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104.情報探査

 太陽が昇る頃には鍛冶屋も再び空き家となり、パーティも二手に分かれていた。

 

 パーティの代表格たるリプシーにインウェンが、村に留まって聞き込み。

 身軽なペルカとエントが森へ魔物調査に向かい、殺人犯が滞在する村。かつ魔物が出現した際の防衛に、アデランテはリーダーたちの護衛を務める。


 しかし早々に決まった班分けに関わらず、一同は行動を共にし。ペルカたちの見送りがてら、事件現場の確認を促すアデランテの意見が採用されていた。

 朝日を浴びながら静まり返った村を抜け、畑を囲う柵の前で静止。収穫できずに残された作物が実っているおかげで、被害に遭った区画は一目瞭然だった。


 それは同時に2人の死者が最期に横たわった殺人現場でもある。


「……ひとまずココで分かれる…何かあればどうすべきか、皆分かっているな」


 喉を鳴らしたリプシーの言葉に一同は頷き、偵察組は武器を取り出す。柵を越えて森へ駆け込み、身軽さを売りにするだけあって瞬く間に消えていく。

 すかさず踵を返したリーダーにインウェンも従い、アデランテもしばし荒野を眺めていたが、遅れた事に気付かれる前にリプシーたちと合流。

 程なく村まで戻ってきたものの、聞こえてくるのは鳥や家畜の鳴き声のみ。そんな不穏な空気を振り切るようにリーダーが突き進めば、真っ先に手近な建物へ向かった。


 玄関に迫れば一息吐き、カッと目を見開いて優しくノック音を響かせる。

 1度で駄目なら2度3度。すると扉の隙間から覗くように住人が顔を出した。


「あっ…あっと、は、初めまして。ギネスバイエルンの冒険者ギルドより派遣された“凍てつく覇道”のリプシーだ。後ろにいる2人は僕の仲間で、亡くなった村の者2人と魔物に関して話を聞かせてもら…っ」

「何も知らないよ」


 言い終える間もなく、鼻先で閉められた風がリプシーの前髪を撫でる。

 目を丸くする彼の肩を叩き、アデランテがついてくるよう無言で諭せば、戸惑いながらも2人は護衛に従う。


 そのまま別の家に案内され、扉へ着くと同時に躊躇なく叩かれた。


「……はい」


 前回に同じく住人が応じるが、扉を開ける気配は無い。だが構う事なくアデランテは声を上げた。


「忙しいところすまない。ギルドの派遣で魔物の件を調査に来た。村で遭った被害について分かる事があれば、教えてもらえると助かる」

「…調査?」

「ないし解決だな。情報がないと動きようもないので、聞いて回っているんだ」


 扉越しに話しかける口調は、まるで世間話をするようで。空気の変わり目にインウェンたちが見合わせる中、ふいに扉が開かれた。

 姿を現した女はくたびれて見えたが、思えば村に来てから初めて目にした住人。そして彼女もまた覆面の冒険者に驚いたものの、気を取り直せば調査に協力し始めた。



 魔物については何も知らない。

 畑作業に普段から関わる事もなく、魔物の被害に遭った矢先に犠牲者が出た事。

 2人目の犠牲者との付き合いはないが、1人目の鍛冶屋は面識があり。家の修理を度々してもらう事もある、無愛想だが仕事はきっちりこなす几帳面な男だったと。


 言い忘れがないか目を泳がす住人も、アデランテの感謝でホッと胸を撫で下ろす。

 他に何かあれば頼るよう宿泊先を伝え、踵を返した刹那。慌てて振り返ったアデランテが「悪いが修理は専門外だからな?」と付け足した。


 キョトンとした住人もやがて笑みを浮かべ、頭を下げてから静かに扉を閉じる。


「かたっ苦しい挨拶は手短に。軽く協力を求めつつ、あくまで村全体を対象に調査している事を分かってもらえれば、後ろめたい事情でもない限り、素直に話してくれるさ」


 戸口から離れ、次の家に向かう途中ですかさず2人に助言する。彼らに道を譲って聞き込みを引き継ぐが、まだ理解が不十分であったらしい。


「…確かに話は聞けたかもしれないが、僕たちも慈善事業でやってるわけじゃないんだ。パーティの認知度を上げるためにも、担当する冒険者を知ってもらう必要がある」

「情報の取り零し防止に、質問の内容も明確にする必要があるしな」

「なるほど…2人が言いたい事は分かるが、まず自分が犯人だと疑われる危険性がある中で、快くよそ者に話しかけようと思う奴がいると思うか?」

「…でもアデライトさんは、後ろめたい事情でも無ければ協力するって…」

「だからと言って自分に嫌疑が掛からないとは限らないだろう?私たちの言動次第では事件の関係者とみなされて、村八分にされるかもしれないんだ。警戒するのは当然さ」

「……アデライトは世間話みたいに会話していたが、あんなフランクで良いのか?嘗められる心配はしていないが、曲がりなりにも僕たちはギルドの代表として来ているわけで…」

