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128.囚われた身

「…さっきの質問、なんの話だったんだよ?」

《気にする必要はない。貴様は脱出だけに専念しろ》

「脱出ね…興味はあっても、気乗りはしないんだよなぁ……よいしょっと」


 少女を背負い直すフーガと廊下を移動し、時折食料漁りを繰り返す。

 拠点を離れた理由は、何も脱出を本格的に目指すためではない。屋内庭園の噴水が止まり、観葉植物が次々枯れた怪奇現象がゆえ。


 そんな不穏の変化にも、しかし少年の反応は極めて淡泊だった。「頃合い」と呟き、少女を背負えば秘密基地をあっさり離れていく。

 脱出口を求める傍ら、次の定住地を探すべく屋敷を当ても無く彷徨い。一方で悲観する様子も見せず、片手間に“入れ替えの時期”について淡々と話しだした。


 

 無から有が生み出せないように、屋敷の資源も無限ではない。足りなければ食料は出現せず、部屋も呼応して歪な訴えを起こす。

 ただ砂時計が全てを巻き戻すのに同じく、食料も時間を掛けて補充される。屋敷に住む上で受け入れるべき事象だと、歳不相応に少年は逞しく告げた。


《…小僧》

「フ、ゥー、ガっ!」

《確認事項がある。貴様と小娘が危機に陥った場合、どのように行動するつもりだ》

「どうって、何が何でも女の子を守るつもりだけど……男ってそういうもんだろ?」

《命を賭しても、か》

「“トして”ってどういう意味?」


 新たに辿り着いた部屋は依然敵影もない。少女をベンチに寝かせれば、食料を探す少年の肩に着地する。

 

《その身を犠牲にしても守るのかと聞いている》

「毎回小難しい言い方すんなよ。さっきも言ったけど、守るったら絶対守るんだ!」

《貴様が死ねば小娘を看る人間は消え、結果的に双方が死ぬ。なればいざという時に1度身を引き、小娘を救出する機会を窺うのも一計》

「だから難しく言うなってば……今の話って女の子を見捨てても、オレが助かればそれで良いってこと?ものすっごい後味悪い感じだな」


 口をへの字に曲げながら棚を閉じ、壺を見つけては中を覗き込む。結果は聞かずとも表情が物語り、手ぶらで少女の下へ戻れば彼女を背負い直した。

 収穫は芳しくなく、まだ屋敷の資源も回復し切っていないのだろう。


「……さっきの話。オレが死んだら女の子も死ぬって話さ」


 扉まで近付き、取っ手を掴むフーガの足が止まった。


「もしオレに何かあったらさ…ザーボンが代わりに見てやってくれよ。それまでに食料一杯蓄えて、安全な場所も探しとくからさ」

《脱出を優先すると言ったはずだが》

「それがオレの…なんて言うんだっけな。こよー条件?出口を探すのは手伝うけど、何かあったら女の子を全力で助ける。じゃなきゃ屋敷に居座る!…どう?」

《鳥獣の身に何を求める》

「その姿って一時的なもんなんだろ?その時は人間に戻って世話してやってよ。偉大な魔術師ならその位どうって事ないって!何なら新しい弟子にしてあげてもいいんじゃないか?」


 承諾を得るまでは隣室に進まない。力強い意思を示すフーガの熱意に反し、当の少女は冷たく。

 虚無を宿したような視線が、宙を感慨も無く漂う。


 しかし必要なのは扉の開閉係であり、人形同然の少女ではない。最悪の状況を加味し、彼女を見捨てる方向性に導く予定が狂ってしまった。

 

