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105.凍てつく推理

 スケープゴートの姿を。正確には魔物の形跡が発見されなかったと報告するエントに、リプシ―たちは戸惑いを隠せない。


 殺人者の存在がますます濃厚になり、村への滞在にも難色を示し始めるが、“拠点”に戻ろうとする彼らを。リーダーの首根っこを掴むや、強引にその場から引きずっていく。

 リプシーの抵抗も虚しく、ズルズル連れていかれる様相に誰も口も挟めない。


 前庭からはシャベルも数本掴み。村外れに連行した所でようやく解放したが、咳き込むリプシーがアデランテを睨みつけた直後。

 足元で盛り上がった2つの土くれが、怒鳴りかけた言葉を呑み込ませた。


「――…村長から許可は得ている」


 そう告げると柔らかな土にシャベルを突き刺すアデランテに。冒険者たちも不快感と困惑を覚えたが、何もせずに傍で佇んでいるわけにもいかない。

 夜中に墓を荒らす様に辟易しつつ、各々がシャベルを取れば黙々と土を掘り返していく。


 やがて目当ての“物”も見つかり、込み上げる吐き気を堪える一行をよそに、サッと死体を改める。


「こうして実際に見て、何か気付く事はあるか?」

「……どちらも人に殺された死体だ」

「魔物の仕業だと言っていたのは君たちだ。どうして急に意見を変えた?」

「エントたちが偵察に行って魔物はいない事を確認している。そうなれば僕たちはこれから魔物討伐ではなく、犯人探しに主軸を当てる必要がある」

「俺たちで解決するか、衛兵に出張ってもらうか…ひとまず拠点に戻ってから考えて…」

「遺体も検証していないのに早計だろう。ほら、もっと近付いてだな…」


 宴の席へ誘うように声を掛けるが、1歩も進まない彼らを尻目に墓穴へ屈み込む。

 

 1人目の腐敗具合はともかく、御者の衣服をめくれば乱雑な刺し傷が目につく。魔物の仕業にしては角度が一定せず、咀嚼痕よりも切り傷が多い。

 加えて土や腐肉に混じり、微かな香水の匂いが鼻腔を掠めた。


 新たな発見を共有すべく一行に振り返るが、彼らもすでに限界だったらしい。

 

 1日の調査による疲労も手伝ってか。嗚咽を抑える彼らに口を閉ざし、再度墓を埋め直すよう指示する。


【軟弱】

(そう言ってやるなって。初めの内は誰だって慣れないもんだ。数をこなせば、こういった荒事にも対処できるようになるさ)

【貴様はいくら変異すれど、脈拍の上昇や肉体の強張り。挙句に声を押さえる等の改善がまったく見受けられん。いつになれば慣れる】

(そ、ソレとコレじゃあ話が違うだろ!?)


 掘り返した時よりも早い時間で作業を終え、墓荒らし一行も各々帰路に就く。着々と情報も集まりつつあり、あるいは今日中に解決できる可能性もある。


 住人からの情報収集。

 魔物の生息調査。

 十分な戦果に1人頷くや、ふいにインウェンが横に並んだ。


「…アデライトさんはどう思ってるんだ」

「んー聞き込みと偵察をもう1度やれば、真相も明るみに出ると思う」

「本当か?……じゃなくてっ、アデライトさんから見た俺たちの総合評価だよ」


 驚愕はすぐに曇り、忙しなく武器を弄っては手放す事を繰り返す。死体を見たがために、ますます殺人鬼の存在が頭から離れなくなったらしい。


「…模擬戦じゃボロボロにされて、その相手に護衛って名目で同伴してもらいながら指図を受けてる…ギルドが知ったらどうなるかって思ったんだ」

「ボロボロにされた事は誰も知らないんだから、そう気にするな。それに私はあくまで“助言”の立ち場だろう?それを採用するかしないか、どう行動するかは依頼人である君たち次第だ。私をうまく使ってると思えばいい」

「……それでも魔物退治って躍起になってみれば、今度は殺人事件って聞いてビクビクして…コロコロ考え方を変えて、正直自分でも…いや、パーティ全員が同じ事を考えてる。単純でおめでたい頭してる、ってな」

「集中している証拠さ。懸命に取り組むのは良い事だ」

「………実は前にパーティ解散の話まで出たんだよ。リプシーは許さなかったけど、がむしゃらにやってるだけじゃ、近い内に死人も出る。そうすれば依頼なんて2度とまともにこなせなくなる。そんな俺たちがアデライトさんにはどう見えて…」

「…迷うことも仕事の内。間違うことは人の業だッ!」


 パーンっ!、と。

 徐々に小さくなるインウェンの背中を叩いた拍子に、全員が目を見開く。おかげで丸まった身体は真っすぐ伸び、地面を眺める顔は1つもなかった。

 顔色は依然優れないが、唐突な行動が陰鬱な空気を吹き飛ばしたらしい。


「私も昔は訓練官にボコボコにされてな。手が血塗れるくらい努力しても、まだ勝てなかった。頼まれた仕事も上手くこなせない、人に言われた事もキチンと出来ない…要するに問題児と言われて、関わった人には必ず迷惑をかけたもんだよ…考えるより先に口が出て、怒鳴るよりも先に拳を突き出して、規則もろくに守れなくてな。1人じゃ絶対に行動させてもらえなかった」

