108.ギルドハウス - 午前の部
冒険者ギルドでの業務は多岐に渡り、ゆえにこそ多忙を極める。
依頼発注。
清算。
新規登録。
その他冒険者並びに依頼主からの相談受付。
しかしこれらは組織全体に見られる、ほんの一部の機能に過ぎない。
周辺国からの依頼受注。
支店の建築許可。
魔物や薬草等の採取依頼で入手した素材の流通加工。
それらの取り扱い店舗の確保。
細かく分類すればキリがないが、そんな冒険者ギルドの行く末を決めるべく、ギネスバイエルン総本部5階では定例会議が開かれていた。
参加者は制服を着た若そうな職員たち。老いた職員に、歴戦の兵を彷彿させる冒険者たち。
それぞれが四角に寄せられた長机へ着席するが、会議が始まるまでの雑談は一切無い。
重い空気に若い職員の反応も様々で。気まずそうに手元の書類を頻繁に整えては、議題に目を通す者。
制服を忙しなく正す者もいたが、多くは進行役を待ち望んで入口を見つめていた。
そして待望通り扉が開かれると、全員が副ギルド長レミエットの入室を捉える中。背後から秘書らしき女が付き従っていた。
彼が足早に奥の椅子へ腰を下ろせば、その隣に毅然と佇んだ。
「皆さま。本日も冒険者ギルド定例会議にご参加頂き、誠にありがとうございま…」
「とっとと議題に入ってくれないか。我々冒険者も暇じゃないんだ」
「…承知いたしました」
前口上を無数の傷を顔に刻んだ男が遮り、一睨みで人を威圧する眼光を放つ。
しかし秘書は臆さず、気分を害したように咳払いするだけ。手元の資料に目を通せば、早速会議の進行を始めた。
◆冒険者ランクの現状について◆
「現在ギネスバイエルンの街単体における冒険者の等級比率は鉄、銅、青銅、銀。それぞれ4:2:1:3となっております。金等級はあえて除きました。新規登録者の数は未だ絶えず、おかげでギルドの経営、延いては街全体の需要と供給も安定していると言えるでしょう」
「…銅、青銅ランクよりも銀ランクが多いのはどういうわけだ?」
「魔物の生息図製作。キャラバンの護衛……面倒な仕事ばかりだから、サッサと終わらせたがってんだろうよ。俺も覚えがあるしな」
「……あくまで噂なのですがね。魔物の情報を裏で売って儲けてる輩もいるとか。分布図など、金で買えるという事です」
「護衛任務は正規の街道を通れば、襲われる心配も早々ない。商人から依頼料の値下げ要請が来ている」
「青銅等級の仕事は護衛依頼の順番待ちが問題化しています。依頼内容の規定を新たに検討した方が良いのではないでしょうか」
「冒険者たちが焦る気持ちも分かりますが、昇級制度の基準と意図。現在活躍されている冒険者含め、新規登録者へ今後説明するよう、ギルド全体の方針を変えた方が宜しいのでは?」
「基準と意図…なんだったっけか…おい!議事録に書こうとしてんじゃねぇぞ、このアマっ……今のも書いてないよな?」
「この際全員が共通の認識を持っているか確かめるために見直す良い機会なのではないかね?」
「では拙僧が説明させてもらおう!まずは“鉄”そして“銅”ランク!いずれの場合も魔物と対峙する場合、もっとも重要とされるのは素材集めではない。もちろんギルド存続をする上で商業的には必須であるが、冒険者に求められる本質はいつ、いかなる時でも問題に対処できるよう、己の能力を把握し、かつ最大限発揮できる体勢を備えること。しかし正面から相手取らず、時には奇襲を仕掛け、時には罠を張る必要もある。あるいは強敵を相手に、正面から戦わねばならない場合、もっとも味方してくれる存在。それすなわち銅等級で得た知識である!魔物の生態を把握し、棲息区域に踏み入った際の警戒。さらに弱点を見極め、分布図の製作で得た観察眼を持って周囲の環境を利用する事も求められるであろう…拙僧ばかり話していては皆もつまらぬだろう。次」
「…儂か!?ただの一般職員なんじゃが…え~、そうじゃな。“青銅”、は守りに徹する場合の立ち回りや護衛対象への指示出し。万が一の場合は戦力として依頼人に協力を要請するかもしれん。交渉能力を習得する事も求められておったな」
「“銀と金”は言うなれば厄介事処理の何でも屋。ギルドが新規参入者やスポンサーを惹きつけるための客寄せ役だ」
