113.トップミーティング
冒険者ギルドはいつも通り賑やかで、新人から熟練者までがロビーにひしめく。
そんな彼らに感心を示さず、喧騒の境目を縫うように。スルスルと階段へ差し掛かれば、やがて7階の廊下に到着する。
いくつもある扉に戸惑ったが、【5番】と告げる声に従って指定の部屋を潜った。
「――…おぉ!第一回捜索隊会議へよくぞ参られた!!」
1歩踏み入れるや、轟音と聞き違う声がアデランテを出迎えた。後ずさりかけた足をグッと堪えれば、机の奥に咆哮を上げた男が1人。
両手を大袈裟に広げ、かつてない程の歓迎ぶりを見せた。
彼の脇にはそれぞれスキンヘッドの男と、大抵の女を虜にする外見の男が1人ずつ着席し。前者は机を足蹴に。
後者はアデランテを一瞥するも、すぐに視線を逸らした。
温度差の激しい空間に、フードが無ければ戸惑いがそのまま顔に出ていたろう。
「ささっ!空いている席に座って頂こうか!早速会議を始めようぞ、同志よ!!」
挨拶もやはり主催者からだけ。あとの2人は興味がないのか、あるいは互いを歓迎していないのだろう。
もっとも気持ちはアデランテも同じで。互いに手を取り合う雰囲気でもなければ、お茶請けも置かれていない。
代表者だけが集められた会議室に席を着けば、奥の男が高らかに開幕を宣言する。
「本日は忙しい中集まってもらい、感謝を述べようもない!拙僧は金等級“眠れる麒麟”のギンジョウ!!まずは自己の紹介!しいてはパーティの戦力を手短にお教え願いたいっ!」
「ではボクからいかせてもらいましょう。銀等級“鋼鉄の意思”のロレンゾ。愛武器はハルバード。パーティメンバーは6人ですが、その内2人は熟練の魔術師たちです」
「ほぅ!2人もとな!?なかなか人材に恵まれたパーティと言えようぞ!」
ギンジョウの賞賛に満更でもないのだろう。笑みを浮かべながら、サッともう1人の男を。
それからアデランテを一瞥するが、明らかに友好的な視線ではない。
しかし反応する事はなく、ふとスキンヘッドの男と目が合う。“ロレンゾ”の印象が自ずと共有されるも、一方でもう1つの意思も伝わる。
男が机から足を下ろせば、手番は彼に移った。
「…銀等級“錆谷一家”のピットジーク。魔術師も際立ったメンバーもいるわけじゃないが、俺含めて計4人で地道にやってる」
「一家…まさか身内でパーティを組んでいるとは、なかなか逞しい一族なのだな!!」
「血の繋がりはない。錆谷村の出身で、出稼ぎに来てるだけでな…次、兄さんの番だぜ」
「青銅等級アデラン……【アデライト】だ。パーティは組んでいない」
「ふむふむふむ!1人で、それも短期間で青銅等級まで駆け登るとは実に素晴らしい!是非その実力を見せてもらいたいっ…のだが、まずは紹介を終えたところで、主旨の説明に移らねばならぬな。本来であればパーティのメンバー全員と相まみえたかったが、混乱を避けるためにも小人数の話し合いを仲間に強く勧められてな。こうして各代表に集まってもらい、執り行なう運びとなった」
「…代表者しかいないパーティもいるみたいですけどね」
付け足すようにロレンゾが零すが、取り合わなければ視線も交わさない。ギンジョウの説明を待てば、議題はすぐに行方不明者の話に移った。
もっとも冒険者パーティの全滅や失踪。そして無断脱退は冒険者ギルドでも珍しい事柄ではない。
だが彼らの捜索対象は、調査中に忽然と姿を消した面々で。把握しているだけでも6パーティは列挙でき、内2パーティは捜索で派遣されている。
詳細は知らずとも任務の危険度は十分伝わるが、最後に消えたのは金等級パーティ。“第一回”捜索隊会議の意味を理解したところで、颯爽とリストが配られていく。
現地で遭遇した場合の目安と言われるも、感慨もなくサッと目を通した。
そして視界に“デックス”の名を捉えてしまう。
(…嫌な予感、と言うより確信に近かったけどな)
【名も忘れていた冒険者を探すべく、依頼を引き受けたわけではあるまいな】