 もっとも“魔術師ザーボン”も所詮は分身。あくまで脱出口を探す分隊であり、消滅した所で困る事もないだろう。

 仮に少年少女もろとも消し飛ぼうが、知った事ではなかった。


《……善処する》


 最低限の保証を交わすも、フーガには十分な回答だったらしい。パッと表情を明るくした少年が、喜び勇んで扉を開けたのが運の尽き。

 警戒を忘れ、踏み込んだ瞬間に感じた不自然な熱気が。いくつもの視線が一斉に浴びせられ、思わず棒立ちになった。


 ビリヤードや奥に見えるカウンター。飾られる絵画はあか抜け、娯楽室の類である事もすぐに見て取れる。


 そして焚火を囲む男たちは、それぞれが武器を手にフーガを鋭く睨んでいた。

 彼らが動かない唯一の理由は、少年同様に驚いたからだろう。両者が微動だにしない中、ウーフニールの嘴がフーガのこめかみに炸裂。

 ハッと我に返れば、慌てて扉を閉めて少女を床に降ろした。


 椅子をドアノブに引っ掛けるや、直後にガチャガチャ激しく鳴らされる。

 扉を蹴り開けようとする衝撃まで伝わり、再び少女を背負えば撤退するが、背後で蝶番が地面に転がる音が響いた。


「ど、どどどうすればいいんだ!?」

《現状においても小娘が反応しない姿を見るに、正気を取り戻す可能性は極めて低い。1度捨て置き、追手が小娘に興味を示す間に逃走を図るのが最善》

「なに初っ端から見捨てることを選択肢に入れてんだよ!一緒に守るってさっき約束したばっかだろ!」

《了承した覚えはない。善処すると伝えたはず……だがもはや選択肢はないに等しい》


 溜息に似た唸り声が木霊すると同時。突如縄がフーガを捕らえ、身動きを即座に封じる。

 一方でウーフニールは早々に天井へ避難し、照明に身を潜めてしまう。


 矢を構えた女の射線を外れ、その間も抵抗を続けたフーガは、少女ごとあっさり捕獲されていた。


「放せよ!くっそ、なんで大人は毎回オレを持ち上げるんだ!放せったらっ」

「大人しくしろよ。悪いようにはしねーから。それに鶏肉の分け前ならちゃんとやるっての。心配すんな」

「……とり肉?」


 ふと見上げれば、照明に隠れるカラスを一行は果敢に狙っていた。あまりにも自然に会話をしていたせいで、鳥の姿であった事を忘れていたらしい。

 

 しかし相手は魔術師ザーボン。容易に仕留められるはずもなく、きっと大魔術でフーガたちも解放してくれるはず。

 淡い期待が沸々と込み上がるが、その間も少年たちは娯楽室へ搬送される。

 

