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119.迷走路

 渡り廊下の部屋を半分ずつ調査する無言の了承の下。早速パクサーナと分かれて一帯を調べるが、1階の調査は瞬く間に終わってしまう。

 次は上階を調べたいのに階段の類が見当たらず。仕方なく柱を昇って3階に辿り着けば、手すりからは呆然とするパクサーナが見えた。


 手を振れば慌てて仕事に戻ってしまい、クスリと笑って依頼を再開するが、いくら扉を開けても変哲のない豪華な部屋ばかりに行き当たる。

 大した発見も無いまま集中力も切れ。やがて扉を開けるだけの機械と化した頃、油断の隙を縫うように黒い生物が飛び掛かってきた。



 もちろん相手はウーフニールではない。背筋が凍る無数の眼もなく、むしろ頭すら無かった。


「…ぐッ!…なんだコイツは!?」

【参照中……該当情報なし】

「だろうな!!」


 咄嗟に武器で受け止めたが、踏ん張りが利かずに強引に背後へ押し出され。手すりにぶつかった勢いでそのまま仰け反ってしまう。

 おかげで上半身に力が入らず、狼の体躯を思わせる敵に蹴りや拳を見舞ったところで、怯む手応えすら感じられない。

 もっとも全力で殴れたとしても、鋼のように隆起した筋肉を始め。ゴムのような弾力に威力を相殺されていたろう。


 首の断面には内側にびっしり牙が生え、唾液を迸らせながら噛み付いてくる相手を掴もうにも表面がヌメる。

 しかし指先が滑るアデランテに反し、魔物の爪は肩や脇腹へ食い込み、鋭い痛みに思わず顔を歪めた。

 

「――…っっリーチドッグ!!」


 ふいに階下からパクサーナの声が聞こえたが振り返る余裕はない。視界端の画面に彼女を映し出され、アデランテを見上げつつ仲間に指示を出していた。


「火を使え!斬撃や打撃はそいつに通用しない!!」

「…そんなこと言われてもッッ痛!!……火は、出せないか?」

【不可。喰らう以外に手立ては無い】

「……くそッ」


 致命傷は避けているとはいえ、アデランテ“だけ”では対応できない。冷徹に言い渡された結果に苦虫を嚙み潰すが、階下では火を起こす準備で躍起になっている。

 時折様子を窺ってくるために“奥の手”も使えず、かといって松明が来るまでに。

 彼らが3階へ到達するまでに、聞こえている軋み音が手すりから上がっているものなのか。はたまた背骨が上げている悲鳴なのかを、知るつもりは毛頭なかった。


 だが押し返そうとした瞬間。突如背筋が疼けば、崩れかけた身体を“第二の筋力”が支えた。

 そのまま左腕を伝っていけば表面を黒いモヤが覆い、魔物を掴んだ感触もしっかり指先に感じられた。もはや滑る事もなく、思い切り締め上げれば初めての苦痛だったのか。

 奇声を上げた魔物が怯んだ隙に、無理やり部屋の奥へ押し込んだ。

 

 立場は瞬く間に逆転し、ベッドの柱へぶつければ首が。四肢が悲鳴を上げるように暴れるが、アデランテを貫く両の爪は抜けない。

 生殺与奪の権利はとっくに獲物へ移り、決して気持ちの良い勝利ではないが、選り好みをしている場合でもなかった。


 込み上げたモヤを一気に吐き出し、咀嚼するように魔物を深淵へ包み込んだ。


「――はぁ、はぁ、はぁ……た、助かった、けど。一言、先に、言ってから左腕のやつを…やってくれても良かったんじゃないか?」

【油断をした貴様が悪い】

「ははっ。そいつは悪かったよ。どうも地道な作業は苦手なもんでな……それで、さっきの魔物…」

【リーチドッグ、と女は言っていた】

「使えそうな情報はあったか?屋敷に関する事か、他の冒険者を見たとか…さっきの戦闘を鑑みれば、誰とも会ってない方が良いんだろうけどさ」

【眼球無きゆえ、視覚による情報は皆無。だが体内感覚に基づけば、屋敷に潜入してからの遭遇は無し。扉の概念を理解できず、扉から先へは出られなかった模様】

「……一応良かった、のかな」


 一帯を見回しても、確かに人の死体は見当たらない。情報の裏も取れた所で、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。