(正直当人の事は殆ど忘れてたし、大した付き合いもなかったけど…この街でオルドレッド以外に唯一会話してた相手だったから……理由1割ってところだ)
【……記憶の供給が続き、正体を明かさぬ限りは貴様の行動を阻むつもりはない】
(ありがとな)
マスクの下でニッコリ微笑むも、ギンジョウの説明はまだ続いていた。
ウーフニールとの会話でろくに聞いていなかったが、更新される話題は視界の端に次々と並べられていく。
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★議題内容について
・道中に出現が予想される魔物の種類
・最終目的地は“およそ”南西
・往復を含め、最長2週間の旅路を推定
・偵察と報告を迅速に行なうための少数精鋭
・原因究明も可能ならば行なう
★捜索対象について
・6パーティ、計37名
・生存者を発見した場合は救助を最優先
・なお不在日数や状況を鑑みる限り絶望的
・死体の場合はプレートのみを回収
・負傷者の救出は“その都度判断”する
★留意点
・“極秘任務”ゆえの少数精鋭でもある
・出発は2日後
・各パーティごとに街を離れ、森の奥で集合
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一通り話し終えた所で準備期間は十分か。それとも延長すべきか問えば、「明日でも十分」と2人が告げる。
ウーフニールに揺さぶられたアデランテも遅れて同意し、良好な反応に喜色満面でギンジョウが頷けば、くれぐれも無理はしないよう付け足す。
「はて、それでは皆の承諾も得たゆえ、明日午前には街を発つ所存ではあるが…これまで拙僧が1人で話してしまったでな。質問があるならば、随時受け付けるぞ?」
「ではボクから1つ、いや2つ程……例えばの話、他パーティの“ミス”によって被害を受けた場合、あるいは遅れによって日数を超過し、食料がなくなった場合の措置は如何なさるおつもりで?」
会話権が出席者全員に行き渡った刹那、我先にとロレンゾが名乗り出す。視線は確認せずとも、他2名に向けているのが刺すように伝わる。
「ふぅむ。補填の話なれば、前者は拙僧の判断に基づき、街へ戻った際にギルドを通して相応の対応を下してもらおう。だが日数の超過など、皆は凄腕の冒険者。食料は自前で狩りをすれば問題ないと見る…ほかに質問は?」
「撤退や捜査続行の判断はギンジョウさんが下すのか?それとも今みたいに俺たちが話し合いで決めるのか?」
「おや、錆谷さんは始まる前から引け腰のようですね」
「駄目な時は駄目。行ける時には行く。俺のパーティはそういう性分なんでね…それでどうすんだ?」
ロレンゾには目も暮れず、もはや彼に視線を配るのはギンジョウだけだろう。質問を受ければ間も置かず、混乱を避けるために判断は金等級で行なうと告げる。
続けて戦闘陣形について問われ、それぞれ前衛、中衛、後衛に分断。適宜休憩を兼ね、隊列の組み替えを実施する事も伝えられた。
もっとも人命救助が任務とはいえ、自身の命を守る事が最優先。パーティに危害が及ぶ場合は、代表者を交えて話し合う事が約束される。
「――…はてさて。意見は一通りまとまった事だろう!我ら全員初対面とはいえ、ギルドに要請されし一大任務に当たるのだ。皆、一丸となって依頼を達成する事を心より健闘する!!……先程から会話に参加せぬが、アデライト氏から何か質問はないか?」
議題も終わりに近付き、出発が急遽明日に変更されたからか。すぐにでも準備に入りたいのだろうが、1人は気怠そうに。
1人は怪訝そうに睨むも、一通り静かになった所でアデランテが顔を上げた。
「私含め、4パーティ全員固まって歩くのか?」
「……話を聞いてなかったのか?ギンジョウ様がチーム一丸となって当たるよう、言ったばかりじゃないか」
「いやっ!いやいやいやいやいや!!…良い質問だ!何ゆえそう思った?」
「身の安全を考えて固まるのは理解できるが、捜索は人海戦術が基本だろう?そのために銀等級以上で人員を揃えたはずだ」
