114.上級者の旅路
宵が開ける少し前。鳥も眠りに就く時間帯に、茂みが激しく揺れ出す。
直後に3人の冒険者が現れ、リーダーゆえに1番乗りのつもりだったのだろう。木に寄り掛かるアデランテに驚き、表情はすぐに笑みへと変わった。
盛大な歓迎に鳥は飛び去り、ギンジョウの仲間が慌てて彼を窘めるや。程なく事態が落ち着いた所で、左右の腰に剣を差すギンジョウが彼らを紹介する。
大剣使いのハーケンホール。
弓使いのクァントム。
軽く挨拶を互いに交わせば、途端にリーダーが接近してくる。一方的に意気込みを捲し立てられ、彼の肩越しから仲間の辟易する表情が窺えた。
明後日の方向を眺める様から、ギンジョウの“扱い”には慣れているのだろう。その間も彼の相手を押し付けられ、話題がギルドの行く末について差し掛かった時。
「おおぉおお!“鋼鉄の意思”のっっ!!よくぞ参られた!!」
耳を塞ぐ声量に振り向けば、笑みを文字通り貼り付けたロレンゾが顔を出す。その後ろからゾロゾロとメンバーが現れ、各々が挨拶を交わしていく。
剣。
大剣を握る男。
また剣。
そして魔術師と分かる風貌の女が2人。
互いに自己紹介を始め、ギンジョウの関心が移った隙に素早く彼から離脱。ようやく一息吐けば、今度はクァントムがアデランテに近付いてきた。
「助かったよ。それと…すまなかった」
「謝る事ではないだろう。会議室でも似たようなものだった」
「…戦闘の時はこれ以上ない味方なんだが…まぁ、これからも宜しく頼むよ。アデライトくん」
「こちらこそ」
気取らない会話もそこそこに、一瞥すればロレンゾはいまだギンジョウと会話中だった。声と気迫に耳を傾ける姿は、素直に尊敬の念を抱きそうになる。
それから“錆谷一家”も合流を果たし、ピットジークの背後から大槌を担ぐ大男。
剣と盾を持った女に、ボーガンを腰に差す男が到着し。ギンジョウの熱い歓待を受ければ、その熱量は任務を成功させたようにすら錯覚させる。
「それでは諸君っっ!!!」
「ギンジョウ。万が一遠くにパーティでもいれば、聞かれるとまずい。声を押さえてくれ」
「おぉぉ!!すまない同志!しかしギルドの実力者がこうして集まったとあっては、血が滾ってくると言えよう!!今ならば如何なる怪物でも叩きのめそうぞ!!」
「…おい」
「分かっておる。分かっておるからに…えぇ、それでは出発するわけであるが、上級者なれど互いに油断は禁物。話し合い通り拙僧のパーティを3手に分け、各々を一時的なリーダーとして皆に認知してもらう。魔物が出た場合は適宜掃討。応援が必要な場合は拙僧たちで判断するが、遠からず近い距離を常に保ちつつ、本日の予定宿泊地まで捜索を各パーティにて行なう」
それまでの喧噪が息を潜ませ、様変わりしたギンジョウの声音が緊張感を生む。精悍な顔ぶれに何度も頷き、一同を見渡しながら班分けを発表していく。
ハーケンホールは“錆谷一家”に。
クァントムは“鋼鉄の意思”。
そしてギンジョウはアデランテに就き、早速出立の合図を出した刹那――。
「――…アデライト氏。荷物はどうしたのだ?」
頭上まで突き出す荷をギンジョウは背負い、周囲も同様の荷量を担ぐ。しかしアデランテが所持するのは腰に下げる剣1つだけ。
遠征どころか、とても森の奥深くに挑む装備とは思えず。最低でも2週間の旅路と目されては、余計にそう感じたのだろう。
「荷は持ち歩かない主義なんだ」
「……拙僧たちが万が一に備え、余分に食料や野営道具を持っているが、主に行方不明者の発見を想定しての荷。途中までなればアデライト氏に分ける事も可能だが…」
「食料は狩りで取れる。寝床も木陰があれば十分だろう…消息を絶った冒険者たちの分もそれで賄おうと思っていたが、まずかったか?」
淡々と告げるアデランテは疑問符を。対照的にギンジョウは目を瞬かせ、やがて堰を切ったように笑い出す。
そのまま歩き出せば黙って後を追い、彼の声は森に姿が消えるまで続いた。
それから半日が過ぎ、いまだ他パーティの姿や敵影は見ていない。捜索に関わる痕跡もなく、始めたばかりでは当然と言えよう。
だからこそ初日は暇を持て余し。ギンジョウの豪快譚を覚悟していたが、出立してから彼は1度も口を利いていない。
依頼に集中しているのか、かなりの重量を背負いながら手掛かりを探していた。同時に警戒も常に続け、鋭い眼差しは時折周囲にも向けている。
ギンジョウの険しい表情を除けば、至って旅路は平穏そのものだった。
だが彼の足が止まるや、時同じくアデランテも静止する。荷を降ろして武器を抜けば、互いに確認せずとも一帯の異変に気付かされた。
そよ風が頬を撫でるが、森の囁きは吹き付けた風相応の騒めきではない。まるで何かが駆け出すような様相から一転。
唐突に四方から緑色のネズミが飛び出し。ソルジャーラビットより小さくとも、視界に映るだけで20匹。
ウーフニールの統計では47匹が向かってきていた。
魔物の通称は“ピッキーマウス”。食べる物を選り好みする特性から、“グルメマウス”とも呼称されている。
