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101.超えられない壁

 部外者に会議を切り上げられて間もなく。勢いに圧されて身支度を整えた一行は、各自必要な道具を纏めて集合地点に向かった。

 いつもなら誰かしら鼓舞するはずが、互いの間には会話すらない。


 まるで目隠しをされている状態で移動していれば、それも仕方がない事だろう。



 見慣れた街を通り過ぎ、そのまま指定された南の森入口へ到達。時折仕事へ向かう冒険者パーティを横目に捉えるが、企画者の不在に顔をしかめる。


「――…用意はできたのか?」


 到着してから20秒と経っていなかったろう。背後から突然声を掛けられ、跳び上がりながら振り返れば“彼”はいた。


 いつの間に。

 何処から現れたのか。

 問いを投げかけるまでの沈黙を、無言の肯定と受け取ったらしい。口を開く頃には身を翻し、颯爽と森の中へ入ってしまった。


 相手の風のような自由さに戸惑うも、互いに見合えば文句も言わずに付き従い、緊張した面持ちで隊列を組む。


 恐らく自身が受けた依頼に同行させるつもりなのだろうが、それなら対象の魔物について教えてもらいたいと。

 喉まで出掛かった数々の質問も、周囲の警戒を優先して口には出せない。


 しかし質疑にせよ、依頼にせよ。いずれ会話ができる機会に確認するつもりだったが、ふいに行進が前触れも無く止まった。

 踏み出した広い土地はピクニックに最適で、一見して魔物どころか。他の冒険者の気配も感じられない。

 

「よし。今から模擬戦をするぞッ」


 直後に踵を返したアデライトが突拍子もなく発言し、全員の脳裏に疑問符が浮かぶ。


「実力も分からない相手と協力するのは誰だって厳しいだろう?そのためにも支障のない範囲で手合わせを願いたい」


 それからも続けられた申し出は十分理解できたものの――時間が勿体ないから纏めて相手をする、と。

 舌の根の乾かぬ内に世迷い事を口にされては、いよいよ寝惚けたのかと思わざるを得なかった。


 だが協力する上での最低条件と提示されては受けるほかなく。互いに距離を取れば、何とも言えない空気の中で“模擬戦闘”は始まった。


 先陣を切ったインウェンに続き、エントが後ろから突貫。その後方ではペルカが弓を構え、リプシーも呪文の詠唱に入る。

 アデライトの実力は適正審査で目の当たりにしているが、インウェンたちも今やアデライトと同じ銅等級。加えて会議室で“協力体制がセオリー”と自ら話題を振っていたのだ。

 “稀代のソロ冒険者”と謳われても、やはり噂は所詮噂でしかない。


 他のパーティと組んで依頼を果たす姿が目に浮かび、挙句に今は4対1。負ける道理もなければ、このまま圧倒して噂の戦力をパーティに登録できれば良し。

 あるいは加入せずとも1人だけの協力者なら、リプシーのメンツも保たれる。


 

 しかしそんな未来予測も、襲撃したインウェンが武器ごと叩き落とされ。エントが宙に放られた直後に断たれてしまう。

 後方にいたはずのリプシーたちも投げ飛ばされ、背中に衝撃が走った時には空を眺めていた。


 パーティを瞬殺されたが、意識がある限りはまだ敗北は決まっていない。即座に起き上がって武器を掴めば、再度飛び掛かっていたエントが宙を漂っていた。

 その間もペルカが弓を。リプシーが氷魔法を放って牽制するが、相手には1発も当たらない。

 

 それからはペルカが。

 次にリプシーが。

 それぞれ順番に無力化されていき、インウェンの一撃もまた躱されると同時に転ばされる。だが地面に倒れる直前で持ち上げられ、そのまま立ち上がったエントに投げ飛ばされた。



 その後も“本気”を出して挑んだが、仕掛けた連携技に至っては掠りもしない。

 何度も武装解除され、放り飛ばされ。茂みのベッドに背中を預ける割合は、武器を掲げて飛び掛かる時間よりも長いだろう。

 