「アデライトっ!!」


 戦闘後の余韻に浸る間もなく、背後の呼びかけで飛び上がりそうになった。振り返ればパクサーナが息を切らし、扉に寄り掛かってアデランテを見つめている。


 彼女なりに急いで3階に登ってきたのだろう。満足に加勢も出来ない身であっても、その手にはしっかり武器が握り込まれている。


「…魔物は…何処へいった?」

「……え~っとだな。ドコ、と聞かれると…」


『奥の扉に無理やり押し込んだ。体当たりをしてこない所を見るに、別の場所へ飛ばされたんじゃないか?』

「そうか…それでも1人でアレを、それも火もなく対処できるとは雇った甲斐があったってものだ。俺1人ではとても……この部屋。なかなかの広さだな」


 リーチドッグを探すように見回していた彼女につられ、同じく部屋を観察する。確かに間取りそのものは、以前の拠点に比べて幾分か広い。

 魔物がいたとは思えない整頓さに、彼女の決断はその場で下された。


 踵を返せば階下にいる仲間に声を掛け、ふと顔を上げればアデランテに向き直る。すかさず“魔物を押し出した扉”の見張りを命じられ、指示に従ってその隣に腰を下ろす。


 廊下からは忙しない声が聞こえるが、暇を持て余せば片手を一瞥。移動がてら拾った砂時計を眺め、上下にぶんぶん振ってみる。

 終いにはひっくり返してみるが、砂は重力に逆らって一定の方向へ流れ続けた。


 異様な現象に眉を顰ませ、隣の棚へ置けば再び廊下に視線を送る。護衛対象はいまだ吹き抜けで奮闘し、新拠点へ戻ってくる気配はない。


「…さっきの魔物さ。扉の概念が無かったとしても、何処から部屋に入ってきたんだ?私らでさえクローゼットから飛び出したんだぞ」

【記憶を辿る限り、長机下の棚】

「……ちょっとだけ開いてるアレの事か?」


 示された方向へ近付き、屈んで戸を引いてみる。


 内側には無数のひっかき傷が刻まれ、生命の危機を直感したのだろう。爪痕から魔物の不安まで伝わり、同時にパクサーナたち“住人”の恐怖が。

 警戒が、まだ見ぬ他勢力との衝突以外にも潜んでいる事を知る。


「扉1枚隔てた先に敵がいるかもしれなくて、唯一の逃げ場も同じ扉1枚先の空間だけ。怯えるのも無理はないな」

【優先事項の変更を推奨する】

「言っておくけど捜索は続けるぞ?死ぬつもりも全く無いし、出口を見つける目的も変わらないけど」

【捜索対象を発見する前に脱出口へ到達した場合は】

「出口までの道を確保したまま救出したいかな」

【無計画も甚だしい】

「出たとこ勝負が多いだけさ。頼りにしてるぞ?」

【…女の入室および接近を確認】


 無機質な声に振り返れば、タイミングよくパクサーナと目が合ったらしい。逆に彼女を驚かせたようだが、冷静さを取り戻すと軽く咳払いする。

 

「…ここまでの働き、一応感謝しておく」

「魔物1匹倒ッ…退けただけで、大した仕事もしてないんだ。気にするな」

「備えもなしにリーチドッグを相手取れば普通は死んでいる。だというのに奇襲を受けて怪我1つ負わないなんて、大層名のある冒険者と見た」

「確かに悪目立ちは否定できないな」

「……顔を隠しているのは、それが理由なのか?」


 1歩ずつ迫り、訝し気に観察してくる彼女は最初に顔を。それから身体へと注意を移し、隅々まで調べるように視線を走らせてくる。


 恐らく怪我の有無を調べていたのだろう。だが傷1つ負っていない様子に目を丸くし、一頻り感心した所で顔を上げた。


「アデライトが忙しい身なのは分かっているつもりだ……それでも護衛の延長を頼めないだろうか?」

「…急な話、でもないか。しかしよそ者は歓迎しないものなんだろう?さっきも伝えた通り、魔物を1匹対処しただけで、あとは君の後ろに付いて回った位の事しかしてないぞ?」

「たかが1匹の魔物相手でも全滅させられる集団なんだ。俺たちは…」


 平静を装っていた表情が崩れ去り、急速に疲れの色が顔に広がる。チラッと背後を一瞥すれば、廊下ではいまだ賑やかな声が響いていた。

 本隊の到着にまだ時間が掛かるらしく、再びアデランテに向き直れば、そのまま家具に腰かけようとした。


 しかし途端にアデランテが彼女の背中に腕を回せば、グッと手元に引き寄せた。

 リーチドッグが飛び出した戸を足でソッと閉じ、思わず安堵したのも束の間。改めてパクサーナに注意を戻せば、瞳を瞬かせた彼女は全身を強張らせていた。


【篭絡か】

(ちがうッ!)


 顔を振るとパクサーナの肩が震え、ますます身体を固くする。彼女の扱いにも一瞬迷ったが、足をすくい上げれば自然と両手で抱え込んだ。

 そのまま流れるようにベッドに運べば、途端に声にならない悲鳴が上がり。突き出された両手が顔をグイグイ押しのけてくる。


 もっとも力の入らない拒絶では、アデランテには細やかな抵抗でしかない。苦も無くベッドに座らせるが、いまだ彼女は緊張した面持ちを保っていた。

 薄っすら溜まった涙を拭ってやり、警戒心を解くためにマスクやフードを外す。


「…あ~っと、その……疲れていたみたいだし、きちんと座れた方が話しやすいだろう?」


【なれば寝具ではなく、椅子に座らせるのが一般的だ】

(あそこからじゃ遠かったんだよ!篭絡じゃないからなッ!)