 相変わらず大人は狩猟に苦戦していたものの、万が一大人たちが鶏肉を諦めれば、部屋を離れたが最後。

 2度と会えなくなる危機感に、一層激しく暴れたフーガの訴えが男の足を止めた。ほんの僅かな間だけだったが、その隙にありったけの大声で叫んだ。


「そいつは鳥なんかじゃなくって魔術師なんだ!!食べたら人食いになっちまうんだぞ!この野蛮人っ!」

「魔術師?……名前は?」

「フーガ!」

「…だそうだ、みんな。おーいフーガ様!取って食ったりしねえから、大人しく降りてきたらどうだ?」

「フーガはオレの名前っ!あいつはザーボンって言うんだ!とにかく放せったら!放せ、放せやぃ!!」


 必死の訴えに、流石の女もゆっくり弓を降ろす。鼓膜を打ち震わす少年の叫びに、一行は顔をしかめながら互いに見合った。

 それから呆れたように少年を降ろすや、落ち着くよう根気強く伝え始めた。


 カラスを傷つけるつもりはない。

 手も出さない。

 だから大人しくついてくる事。


 傍目には穏やかに諭して見えるが、2つある出口の内1つは娯楽室。もう一方は、別の男が抜け目なく塞いでいた。

 逃げ場は元より無いが、一帯を取り囲む大人たちをフーガはキッと睨む。


 それから決して少女とザーボンに触れない事。それだけを何度も執拗に警告し、渋々男が了承すれば少年が合図を出した。 

 天井に向けて手を振るが、ひょっこり顔を出した途端に再び引っ込んでしまう。女が弓を微かに引く姿を捉えたらしく、男が笑いながら武装解除を命じた。


 だがご馳走を前に、みすみす機会を失いたくはない。誰しもが目で物語っていたが、仮に仕留めればフーガの怒りを買うだけ。

 仕方なく弓をしまえば、再度少年が身の安全とザーボンの名を呼びかける。



 程なく小さな頭が照明から覗き、素早く部屋全体を見回す。すると優雅に照明を離れ、華麗にフーガの肩へ着地。

 彼の後頭部へ移動すれば、少女との間に身体を捻じ込んだ。簡易的な肉盾を拵え、自衛行動に思わず大人たちも感心を示す。


「……随分とまた賢い鳥だな」

「カラスって賢い生き物なんでしょ?それくらい普通なんじゃないのー?」

「人間に懐かないとも聞くぜ。まぁこんな特殊な環境下じゃ、獣と言えど人間様に寄り添わないと生きてくのも大変だろうよ」

「だから魔術師だって言ってるだろ?ザーボンも黙ってないで、何か言い返してやれって!」


 四方から浴びせられる侮辱に、身体を揺すってウーフニールを呼び出す。ところが嘴は開かれず、その様子にますます男は声を上げて笑い出した。

 想像力が豊かな子供の登場に、空気も一気に和んだのだろう。もはや誰もがフーガを脅威とみなさず、警戒もあって無いようなもの。


 不本意ながらも男たちの後を追えば、再び小さな訪問者たちは娯楽室に踏み込んだ。


「俺たちは留守番を任されていてな。リーダーは他の連中と調達に向かってんだ。それまではゆっくりしてな」


 部屋の隅に佇むソファを勧められ、言われるがままに腰を下ろす。見回せば扉は強面の男が立ち塞がり、全員が監視できる位置に隔離されたらしい。

 まるで見えない檻の中に入れられたようで。途端に心許なくなると横に座らせた少女を一瞥し、おもむろに膝に乗っていたウーフニールを胸に抱え込んだ。


「…さっき何で喋ってくんなかったんだよ。オレが嘘つきみたいじゃんか。しかも一目散に逃げやがって」

《変化は奥の手だ。貴様個人に知られる場合や、不特定多数の人間に知られる事態とではリスクが異なる》

「リスクってなんの?」

《鳥獣のふりをした人間と利口な鳥獣。貴様ならばどちらを聞いて警戒し、どちらを知って油断する》

「……なるほどね。じゃあオレは鳥が喋ってるって思い込んでる子供のふりをしてればいいんだな?」


 二言三言の会話で幾分か元気を取り戻し、それでも不安のためか。黒翼を撫でる少年の手から逃れるのは至難の業。

 だが部屋を飛び回る必要性も、危険を冒す意味も現状はない。安全保障はフーガを大人しくさせる方便であり、いまだ鶏肉候補のままなのだろう。

 

 引き続き周囲の警戒に当たっていたものの、ふいに女がフラフラ近付いて来る。ソファに腰を下ろし、咄嗟にフーガは少女を背に隠した。

 

 その姿はまるで子猫を庇う親猫のようで、クスクスと彼女は隠さずに笑う。


「そんな怒んないでよー。屋敷に来てからずーっと皆イライラしてるから、ちょっと癒してほしかっただけなんだってば~」

「…見ず知らずの大人を信用するわけないだろ」

「あ~やや。嫌われちゃった…そうだ!」


 毛を逆立てる野良猫に、苦笑いを浮かべたのも束の間。女が周囲を見回すや、手元を隠すように。

 パっとフーガの前に小さな梨を、何処からともなく取り出した。

 