 手加減も無い本気の一振りも、白羽取りであっさり武器を奪われた挙句。直後に土の味が口の中に広がった。

 捨てられた剣も深々と木に突き刺さり、慌てて回収に向かっても全く引き抜けない。その間に仲間3人を放り投げたアデライトも、まるで手持ち無沙汰とばかりに。

 颯爽とインウェンを背後から掴み上げれば、明後日の方向に悠々と投げ飛ばした。



「――…もう終わりか?」


 満身創痍の身体に冷徹な声を浴びせられ、一帯を汗と苦しい息継ぎが木霊する。しかしアデライトは4人を相手に、誰よりも身体を動かしていたはずが。

 ましてやマスクにフードを被った出で立ちにも関わらず、呼吸1つ乱れていない。


「……どう、どうやって…どうし、て」

「前衛2人が私についている間は後衛が参加できない。後衛を相手にすれば、矢を継ぐ速さと的確に打ち込める射手が脅威で、呪文の詠唱に時間が掛かって氷の礫も避けやすい魔術師の対応は最後。単純な話だ」

「…くそぉ」

「1人1人では敵わなくとも、せめて集団で強敵を倒せる実力をつけなければ全滅するだけだ。それに力量を測る相手は何も魔物に限った話でもない…私が言った事の意味が分かったなら、その時にもう1度声をかけてくれ」


 最後まで武器を抜かず、パーティを蹂躙した強者は颯爽と踵を返した。しかし元来た道を戻ったところで足を止め、思い立ったように木に寄り掛かれば、腕を組んだまま俯いてしまう。


 相変わらず彼からの説明はないが、満身創痍のパーティを森に捨て置くつもりは無いらしい。今はインウェンたちが起き上がるのを待ち、街までエスコートするつもりなのだろう。


 

 改めて実力差を思い知らされ、吹き付ける風は汗ばむ身体に心地良く感じられるが、心の隙間に入り込む冷気が酷く身に染みる。

 残酷な現実に増々気落ちするが、他の冒険者に姿を見られる前に回復しなければならない。それからアデライトへの申し出を撤回し、真っすぐ会議室へ向かう事だろう。


 いまだ鍵は返却しておらず、昇級後に恒例となった反省会が開催される未来に、深い溜息を零した刹那――…。


「――ちょっと待った!!」


 ハッキリ聞こえた声は意識を覚醒させ、思わず身体を起こす。他の仲間も同じように顔を上げ、視線の先には茂みの上に飛ばされたのだろう。

 ヨロヨロと立ち上がったリプシーが杖に縋りつき、力強い眼差しでアデライトを見据えていた。


「僕たちに、ゆっくりしている時間はない。アデライトの実力もっ…僕たちが足元にも及ばない事はよく分かった……だからギルドを通して正式に雇いたい!!」

「…正式に?」

「報酬は2000ゴールド。ソロ冒険者のアデライトなら青銅等級も同然。その中には護衛の依頼が含まれているから、何も問題はないはずだ!もちろん全額僕が払うっ」

「……俺たち全員に関わる話だから、パーティ負担で1人500ゴールド。俺はいいけど、エントとペルカはどうだ?」

「異議はありませーん…」


 会話に割って入ったインウェンに続き、気怠そうに身体を起こすエントが返事をする。横になったペルカも弓を扇ぎ、全員の評決が下された。

 直後に倒れかけたリプシーを慌てて支え、共にアデライトの返事を辛抱強く待った。


 彼が首を横に振れば。あるいは一言「ノー」と告げれば、交渉は瞬く間に終わってしまう。

 固唾を飲んで見守るが、首を傾げる様子に雲行きは怪しく見え。しかし頬を掻くと先程までの冷徹な声音も一変。

 幾分か覇気の籠もらない、小さな呟きがインウェンたちにも届く。


「…依頼じゃ、仕方がないよな?」


 交渉は成立、したように思われた。

 手放しで喜べる状態ではないが、少なくともリプシ―の中で折り合いがつき、銅等級の依頼をこなすための準備が整った。


 昇級してから初めて前進した気分に。身体の疲労がゆっくり溶けだす感覚に、つい笑みを浮かべてしまう。

 気持ちを新たに仲間も次々起き上がり、早速ギルドへ向かおうと歩き出した矢先。


「…あれ、アデライトさん。街はそっちの方角じゃありませんよ?」


 エントの声に振り返れば、アデライトは森のさらに奥へ進もうとしていた。


「もう体力は回復したろう?私は私で依頼を受注しているから、それが終わったらギルドのロビーで集合だ。君たちから護衛依頼もまだ正式に貰ってはいないしな」

「…依頼の内容を教えてもらってもいいか?」

「アントラーズ15体」

「僕たちが見学に同行させてもらうのは…」

 

