107.休みなき冒険者
事件の発端は2人目の被害者たる御者が、凍てつく覇道の“推測通り”村の出資金を横領していた事に始まった。
それらの金で購入した貴金属を着々と貯め込み、時が来たら安酒場で雇った冒険者に運搬と護衛を依頼。長閑な村から脱出するのも目前だったらしい。
しかし運悪く村が魔物に襲われ、それも被害に遭ったのは戦利品の隠し場所。
当然慌てたが、一方でピンチはチャンス。これで冒険者を村に呼ぶ大義名分が生まれ、戦利品を運ぶ人手を堂々と招けるというもの。
加えて彼らの到着後は案内人を務め、御者が魔物に襲われた事にすれば“名誉ある死”と引き換えに自由を。
冒険者は人命を奪った怪物を討伐し、村を救った英雄の称号を授かる。
完璧な計画に誰も傷つかず。互いに十分な利益を得られるはずだったが、被害に遭った畑に誰も近付かないと高を括ったのが運の尽き。
魔物討伐を依頼する前に冒険者を密かに村へ運び。“英雄”として注目を集める前に財宝を掘り起こしていたが、防護柵の設置調査に来た鍛冶屋と鉢合わせてしまう。
当初は嘘八百を並べる抵抗を試みたが、横領はとっくに見抜いていた事を彼の口から知らされた。
質の悪い製品の修理。
街での価格比べ。
疑うには十分な判断材料を持ちながら、おかげで自身の商売が儲かっていた事実。加えて魔物被害に怯える住人を、不安に陥れるのも得策ではなかった。
だが蓄えた金の在り処も分かった今、もはや隠し立ては不要。己の隠匿も含め、村長に報告すると告げた彼を冒険者たちがその場で捕らえた。
御者が懸命に山分けを持ち掛けても、首が縦に振られる事はない。
よって御者の筋書きが強引に一部変更され、気付いた時には鍛冶屋の屍が畑に横たわっていた。
貴金属は森に隠し、魔物の足跡を偽造した冒険者たちは身を潜め。その後は予定通り御者が魔物の討伐依頼にギルドへ向かった――と。
そこで“元”冒険者たち。もとい、ならず者の供述は終わった。
それ以上は思い出せず、頭の痛みを訴える彼らだったが、以降の出来事は証言が無くとも予想はつく。
思わぬ事態によって御者は計画を断念し、ギルドの依頼時に冒険者を指名しない事が彼なりの贖罪だったのだろう。
だが共犯者全員がお宝に目が眩むあまり、もっとも重要な事を失念していたらしい。村の畑を最初に襲った、黒い縞模様の繭に眠る“ネグレクトベービー”の存在を。
(……まぁ、全ては丸く収まって良かったんじゃないか?)
物思いに耽っていたアデランテが顔を上げれば、番号札と掲示板を交互に見つめる。その間もギルドのロビーの壁で身体を預けるが、浮かぶのは数日前に携わった村の事ばかりだった。
村を襲った魔物は通称“ネグレクトベービー”。
小屋内の異様な光景を前に。教本の挿絵で見たと話したリプシーの説明では、巨大な蛆の姿をした魔物は人の体躯を遥かに凌ぐらしい。
繭に浮かぶ黒い縞模様はその証だが、特筆すべきは他の生物に子育てを託す生態にあること。
特殊なフェロモンを発して、魔物や人間に獣。
あらゆる生物が幼虫の防衛から餌取りを担い、最後は畜主を喰らって繭状に変化。人半分ほどの大きさに育った成体は、新たな“親”を探して巣立っていく。
森に潜伏したならず者たちは見事に誘惑され、村に戻った御者を献上したのだろう。しかし都会に被れた香水だらけの彼に、魔物も食指が湧かなかったらしい。
無法者の人数が合わない事から、代わりに御者を刺した男が喰われたと推測。その後は木上に建てた拠点に営巣され、護衛の役目を果たしていたようだ。
発見した小屋は繭ごと焼き払い、村の脅威は一夜にして終わりを告げた。だがもしも気付かず、冒険者たちが街へ帰っていれば。
依頼を終えたと誤解したまま、村やギルドへ報告していたら。
羽化した魔物は小屋を牙城とし、村は一月と経たず消えていたろう。巣の規模によっては金等級すら派遣されていたかもしれない。
それからは“元冒険者”による殺人や不正取引。村に出現した魔物の種類を鑑み、事態を重く見たギルドは中規模の銀等級冒険者を派遣した。
御者の“埋蔵金”は村へ返還され、無償で地域一帯の徹底調査を実施。冒険者が携わった被害も補填され、慰謝料も速やかに支払われた。
一方活躍した冒険者たちは、魔物を始末した翌朝には村長へ“全て”を報告。話を聞いた彼は今にも倒れそうだったが、村の平穏が何より大事なのだろう。
何度も礼を述べる彼に被害届を出すよう推奨し、書状を携えて戻った一行は重要参考人として拘束される。
事情聴取に数日はギルド指定の宿に閉じ込められ、その間も凍てつく覇道の面々は、初めての依頼達成に喜ぶ暇も無い。
強行軍に身も心も疲弊していたが、軟禁生活が良い休息になったのか。ようやく解放された頃には悟りを開き、根本的に思考や精神面が未熟であった事。
現状では“護衛”の足手纏いでしかなく。ゆえに等級が下がろうとも、じっくり腰を据えた成長を目指すと。
分不相応な背伸びは死を招くだけだと、精悍な顔つきで告げられた。
そんな彼らの決定を否定するはずもなく、報酬を受け取れば雇用契約の切れた赤の他人。それでも舎弟の如く頭を下げた彼らは、新たな1歩を踏み出して去ったのだった。