 ウーフニールの眼には種も仕掛けも見えていたが、少年には突然宙から現れたように映ったろう。

 不可思議な現象に子供らしく目を輝かせ、直後に警戒すべき相手をキッと睨む。取り繕うには遅すぎる反応に、女も十分満足したらしい。

 満面の笑みを浮かべつつ、自身の背で隠しながらこっそり梨を渡そうと試みるが、喉を鳴らすフーガは指を持ち上げては降ろす事を繰り返す。


「お近づきの印だから大丈夫だってっ……あっ、毒とか入ってないから安心しってねー」

「…空中から急に出てきた果物を食べるほどガキじゃないやい」

「おぅわ、逆効果だったかぁ~……むぅ~ん…何なら口移ししたげよっか?それなら大丈夫っしょ?」

「自分で食べれるっ」


 ヘラヘラ笑う女から奪うように梨を掴み、景気よく側面に齧りつく。瑞々しい食感は歯音すら立てず、もう一口頬張って喉の奥に流し込む。

 

 ピタリと止まれば 身体に異変がないか。

 思考が搔き乱されていないか。


 自身の体調を見極め、やがて無害と結論を出したらしい。梨の反対側を少女の唇に当てるが、相変わらず反応を示さない。

 小さな溜息を吐き、そのままウーフニールに差し出すが結果は同じ。嘴を背けられ、顔を曇らせながらシャクシャク1人で残りを貪った。


「ふふふ~ん、お粗末様でした…女の子さ。大丈夫じゃなさそうだねー」

「関係ないだろ」

「そうだね~。おねーさんには関係ないもんね~。でも自分1人で守れない内はぁ、嘘でも良い子のふりしてた方がいいよん?」

「……善処するよ」

「えっへっへ~。仲良くとはいかないかもだけどぉ、お互いがんばろっ?カラスちゃんも…うわっ!?」

「こいつ、オレでも容赦なくついばんでくるから、気を付けた方が良いよ」

「あやや~。じゃあお目目を潰されないよう、顔は守らないとだねー」


 伸ばした手を素早く引っ込め、くだけだ表情を浮かべたままスッと立ち上がる。手を振りながら離れていき、後ろ姿になおもフーガは険しい眼差しを向けた。


「…あの女の人。魔法使いみたいだし、ザーボンの正体に気付いてるんじゃないか」

《戯言》

「心配してやってんのに何だよ、その言い草。それに梨を食べないから、毒でも入ってるのかと思って、オレ1人で全部食べちゃったよ」

《貴様が死ねば小娘も死ぬと伝えたはずだが》

「その時はザーボンが見てくれるんだろ?」

《確約した覚えはない》

「オレの中ではしたも同然なんだ。偉大な魔術師ならあんな連中、ドデカイ魔術1発かませば倒せるんだし、何とかなるって!」


 声を潜めるフーガを無言で見返し、返事をする事なく嘴を逸らす。

 おとぎ話の影に身を隠せたのは良いが、現状はひとまず差し置き。“本体”へ報告する内容を精査する必要がある。


 同時に大切なのは彼女に伝えるタイミング。下手に話そうものなら、脱出より合流を優先する彼女を如何に誤魔化すか。

 考えた末に結局は黙秘を貫き、パクサーナの護衛に集中させる事にした。



 結論に辿り着いて程なく。突如扉が勢いよく開かれるや、全員が一斉に視線を向けた。張り詰めた緊張感も一瞬で解け、留守組の3名に入室した5名が近付いていく。

 二言三言交わせば、リーダーの風格が漂う男の視線はフーガへ。それから少女とウーフニールへ向けられる。


 すかさずフーガは彼女を背中に隠し、カラスは飛び立つ準備を始めた。あるいは尾を掴まれなければ、今頃は天井の照明に身を潜めていたかもしれない。

 だが一方で焼き鳥の心配とは別に、彼らの姿はしっかり記憶に留める必要がある。


 リーダー格が首から下げているのは金等級のプレート。遭遇時に弓を構えた“魔術師”の女も、彼の仲間たるリンプラント・カリシフラーだった。

 どちらも捜索対象の1パーティであり、さらにリーダー格の背後。続々と入室してきた男たちの中には、銀等級“鋼鉄の意思”の姿もあった。

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