表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/269

106.謎解きはディナーの前で

(――…何でみんな私を見つめてるんだ?)


 物思いに耽っていた最中。腹底の燻りに応じて意識を現実に向ければ、冒険者一行の視線はアデランテに集中していた。


【辿り着いた死者2名の真相について、貴様の結論を求めている】

(……かいつまんで教えてくれ)


 フードが無ければ動揺を悟られていたろう。キュッと端を降ろせば、死体の運び手2名が犯人である事。

 そしてギネスバイエルンの街を起点にした、陰謀論が展開された旨を示唆された。

 

 熱心に取り組む姿勢に思わず感心し、頻りに頷いたのがまずかったのだろう。彼らの表情はパッと明るくなり、しかし次に放たれた言葉で顔色が曇った。


「興味深い見解だが、私の話も聞いてもらえるか?」

「…ハズレ、って事ですか?」

「ひとまず聞いてくれ。君たちも言ったように私は護衛で、助言しか出来ない身だ。話を聞いてから判断してもらえると助かる」

「……それで、アデライトの話とはなんだ?」

「話、よりは質問が先だな。まず魔物の足跡を偽装する事は可能なのか。それと2人目の被害者は金回りが良かった事は知っているか?」

 

 唐突な問いにキョトンとし、ペルカとエントに視線が集まる。悩んだ末に複雑な表情を浮かべれば、偽装自体は不可能ではないと呟く。

 だが無数にある畑の足跡から、手間を考えると相当な時間と根気が必要である事。仮に本物であっても、魔物の種類は判別できないと返す。


 それと同時に彼らの提唱する偽装説が揺らぎ出すが、すかさずリプシーが2人目に関する情報源をアデランテに問えば、行きの馬車で聞いていた事を伝えた。


「…いつそんな話があった?馬車に乗っている時も僕たちはずっと一緒にいたはずだ」

「雑談をしているように見えたろうから、気付かなかったんじゃないか?御者は職業柄、地理に関しては冒険者よりも詳しいし、色んな人と話すからな。出現する魔物や近辺での問題事。情報収集をするなら彼らに聞くのが1番手っ取り早い」

「……それでも金回り云々って、依頼人が死んだのを知ったのは俺たちが着いてからだぞ?それじゃあ、まるでアデライトさんが最初から事情を全部知ってたみたいに…」

「私も依頼人の事なんて知らなかったさ。ただ鍛冶屋の一件で村には近付きたくないとボヤいていたからな。運んでくれた礼に荷物を届けようと申し出たら、色々話してくれたんだ」


 肩を竦めるアデランテに呆然とするも、まだ仮説の根底が崩されたわけではない。思わぬ情報源に驚かされたが、金回りの良さが殺人を招いた可能性もある。

 それならば村長の息子にも、動機はまだ十分残されていた。


 

 しかし話はそこで終わらない。


 2人目の犠牲者は頻繁に街で貴金属を購入し、御者仲間も最初は女絡み程度の認識だったが、彼は村専従の運び屋。

 大した稼ぎもないはずの彼が、どこから金を捻出できたのか。


 “副業”という言葉が掠めるよりも早く、最初に浮かんだのは犯罪の香りだった。


「…村から接収したお金を横領していた、という事でしょうか。話を聞く限り、ギネスバイエルンとの商い交渉は御者が一任されていたみたいですし」

「そうなれば住人は全員動機がある。購入された道具は質が悪いと言っていたし、安物を買った差引額で儲けを得ていたなら、貴金属の話も納得だ。ただ鍛冶屋が御者とは別に街と直接取引をしていた。当人がその事実を知ってもおかしくは…」

「そもそも安物の修理でそこそこ儲かってるはずだろ?なら御者と鍛冶屋は最初からグルで、金の分け前で争いがあったって考えるのが自然じゃないか?」

「第一の殺人がそうだとして、それなら第二の事件は何故起きた?住人が殺って、そいつが魔物の仕業に見せかけたとでも?」

「……何で御者はギルドに依頼を出したんでしょうね。彼が犯人なら冒険者は雇ったけど発注に時間が掛かるって嘘をついて、貴金属を持ち逃げする事も出来たわけじゃないですか。馬車もあるわけですし」


