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115.触発

 森。

 野営。

 移動。

 戦闘。


 繰り返される非日常に慣れるはずも無く、それでいて負傷者は殆ど出していない。順調とも言える捜索も、すでに1週間は経過していた。


 ギネスバイエルンの街は遥か遠く、今はテントと焚火。そして夜空だけが彼らの家も同然であり。弾ける薪の音に耳を澄ますのが恒例となっていた。

 その間も各々が好きな場所で時間を過ごすが、初日に聞こえた賑やかな会話はもはや聞く事もない。

 折り返し地点まで来ても、行方不明者の手掛かりはいまだ無し。すでに帰還分の食料まで消費し始めていれば当然だろう。



 だが足りなくなれば狩猟で賄えば良いと。事前に聞かされてはいても、いざ直面すれば気持ちも萎えてくる。

 不安ばかりが押し寄せ、街から離れる度に魔物の脅威も増えていく。鬱蒼とした森を進む中で、無事に食料を確保できる保証もない。


 そんな通夜のようなパーティの面々を、アデランテは1日目に同じく。テントから離れた木の根元で座り込み、遠目に眺めながら嘆息を吐いていた。


「…前は焚火に当たろうとか、ご飯を食べないか誘ってくれたのに、どっちも来なくなったな。手間が省けて私は助かるけど」

【動作並びに表情の緩慢化。精神的摩耗が推測される】

「まだ1週間しか経ってないんだろ?毎日野営して休みは取れてるはずだし、荷物だって日に日に軽くなってるはずだけどな」

【長期遠征における依頼は、村や町に滞在する場合が多い。目的地不明。生命線の減少。魔物の生息域にて設営。常人の精神力ならば、現状の環境に対する正常な反応だ】

「……今の状況だとアレが普通ってことか」


 視線を光の通らない森に移し、再び小さな嘆息を零す。


 設営もせずに何ヶ月と深い森を行軍するのは、騎士団において日常的な光景で。感慨も無く聞き慣れた夜鳥の鳴き声に耳を傾けるが、もう少しすれば就寝時間が知らされるだろう。

 焚火も消され、次に陽が昇ればテントを片付けて出立する。

 

 繰り返される夜に瞳を閉じ、一足先に仮眠を取ろうとしたものの、ふと聞こえた足音に顔を上げた。


 3日ぶりに食事の誘いか。

 それとも1日最後の暖に当たるための招待か。


 どちらも答えは決まっているが、問いはそのどちらでもない。それは向かってくる人物でおおよそ察せられ、当人は就寝前のためか装備は着ていなかった。

 それでも護身のためか、身の丈ほどの武器を片手に持っている。真っすぐアデランテに向かってくる様子から、トイレでもないだろう。


 面倒事の予感に溜息を吐き、ピタリと横で止まった冒険者を見上げれば、“鋼鉄の意思”のリーダーだった。


「ギネスバイエルンの森を満喫しているようだね。もっとも地図的には、とっくに領域から出てしまっているけれども」

「…代表者会議の知らせではなさそうだな」

「ギンジョウ様ならご自身のパーティを率いて偵察に行かれたよ。少しでも捜索が捗るように、と…少し話をいいかい?」


 駄目と言ったところで、強引に居座るつもりだろう。無言で話を流せば、予想通りロレンゾは向かいの木に背中を預けた。

 表情からして世間話をしに来たわけでもなく。しばしフード越しに眺められると、やがて彼の口が開かれた。



 彼らの目的がいつ達成されるのか。その足掛かりすら掴めていないが、街から遠ざかる程に行方不明者に近付いている事は間違いないだろう。

 戦闘も適宜こなし、互いに増援を呼んだ試しも無い。ゆえに旅路の進捗そのものは概ね良好と評価できる。


 しかしロレンゾのパーティは無事に見えて、全くの無傷ではない。負傷すれば都度回復し、人数や荷量も相まって移動が遅くなってしまう。

 騒音も大きい分、他パーティが対処すべき魔物も惹き付けている可能性があった。


 だからこそ錆谷一家は。特に2人行動のアデランテは、行軍をロレンゾ中心で検討すべきである。

 彼のパーティーを主力相応に扱い、今後の旅路をより安全なものに。確実なものにすべく、銀等級内で協議する事を持ち掛けてきた。


「……優遇してくれ、と言いたいのか」

「そこまでは言わない。ただ万が一を考慮して、パーティの主戦力が誰かはっきりさせた上で、力を最後まで温存させる方法をピットジークも交えて打ち合わせたいと思ってね」

「温存?」

「3パーティの移動に関してはギンジョウ様が採用された事だが、戦力の分担によってボクのパーティに何か起きれば、提案をしたアデライトに当然責任はあるだろう。そこを自覚してもらった上で、石頭の説得に協力してもらいたい。銀等級のリーダーが2人主張すれば、多数決により問題なくピットジークも納得するだろう」

「…最近はこんな輩ばかり相手にしてる気がするな」


【喰らう事を推奨する】

(そうしたらコイツのパーティが困るだろ。なるべく関わらないのが1番だ)