「そうだ。“衛兵”では無く“冒険者”としてだ。だが住人たちも解決を望んでるわけで、話し相手がいない状況でもある。軽くきっかけを与えてやれば、思わぬ情報を漏らすかもしれないぞ?」

「し、しかしだな…」

「パーティ名の事なら村長1人が知っていれば十分じゃないか?住人が困れば彼が仲介して依頼するだろうからな」


 淡々と返すアデランテにいまだ納得がいかない反面。正論である事も否めず、また実演されたとあっては返す言葉もないのだろう。


 それ以上の反論も無く、まずは1軒。

 それから2軒目と。肩にはまだ力が籠もっていたが、殆ど閉じた扉越しでは住人に気付かれる事もない。

 聞き込みも徐々に慣れていき、今や衛兵顔負けに事件の解決に当たっていた。


 相談役としては喜ばしい成長だが、平和な村の巡回に集中力が先に切れてしまう。


(…暇だなぁ)

【発端は貴様にある。予定通り魔物を始末し、街へ戻れば良かったものを】

(仕事を彼らが果たせるよう見守るのが依頼なんだ。私らが勝手に出しゃばるわけにもいかないだろ?……でも正直な話。村から離れない条件で別行動させてほしい位だな。むしろウーフニールの部屋に遊びに行きたい)

【遊覧場ではないと何度言わせる】

(言葉の綾だよ…他の2人はどんな様子だ?うまくやってるか?)


 忍耐力も限界に達し、ウーフニールへ話しかけ始めた頃。息子の縁談を愚痴る住人の話を聞くリプシ―たちを、白い濃霧が覆い隠す。


 次に眼前に現れた景色は森が端まで広がり、木陰から見下ろす視点の先で微かに茂みが揺れた。

 直後にひょっこり頭を出したのは、偵察に自信があると公言したエントに、無言で提案を了承したペルカ。どちらも慎重かつ大胆に進み、地面に残る足跡を追っているらしい。


 そんな彼らを枝から枝へ。適度な距離を保ったカラスが監視を続け、一見して身のこなし“だけ”は評価できた。

 しかし視線は足跡を追う事に夢中で、前方ばかりに集中している。背後や左右の警戒は疎かになり、聴覚頼りでは襲われた時に反応が遅れるだろう。

 常に己の立ち位置を頭に入れなければ、逃げ道の構築や戦闘に活かす事もできない。


(…教えることは、まだまだ沢山ありそうだな)

【人間の顔や名を覚えられぬ貴様が、能率的に指揮する様子は驚嘆に値した】

(ははっ。騎士の務めには治安維持も含まれていたからな。街で何かあれば、衛兵を伴って捜査をしたもんだよ……次は現場を見せてくれないか)


 木の根につまずくエントを最後に、視界が再び霧に包まれる。要望通り今度は村外れの畑が映され、その場で佇んでいるように景色が広がっていた。

 すかさずウーフニールに頼めば右へ左へ視点が動き、拡大された先で足跡が光り出す。


(よし。やってくれ)  


 アデランテの合図で足跡の上に煙が立ち昇り、巨大な雲がモクモクと一帯を覆えば、やがて人を模った影だけが畑の上に残った。


 数は全部で6人分。内2つは被害者の物で、あと2つは死体を運び出した住人の物。

 前者は当時の状況を再現するように倒れ込み、後者は被害者の傍に屈み込む。そのまま倒れた影の手足を掴めば、畑を横断して村に去っていった。


 幽霊の後ろ姿を見送り、再び足跡に視線を戻せば別の人影が2つ。再び地面に倒れた影を持ち上げ、同じ進路を取って現場を離れていった。

 向きや動作の違いから、1度目は鍛冶屋を。次に御者が運び出された再現映像だったらしい。


(…煙で出来た人影とはいえ、当時の様子がコレだけ正確に再現されると、まるで直接見ていたように錯覚しそうだな……どうやって行動を予測したって言ってたっけか?)

【足跡に基づく仮想影像。個別の靴の長さ、踏み込み具合から姿勢や腕の動きを予測している】

(ふふーん、何を言ってるか半分も分からなかったけど、流石は書庫で地下闘技場を管理してるだけの事はあるな!)