 再び活性化した凍てつく覇道の議論も、ネタ切れですぐに沈下してしまう。だが徐々に近付きつつある真相に、スクっと立ち上がれば自ずと視線も集まる。

 それから指先で誘えば、羊の如く彼らはアデランテの後を追い。やがて村外れの畑を通り過ぎると、さらに奥へ進んで森の中に入っていく。


 続けて武器を取り出すよう伝えれば、瞬時に冒険者たちに緊張が走った。先も見通せない暗がりに喉を鳴らし、一旦戻ってランタンを取ってくるか。

 あるいは即席で松明を作る事が提案されるも、アデランテはすぐさま却下する。

 

「身を低くしろ。今から暗闇に目を慣らす時間を作るから、目を閉じて声を抑えるように」


 説明はなくとも魔物退治に行く事は明白。不安に駆られつつ護衛を信じ、固く瞳を閉じる間もアデランテは警戒を怠らない。


 だが視線は自然と頭上の枝に止まるカラスへ向けられてしまう。


【なぜ移動を開始しない】

(これも実地訓練の一環さ。それに自分たちの力で依頼を果たせるよう、付き添うのが私らに課せられた仕事なんだ。なるべく手は出さないようにしたい)

【ウーフニールの先行を止める理由も訓練の一環なのか】

(私らだけズルをするのも良くないだろ?それに行き先の状況を知ってたら思わず口走りそうだし、“護衛”も依頼の内に入ってるんだ。念の為に頭上から見張っていてくれ)