 聞こえないよう溜息を吐き、いっそ森の奥に寝床を移したくなるが、彼の話は続く。 

 


 力の温存に必要なのは食事と休息。ゆえに食料は鋼鉄の意思が全て管理し、夜の見張りはアデランテと錆谷一家が交代で行なう。

 各々狩りで食料調達し、その間ロレンゾたちは責任をもって野営地を警護する。


 当然ギンジョウを銀等級の決め事に巻き込む理由も、知る必要もない。以上の話をピットジークに持ち掛けたが、聞く耳をもたず困っていると。

 アデランテの代わりに盛大な溜息を吐いた彼は、ようやく目を合わせてきた。


「今もっとも脅威となるのは魔物だ。今のようにギンジョウ様がいつだって守ってくれるわけじゃない。そんな時、主力が疲弊していたら困るのは君たちだ。話を理解してもらえたかな?」

「……1番の脅威はいつだって人間さ」


 お返しとばかりにわざとらしく溜息を吐けば、明らかに不機嫌な顔をされた。それだけで胸が少し軽くなったが、まだ話を終わらせるつもりはない。


「魔物は必要な分を食べてるだけで、人間は先の事ばかり考えて強欲になる…パーティを守りたい気持ちは分かるが、私やもう1つのパーティ。それから金等級がいなくなった時、お前は次に何を犠牲にして助かるつもりなんだ」


 淡々と思いの丈を零したつもりが、ふいに鋭い一閃がフードを掠める。その気になれば首を落としていたとばかりに睨まれ、瞳には轟々と怒りの炎を宿していた。


「毎回1番乗りで野営地に到着しているからか、ギンジョウ様と組む回数が多いからか、どうやらアデライトは自分が特別だと勘違いしてるようだ。折角協力を申し出ているのに…」

「一方的な押し付けの間違いだろう」

「…実は食料の減りが早い気がしてね。誰かとはあえて聞かずに黙っていたのに、欲張りと言われてはボクも黙ってるわけにはいかない」

「野営地に私が近付いても無いのはアンタも知ってるはずだ。それにどっかの誰かさんは大所帯がどうとか言っていたが、そっちに犯人の目星をつけなくて良いのか?」

「……ソロだろうが、なんちゃって銀等級だろうが、まともに依頼をこなさずとも昇級する方法はいくらでもある。依頼に選ばれたからと言って調子に乗るなよ」


 刃が撫でるようにフードの端を持ち上げ、徐々に顔まで近付いてくる。だが怒りこそ伝わってきても、殺意は感じられない。

 脅しよりも突発的な行動と、自身の優位に酔いしれての行動だろう。


 当初は歯牙に掛けるつもりもなかったが、浮き上がったフードは内側へ。左頬の古傷に触れた瞬間、ガッと刃先を掴んでロレンゾを驚かせた。

 引き抜こうにも武器は微動だにせず、アデランテの手からも離れない。それまで俯いていた顔も、ゆっくりと上げられる。


「武器を向ける時は殺し合う時だけだ……そういうつもりで…本当にいいんだな?」


 フードの奥に隠された表情は見られずとも、ロレンゾの青ざめた顔色はよく見える。漲る殺意に関わらず心は澄み渡り、手は腰に差した剣へ伸ばされていく。


 

【人間】



 静寂の中、ポツリと零された声に素早く武器を手放す。見れば焚火を囲う一行の視線を集めており、危うく凶行へ走ろうとした事に。

 ウーフニールの制止に感謝を述べるが、呼びかけは男に対するものではない。


 今や焚火の音だけが聞こえ、フクロウの鳴き声も聞こえなくなっていた。

 