若人の新たな旅立ちに笑顔で送り出したが、一方のアデランテは殆ど見聞きしていただけ。不完全燃焼ゆえにギルドへ向かい、新たな依頼を受注する事にした。
リプシ―たちが知れば、きっと目を丸くした事だろう。
【――此度の件。貴様が戦闘以外の能力を有する貴重な証明となった】
(…褒めてくれてるのか?それでも私1人じゃ何も出来なかったし、結局はウーフニールと、あの連中頼みだったからな)
【だが全ては貴様の指揮下にあった】
(私が人の話を聞くのが苦手なのは、お前が誰よりも知ってるだろ?身体も全然動かせないし、その分口を動かして気を紛らわせていただけさ)
チラッと掲示板を見つめるが、一向に番号札の数字に近付かない。嘆息を吐けば紙を丸め込み、再び思考は村の案件に埋没する。
そもそも人の話をまともに聞いていたのは、せいぜい行きの馬車だけ。
御者から付近一帯で魔物を見かけない事。加えて村長の曖昧な目撃証言から、当初は魔物がいないものと決めつけていた。
それでも騎士団時代の捜査手順を必死で追う最中。畑に残った足跡を映像化され、ようやく魔物の存在がアデランテの図式に当てはまった。
(…正直足跡なんて肉眼で追えない程ぐちゃぐちゃになってたけど、ウーフニールの眼は誤魔化せないからな。偽装の線をずっと疑ってたのも、最初に見えた雲みたいな物ですぐに吹っ切れたんだ)
【魔物が潜む位置は最終的に分身で発見に至ったが、いずれも貴様が導き出した結末だ】
(お前がいなかったら完全に人災だと思ってたって)
チラッと掲示板を一瞥しても、番号札の数字には掠りもしない。
結局のところアデランテも、凍てつく覇道のメンバーに同じ。口を閉ざしていた事を除けば、証言や現場に振り回されたピエロでしかない。
ウーフニールの報告があって、初めて確信へ近付くに至っただけだった。
(戦闘がなくて身体が少し鈍ってるけど、アイツらを守りながら…というより、指導しながら依頼を進めてたら、それこそ骨が折れたろうからな。護衛の依頼も満足してもらって、村も平穏を取り戻した。私らの完全勝利だろ!)
【焼いた魔物を喰らっていれば、より真実に近付く事も出来た】
(勝手に私らが森に飛び込んで、一足先に処理するわけにもいかないだろ。魔物が…え~っと、なんて名前だっけか?)
【ネグレクトベービー】
(事件の中心にいたソイツがいる事をパーティの全員に見てもらう必要があったし、解決の依頼を受けていたのは私らじゃない……護衛の依頼自体はともかく、助言しろって仕事は今度から御免被りたいところだな)
【だが貴様は受けるだろう】
(…そうなんだよなぁー……面目ない)
深い嘆息を吐きつつ、顔を上げればザッと辺りを一瞥した。
アデランテ同様に依頼を待つ冒険者が群れ、人の数だけ協力要請の機会も増える。
結果としてウーフニールを不機嫌に。そしてアデランテの神経を摩耗させる事になるだろう。
身体をうーんと伸ばせば、隣にいた冒険者がギョっとし。しかし目が合う事はなく、一息吐く頃には心機一転。
思考は次の依頼へと向けられていた。
(仕事をサッサと終わらせたら少し休んで…いや、ウーフニールの部屋を探索し尽くすぞ!)
【騒ぐならば締め出すまで】
(大人しくするから安心してくれって。少なくとも視界に入ってる時は静かにしてるからさ)
【番号】
隣人に入室許可を求めた刹那、脈絡のない単語に一瞬疑問符が浮かぶ。直後に腕が独りでに動き、視界に入った番号札で自ずと彼の意思も伝わった。
掲示板を見ながら壁を離れ、素早く雑踏を抜ければ受付の前に佇む。
「それでは番号札を受領させて頂きます。すみませんがお名前を教えて頂けますでしょうか」
「アデライトだ」
「ありがとうございます。登録番号もお願いできますか?」
「…え~っと…【961461】だ」
「かしこまりました。それでは次の依頼…あっ」
それまで笑みを浮かべていた職員の表情が一転。手元の書類に目を通すや、途端に忙しなく視線が泳ぐ。
何度もアデランテと紙面を交互に見つめれば。勢いよく立ち上がった職員は、困惑する当人を尻目に事務所へと案内する。
説明も無く連れられたのは小さな個室で。奥の椅子に座れば、別の職員がお茶請けと飲み物を置いていく。
当然それらは瞬時に胃袋に消え、暇を持て余せばサッと周囲を観察した。
見覚えのある空間に記憶を手繰るまでもない。そこは適正審査後に連れ込まれた尋問室であり、アデランテの顔を瞬く間に曇らせた。
「……最後の依頼で何かやらかしたか?特別怪しまれるような行動はしてない…はずなんだけどな」
【“凍てつく覇道”による苦情の可能性】
「うそだろぉ?アイツらとは最後に爽やかな感じで別れたんだぞ!?それともあの笑顔はウソだったのかッ?」
【ウーフニールが観察する限り、貴様に落ち度は見受けられない。先日の依頼に関する追加の聞き取りを行なう可能性も高い】
「…追加って、これ以上話す事もないんだけどな」
腕を組み、背もたれに身体を預けながら検討してみるが、事務室の一画に閉じ込められる要因が思い当たらない。
首を傾げ、唸り声を上げ。
やがて扉が開かれると、意識は入室した2人の男に向けられた。