 ニコリとカラスに微笑みかければ、嘴は明後日の方角へ向く。内側からは泡沫が如き唸り声が湧き、ついクスクス笑えば冒険者たちが反応する。

 瞳は閉じられたままだが、聴覚は研ぎ澄まされたらしい。すかさず目を開けるよう指示し、暗闇に慣れたか問えばぎこちなく頷かれた。


 十分な返答とは言えないが想定の範囲内。夜間の探索にも慣れるように。

 そして事件の早期解決を図り、彼らが支払った護衛代の元を取れるよう、存分にアデランテを使うよう進言した。

 ただし危険な場合は即座に引き返す旨を付け加えれば、一同に安堵の表情が浮かぶ。


 了承を得たところで再出発するが、いまだ緊張が抜けない彼らはまるで玩具の兵隊。木の上から見る限り、冒険者と言うより肝試しに来た子供のように見えた。



 それでも彼らは銅等級の冒険者で。おっかなびっくり進む足取りも、徐々に慎重なものへ取って代わる。

 周囲を警戒する眼差しや、武器を握る姿も様になってきた。


 時折前方だけでなく、空からの奇襲。それから周囲の状況や地面の痕跡を見逃さないよう伝えれば、慌てて彼らは視線を泳がせる。

 松明でもあればもっと見え、昼間なら茂みの少し向こうまで見えたろう。


 だがどちらの場合も敵に補足される危険性が孕み。明かりを目印に射抜かれたくなければ、暗闇の行軍に慣れるよう言って聞かせる。

 そして可能ならば魔物や人の痕跡を確認できる程度の余裕は持つ事。

 進む先をしっかり見定める事。


 そうすれば木の根で転ばずに済む事を告げれば、ぴくりとエントが反応を示す。しかし疑問符が浮かぶ前にアデランテが足を止めるや、マスクの前で指を1本立てた。


 瞬時に冒険者たちは緊張の渦に捕らわれ、武器を握りしめる音が耳元に響く。

 アデランテを見る者もいれば、周囲を頻りに見回す者もいたが。彼らの視線はやがて地面を何度も差すアデランテの指先を辿った。


 繰り返される動作に屈んだまま近付くが、互いに頭を突き合わせたところで、影が邪魔で何も見えない。 

 仕方なく交代で確認させ、地面に触れるギリギリの位置で掌を触れさせる。リプシーやインウェンも実践するが、困惑した様子で手首を左右に揺らすだけ。

 だがペルカとエントはハッと顔を上げるや、アデランテの発見に気付いたらしい。


「…人の足跡があります。でもこんな場所に一体誰が…」

「僕の素人考えで悪いが、2人の物ではないのか?森へ偵察に行ったのだし、怯えて家から出て来れない住人の足跡では無いだろう」

「これでも普段から偵察を担ってるので、自分の足跡くらいは覚えてますよ。迷子にならないようにしたり、他人の物とごっちゃになったりしないように…もちろんアデライトさんの足跡でもありませんね」

「上出来だ。それでは次の質問に移る…この足跡、何処へ向かってる?」

「それは~…あっちの方角です」


 唐突な問いに驚きつつ、ペルカの同意を受けて進行方向の左へ曲がった所を指差す。

 しかし足跡の主が誰であれ、こんな森の奥深くを歩いているのは不自然すぎる。物証に興奮するリプシーを諫め、他に足跡の情報はないか改めてエントたちに問う。


 すると質問に心当たりがあったのか。再確認する事もなく、少し間を置いてから互いに見合わせた。


「……確証はない。と言うよりも、あまりに不自然なので言うか迷ってたのですが…」

「気にせず話してくれ。森の事も、現状も、私たちよりも遥かに情報を把握しているのは君たちなんだ」


【訂正を要求する】

(言葉の綾だって。村のこと含めてウーフニールの知識量に勝てる奴がいるもんか)


「…なんかこの足跡。ぐるぐる回ってるような感じがするんですよ」


 言葉を選んでか。あるいは不気味に思ってか。

 恐る恐る話すエントの言い回しに、視線が一斉にアデランテに集まる。


 次の指示や助言を待っていたようだったが、改めて“護衛”である事を念押す。


 何かあれば助け、危険ならば止める。それだけはハッキリ線引きし、与えられた情報にリプシーたちがどう判断するのか。

 お手並み拝見といった様子で腕を組めば、ようやくパーティとしての機能を思い出したのか。

 