手当たり次第に獲物を襲い、覆われてしまえば生きては帰れない。魔物の舌を唸らせる個体が出るまで、交互に延々“味見”されてしまう。
しかし冷静に、かつ素早く。重い一振りを与えれば、悪夢は瞬く間に退けられる。
耐久力のない貧弱な敵を一蹴し、津波の如く押し寄せる魔物に休まず。1匹たりとも寄せ付けないよう、全方向から来る攻撃さえ防げれば。
あるいは襲撃を凌ぎ切る事も決して不可能ではない。
そんな机上の空論を、ギンジョウは次々屠りながら実戦に移していた。
降ろした荷を右の剣で防衛し、左の剣で己の身を保守。獲物2人に敵も分散していたが、荷が多い彼により多くの群れが憑りついていた。
いまだ傷は負っておらずとも、苦戦の様相が表情を曇らせている。
必然的にアデランテは増援に向かい、荷にたかるピッキーマウスを瞬殺した。返す刀で引き連れた魔物も一閃し、荷を挟むように立つ2人を前に、魔物の群れは次々葬られていく。
「――…終わりぃぃいい―ーーっっ!!!!」
やがて魔物の鳴き声が途絶えるや、代わりにギンジョウの怒号が響き渡った。森は落ち着きを取り戻し、荷の状態を確認する間に残党の有無を調査。
目を合わせれば言葉を交わさずとも、互いに問題がなかった事が伝わる。
「実に見事な手腕であった!!やはり銅等級の魔物と言えど油断はできぬな!……ところでアデライト氏。何ゆえ素顔を隠すのか?その力量なれば胸を張って往来を歩けように」
「…訳アリでな」
「なーに、気にする事ではない!実力が損なわれるわけでなし、冒険者たる者、如何なる服装も自由であるべき!!それも士気を上げるうえで重要な事柄……おっと、こうしてはおれぬな!集合地点に向かわねば!」
幸運にも目的が思い出され、早々に話は切り上げられる。荷を背負って再出発するが、脅威が去った高揚感が抜けてないのだろう。
声は幾分か抑えられても、ギンジョウの声は離れていても良く聞こえた。
「ふははははっ!やはりアデライト氏と組んだのは正解であった!これぞまさに少数精鋭!」
「評価は有り難いが、あまり公に言わないでくれ。これ以上目を付けられると、依頼にも支障をきたす」
「鋼鉄の意思、の話と見たな!彼らの実力もいずれは確認するが……上昇志向が強すぎるのも些か危険である。拙僧の前では一層張り切る傾向が見受けられるでな。クァントムから報告が聞ければ、様々な面も見えてこようが…」
「……少し気になっていた事があるんだが、いいか?」
「何っっでも聞いてくれて構わんぞ!?拙僧の生い立ちか?あるいはパーティ結成の話か!?それはもう、涙なしでは語れぬ人情の歴史が詰まって…」
「パーティの振り分けについてだ」
強引な路線変更に項垂れたのも一瞬だけ。冒険者の顔つきに戻るや、前を歩くアデランテは彼に耳を傾けた。
まずは錆谷一家。そして鋼鉄の意思。
前者はボーガン使いが1人。
後者に魔術師が2人と、各パーティには遠距離対応のメンバーが所属している。
ならば金等級の射手クァントムはバランスを取り、錆谷一家に加えるべきではなかったのか。
素朴な疑問が浮かんだが、ボーガン使いの物腰から単身でも戦闘可能と判断し。対して魔術師2人は同じ杖を持ち、2人で1つの強力魔法を唱える陣形と見た。
一方が欠ければ火力は半減し、あるいはそれ以下になってしまう。
そのため鋼鉄の意思は6人パーティの内、1人は必ず魔術師の護衛に就くはず。ゆえに後方支援の強化に、クァントムを配属したと述べた。
「しかし所詮は拙僧の第一印象に過ぎぬ。明日、クァントムには引き続きロレンゾ氏のパーティを見てもらい、次は自身の目で実力を見極めさせてもらう」
アデランテが振り返らずとも、ウーフニールの眼に映る彼の表情は、会議室や出発時に浮かべたものではない。
数々の試練を乗り越え、金等級に昇り詰めるまでに刻まれた皴と傷が浮かんでいた。
(…涙なしでは語れない、か。パーティ数も3人。色々あったんだろうな)
【貴様によく似ている】
(少なくともあちらさんは全滅した私と違って、2人は残ったみたいだな。羨ましいとは言わないけど…あとで結成の話でも聞いてみるかな)
【奴と貴様の共通点。同質の喧しさを有している】
(……境遇じゃなくてか?騒がしくすれば誰だってうるさくなるだろ)
【性別及び個体における声音の差異を除けば、興奮した貴様の声量と相違ない】
(…今度から気を付けるよ)
【物証として視覚に基づく記録を投影可能。確認は】
(したくない)
予期せぬ会話に心を折られたが、野営地へ着く頃には気持ちも落ち着いた。見回さずともアデランテたちが1番乗りである事も明白。
早速ギンジョウが設営に取り掛かるが、その間もアデランテが周囲の警戒を怠らない。魔物も他パーティの気配もなく、無防備な背中が視界の端に映る。
2人だけの空間に腹底が怪しく唸るや、パンっと軽く腹を叩いて猛りを鎮めた。
その後も襲撃はなく、やがて茂みから錆谷一家が顔を出した。出発時と同様にギンジョウは歓迎し、焚火の音と夕餉の香りが一帯を占める頃。
鋼鉄の意思が別方面から姿を現した事で、ようやく1日目の捜索が終わりを告げた。