109.ギルドハウス - 午後の部
昼食を終えた満腹感からか。当初は雑談が少なからず飛び交っていたが、続々と出席者が集う度に重い空気が流れた。
やがて最奥の空席を副ギルド長レミエットが埋めれば、秘書が改まって咳払いをする。
「それでは午後の部を始めたいと思います」
◆神隠しの犠牲者…誰ですかコレを書いたのは?――訂正;行方不明者の続出について◆
「出たな本題!」
「静粛にお願い致します…コホン。午前の会議中にも、魔法大学の学長が消息を絶った、と議題に上がりましたが、近辺の町、そしてギネスバイエルンも例外ではありません。有力者が何名も消息を絶ち、無用な混乱を起こさぬよう秘密裏に調査を続けてはいますが進展はなく、現在もごく一部の衛兵と提携して合同捜査を行なっています」
「ごく一部、の理由は?」
「衛兵も一枚岩ではありませんから」
「“バルジの怪”ってか?ま、制服連中が嗅ぎ回れば、住人や冒険者にもバレるわな」
「じゃが都市伝説もあながちバカには出来んぞ。有力者だけではない。ここ数ヶ月、冒険者も何パーティか行方不明になっておる。それも街中に荷物を置いたまま、じゃ」
「…マジで?」
「都市伝説の話はさておき、確かにギルドと提携している宿ないし、個別で経営されている店主から冒険者が一夜で忽然と姿を消したという報告は挙がっています。もっともそれらの人物は以前から素行の悪さで厳重注意、もしくは監獄1歩手前か出所した冒険者ばかりのため、ギルドや街への影響は大してありません……ですが、決して無視できる問題ではないとだけ伝えておきましょう」
「幸い報告は宿の店主からギルドへ直接来ているため、情報漏洩は避けられている。衛兵が動けば住人だけでなく、冒険者の不安も煽る結果になるだろう。引き続き裏で調査を続けてもらっている」
「そういえば行方不明者が続出してから“ナイトマンごっこ”が流行り出したな。ウチの娘なんか絵まで描きましてね?いや~子供の想像力は何とも逞しいと言いますか、まるで夜が人の形を取ったような…」
「親バカもいい加減にしろよ、おっさん」
「公私混同は控えるようにお願いします……それでは別件。むしろ本件に関してはコチラが本題となりますが、依頼に出向いた冒険者たちが次々行方不明になっている件について、ご報告させて頂きます」
「南西に赴いた7人編成のパーティが行方不明になり、彼らの捜索に向かったパーティもまた帰らず、そのあとのパーティも同様……何か潜んでいるか、地理的な要因があるのか。調査しようにも帰らぬ者がこれ以上増えても困りますな」
「拙僧がパーティを率いて調査して参ろうぞ!危険とあらば、すぐに引き返す所存!」
「すでに金等級パーティが向かって、1週間以上経てど音沙汰なし。ぼんぼん金等級が消えるのはまずいし、最悪の事態は想定しておくべきだろうね」
「金等級の不在は引き続き内密に。薄情かもしれないが、ギルドに携わる冒険者たちの士気低下を避けるには致し方ない」
「されど見捨てるという選択肢に拙僧は賛成致しかねる」
「引き続き捜索には当たってもらう。ただしこれまでの方法、つまりパーティを遠征させるだけではあまりにも危険だ。かといって大規模な捜索隊を結成しては人目を惹く……うん。また金等級パーティに出向いてもらおう。ただし彼らだけでなく、銀等級パーティもいくつか帯同させ、金等級と親密になる機会、あるいは金等級相当の実戦の場を提供する名目で人を集めてもらいたい」
「…金等級の肉盾かよ。かわいそっ」
「複数パーティによる調査には賛成ですが、銀等級が一気に減った場合もギルドの体裁が悪くなるのでは?」
「それなら良い逸材がおる。単身で快進撃を見せる銅等級冒険者がな」
「……もしかしてアデライトさんの事ですか?」
「なんだお前、知ってんのか?」
「あっ、はい!審査時にラドクリフ教官と立ち会わせて頂きまして、提出される生息分布図もまるで魔物の頭に入ったような精密さと職員の間でも話題なんですよっ」
「あ~、そいつなら俺も聞いたことあるぜ。ラドクリフのおっさんをビビらせたって男だろ?顔を隠してる胡散臭い奴って噂だけどよ」
「じゃが依頼達成数や速度には目を見張るものがある」
「……どうでしょうかね。彼を昇級させて“暫定銀等級”として捜索隊に加えるのは。単身ならば犠牲になってもトータルではマイナスになりませぬゆえ…確か初日の“不当”な昇級に、いまだ多くの冒険者が不満の意を表しているとか」