 まずは周回していると思われる足跡から離れ、茂みに1度退却した。あわよくば足跡の主が通りかかるのを待ったが、ふいにペルカがインウェンの脇を小突く。

 頻りに手や腕を使い、何かを訴えだした。


「……ぐるぐる回ってるなら、何かを守ってるんじゃないかって?」

「探し物…ではないですよね。その割には足跡が一定の方向に進んでますし」

「恐らく拠点の類だろうな。人間の足跡があるのなら…ただ殺人事件が遭った村の近くというのは、あまりにも出来過ぎてる」

「…まさか複数犯?」


 魔物による線は消えた。代わりに山賊の存在が捜査線上に浮かび、想定外の事態に明らかな狼狽を見せる。

 しかし全く物怖じもせず、静かに見守るアデランテを前に冷静さを取り戻した。 


「…仮に山賊相手だとしても、僕たちの戦術まで変わるわけじゃないだろう」


 リプシーの一言に全員が頷き、まずは敵勢力の把握。それから“凍てつく覇道”が対処しきれる相手なのかを分析し、作戦を綿密に練る。


 良いチームワークに微笑ましさすら覚えるが、気付けば二手に分かれる話へ発展。周回する中心点に拠点がある可能性から、偵察組は調査へ。

 見回りはリプシーたちが待ち伏せる運びとなった。


 何かあれば応援を呼ぶ旨を残すエントたちに、慌ててアデランテは制止を呼びかけた。


「おまッ…君たち!魔物がいる事も忘れてはいないか?」

「…まもの?」

「畑から這ったような足跡を追ってココまで来たんだぞ。まさか気付いてなかったのかッ?」


 疑問符を浮かべるも束の間。一瞬呆けた彼らはすぐさま地面を確認し、薄っすら残った歪な移動路に気付いたのだろう。

 予期せぬ情報に焦燥の色を浮かべるが、不思議とリプシーだけは落ち着き払っていた。


「……作戦に変更はない。まずは敵勢力の把握。それからどう動くかは、アデライトを交えて戦略を練る」


 冷静なリーダーに驚く一方で、反論を挟むメンバーはいない。彼の指示に従うや、偵察組は素早く森の奥へ去っていく。

 同時に2人分の温もりも消え。吹き込む夜風に身震いすら覚えたが、リプシーを襲った悪寒はそれだげが原因ではないだろう。


「…お疲れリーダー。柄にもない事をして震えてんのか?」

「うるさいぞインウェン」

「まぁまぁ。私たちも作戦通り、見張っていないと彼らに遅れをとるぞ?」

 

 小声とは言え、万が一見回りが通りかかれば気付かれる。意地悪く笑うインウェンと彼を睨むリプシーを宥め、再び見張りの任に就いた。

 先行した2人はウーフニールが追い、一見落ち着き払った素振りを見せてはいたが、片手は常に剣を握り締めていた。

 


 脳裏に浮かぶのは、魔物と人間が共謀する光景で。以前もトロールを捕らえた山賊の穴倉を襲撃し、悪趣味な催しでオーガを操る輩までいた。

 片田舎で何を企んでいるか判然としないが、すでに死者が2人も出ている。冒険者が嗅ぎ回る中で移動もせず、平然と待ち構える様相は不気味でしかなかった。


 少なくとも共謀説そのものはリンプラントにもよぎり、咄嗟に不安を強がりとは言え。瞬時に取り払ったリーダーは流石だろう。

 教官ならば加点していた所だが、力むインウェンたちに声を掛けようとした刹那。


「――ッ!?お前たち、私のあとについてこい!!」


 突然立ち上がったアデランテに怯え。だが話す暇もなく飛び出せば、彼らも護衛に追従するほかない。

 潰れた茂みや折れた枝を必死に追っていたが、一方でアデランテが振り返る事は無かった。


 視界の端の画面には5つの人影が映り、その内2人はエントとペルカが背中を合わせて武器を構えていた。

 しかし彼らを囲む男たちは武器こそ抜いているが、身なりや面構えから発しそうな罵詈雑言を吐く様子も無い。それに映像では木の上から飛び降りるように出現し、彼らの身体に張り付く糸玉もまた不可解極まり無かった。


「また蜘蛛の魔物でも現れたのか?人間を操れるなんて聞いてないぞ!」

【情報不足】

「他に敵は?見回りの奴とかいたろ!?」

【確認不可】

「~ッ、大体何で察知できなかったんだ!お前なら事前に連中を警告する事だって出来たろッ」

【冒険者に探知されず、かつ貴様に事前情報を伝えるなと制限されていた。全ての原因は無用な条件付けにある】 

「だぁーッ!!私が悪かったよ!だから何かあったらすぐ助けに入ってくれ!」


 背後の足音が遠いのを良い事に、堂々と会話していた矢先。前方から響く戦闘音に加速すれば、迷わず剣を抜いて眼前に佇む男を斬りつけた。


 骨が砕ける音はしても、血飛沫が跳ねる事はない。武器を持つ腕を無力化し、振り返る前に入れた蹴りの一撃で1人は轟沈。 

 直後に己の知覚とウーフニールの警告に見上げれば、木上から新たに2人出現し。やはり糸の塊を節々に纏っているが、エントやペルカは各々が相手をしていて手一杯。

 必然的にアデランテが対応すべきなのだが、ふと振りかぶった剣を止めた。


 襲撃者の一閃も仰け反って躱し、2人相手に手も足も出さない。


【何をしている】

(今に分かるって。あっ、ちゃんと2人の様子も見張っといてくれよ?)


