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116.未知との遭遇

 あと2日捜索が続けば2週間が経つ。荷は格段に軽くなり、今や移動中に見つけた木の実や肉が主食になっていた。

 口数もますます減っていき、魔物や山賊の襲撃も増えていく。その間も行方不明者の足取りは掴めず、焚火も調理以外では起こさなくなった。

 

 最後に下された決定事項も“予定日数を超過したらば金等級で話し合ったのち、代表者会議を開く”こと。

 

 食料事情も相まった心許ない判断に、もはや消化試合と考える者も出てくる最中、



――……おおおぉぉぉぉーーーーぃぃっ



 遠方から別パーティの呼び声が聞こえた。救援を呼ぶ声音ではなく、ギンジョウと目が合った瞬間に走り出していた。

 道中で鋼鉄の意思を追い抜き、さらに奥へ進めば錆谷一家を発見し。誰もが木や茂みの後ろに身を潜めていたが、敵襲ならば大声で呼ぶ事は無かったろう。


 やがてロレンゾたちも追いつけば、全員集合した所でハーケンホールが先頭に立った。ピットジークも彼の後に続き、一体何処へ連れて行こうとしているのか。

 延々渦巻いた疑問も、ふいに木立ちが消えた時。到着した2パーティの問いは、自ずと全て答えられた。


 

 それまで鬱蒼と生えていた森は嘘のように消え、ドーンっと。代わりに視界の端まで広がる巨大な屋敷が、堂々と大自然のド真ん中に佇んでいた。

 横幅はフェイタルの町で見た領主の館を超え、冒険者ギルドより高くそびえ立っている。


 そんな光景にどうやって。

 いつ。

 誰が。

 なぜ建てたのか。

 

 更なる疑問が押し寄せるも、異様さはそれだけに留まらない。


「……窓がないな」

 

 誰が発したかは分からず、しかし確かに窓がない。前庭の類も無ければ、屋敷1軒がそびえる理由は終ぞ思い当たらなかった。


 それでも1つだけ共通して言える事は、建物ならば必ず入口があるはず。警戒しつつ固まって探索するも、目当ての物はすぐに発見された。

 屋敷のサイズに見合わない大きさながら、扉は人が潜れる十分な高さで。左右ともに開け放たれた様相は、一行を待ち受けていたかのような不気味さが漂う。


 それでもギンジョウが1人で扉に近付くや、ソッと中を覗き込んだ。険しい表情を浮かべた彼は一行を呼び寄せ、足早に迫れば室内を一瞥。

 気付けばギンジョウ同様、真っ暗な扉向こうに眉を潜めていた。


「光源の確認はなし。中が見える者は……いないと判断する。クァントム、いや。この際、誰でもよい。目の前にある物が建っている経緯、あるいは関係する人物に心当たりがある者はおらぬか」


 振り返って1人1人眺めるが、口を開く顔ぶれはいない。仕方なしと前に向き直り、腕を組んだギンジョウは早々に結論を下す。


 ハーケンホール率いる錆谷一家。

 ギンジョウ率いるアデランテ。

 それぞれが屋敷の左右を回り込み、互いに正面玄関を起点に一周。その間クァントム率いる鋼鉄の意思は、現状確認しうる唯一の出入口を監視しておくこと。


 淡々と告げられる指示に異論は無く、散開を合図に各々が役割に徹した。アデランテもギンジョウと周回するが、何処まで行っても窓は見当たらない。

 壁は風化していなければ、獣が爪を研いだ様子もなかった。


 屋敷周辺も不自然に雑草が消えているものの、当然手入れする者などいないだろう。


「…面妖な」


 前方の角を曲がるや、依然窓のない壁を辿るギンジョウがボヤく。警戒のためか、声は散開前よりもさらに抑えられている。


「…住人がいるとは思えぬ。使用人の姿もなく、むしろ人が到底住んでいるようには……アデライト氏。如何ように思われる」

「何とも言えないな。壁は……ッッ壊れそうもない」


 走りながら飛び蹴りを放つも、反響音は欠片もない。まるで山を相手取るような屋敷に、一層不気味さが立ち込めた。


「がっはっはっは!!見た目によらず豪胆であるな!拙僧のパーティにも是非加わってもらいたいが、今は依頼に集中せねばならん。そこでアデライト氏。繰り返しになり恐縮ではあるが、屋敷に何か心当たりはないか?」

「……もう1度聞く理由は?」

「拙僧の勘違いかもしれぬが最初に問うた際、僅かに反応があった気がして…そうそう、丁度今のように。アデライト氏は顔が見えんのでな。念の為だ。何か知っているならば、お教え願えると助かる」


 “僅かな反応”とは、ビクッと肩を震わせてしまった事だろう。2度目の痙攣にギンジョウの視線が刺さり、腹底から叱責の唸り声が響く。

 心中で幾度も謝罪するが、屋敷を捉えてから浮かぶのは“カミサマ”の存在ばかり。

 

 奇妙な構造物。

 不可解な環境。


 思い当たる数々の事柄が、アデランテに神の名を囁きかける。


 しかし話せば心臓を握られ、そもそも当人の名前すら思い出せない。従順な信徒らしく口を閉ざすも、まずは不用意な反応を弁解するのが先決だろう。


「すまないが……」


(たすけてくれ)

【長旅の疲れが出た、とでも語れ】

(それでビクビク反応したりするもんなのか?)

