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117.見えない家

――…暗い。何も見えない。


 

 扉を潜った途端。視界は一瞬で黒色に塗り潰され、腕を振り回しても虚空を切るだけ。足元を蹴っても地面の感触すら無かった。


「……ウーフニール。何か見えないか?」

【不可視】

「う~ん、床を踏んでるかも分からない感じなんだよな。言っておくけど、私から離れないでくれよ。不安になるから」

【ウーフニールの肉体を手放すつもりはない】

「そうじゃなくてカラスの事だよ。唯一触ってるって感じられる物だから、飛んでいったりしないでくれ」

 

 視界には映らなくても、肩に停まっている感触までは消えていない。どさくさに紛れてカラスの胸毛に触れば、直後に手痛い反撃を喰らってしまった。

 手を振りながら苦笑いを浮かべるが、触覚はやはり健在で。上げれば足は前に出て、回せば腕も思い通りに動く。

  

 そうなれば視力を奪われたのかと。一瞬よぎった不安も、ゴンっと鈍い音が響くと共に霧散する。

 顔を擦りながら手を伸ばせば、目の前に立ちはだかるのは壁。ペタペタ触れていき、確かな手応えに一息吐けば一気に両手で押し出した。



 途端に光が隙間から漏れ出し、瞳に煌々と焼き付くように差し込む。眩しさのあまりに思わず顔を背けたが、ふいに壁が消えたように抵抗がなくなる。

 勢いのまま身体は前に投げ出され、床が迫ると咄嗟に受け身を取った。


 転がった先で即座に武器を構えたが、すぐに腕は降ろされてしまう。


 

 