 リプシーが語り掛けるも、すでに森の奥へ消えた彼に声は届かない。唖然とする暇も無く、ようやく足を動かせば重い身体を携えて街を目指した。

 幸い魔物にも冒険者にも遭遇せず、やがてギルドに到達すれば森の静寂は一転。喧騒と群衆に押し潰され、辛くも手にした番号札を持ってロビーに腰を下ろした。


 模擬戦闘の後もあって疲労は人一倍であったが、一方で清々しさも否めない。

 負傷も一切無く。完膚なきまでに叩きのめされたのが、良い薬となったのだろう。 

 全員が活き活きとした表情を浮かべつつ、密談を交わすように頭を突き合わせた。

 

「…それで、俺たちはいつまでアデライトさんを待つ感じなんだ?」

「アントラーズを1人で…パーティでも早くて3、4日は掛かるんじゃないですか?」

「でも剣以外に装備も何も持っていなかった。多分まとめて倒すわけではなく、数体倒して街に戻る、を繰り返しているんだろう……護衛依頼の発注とアデライトを待つのは僕がやるから、皆は自由行動してくれて構わない」

「依頼をこなす準備は出来てるんだ。アデランテさんがギルドに戻ってきた時、俺たちがバラバラに行動してたら集合に時間が掛かる。待つ間に会議室で話し合おうとした議題を、ココでするのもいいんじゃないか」

「助言も頂けましたしね」

「……相手の力量を測れ…という話か」

「アデライトさんには手も足も出なかったし、身の程をわきまえろって事かね」

「いや、それは…それもあるだろうが、恐らく仲間の力量も良く分析しろと言いたかったんだと思う」


 早速本題を詰めていくが、思い返せば銅等級の依頼は尾を巻いて逃げる姿ばかりが浮かぶ。しかし決してヘマをしているわけでもなく、単純な“実力不足”だったのだろう。


 後衛が遠距離攻撃で仕留め、倒しきれずに魔物が迫れば接近戦で始末する。うまく忍び寄れば奇襲をかけ、鉄等級の依頼で戦闘の王道は一通りこなしたつもりだった。

 それでも中級の魔物に。群れをなす相手には力及ばず、数匹仕留めても接近を許せば森中を追い回される。

 その間も道に迷わないのが精一杯で、結局倒した証すら回収出来ていなかった。


 では単純に人手不足かといえば、3人だけのパーティもよく見かける。

 装備が貧弱なのか問えば、鉄等級で貯めた金で良質な武器や防具は買っている。

 結局は“実力不足”に自ずと答えは辿り着き、各々が深い溜息を吐く。


 辛気臭さに隣にいた冒険者が訝し気に彼らを見つめ、顔をしかめてその場を離れていった。


「…でも護衛を雇うなんて思い切った行動に出たな。流石は魔法大学出身者ってところか」

「コソコソするつもりはない。手を貸してもらうなら堂々と借りる」

「まぁまぁ。体調不良などの欠員でパーティが助っ人をお願いする事もあるみたいですし、気負わずに頑張りましょうよ」

「気負う必要はなくとも、予想できる最悪の事態はパーティの壊滅だ。アデライトが何を言おうとも彼はあくまで護衛。無茶はせず、僕たちのペースで依頼をこなす。異論のある者は?」

「ないな」

「ありませんね」


 全員の言葉に続き、ペルカも首を横に振る。

 会話を続ける内に折れた心が修復されるのは日常茶飯事で。成功するまで失敗するほかない事実が、次の依頼へ果敢に挑ませる。

 