【緊張感の昂ぶり】

(おぉ!!)


「…な、長旅で少し疲れているみたいなんだ。ずっと空気が張り詰めていたからな」


 おずおずと返事をするが、表情までは誤魔化せなかったろう。幸い覆面が全てを隠し、ギンジョウもまた執拗な追及の非礼を詫びる。

 引き続き調査を行なうが、何度も角を曲がる事から屋敷は長方形ではない。思いのほか複雑な形状をしているらしく、広大さは第一印象を遥かに凌いだ。


 それでも変化の無い景色を横目に走れば、前方から走ってきたハーケンホール一行とすれ違う。

 互いに手早く報告を済ませ、“何もない”と伝えた道を互いに遡っていく。


 やがて窓も扉もない、異質な屋敷である事だけは把握し。再び正面口まで戻ったものの、ようやく訪れた変化は最悪な形で具現化された。


「…クァントム?鋼鉄の意思…ロレンゾ氏?」


 最後に見た姿は各々武器を抜き、森と屋敷の双方を警戒していた計7人の姿。


 それが今や荷物ごと消え、ギンジョウや錆谷一家の所持品まで無くなっていた。

 呆然と一帯を眺めていたものの、ふいに動かぬようアデランテは命令される。直後にギンジョウは森へ飛び込むが、茂みの悲鳴が彼の居場所を何処までも知らしめた。


「…これってやっぱりさ」

【オーベロンより指令は受けていない】

「そうだけど…とりあえずアイツが戻ってきてからの話し合いになるだろうな……くそっ、銀と金の集団だからって、カラスを出し渋るんじゃなかった…もっと警戒すべきだったか」

【貴様に責はない。見張りに立っていたのは銀等級の集団にして、内1人は最上位の金等級。問題があれば自ら解決できたはずだ】

「カミサマ絡みだったら余計な罪悪感を抱くだろ?」

【貴様がな】

「私だけがなッ」


 溜息を零したくなるが、ウーフニールの分身を断ったのはアデランテ自身。それも大元の理由は「ズルい気がする」から。

 そして何よりも銀。そして金等級と肩を並べ、依頼を果たせるか自分を試した結果でもある。

 

 だが屋敷の登場と彼らの失踪で、もはや綺麗事を言っている場合では無い。今からでもカラスを絞り出そうとした刹那。

 唸り声にハッと顔を上げれば、錆谷一家が曲がり角から姿を現した。

 正面口の異変に誰もが首を傾げ、状況を軽く説明した直後。飛び出しかけたハーケンホールが踏み止まって深い溜息を吐く。


 恐らくギンジョウを追おうとしたのだろう。しかしロレンゾたちも消え、残る銀等級2パーティまで失うのは言語道断。

 感情をグッと堪えるや、殺気立って屋敷と森を交互に見つめ出した。


 程なく茂みを抜けたギンジョウが顔を出せば、急いで走り寄ってくる。


「代表会議…などと言っている場合ではない。全員参加してもらおう」

「クァントムが銀等級パーティと一緒になって消えたのは聞いた。挙句に荷物まで無い…あいつがそんな勝手なこと、いままでしたか?」

「拙僧が覚えている限り1度も無い…現状考えうる状況は2つ。しかし1人で勝手に結論を話していては、見つかる答えも埋もれてしまうやもしれん。ピットジーク氏。この状況、どう見る?」

「……深く追求しないんであれば1、屋敷に全員で入った。2、全員で帰った。3、クァントムさん1人が屋敷へ偵察に行ってる間ロレンゾたちが荷物を持ってズラかった。帰りの物資をだいぶ心配してやがったし、屋敷を見つけた事をギルドに報告できればそれで十分…疑いたくはないが、おおよその筋書きはそんなところかね」

「アデライト氏は?」

「森の方はどうたったんだ?」


 質問を遮り、単刀直入にギンジョウの答えを逆に問う。すると折れ曲がった枝は全て屋敷に向かい、引き返した形跡が無い事を告げた。

 足跡も人数分が扉へ続き、やむを得ない事情で入室した物と結論づけられる。


「…アデライト氏。ピットジーク氏。これより別行動を行ない、拙僧はハーケンホールと共に屋敷へ赴く事にする」

「捜索隊会議は開かなくていいのかギンジョウさん。代表者はまだ俺とアデライトさんの2人も残ってんだぜ」

「私情を挟むのは未熟の表れである事は承知の上。しかし金等級の命令は身に危険を及ぼさぬ限りは絶対であり、今は屋敷の方が十二分に危険である。これ以上のリスクを鑑み、大人しく従ってもらいたい」