「犠牲を前提に考えるのは納得いかぬが、拙僧。是非その冒険者と相まみえたいものですな」
「断れば副ギルド長が責任をもって参加させればいいんじゃないですかねぇ」
「……誰も異論がなければ、そのように取り計らおう」
◆ギルド長の新任について◆
「……で、大学長だ有力者だって言っといて、俺らの頭はどこ行ったんだ。毎度支部の下見だって聞かされてっけどよ」
「それは混乱を避けるために設けた一時的な口実です。皆さまも薄々勘付かれていると思いますので、この際はっきりと申し上げます…レミエット副ギルド長」
「前ギルド長は横領した膨大な資金と共に忽然と消えた。捜査を進めていたが、本人も金の行方も知れない」
「…死んだとは思ぉちょったが、持ち逃げまでしてたんは初耳だで」
「内容が内容なので秘密事項にしていた。私室には砕けたガラスの像だけが残り、襲撃の線も疑ったが調査にあたり、自らの意思で逃亡を図ったという見解に達した」
「以上の経緯及び結果に伴い、前ギルド長は正式に解任、除名。本日をもってレミエット副ギルド長をギネスバイエルン総本部の長として就任いたしますが、異論のある方は?」
「異論はない。ただ副ギルド長は誰がなる?」
「慣習として冒険者係から選出される事にはなっておるがの」
「と、とととととんでもない!!ままま魔物と戦った事もななければ、まま街から出たことも、ほ、殆どっ。殆どなぃ!」
「そちらの件に関してはロジェールに前々から相談を受けていたからな。無理をさせるつもりはない……そこで金等級、上位8パーティの内のリーダーを誰か選任したいと考えている」
「……それはまた思い切った提案をするな」
「リーダーが抜けたパーティはどうするのですかな?まさか継続して金等級の仕事をしろとは言いますまい」
「残るパーティにはそれぞれギルドの役職についてもらう。冒険者として培った知識を存分に後世へ広めてもらう良い機会でもあり、そのためにも相応の立場を用意するつもりだ。軒並み定例会議にも顔を出す事になるだろう」
「…総じて顔を出す面子も減らされそうじゃがの」
「正直なところ、我々は大変危うい立場にある。資金の持ち出し含め、長年提携していた魔法大学も距離を置き始めている。しかしギルドはもはや魔物退治の専門集団ではなく、街や国を支えるビジネスにまで発展した。存続のためにも様々な改革を行なっていかねばならない」
「…具体的にどうするおつもりで?」
「街の有力者の死はこのまま隠し通せるものではない。大学からも学長の失踪はギルドの仕業だと勘繰られている。ゆくゆくは明かしていかねばならない情報ではあるが、まずは治安維持とビジネスを最優先事項とし、優秀な冒険者の育成。そして確保を確実なものにしていきたい。山賊化などもってのほかだ」
「近頃冒険者の質も低下してるってのに、難しい話をしなさんね~。新しいギルド長様はよ」
「あくまでも提案だ。依頼の達成率だけではなく、実技試験、実地試験、何でもいい。試験的に君たちベテラン冒険者の目を通して、何をもって昇級条件とするか新たに考えてほしい。古い体制のまま時代の移り変わりに臨むのは享受すべき事柄ではないからな。新人の情操教育含め、冒険者としてのノウハウを教えることも、重要となってくるだろう」
「…ギルド長。申し訳ないが、急に制度を変えた所で、果たして他の支部がスムーズに導入できるかどうか」
「一斉にではなく、まずはギネスバイエルンで実績を作り、それから広めるのでも遅くはない。各自、次回会議までに代案を検討してもらいたい」
「……1番望ましい改革、または実績を残せた金等級パーティを副ギルド長に選任するのは如何でしょうかね。ギルド長レミエット殿」
「へぇ~、おもしれーじゃん。めんどくせーけど」
「…拙僧はギルドの座に興味はないが、改革の案だけは検討しておこう」
「それでは決まりだな。南西への捜索隊は金等級パーティ“眠れる麒麟”ギンジョウに率いてもらい、銀等級は3パーティ体制。内1パーティはソロの“アデライト”を任命する」
「おぉっ!流石は新任ギルド長!拙僧の意を早速汲み取り、件の冒険者と相まみえる機会まで作って頂けるとは!!此度の件を解決した暁に万が一拙僧が副ギルド長へ就任されましたらば、粉骨砕身、全身全霊を尽くしますぞ!」
「ギルドの座に興味ないんじゃなかったのかよ!?」
「やる気があるのは構いませんが、本分を忘れないように…では議題は以上かな?それでは皆さま、長々とお疲れ様でした。解散」