 何処にいるのか、は分かる。

 だが思考は現実を受け入れられず、答えを前にしても把握に短い時間を要してしまった。情報を1つずつ整理し、まずはアデランテが佇む“部屋”に注意を向ける。


 床一面は絨毯で覆われ、壁紙は幾何学模様に彩られている。豪華な部屋に見合う家具が周りに幾つも置かれて、天井にはシャンデリアが吊るされていた。

 それらが堂々とアデランテを囲う様相に、場違いなのはむしろ自分だと。一瞬錯覚してしまう程に一帯は雅な空気が漂っていた。


「…ウーフニール?」

【臓書ではない】

「……ウーフニールに話しかけられるなら夢ではないし、書庫でもないなら…現実なのか?」


 首を傾げつつ、肩に停まったカラスを一瞥する。それから背後へ振り返れば、開いたままのクローゼットがポツンと佇むだけ。

 恐る恐る戻って顔を突っ込んでも、草は当然生えていない。緑の匂いもせず、奥の壁を押しても隠し戸の類はなかった。


 パタンっ――と空のクローゼットを閉じ、一息吐けば改めて部屋を見回す。

 注意は隣室へ続くだろう扉へ向けられ、武器を携えたまま素早く接近。反対側に人の気配がない事を確かめ、ソッと隙間を覗いた。



 だが直後に慎重さを蹴散らすように開け放つや、豪勢な回廊へ踏み出した。


 右を見れば廊下。

 左を見ても廊下。

 びっしり並ぶ扉の数々に、巨大迷路の印象さえ受ける。


 飾られた無数の壊れ物は、万が一の事があれば全財産を絞り取られそうで。青ざめながら扉を後ろ手に閉めれば、道の中央をそそくさと歩いていく。


 廊下一帯は小机に載ったランプスタンドたちが唯一の光源であり、ふとガラスの都を彷彿させる金細工に一刻も早く脱出したいと。

 そして夢ではないかと、思わずウーフニール(カラス)に手を伸ばす。


 しかし事前に察していたのだろう。パッと肩から離れるや、先行するように飛び立ってしまった。


「おい!私を置いていくなってさっき言ったばかッ…り……なんでもない」


 ウーフニールと言えど所詮は分身。気まずそうに顔を背け、頬をつねって自分を誤魔化す。

 ひとまず夢ではなさそうだが、残念ながら失言も全て聞かれていた。


【愚か者】

「こ、これだけ壊れ物に囲まれてるんだから仕方ないだろ!?…前に行ったガラス細工の町を思い出しちまったよ、まったく…」

【町の工芸品は滞在中に全て破壊し、建物も1軒倒壊している。いまさら恐れる必要もあるまい】

「……家主が出てきたら言い訳の1つは準備しておいてくれよ」


 武器をしまい、溜息を吐いたところで移動を再開する。似たような造りの扉が延々続いていたが、番号も何も刻まれていない。

 仮に自分の部屋があったとしても、離れてしまったが最後。2度と戻れる事は無いだろう。


 好奇心から軽くノックし、僅かに開けた隙間から中を覗く。室内にはやはり豪華な調度品が並んでいたが、アデランテがいた部屋とは色合いや家具も異なる。

 その後も気の赴くままに扉を開け、内装が1つ1つ違う光景に関心を示す。見学しながら通路を進んでいたが、ふと覗いた隙間から眩しい光が差し込んだ。

 一瞬顔をしかめたのも束の間。目が慣れるや否や、乱暴に扉を押し開けて部屋へと飛び込んでいく。


 そのまま前方に立ち塞がった手すりから身を乗り出し、眼下に広がる左右対称の階段を見下ろした。

 まるで舞踏会が開けそうな空間に唖然とし、装飾や家具はまるで王城の飾り物。光源も巨大なシャンデリアからで、赤と金糸に縫われた絨毯が太陽のように輝いている。


 増々理解に苦しむ建物の用途に唖然とし。やがて誰もいない事を確認すれば、手すりに足をかけて降りようとした刹那――。


【――…人間】


 肺をわし掴みにする声に飛び上がり、慌てて手すりから離れる。咄嗟に素行(マナー)の言い訳を浮かべたが、直後に聞き覚えのある声であった事に我に返り。

 そしてウーフニールの一言で身体が硬直した。

 

【標的補足。捜索対象外の人物と推定する】


 声を聞くと同時。即座に踵を返して扉を突き破り、報告を追認するために周囲を素早く見回した。

 舞踏会場に出る前の隣室は、曲がりくねった廊下のはずで。部屋を選んだ際も、横一列に並ぶ扉の1つに入っただけ。 


 ところが今は廊下の突き当たりにいるらしく、真っすぐ通路が奥まで伸びている。振り返れば舞踏会の部屋がまだ見え、廊下の構造は変わっても豪華な荘重はいまだ健在だった。


「…えっ……あれ?」

【先に忠告しておくが臓書ではない。現実だ】

「……でも…どこだよココ?」

 

 戸惑いながらも廊下を進むが、家具どころか扉にも近付けない。途端に現実味を帯びてきた屋敷の第一印象に、緊張感が身体の隅々まで染み渡る。

 

