1度頭を捻ってみた。



 しかし何も浮かばず、無言を了承と捉えたのだろう。

 ケイルダンが立ち上がろうとした刹那。突如羽ばたかれた漆黒の翼は2人を驚かせ、そのままフーガの肩に止まる。

 

 頭は壁に。尻はケイルダンに向けられたまま、置物の如く固まってしまった。


《小僧。口を合わせろ》


 嘴が耳に触れ、こそばゆい囁き声が次々流れ込んでくる。それでも聞き逃すまいと意識を集中し、腹話術人形の如くカタカタ語り出した。



 他にも冒険者パーティが屋敷内にいるのか。

 彼らと合流するつもりはあるのか。

 他の集落と遭遇した際の対処。

 屋敷について、部屋の瞬間移動以外に発見はあったか。



 そしてもう1つ。


 ロレンゾが示唆した“最後”とケイルダンが告げた“最後”。それぞれ別の出来事であるように感じた、と捲くし立てた。


 目を丸くしたケイルダンは思わずカラスを見るが、すぐに被りを振った。一瞬浮かんだ疑問は、“常識”によって意図も容易く霧散。

 屋敷を生き抜いた少年なら、頭の回転が速くとも何ら不思議ではない。


 しばし頭を掻けばケイルダンは背後へ振り返り、1人は扉。そしてロレンゾも、別の入口を監視してフーガたちに注意を向けていない。

 

「……子供に話すような事じゃないが…」


 重々しく前置きした上で溜息を吐けば、小声で問いに応じてくれた。



 行方不明の冒険者たちを探しに訪れた彼らは、まんまと屋敷に収監された。当時は依頼を果たすべく躍起になっていたが、程なく活動は幽閉生活に様変わり。

 魔物にも出会い、獰猛な無法者たちも返り討ちにし。だが銀等級“鋼鉄の意思”と合流を果たす事で、ギルドの動向を掴む事が出来た。


 それからは第2次捜索隊の派遣を防ぐべく、ようやく脱出へと方針を転換した時。新たな冒険者パーティに遭遇すれば、奇跡的にも相手は行方不明者のリストに載っていた一行だった。

 全てが良い方向へ進みつつあると、誰もが確信していた矢先。


 奇襲。そして裏切り。


 出口なき無数の入り口で造られた迷宮を、延々徘徊した彼らの思考は獣以下にまで堕ちていたらしく。就寝中の一行を襲い、2人の犠牲を出しつつ事態を制圧するに至った。

 その後も浮浪者同然の格好をした男たちを泊め、食料を盗まれかけた事もあり。以来、第三者の警戒は如何なる相手であれ、最大限当たる暗黙の了解が成り立ってしまった。

 だからこそ相手が子供でも油断できず、それだけ切羽詰まった状況にあるらしい。



 当時の事を思い出したのか。重苦しい口調で話していたものの、ようやく山場が終わったのだろう。

 心なしか雰囲気も、幾分か表情すら軽くなっていた。

 

「屋敷の事って言われても、坊主が知ってそうな話しか知らないぜ。最後の砂粒が落ちれば壊れた家具は直るし、動かした家具も元の位置に戻る……あとは、そうだな。砂時計2回転分で死体が消えるってとこだな」

「…死体が?」

「こっちの陣営が2人死んだって話はしたろ?部屋の端に寝かせといて、特別見張ってたわけじゃねえから、正確な時間までは把握しちゃいないが、着てる服や装備まで丸々消えてやがった…坊主の方はどうだ?何か屋敷の情報はあるか?」

《黙秘を貫け》

「……もくひって何だ?」

「…知ってる事を言わねえって事だが、なんだ。何か使える情報でも持ってんのか?」


 眉をひそめるケイルダンに、慌ててフーガは首を横に振る。幸い真っすぐ向けられた視線はすぐに切られ、仕事に戻るべく彼も踵を返した。

 次の交代までに決めるよう言い残すが、ふとフーガに疑問が浮かぶ。


「…なぁ。襲ってきたり、盗もうとした連中ってどうなったんだ?」


 問いかけにケイルダンは足を止め、振り返らずに赤黒いプレートを取り出す。くるくる回れば微かに青銅色も覗き、そのまま何も告げずに去って行った。


 途端に静寂と共に異様な威圧感から解放されたフーガは背をソファに預けた。

 力なく項垂れたまま天井を眺め、ふと背もたれに移動したカラスを一瞥。頭を起こして周囲を見回し、再び身体を倒せば深い溜息を吐いた。


「…もくひ、って割った砂時計を使えば、元の部屋まで帰れる話の事だろ?なんで教えちゃダメなんだ?」

《互いを信用しているわけでも無し。情報を易々と渡す必要はなかった》

「そんなもんなのか?……でさ。どうすればいい?女の子が安全なら正直ココにいても構わないけど、ザーボンはすぐにでも屋敷を出たいって言うし、オレも外の世界は見てみたいし…」