「随分と強気だね。流石はソロの青銅等級、と言ったところかな」
「ロレンゾさんがたった1人で銀等級の依頼をこなせるなら、今の言い分にもっと貫禄はあったろうが、バラけること自体は俺自身反対…それでも依頼の内容としては、1番効率が良いだろうよ」
すでに入っていた亀裂はさらに深く、大きく刻まれたらしい。重い沈黙が机上で渦巻くが、ギンジョウは喜んでその緊張感を受け入れていた。
切磋琢磨もまた冒険者に求められる逸材。出席者がさらなる高みを目指し、やがて自身と同じ金等級に上がる日も遠くない。
そう感じさせる笑みを浮かべていたが、手を叩けば一同の注意を瞬時に惹いた。
それから提案されたのは、金等級メンバー計3名が各々銀等級パーティを率いる事。
鋼鉄の意思。
錆谷一家。
そしてアデランテを従え、南西を目指しながら捜索は行なわれる。
宿泊地点は都度“眠れる麒麟”が決め、野営は全員同じ場所で。出発時は三手に散開し、捜索をしながら次の宿泊地への移動を繰り返す運びとなった。
「“眠れる麒麟”を率いるのは拙僧であるが、メンバーは各々それ相応の実力を有している。各自、着任した彼らの決定は拙僧の判断に同じと認識してもらいたい」
「…それでギンジョウ様はどのパーティに就かれるのですか?」
「迷うところだが、初日はアデライトと共に捜索を行なう!ソロで活躍しているとはいえ、如何ほどの実力か見極めるのも拙僧の大切な役目なのでな!もちろん“鋼鉄の意思”、そして“錆谷一家”の面々も見るべく、着任先は交代で行なう所存!!」
握り拳を掲げ、もはや捜索は二の次とばかりの姿勢に1歩引き。今日1番の声量に、もう1歩引きたくなる。
出席者一同、初めて心情が重なった瞬間であったろう。
だが一方でギンジョウの好奇心が、ただ一個人に向いている事も明白。アデランテに強烈な敵意が、一方向から鬱々と突き刺さる。
出だしから不穏であった集まりは、険悪な雰囲気のまま解散。各々が自由に退出する中、部屋を出ようとしたギンジョウにロレンゾが近付いた。
再び会話が始まる間に、サッサと離れたピットジークの後を追い、会議室よりも長閑な廊下に心なしか涼しさすら感じる。
「アデライトさん…だったか。噂は聞いてるよ」
振り返る事なく、止まりもせずに口を開いたピットジークに溜息を零す。
勧誘にしろ、侮蔑にしろ。冒険者との会話の取っ掛かりは決まって“噂”。
今度は何が来るのかと身構えたが、彼の声音に覇気はない。
むしろ敵愾心も伝わって来なかった。
「道中ロレンゾさんが突っ掛かってくるだろうが、頑張ってくれよ。俺は自分のパーティの事で精一杯なんでな」
「…肝に銘じておく」
「あいよ…んじゃま、明日森の奥で」
それ以上言葉を交わす事なく、彼とはロビーであっさり別れた。新しい切り口に呆気に取られるも、ピットジークなりのエールか。
あるいは愛想だったのかもしれない。
少なくとも衝突の心配が1つ減るが、宿に向かおうとした足がピタリと止まった。
依頼が始まる明日までやる事はない。買い出しもなければ、あとは宿で横になって臓書を訪れるだけ。
地下に潜って技を磨くのも、閉架でビュッフェにありつくのもアリだろう。
だが気持ちはすでに捜索依頼へ傾き、そわそわ周囲を見回す。
「…ウーフニール。先に合流地点に行って、安全を確保しておくのも冒険者の醍醐味だよな?」
【予定時刻まで半日以上ある】
「宿で寝ても外で寝ても、私らには同じだろ?おっ、早速道標を出してくれたか…それでさ。久しぶりに……いいか?」
可能な限り屈み、小さく手を合わせれば唸り声が返ってくる。ウーフニールの心情は十分伝わってくるが、拒む言葉が後に続かない。
パッと表情を明るくすれば、街道を通り過ぎて瞬く間に路地へ飛び込んだ。
それから彼女が表通りに顔を出す事はなく、代わりに1羽のカラスが宙を舞った。
ギネスバイエルンの空を見上げれば、前後反対に飛ぶ珍種が視界に映った事だろう。