「………ッッ!!伏せろぉ!!!」


 大声で呼びかけるや、一行の反応はまさに十人十色。


 驚いて固まる者。咄嗟に武器を取りに行く者。

 そしてアデランテの忠告通り、地面に伏せた者。


 もっぱらロレンゾは声に驚いたのか。その場で固まってしまったが、強引に足を払った直後。

 頭上を矢が何十本と掠めていき、反対側からも同じ物が飛び交う。


 しかしアデランテの警告で奇襲は失敗。森の奥から怒号を上げ、焚火で武器を光らせた山賊が一斉に飛び出した。

 一瞬の戸惑いはあったものの、銀等級冒険者とて後れを取る事はない。立ち上がれば一斉に反撃を開始し、あちこちで戦闘音が鳴り響く。


 一方でアデランテはその場を動かず。近付いた山賊を1人ずつ狩っては、奪った武器で順調に斬り伏せていった。

 その間も視界上部を4つの画面が占め、冒険者たちの奮闘を観戦する。


 左端の映像から順に、ピットジークが仲間2人を引き連れて善戦。後衛のボーガン使いは、的確に射程外の山賊を仕留めていく。

 時に射った先で爆発が生じ、拡大すれば矢じりに魔晶石が仕込まれていたらしい。いつか見たオルドレッドと同様の用途に、思わず感心してしまう。


 別の場所では鋼鉄の意思が2人を前線に送り、残る4人はギンジョウの言っていた通り、ロレンゾ含む2人が魔術師たちを護衛しながら指揮を執っていた。

 それぞれが後れを取る事はないが、山賊は暗闇より絶えず襲撃を繰り返し。時折冒険者が傷ついては後退する光景に、戦力も徐々に摩耗している事を知らされる中。


 ふいに一帯を響かせた轟音が、敵味方問わずに動きを止めさせた。



「おどれらぁぁあーーー!!拙僧の同志に何晒しよるかぁぁああーーっっ!!!」



 破竹の勢いで駆け出したギンジョウが、烈火の如く山賊たちを撫で斬りにしていく。冒険者たちの士気も回復し、新手の参入に事態は瞬く間に収束。

 やがて焚火の音が一帯の静寂を支配した時には、縛り上げた山賊3人を残し。一夜の襲撃は終わりを迎えた。


「…もはや汝らの用向きは問うまい。しかし冒険者の一団を見かけなかったか。その問いには答えてもらおう」


 眠れる麒麟のギンジョウたち。そして冒険者たちの集団を前に、山賊らは無言で視線を逸らす。

 襲撃時の覇気こそ感じないが、大人しく会話に応じる気はないのだろう。仲間の治療を終えて合流した魔術師を見るや、ようやく1人が口を開いた。


「……てめえらに斬られた傷が痛むんだ。まずはそいつを何とかしろ」

「要求する立場にいると思っているならば至極滑稽であるな」

「ならこっちも話す事はねえ…それにな。そろそろ本隊がこっちに向かって来る。そっちこそ逃げるなら今の内だぜ」


 あくまで強気な交渉を見せる山賊に、魔術師も一体どうすべきかと。ロレンゾを、それからギンジョウを見つめる。

 冒険者一同も難色を示していたが、仮に増援がハッタリだとしても今は情報が欲しい。全員の無言の承諾にギンジョウが頷き、改めて魔術師が近付こうとした刹那。 

 


 男の首が宙を飛び、地面を無機質に転がっていく。何が起きたのか誰も理解できず、仲間の山賊すらポカンと口を開けていた。

 視線は自ずとアデランテに集まり、2人目の首根っこが無造作に掴まれる。


「治療の心配はこれでもう無いな…コイツから話を聞き出すが、任せてもらってもいいか?」

 

 アデランテの問いに、今度はギンジョウが注意を惹く。焚火に照らされた力強い瞳は陰り、やがて閉じられると無言の了承を得た直後。

 力任せに山賊を引きずれば、罵詈雑言を吐き続ける男と共に森へと消えていった。姿は見えなくなるが、夜空に響く声は野営地を越えて何処までも届く事だろう。


 だがそれも不快な悲鳴にいずれ変わるはず。想像がつく行く末に互いが見合わせ、身も心も覚悟していた矢先。



――ぎぃゃやああああぁぁぁぁぁ……っっ



 夜鳥が飛び立ち、木々を騒がせる絶叫に数名が飛び上がる。声も泡沫の如く掻き消え、不気味な静寂に程なく足音が混ざった。


 茂みをかき分けて現れたのはアデランテだったが、連れ去った山賊の姿はない。捕虜を始め、全員が彼女の一挙手一投足を見守る最中。

 最後の山賊まで歩み寄れば、焚火が照らす彼の顔色はみるみる生気を失っていく。


「…仲間の数は全部で31人。お前を残して全員死んでいるから増援が来るはずもない。東の洞窟を拠点にしていて、冒険者パーティを1つ潰した事がある。その後にも何度か他の冒険者パーティが通り過ぎていくのを見たが、ギルドの本格的な介入を恐れて大人しくしていたところ、食料が減って止む無く私たちを襲った……ほかに付け足す話はあるか?」


 見下ろすアデランテに目を見開き、口がパクパクと無為に動く。追加の情報がある様子はなく、踵を返せばギンジョウを見つめた。

 

「コイツの処遇は?」

「……うむ。山賊は従来衛兵に引き渡すべきではあるが…クァントム?」

「俺に投げるなよ……依頼の最中で街に戻る暇はない。処分が打倒だろうな…」


 困惑しつつ言い終えるや、迸った鮮血と共に山賊が地面に倒れ込む。使用した剣を無造作に捨て、再びアデランテが向けた視線に気付いたのだろう。

 ハッと我に返れば途端にギンジョウが指示を出し、不気味なまでに沈んだ空気も一瞬で消し飛んだ。


 死体から使える物は抜き取り、魔物が寄らないよう。そして喰らわないよう、山を築いて焼く不快な作業に誰1人逆らわず。

 一方でギンジョウはハーケンホールとアデランテを率いて、山賊の拠点へ偵察に向かった。行方不明者の照会が可能ならば行ない、回収できる物をついでに探す。

   

 ギンジョウたちが木陰の闇に消え。その間も一帯は片付いていくが、沈黙の中で作業が続けられるのは、ひとえにアデランテの存在が脳裏に浮かぶからだろう。


 山賊相手とは言え、躊躇なく処刑された人間と森に轟いた悲鳴はもちろん。

 何よりも彼らが現れなければ、ロレンゾも同じ結末を迎えていた事に。

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