 唸り声と共に風切り音が耳を掠め、時折肉眼でも彼らの奮闘を確認する。

 

 動きは粗いが経験は若さで補われ、油断しなければ負傷する心配もないだろう。それでも力任せの一撃は軌道こそ読みやすいが、当たれば致命傷は必至。

 対人能力を図るべく観察を続けるが、唐突に漂った冷気が地面を伝うや否や。直後に突き出した氷塊が男を弾き、影から飛び出したインウェンが敵を牽制する。

 選手の交代を合図に戦闘を離れ、息を切らしたリプシーを視界に捉えるも、彼の手番は終わっていなかった。


「“時の流れを止めよ!身をもって休め!我が名をもって命じる。凍てつく水晶の主よ!!”」


 杖で地面を突き、先端から氷の礫が騒がしく弾けると同時。自前の反射神経が警鐘を鳴らし、咄嗟にその場を飛び退いた。

 視界の端にも“凍てつく覇道”のメンバーが離脱する姿を捉えるが、一方で敵は直前まで誘導され、中心に集まっていたらしい。


 次の瞬間には地面が凍り付き、男たちの足がその場に固定される。身動きを封じられるや、次々バランスを崩して前のめりに倒れ込んでいった。

 すぐさま氷を砕かん勢いで起き上がるが、それぞれが後頭部に一撃を見舞われ戦闘終了。後には静寂と息切れ。

 さらには火照った身体を癒すには十分すぎる冷気が、一帯を物言わず漂っていた。


「…せめて警告してくれても良かったんじゃないのか?」

「何をするか叫べば敵にまで警戒される。それにアデライトほどの冒険者なら、事前に察知できると思っていた」


 茂みから顔を出すアデランテに、木に寄り掛かったリプシーが告げる。初めて笑顔を見せた彼につられ、見回せば全員が一仕事終えた空気に酔いしれていた。

 そのまま見守っていれば、誰かしら笑い出していたろう。


 だが“護衛”はすぐさま思考を切り替え、突如リプシーに迫れば驚いた彼が身じろぐ暇も無く。強引に地面へ引き倒せば、直後に彼の首があった位置に斧が突き立てられた。

 瞬時に声を殺した悲鳴が聞こえたものの、誰が発したのか特定している暇は無い。奇襲を掛けた男をすぐさま刃先で突き飛ばし、木に全身を打ち付けた所で力なく倒れた。


「最後まで油断は大敵だ。見回りがいると最初に確認したろう?それと連中をいますぐ縛り上げて、逃走や抵抗に備えてくれ」


 固まるリプシーたちを尻目にアデランテは毅然と話し。再び新人の顔つきに戻った一行は、ペルカが引っ張り出した蔦で男たちを拘束していく。

 その間も周囲の警戒は続けられ、やっと一段落かと思えばアデランテが1つの疑問を投じた。



 頭上から降ってきた男たちは、一体何処に潜んでいたのか。


 

 当然木の上だとエントは答えるが、見上げたところで頭上は暗闇が根差していた。

 すかさずリプシーが光源呪文を唱えれば、眩い光が一瞬視界を奪い。徐々に慣れてくると目を凝らし、程なく1軒の小屋が建っている事に気付く。


 すぐに武器を構えるや、リプシーの合図でエントたちが素早く木を登る。精鋭さながらの動きで室内を警戒し、動きを止めた彼らは互いに見合わせた。

 それから備え付けのロープを投げれば、頭上の安全は確保したのだろう。


 まずはインウェン。それから自力で登れないリプシーを引き揚げ、最後はアデランテの番のはずだった。

 しかし見下ろしても姿はなく、全員が顔を上げると同時に彼女の姿を木上で捉えた。


「…どうかしたのか?」


 知らぬ間に駆け登っていたのか。平然と隣に佇む姿は心臓を止め、開いた口も塞がらない。

 幸い短い付き合いのおかげで、疑問を言葉にする事も憚られ。何よりも一行が注意を向けるべき先は小屋の中。

 途端に視線を移せば恐る恐る扉を開き、光源魔法が室内をゆっくり照らし出す。



 最初に感知したのは、むせ返すほどの甘い香り。頭痛すら覚える刺激に頭を抱えるが、一面に張り巡らされた白い糸が。

 触れるとあっさり千切れる程脆い糸の中央に横たわる、黒い縞模様の繭が彼らの注意を否応なく惹いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