「全ての等級における総合力が銀、金等級で問われる、と付け加えさせてもらおう…最後の説明はともかく、今大事なのは冒険者たちの育成のために、鉄及び青銅ランクまでの依頼意義を再認識させることで皆、相違はないか?」
「……問題はないようですね。それでは先程の説明を今後新規ギルド加入者へ重点的に説明するよう、当ギルドだけでなく各支店にも義務付けます。当然説明をする職員側の教育規定にも記載しますので、一般職員と言えど内容は把握しておくようご留意ください」
「それに加えて商業係より、素材の取り方を説明することの義務付けも提案させて頂きたい。質の悪い素材に商人からも苦情が来ていますのでな。素材の収穫量だけではなく、品質に応じて報酬も変動させるべきかと」
「商業係にて、まずは料金の規定を検討。それと素材状態の具体的な基準に関する話し合いを商業組合と設けてから順次導入してもらいたい。次の議題に移ってくれ」
◆魔法大学との提携問題◆
「我々冒険者ギルドから提供している冒険者プレート。こちらは魔法大学の研究技術により成立しているものでありますが、近頃プレートの値上げ要求が跳ね上がっています。新たな研究資金を求めているのであれば、当ギルドも協力するのはやぶさかではありませんが、先方から納得のいく説明は頂けませんでした」
「知られちゃまずい研究でもしてんだろ。誰だって分かるっての」
「それが仮に本当だとすれば、問題は非公開にしてまで研究を続けている輩とギルドはこれからも協力体制を築くのか、ということ。曲がりなりにもギルドが提供する素材の多くは奴らにも提供している。万が一の不祥事を考えれば、風評はギルドにまで広がってしまう」
「…これはあくまで街に滞在してるパーティの魔術師から聞いた話なんだが、どうも大学じゃ冒険者の野盗化、もとい山賊の横行が懸念されているそうだ。冒険者ギルドは手綱もしっかり握れないのか、とな」
「へんっ、山賊にも魔術師はいんだろ?俺は見たぜ!?薄汚い連中に混じってボンボコ魔法を撃ってくる奴らをよ」
「大学より義務付けられ、現場実習の一環で冒険者をしている魔術師も多いと聞くぞ!おかげでメンバーに途中で抜けられ、パーティの戦力維持が困難になる冒険者もいると拙僧は聞いている!」
「大学に支店を建てることも長いこと拒絶され続けている。しかし先方の言う通り。確かに冒険者と言えど十人十色。皆が皆、誇りや名誉を掲げているわけではない。1人1人がギルドの代表であり、印象の良し悪しを左右することを自覚させる必要があるのではないか」
「ではそちらも等級の説明に付け加えておきます」
「そんな事したとこで、話が右から左に流れるんは目に見えちょる。辞める辞めないは当人たちの意思とはいえ、大学側にパーティから魔術師が抜けた場合の問題を直接提訴した方が良かないばい?実習の一環と言わず、正式に冒険者として従事する重要性も説いてもらわな、ウチらばかりが割を食いまっせ」
「…そういやぁよ。こいつも噂っちゃ噂なんだが、どうも向こうの学長さん。行方不明らしいぜ。それで今向こうは新たな学長の選任中ってんで、特別顧問さんも今日のギルド定例会議には参加できないってな」
「不要な勘ぐりによる関係の悪化は避けるようお願い致します。先程申し上げ損ねましたが、魔晶石も魔法大学から仕入れており、冒険者プレート同様に値上げの話が来ています」
「魔晶石がない、というのはパーティの魔術師枠が消滅する恐れ。ひいては冒険者ギルドから魔術師が消え、魔法大学が彼らを独占する形になりますな」
「…プレート、は使用しない方向も別途模索する必要があるだろう。魔晶石も現状ギルドに在籍する“信用のおける”魔術師に製法を確認し、こちらで製作できないか検討すべきだ。ただし、大学側に気取られないよう動く必要性は言うまでもないかと」
「では諸問題の解決策が見つかるまでは現状維持。先方の要求は妥協点を探りつつ、様子を見ていこう……いい時間になったな。それでは午前の会議は一旦閉じて、昼休憩後に再開するとしよう。解散」
「レミエットさん。議事録は作成済みですので、のちほど添付書類と合わせてご確認頂けますようお願い致します」
「分かった。すぐに目を通そう」