「…どうやって……その、今のアデライトさんになれたんだ?」

「失敗を繰り返したのさ。何度も何度も、何度でも…ただ周りに人がいてくれたおかげで、成功させないと申し訳が立たなくなってな。がむしゃらに頑張った結果が今の私だよッ」


 黒歴史を自信満々に告げたのは迂闊だったろう。それでも表情が見えずとも、風通しを良くするには十分だったらしい。

 各々が顔を逸らして物思いに耽り、語った失敗談が役に立ったのなら幸いである。



 しかし訓練官は勝つ前に戦死。迷惑をかけた人々も恩を返す事なく、戦地か岩の下で命を落とした。

 “凍てつく覇道”の面々を尻目に、底知れない冷気が心中を吹き荒れる。


【人間】

(悪かったって。少し昔を思い出してたんだ…すぐ元の調子に戻るから、もう少し待ってくれ)

【記憶を振り返る行為は“悪”ではない。貴様がウーフニールに無駄な罪悪感を覚える前に釘を刺したまで】

(……こんな時だけ優しくするなよ。周りに人がいるんだぞ?)

 

 顔を振って火照った目頭を冷まし、一息吐けば同じく整理がついたのだろう。気付けば凍てつく覇道のメンバーが、熱い眼差しをアデランテに向けていた。

 

「…これからどう動くんだ」


 いつもの高圧的な声音ではなく、まるでパーティの一員のような問いかけに。短時間で起きた劇的な変化に目を瞬かせれば、自然と笑みが綻んでしまう。


 しかし覆面で表情が見えるはずも無く、岩場に腰を下ろせば十分意思も伝わったらしい。それぞれが空いている場所に身体を落ち着けると、星空の下で冒険者会議が始まった。

 

「…さて、偵察組は村の話を一通り聞いたな。捜査組も森の様子はあらかた聞いた。2つの情報を照らし合わせて、何か見えてくる物はあったか?疑問でも何でも構わない。見落としがないか、互いの粗を探るのでも良い。思った事を口にしてみてくれ」


 ザッと見回しつつ、場を改めたのも束の間。ざっくばらんな指示が一同を面食らわせる。


 おかげで沈黙が流れたものの、やがて瞳が一斉に泳ぎ出せば、恐らく頭の中の引き出しを漁り始めたのだろう。

 情報を管理する“司書”がいなければ時間も掛かるだろうが、程なく顔を上げたエントが手を挙げた。

 

「……住人から魔物の具体的な話とか、出ませんでした?」


 丸1日探索しても魔物がいなかったとは言え、何かしら発見に繋がる目撃証言はなかったか。

 質問の矛先はリプシーたちに向けられ、首を傾げた2人は眉をひそめる。相談するように互いに見つめ合い、程なく答えに辿り着いたらしい。

 

 思い返せば荒れた畑が魔物の仕業だと認識されていても、直接見た者はいなかった。アデランテも首を縦に振って肯定し、彼らの記憶力を確かな物にする。

 住人による犯行が濃厚になる中、ふいにペルカがエントを小突く。すると畑には魔物の形跡があった事を付け加え、再び結論は一転。


 魔物の犯行に見せた殺人が提唱される。


 思い返せば死体を運び出した村長の息子は元冒険者。等級までは聞いていないが、魔物の存在を検知しなかったのは不自然すぎた。


「犯人は運び出した2人なんじゃ…?」


 その一言を機に、事件は急展開を見せる。根拠は積み重ねられ、会話は時間を経るごとに白熱していく。


 死体を処理した彼らなら、不利な証拠も始末できる。冒険者の経験があれば、魔物の仕業に見せかける事も可能だろう。

 被害者の死因に共通点がないのは、息子と釣り師がそれぞれ犯行に及んだから。



 では動機は何か。住人の話を聞く限り、被害者2人に恨みを抱く人物はいなかった。


 しかし死体を畑に放置したのは、魔物の仕業に見せかけるためとして。御者を殺害したのは、恐らく冒険者ギルドに依頼を出したから。

 そして鍛冶屋の殺害動機を模索するが、彼の頑固さが確執を生んだ可能性は高い。ギネスバイエルンと個人で取引していた事も、事件の一端を担っている可能性もある


 考えてみれば犠牲者2人は、村でも唯一街に通じていた人物たち。

 そして村長の息子と釣り師もかつてギネスバイエルンのギルドに在籍していた身。

 

 双方に因縁があったとしても、何ら不思議ではない。

 

「――…聞き込みと偵察をもう1度。それで真相が究明されるってアデライトさんの言葉を借りるなら、犯人は村長の息子と釣り師。そいつらの身辺を探って、事情聴取すれば全てズバっと解決!そういう事でいいんだな?」


 拳を握り、全員が同じ結論に至ると一斉にアデランテを見つめる。いつものように腕を組み、物言わず座る護衛と答え合わせをする時が来たらしい。

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