「…まずいな。予想通りの最悪な事態だ」

【問題発生】

「まったくだよ。直後に入った連中も見当たらないし、かと言って金等級の奴らの痕跡も1つも無い……でも飛び込んだ事だけは後悔してないぞ!」

【目標は行方不明者の捜索であり、他は二の次だ。だがそれも重大な事柄ではない】

「そのために来てるんだから大事に決まってるだろ?言っておくけど、私らだけで脱出しようなんて考えは、最初から無いんだからなッ」

【部屋へ飛び込む以前の通路で待機していた分身との合流に失敗。貴様が現状見ている光景からも、座標位置が転移した可能性が推測される】

「…扉を通っただけだぞ?」


 無機質な声に疑問符で返すが、見回してもカラスの羽ばたきは聞こえない。だが視界の片隅には、舞踏会場へ飛び込む前の廊下が画面に映されている。

 ウーフニールですら状況を把握しておらず、屋敷に入った事を一瞬後悔しそうになるが、頬を叩いて強引に不安を振り払った。


【どうする】

「……カラスの方はそのまま偵察を続けてくれ。二手に分かれて行動するぞ」

【目標は】

「街から行軍してきた捜索隊の3パーティ。それと本来の目的で探しに来た行方不明者を見つける事だ…多分だけど、連中もココへ辿り着いてる気がする」

【最優先事項を“脱出”に設定する】

「あくまで行方不明者を探しつつ、だからな?」


 溜息に似た唸り声に笑みを浮かべ、今度こそ集中すべく走り出す。扉が次々視界の端へ消え、分かれ道を適当に曲がれば似た景色がまだ続く。


「…行き止まりか。どこかでまた扉を通るしかないな」

【分身に任せ、その場に留まる選択肢もある】

「ウーフニールだけに働かせて怠けるわけにもいかないだろ。それに書庫以外でこんな場所を歩く機会なんて滅多にないんだ。折角だし、いろいろ見て回りながら探索するさ」

【……貴様。よもや臓書の装飾が捗ると思っているわけではあるまいな】

「さ、さーて冒険者たちはどこにいるんだろうなぁ~ウーフニール…」


 裏返った声を上げながら扉を潜り、見慣れない一室をサッと見回す。天井は常に屋根で覆われ、部屋中に飾られた照明が唯一の光源らしい。

 観察も程々に奥の扉へ向かい、さらに別の部屋へと無作為に進む。

 そうなってくると豪華な貴族の私室も、今となっては通り抜けるだけの空間でしかなく。進んだ先も部屋の間取りから言って、洗面所を配置しているのが妥当だったろう。


 だが飛び出した先は3階の吹き抜け。手すりに近寄れば頬杖をつき、中央のシャンデリアを捉えながら階下を眺めた。

 

 扉を抜ける度に煌びやかな世界が広がり、感銘を与えられる一方で、払拭できない異様さが観光気分を台無しにする。

 休憩も程々に切り上げ、どの階下へ飛び降りるか検討していた矢先。ふと視線が1階で止まるや、石像をジッと凝視した。

 一瞬動いたようにも見えたが、何故そんな風に思ったのか。疑問を覚える間もなく、力強い根拠が内側より響いた。


【人影を認識した】


 途端に手すりを乗り越え、2階の支柱を蹴って落下の勢いを殺す。最下層へ着地すれば石像を睨み、降下中に人影が飛び出す瞬間を。

 影を伝って隣室へ逃げる後ろ姿を確かに捉え、躊躇もせずに後を追う。


 しかし部屋へ飛び込んで間もなく、弓を引き絞る音と鞘鳴りが一斉に轟いた。


「――…動くな」


 直後に落ち着いた、鋭いナイフのような言葉を浴びせられる。ゆっくり下がれば両手を上げ、ザッと周囲を見渡す。


 

 相手の数は6人。

 “鋼鉄の意思”と人数は一致するが、掛けてきた声は女の物。そして彼女以外の男たちの装備は、拾った道具をそのまま身に着けたような出で立ちだった。


 新手の登場に困惑しつつ、ひとまず相手の出方を待つ。すると最初に警告してきた女が、弓を絞りながら近付いてきた。


「武器を捨ててゆっくりこちらに歩け。2度は言わない」

「……生憎死んでも手放せない呪われた剣なんだ。気に食わないなら引き返ッ」 


 言い終える間もなく、矢が顔横を通り過ぎた。背後で突き刺さる音が聞こえ、緊張感で一層空気が張り詰めていく。


 “2度は言わない”と告げるだけの説得力はあり、彼女は再び矢を装填。囲んでいた男たちも武器を構え直すが、むしろ好都合だろう。

 下手な会話よりも、互いの気持ちがより伝わりやすい。


「…私はココがどこなのか見当もつかないが、他人に助けを求める気もない。だから1つだけハッキリさせて欲しいんだ……君たちは私の敵か?」


 今の距離ならば、2人は確実に仕留められる。次に矢が飛んできた暁には、迷わず血溜まりを作る気構えで交渉に臨んだが、ふいに相手の武器が降ろされた。

 殺伐とした空気も途端に霧散するも、それ以前にアデランテの問いで、男たちの戦意が喪失していたようにも見えた。

 

「…時間がない。ついてくるのは勝手だ。でも食事は出さない。気が済んでサッサと消えてくれるなら、俺たちはお前の敵じゃない…少なくとも、今は」


 致し方なしとばかりに述べるや、互いの紹介も。それ以上の会話を挟む事もなく、全員が踵を返した女の後を追う。

 しばし彼らの後ろ姿を眺めていたが、最後まで救出に来たのか問われる事はなかった。あるいはアデランテが1人のため、そうは見えなかったのだろう。


 だが一方で全員が武器の扱いに精通していない事。

 そして屋内にも関わらず、装備を着用している状況に疑問を覚えた。その謎を解く最短の方法は女に確かめる事で、迷わず一行を追えば最後尾の男の後ろについた。


 直後に振り向かれるや、音もなく背後に佇んでいたアデランテに、さぞ驚いたのだろう。

 跳び上がった彼は幸い声を押し殺すが、その様子には何処か見覚えがあって。男が慌てて前に向き直る間も思い返せば、臓書で佇むウーフニールの姿が浮かんだ。


「……ウーフニールに似たのかな」


 背後で佇む彼に、それに驚いてしまう自分。思い出される境遇にマスクの下で微笑むが、ポツリと零した言葉に男がビクついたのは気のせいでは無いだろう。

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