 ならばこそアデライトに遅れを取らないよう、どう動くべきか。

 戦術は。

 立ち回りは。


 活気づく間にも番号は呼ばれ、席を立ったエントが受付へ向かう。その後も会話を続ければ、ふいにペルカが弓で床を小突いた。

 彼の視線を辿ればアデライトの姿を捉え、振りかけた手をすぐに降ろす。



 一瞬目が合った気もしたが、彼は脇目も振らずに受付へ移動した。もしかすれば護衛に際し、アントラーズの依頼の達成期間の延長。

 あるいは掛け持ちが問題ないか、相談しているのかもしれない。


 僅かに罪悪感を覚えたが、凄腕の冒険者たる彼なら上手く対処するだろう。腰を落ち着けて会話を再開するが、程なくアデライトが風のように現れた。


「待たせてすまなかったな」


 突然の出現に誰もが息を止め、しかし当人は気にせず一行を見回す。


「あれ。1人足りなくないか?まさか模擬戦で怪我でも…」

「……エントなら受付で護衛の申請を行なっている。それに有意義に時間を使えたので問題はない。アデライトこそ平気だったのか?」

「初めての依頼というわけでもないからな。ところで護衛の発注が終わったら、いつ出発するんだ?私はいつでも行けるぞ」

「アデライトさんがそう言ってくれるなら、早いに越した事はないけど…ところで、アントラーズは何体倒せたんだ?」

「ん?15体だが」

「…いや、依頼数の話じゃなくて、倒せた数を聞いてるわけで…」

「だから15体だ。別れた時もそう伝えたろう?」


 長椅子に座る事なく、柱に身体を預けるアデライトに疑問符が浮かぶ。思えば何故彼は長蛇の列を待たずして、真っすぐ受付へ向かえたのか。

 記憶を辿ればアデライトは入室時、手元と掲示板を見比べていたように思える。


 つまり最後にギルドを離れる際、すでに受付の番号札を拾っていたのかもしれない。アントラーズの依頼を受け、リプシーたちと模擬戦闘を繰り広げる前から。

 そして首尾よく仕留め、戻ってくる頃には待たずして呼ばれる算段だったと。


 考えれば至極簡単な話だが、まさか依頼を受けた直後に番号札を取り、受付が呼ぶ前に達成したと言うのか。

 ありえない――と。何度も反芻される言葉も、タイミング良く合流したエントによって、話題を無理やり護衛依頼へと移した。


 受注票をアデライトに渡せば、サッと目を通して受け取った羽ペンで名前を記入。無事に交渉は成立し、全体を常に覆っていた緊迫感も霧散していく。


 まるで依頼を達成したような安心感にホッとするや、居住まいを正して椅子を薦めた。

 しかしアデライトは丁重に断り、そこはかとなく感じたプロ意識に2度も薦める事はしない。咳払いすれば場を改め、ようやく依頼人としてパーティが言葉を紡いだ。


「改めて“凍てつく覇道”を宜しく頼む、アデライト」

「そうなると自己紹介もしっかりした方がいいですよね。模擬戦でボコボコにされたので、お分かりだと思いますが戦士をしているエントです」

「会議室でも言ったように、同じく戦士のインウェンだ。こっちが弓使いのペルカ」

「そして僕がリーダーにして氷魔法専門の魔術師リプシー…ところで1つ聞きたいんだが、魔術師との対人戦でもあるのか?模擬戦闘ではまるで手の内が全て読まれてるような気分だった」

「何度も殺し合っていれば、流石に身体が覚えるからな」

「……殺し合い?…何度、も?」

「おかげさまで色々勉強になったよ。大きな助けも途中あったがな…冒険者アデライトだ。護衛として精一杯勤めさせてもらう」


 口調を変えるでもなく、平然と話すアデライトにそれまでの空気は一変。“凍てつく覇道”の顔色はみるみる青ざめていく。

 


 受注した依頼を1日で終わらせた秘密。

 魔術師殺しの過去。

 そしてそれだけの経歴に留まらない気配に、重い沈黙が再び流れる。

 

 しかし依頼票はすでにアデライトの手に渡り、いまさら断る勇気を持つ者はいなかった。

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