  

 いまだパクサーナはポカンとしていたが、やがて落ち着きを取り戻したのだろう。力強い瞳を真っすぐ向けてくれば、ゆっくり言葉の続きを紡いた。



 パクサーナが商業組合に所属していたのは、屋敷に入る前までのこと。豪雨に見舞われて止む無く屋敷の敷居を跨いだが、探索に出掛けた結果本隊と逸れてしまう。

 何故か部屋に収まっていた馬車も。そして元いたスタート地点さえも、以来2度と見る事はなかった。


 別動隊として分かれていたパクサーナの商隊も始めは13人。

 それから紆余曲折を経て4人。やがて屋敷の仕様に戸惑いながらも、友好的な“先住民”と出会う事ができた。

 しばらくは人並みの生活を営んでいたが、新たな仲間を受け入れてから数日後。裏切りによって内部から集落が崩壊し、住人に多くの犠牲が出た。


 18人いた集落も7人へ。そして彷徨った先で魔物と遭遇し、残ったのは3人だけ。

 様々な“出遭い”に怯えながらも運良く身を落ち着けた集落も、パクサーナを除けば全員が非戦闘員だった。

 武器を手にしているのも、その内1人は彼女が本来護衛すべき隊商の生き残り。魔物どころか、腕に多少の覚えがある相手に遭遇すれば集落は瓦解するほかない。


「――…捜索を優先してもらって構わないんだ。食料探しに出た時、その範囲で見てもらえれば助かる」

「…行方不明者が見つかったら?」

「探しているのが誰であれ、アデライトの知り合いを迎え入れる覚悟は出来てる。もし実力がある奴なら尚更だ」

「う~ん。そうは言っても私が知ってるのは捜索で来た3パーティだけで、探してる連中は実力どころか、顔すら…」


 芳しくない表情に、パクサーナの顔色が再び悪くなっていく。しかし部屋の外から仲間の声が聞こえるや、全員が無事“登頂”したらしい。

 途端にベッドから飛び上がれば、急いで彼らの下へ駆けつけた所でピタリと。凍り付いたように足を止め、ゆっくりアデランテに振り返った。


「……無理にとは言わない。でも皆が腰を落ち着けるまでに答えを教えてほしい」


 消え入りそうな声で残すや、そのまま彼女は部屋を離れてしまう。程なくゾロゾロと足音が木霊し、彼らの邪魔にならないよう部屋の角に身を寄せた。

 

 一行は新たな拠点に喜ぶ半面、不安半分といった様相が浮かび。男たちが武器を持つ手はいまだ震え、時折奥の扉へ視線を投げていた。

 魔物を押し込んだとされる、居もしない幻影に怯えているのだろう。


(…確かにおっかなびっくり歩く集団を1人でまとめろ、って言うのも酷な話だよな)

【却下だ】

(まだ何も言ってないだろ?)

【語るに及ばず】

 

 腹の音と聞き違う声に眉をひそめ、周囲に漏れていないか咄嗟に見回す。

 幸い大部分が移住を終え、数名はパクサーナの下で何やら話し合っている。内なる声はアデランテにだけ届き、ホッと胸を撫で下ろすと同時。

 視界に金色で輝く文字が浮かび、注意は必然的にそちらへ向けられた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

・第1目標;脱出

・第2目標;屋敷の調査および破壊

・第3目標;行方不明者の捜索

★他は二の次★

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



(わざわざ見せなくても分かッッ……2つ目の調査はともかく、破壊なんて物騒な話が今まで挙がってきたか?)


 カッと怒鳴った勢いも、見慣れない文字列に勢いを削がれ。ウーフニールの提案事項を上から下に何度も読んだところで、ようやく真意に辿り着いたのだろう。

 途端に小さな嘆息を零せば、項垂れたまま顔を上げた。


(…ココの連中にしろ、捜索隊の私らまで屋敷に飛び込んだのは事実だからな。行方不明者が屋敷にいるのは間違いないと思うし、これ以上の被害を出さないためにも何とかすべきだとは私も思う。でも破壊って急に言われても…)

【二次災害の抑止。脱出後のギルド調査に伴うダークエルフの同伴阻止】

(……オルドレッドか。確かに調査のためって事で私も連れ戻されて、彼女もついてくるだろうな。確かにそうだけど、この部屋にいる連中を“他”に当てはめるのはナシだ。それに第1第2第3から二の次まで全部ひっくるめて“第1目標”に設定してくれ!)

【交渉決裂】

(ちょっっっと待ってくれ!!いますぐ待ってくれ!ひとまず待ってくれ……お、落ち着いて話し合おう。1度…なっ?)


 あと数秒制止が遅ければ、全身を得も言えぬ衝動が押し寄せていたろう。

 背筋に一瞬走った疼きにホッとし、遠目に見つめてくるパクサーナに掌を向ける。


 “今日中”に問いを返せるかは、全てアデランテの交渉術に掛かっていた。

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