《貴様の判断に委ねる》

「ええぇ~…!?そ、そんなこと急に言われても…」


 慎重な対応から一変。突如全てを投げた相棒の意図が読めず、困惑したフーガは少女を見つめる。

 それからウーフニールや扉を交互に見つめ、思考を目まぐるしく働かせた。慌てふためく彼を尻目に、剥製の如く固まったカラスは自らの思案に耽っていく。



 一行の方針は第三者を迎撃する事。略奪を敢行する武力を持ち、かつ屋敷に怯える集団に過ぎない。

 万が一アデランテと遭遇すれば、最悪の事態は想定されるべきだろう。 


 一方で鋼鉄の意思とは面識があるものの、アデランテの素顔は見せていない。なればこそフーガを集団に留める事で、“顔見知り”と言えば全ては丸く収まる。

 奇しくも捜索対象も発見し、残るは錆谷一家と眠れる麒麟。そしてまだ見ぬ1パーティのみ。

 捜索隊としての戦果は、すでに十分すぎるものだろう。


 だが優先事項は脱出し、我が身の安全と二次災害を防ぐ事。ケイルダンも出口を探し求めていても、拠点を築いた時点で順位は恐らく二の次。

 そんな状況下で娯楽室に閉じ込められるのは本意ではない。


 しかし金等級がいるならば、“怪物”の襲撃時にフーガたちを守れるはず。

 貴重な扉の開閉係を手放すのも時期尚早で、どちらに転んでも問題がないのなら、少年に選択肢を委ねても何ら問題はない。



――ガチャリ。


 ふいに扉が開き、5人の冒険者が入室してきた。誰もがフーガを一瞥し、それから奥の壁にぞろぞろ集まっていく。


 “壇上の咆哮”。

 “鋼鉄の意思”。


 計8名からなる会議は、少年が首を伸ばしてもボソボソ聞こえるだけ。

 

「…なに話してんだろ」


 少女を守っていなければ、今頃彼も近付いて行ったろう。それでも床が毒沼とばかりにソファを離れず、身体を忙しなく前後に揺らす。

 子供相応の落ち着きの無さに、黒い鉤爪が彼の肩を捉えた。


《聞きたいのか》

「そりゃ任される仕事うんぬんっていうのも気になるし、変に利用されたくないから…」

《了承した》


 「何が?」と問う間もなく、嘴を開け放したウーフニールが頻りに何かを呟く。小さな声量に耳を傾けてみるが、いつもの陰気で無機質な声ではない。


 高い物から低い物。まるで別人が声を出し合っているようで、首を傾げて疑問符を浮かべた刹那。

 ハッと顔を上げて冒険者たちを見れば、カラスを隠すように座り直す。


{――…だからって食い扶持が増えるような真似は御免だな…}

{えーっ、子供2人を外に放るとかないわー。そんな神経してる人と生活は一緒にしたくないかも~}

{黙れリン…ロレンゾたちも遠慮なく話せ。生存権の前じゃ、冒険者の等級なんざ関係ない}

{ボクはケイルダン様の判断に従いますが、幼気な子供2人とは言え、換算すれば大人1人分。それにペットまで連れています…食料として鳥を提供するなら、考えても良いと思いますよ}

{提供するなら考える。つまり提供させてから追い払う事もできる。なら鳥の提供が拠点に受け入れる条件だと最初から子供に提示する}

{べ、別にそこまで深い意味があって言ったわけでは…}

{何度でも言うが、例え子供だろうと仕事にはついてもらう。盗みの心配があれば適宜見張ればいい。それから娘の事だが…心ここに非ずって感じだ。こんな場所だから何に遭っても驚かないが、小僧の話じゃ殆ど食事も摂らないらしい}

{食い扶持は実質子供1人と考えれば良いって事ですわね。ペットの分は飼い主から出させれば良いでしょうし}

{ケイルダン。いつまでも隅で固まればガキが怪しむ。残すか、残さないか。その票を入れる事だけを考えろ……}


 遠方でもはっきり聞こえる“秘密の会話”に耳を澄ませ、目も輝かせていた矢先。ふいに嘴が閉じられ、不自然に声が途切れてしまう。

 当然続きを催促するが、ふと黒真珠の視線を追えば冒険者たちがフーガを見ていた。


 すぐに顔を背ければ再び嘴が開かれ、声が同じ調子で流れ出す。


 会話は概ね平行線だったが、評決はすぐに終わったらしい。盗聴を再開して間もなく、ケイルダンが颯爽と向かってきた。


「お前に仕事がある。それを続ける限りは食事と寝床。それと一員になった証として、俺たちが小僧と嬢ちゃんの安全を提供する…それとペットもな。どうだ」


 前置きもなく告げられた凄みのある声は、責任を相手に託す証。仕事をこなせば安住が保証され、思わず少女に顔を向けた。

 それからウーフニールを見つめるも、嘴が上下に動けば迷いは吹っ切れたらしい。


 提案を受け入れるや、笑みを浮かべたケイルダンが腕を伸ばした。ゴツゴツとした手は恐ろしくもあったが、今だけは温かみが隅々まで感じられた。

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