 覇気の無い声は不安に苛まされている証。それでもギンジョウは胸を張り、テキパキと指示を出していく。

 屋敷の怪しさは明らかであっても、調査も無しに報告は出来ない。


 ゆえに金等級2名で潜入し、半日経って戻らない事態を失踪の証拠とすること。その場合はギルドへ戻り、増援を速やかに呼ぶよう告げた直後。

 武器を携えた彼らは屋敷へ飛び込み、やがて足音すら聞こえなくなった。


 あとには静寂だけが残り、重い沈黙の中でピットジークが気怠そうに顔を上げる。


「…んじゃま、俺たちも今後どうするか話し合おうかね。皆、知っての通りアデライトさんだ」

「前衛担当センチノルだ。はじめまして」

「前衛担当その2でビヤーケンよ。しくよろっ」

「後衛で一応回復士も兼ねてるハック。アデライトさん、よろ」


 アデライトを囲むように一同が集えば、淡々と自己紹介を果たす。落ち着いた雰囲気で会話は進み、これも錆谷村の出身者特有の空気なのかと。

 思わず彼らに尋ねたくなったものの、話題は屋敷の対処。もとい次の行動について真剣に語られており、つられてアデランテも耳を傾ける。


 ギンジョウたちが戻って来なければ、選択肢は3つ。


 残るか。

 入るか。

 撤収するか。


 残るならいつまで彼らを待つか。

 それとも二手に分かれるか。

 あるいは全員でギルドに戻るか。


 新品同然に建つ屋敷には窓が無く、扉も調査通り1つだけ。

 畑や水源。街道もない土地に、長期的に生活できる環境はない。


 だからこそ不気味さが際立つが、やがて指定された時刻が過ぎ、日も地平線に沈んでいく。

 移動より野営に適した時間帯となったが、1泊する選択肢は早々に却下。ピットジークとセンチノルは縄を身体に巻き、屋敷へ潜入する事になった。


 何かあれば残る2人とアデランテはギルドへ戻る手筈だったが、扉の奥へ続く縄が突如前触れもなく。ペタリと地面に落ちてしまうと慌てて回収し、先端が捻じ切れていた様相にハックたちが顔を見合わせる。


「じゃ、悪いけどアタシら。入らなきゃだから」

「……リーダーの命令を無視してもいいのか。一応私も会議に参加していたんだぞ?」

「同郷のよしみなんよな、ピットには悪いけど。オイラたちだけで帰るつもりは最初から無かったってところで、アデライトさん。後のことはよろ!」


 軽い手振りに反して彼らの表情は固い。屋敷へ飛び込めば静けさが周囲を取り巻くが、直後にアデランテの嬌声が響き渡る。


「……うッ…あぁンッ!いっ…はぅッん……ぃぎッ…お゛ぅ゛ぅ゛ッ」


 身を屈めるや、盛り上がった肩から1羽のカラスが姿を現す。小さな身体を震わせ、脚を引き抜けばビクンっとアデランテが痙攣した。


【行くのか】

「…はぁ、はぁ……はぁ…はぁ、はぁ……ぁハァン!!?」

【貴様の判断を問うている】

「ぐっ。だ、だからって身体を疼かせるのはやめてくれ!首を絞めてもらった方がまだマシだ!…少しだけ待ってくれ。まだやってみたい事があるんだ……おーい、カミサマぁ~」


 荒い息遣いを呑み込み、満身創痍の身体を持ち上げた途端。手を振りながら“その名”を大空に唱える。


「カミサマー!私だ。アデランテ・シャルゼノートだ!お前の愛しの…なんだっけ」

【ファルニーゼ】

「それだ。ふぁるにッ…どういう意味なんだろうな」

【知らん。オーベロンを呼んで何をする気だ】

「カミサマ創造主様オーベロン様~。聞きたい事があるんだよー……聞こえてんのかクソ野郎ォッッ!!…ダメだ。来そうもない」


 咄嗟に胸を抑えるも、幸か不幸か赤い霧が視界を覆う事はない。要求の初めと終わりにしか現れない即物的な神に、心の奥底から呆れ返ってしまう。


「…さっきの答えだけどさ。行くに決まってるだろ?」

【目的は冒険者たちの回収…だけではないと見た】


 唸るウーフニールに笑みを浮かべれば、3つのプレートを持ち上げる。

 

 1つは自分。

 1つはウーフニール。

 そして最後の1つは――…。


「……返す約束もさせられたしな」


 ソッとプレートを戻し、恐る恐る扉に近付けば、室内からは匂いも風も感じられない。

 暗闇に手をゆっくり差し込んでも、指先に掠める物は何もなかった。まるで奈落の底へ飛び込む心境に陥るが、いまだ両の足はしっかり地についている。

 


 このまま仮に街へ戻った所で、ギルドが屋敷の存在を信じる確証はない。また万が一信用されたとしても、“第二次捜索隊”が結成されるだけだろう。

 その時は当然アデランテが案内役を買わされ、オルドレッドも確実に同行するはず。


「…戻る選択肢がないのは私も一緒なんだけどな」


 守る者があるからこそ、屋敷に嫌でも飛び込まなければならない。一息吐き、もう1度気持ちを高めると振り返らずに足を踏み出した。

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