【そんなものを扱った覚えはない】


 無機質な声にクスクス笑えば、突如霧が晴れていく。ウーフニールの気分を害したか不安がるが、視界に映ったのは訝し気に振り返ったリプシ―たちだった。

 直後に開かれた扉が彼らの注意を引いたが、例え内なる会話は聞かれずとも、それ以外の行動は周囲に伝わってしまう。

 反省しつつ再度ウーフニールに頼めば、霧が押し寄せて畑の光景が広がった。


 程なく5人目の影が出現し、恐る恐る死体に近付けば一目散に村へ去って行く。鍛冶屋の死を目撃した農夫の物であろうが、特筆して目を惹く情報でもない。


 しかし6人目の影を追った時。御者の骸に歩み寄ったソレは、腕を忙しなく動かしたのちに跪いて静止する。

 第二の殺人における目撃者か。はたまた殺人者か。


 どちらにしても、再現映像だけでは追加の情報も見込めなかった。


「……6人目…一体だれだ…いや、そもそも何処へ行った?膝をついてから移動してないぞ」

【足跡が荒らされ、現場からの再現は不可能】

「…また懸念材料が増えたか」


{――アデライトさん…アデライトさん?}

{話を聞いていたかアデライト。1人で何をブツブツ話している}


 俯き、口元に手を当てていると視界が霞んでいく。

 

 次に眼前へ現れたのは、アデランテの顔を覗き込む冒険者たちで。夢から覚めたように周囲を見回せば、鍛冶屋の前まで移動していたらしい。

 ウーフニールは聞き込みの完了を告げ、沈む太陽が1日の終わりを示す。

 

「アデライトの意見を聞かせてもらいたい。本当に殺人犯が住人の中にいると思うのか?」

「一通り話は聞いたけど、俺たちには正直魔物の仕業としか思えないんだよな」


 調査結果に2人が毅然と述べるも、一方のアデランテは思考も表情も固まる。だがキラキラと視界が金色に輝けば、ズラっと文字が並べられていった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

★住人

・計42軒の住居に聞き取り調査を実施

・鍛冶屋、および御者と親しき間柄の者なし

・死者2名の間に目立った交友関係はなし

・被害者とは仕事以外での交流はほぼ無し

・被害者は恨みを買う人物ではない

・ギネスバイエルンの商品は質が悪い


★鍛冶屋

・物静かで何事も石橋を叩いて渡る慎重派

・納期は遅いが修理をよく依頼する

・融通の利かない頑固さ

・ギネスバイエルンから発注される腕前


★御者

・村専従で運搬や街への買い出しを担当

・主に夜到着し、届人の軒先に荷を配る

・人当たりは良いが村に滞在する時間は短い

・支払いの範囲で良品を購入するよう尽力

・都会染みた服装や嗜好を好んだ


★目撃者/農夫ヨハネ

・畑の防護柵設置で度々鍛冶屋に付き添う

・いつも落ち合う時間に自宅へ赴くも不在

・畑へ探しに行った所で発見に至る


★死体の運び手/埋葬者

・村長の息子にして木こりのカルロワ

・並びにその友人、釣り師のビル

・御者の死体、第一発見者

・無人の馬車を不審に思い、捜索へ

・畑へ探しに向かった所で発見に至る

・双方ともに元冒険者

・村長の強い意向に伴い村へ戻った

・次期村長の座を継承予定


◆森の調査完了、偵察組は時期に帰還する

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 口元に手を当て、ザッと内容に目を通していく。事件の目ぼしい証言は得られなかったが、被害者の情報は集まった。

 双方共に住人の尊敬を集める一方で、村との関わり自体は希薄だったらしい。


 最後に文字をもう1度追い、1人頷いてから冒険者たちに顔を向ける。労いと称賛の笑みを浮かべたつもりだったが、覆面に隠れて伝わらなかったらしい。

 なおも訝し気に見つめてくる彼らに、言葉での意思疎通に変更した。


「かなり情報が集まってきたな。よくやったぞ、2人とも」

「……死んだ2人が住人と親しくなかった事が判明しただけだ。殺人事件に繋がる話も、魔物の情報も何もない」

「それでも依頼を受けた頃に比べれば、村や被害者の情報量は遥かに多い。それに捜査は二手に分けてあるんだ。そろそろ魔物に関する話を、偵察組が持って帰って来る頃なんじゃないか?」


 戦果に反して堂々とするアデランテに、当然ながら2人は戸惑うも。フードの下の視線は屋根に佇む1羽のカラスを捉えていた。

 猫ほどの大きさで夕暮れに見合う姿ではあるが、奇妙な事に一言も鳴く気配が無い。ただ黒い眼球をリプシーたちに向け、それだけの事に不気味さすら覚える。


 咄嗟に視線をアデランテに戻すが、その時にはフードが草まみれの人影に向けられていた。

 徐々に迫ってくる様子にインウェンは手を振って無事を喜び、リプシーは当然の結果と相方を小突く。


 だがその顔には安堵の気持ちが一杯に広がり、黒カラスの事などすっかり忘れ去っていた。

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