表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/269

100.迷える若人

――…助言をお願いできませんか?



 飲食店へ入る直前、切実な要請を受けて再び冒険者ギルドまで舞い戻ってしまった。


 依頼掲示板も受付も通り過ぎ、冒険者2人の背中を追って6階に到達。オルドレッドの宿泊先を彷彿させる廊下を進み、程なく“③”と記された扉に鍵を差し込む。

 すかさず中に入れば、待ち受けていたのは長机1つと椅子10脚。部屋の隅にはルームランプが置かれ、窓もなければトイレもない。

 

 質素な内装は見回すまでもなく、冒険者たちに倣ってアデランテも腰を下ろす。反射的に向かいの席へ着いたが、ひとまず呼び立てた彼らの出方を待った。

 ついでに一行を観察すれば、どちらも着用するのは軽装備で。二の腕の発達具合からも、近接戦闘を得意としているのだろう。

 てっきり剣術指南の類かと思っていたが、それならば会議室を使う意味が分からない。


 数秒で忍耐力と興味が途絶え、ウーフニールと会話でもするか。はたまた臓書に籠もるか検討したが、入り損ねた飲食店が頭の片隅にチラつく。

 早々に会議室を離れたいがあまり、パッと彼らに視線を向けた。


「……助言、だったかな」

「えっ!?あ、はい!そうです!急に呼んでしまって申し訳ありませんでした…」

「同じ銅等級なら敬語はいらないだろう。だからこそ何故私が呼ばれたのか余計に混乱しているわけなんだが」

「それは俺から説明するよ。エントはペルカとリプシーを呼んできて。改めて初めまして…と言っても初対面ではないんだけどね。銅等級パーティ“凍てつく覇道”の戦士枠インウェンです」

「アデライトだ。用件を聞きたい」


 エントと呼ばれた青年が退出するや、取り残されたインウェンが視線を逸らす。

 

 再び沈黙が流れ、呼ばれた目的はやはり見えない。単刀直入に聞けば、最初は渋っていたインウェンも何度か扉を一瞥したのち。

 やがてしばらくは戻ってこない仲間の不在に、仕方なしとばかりに重い口を開いた。


「…え~っと、ですね。あと2人来るはずだったんだけど、1人が魔力切れを起こして来れなくて、というよりアデライトさんを急遽呼んだ形になったから、少し早く会議室を使ってるのが現状で…」

「私を呼んだ事情と用件」

「あ、はい!……俺たちのパーティ。つい最近になって銅等級に昇格して、早速依頼をやってみたら…全然上手くいかなくて」


 溜息を吐くように告げた話には、鉄等級で如何に成功したかも交えられる。それから銅等級の壁に当たった事を続けるが、つまりは実力不足による失敗続き。

 降格の可能性に悩んでいた所、たまたま審査で一緒になったアデランテと遭遇した。


 眉唾な噂はいくつも聞いていたが、インウェンもまた試験での活躍を見た目撃者。嘘と一蹴出来る材料はなく、同じ銅等級から実のある話が聞ける事に期待した。


 そんな事を相槌を打つ事なく黙って聞き、インウェンもようやく口をつぐんだ。その間も浮かんだのは、食べながらでも“助言”は出来たのではないかと。

 未練がましい不満を無理やり押し込めれば、アデランテもまた言葉を紡いだ。


「銅等級で依頼される魔物は群れて活動する物が多いと聞いている。2パーティで依頼をこなすのがセオリーらしいが、私の噂がどんなものであれ、1人増やすよりも別のパーティと組んだ方が良いのではないか?」

「普通はそう考えるよね。でも俺たちのパーティは…」


 ギルドにおける暗黙の了解を提唱し、なるべく彼らと関わらずに済むよう。そして飲食店へ向かうべく告げるも、インウェンが頭を抱えた時に――ガチャッと。

 ノックもせずに開かれた扉に視線を向ければ、3人の青年が入室してきた。


 1人は部屋を出ていったエント。

 残る2人の内、片割れは軽装を着用し。もう1人は肩から下をローブで覆った魔術師だった。


 依然挨拶もなく。おもむろにローブの青年がアデランテを睨めば、露骨な嫌悪感が漂う。

 返す刀でインウェンに視線を移すが、互いに目を合わす事はなかった。

 

 程なく席に着けばエントたちも椅子に腰掛け、役者も全員揃ったらしい。アデランテの向かいに4人は固まり、再び沈黙が流れてしまう。

 その要因とも言える魔術師が一同を見回し、わざとらしく咳払いするや、居住まいを正してアデランテに顔を向けた。


「今日は僕たちの戦略を見直す大切な日だと思って会議室まで予約した。それなのに何で部外者が出席している」

「……あの、ですね。それは皆も分かった上で集まってて、他の人の意見を取り入れるのも、見直す上でとても大切だと思いまして…」

「リプシー。ひとまず話だけ聞いてもらおう。それで納得がいかないって言うならアデライトさんには申し訳ないけど…」

「事情は聞いている。銅等級の仕事がうまくいかず、私に助言を求めてきたので、2パーティによる協力体制がこの街ではセオリーだと……【インウェン】に先程伝えたところだ」


 繰り返し聞かされる前に要点を纏めたつもりが、余計なお世話だったのだろう。部外者に秘密を漏らしたとばかりに、再度リプシーがインウェンを睨む。

 しかし彼は萎縮するわけでも、怒りを見せるわけでもない。ジッと見つめ返し、やがてリプシ―が溜息を吐けばアデランテに向き直った。


「当然2パーティ体制の話は知っている。ただそれで仕事を騙し騙しこなし続けて昇級した僕たちに未来はあるのか。ずばり、ない!数をこなせば魔物の行動パターンも自然と身に着く。仮に鉄等級へ落とされたところで、僕たちならすぐ銅等級まで駆け上がれる。分かったかインウェン」

「なら俺たちは何で会議室を借りてまで今日集まったんだ。アデライトさんに聞かれたらまずい話でもあるのか?」


 互いに核心を隠し、1歩も下がらない2人にメンバーは呆れたように。そして困ったように、アデランテを一瞥する。


 助言はただの建前で、どうやらこの空気を一新するために呼ばれたらしい。

 最初に感じた予感は的中し、辟易しながらも要望通り一石を投じた。


「――…他のパーティに力を借りるような弱味を見せたくない、か?」


 ポツリと告げたアデランテに、ビクリと反応したリプシーが鋭い眼差しを向ける。対照的に彼のメンバーは、受け入れるように黙って俯いた。


「よくある事だ。壁に当たったのなら、いまさら気にする事でもないだろう。自力で頑張らなければ意味がないのも間違ってはいないが、自分だけではどうしようもない事も沢山ある。助けを乞うのも時には大切だ」


(そうだろウーフニール?)

【知らん】


 マスクの下で笑みを浮かべても、相手に気付かれる事は無い。心の会話も聞かれず、殺伐とした空気の中でも平静を保って見える理由の1つだったろう。


「……自分だけではどうしようもない。だから僕たちはパーティを組んでるんだっ」

「それで駄目だったからアデライトさんを呼んだんだよ。ソロで、それも俺たちと同じ銅等級なのに依頼をこなせてるアデライトさんを。それに別パーティを丸々呼んで醜態を晒すなら、相手は1人の方がマシなんじゃないか?」

「…あの、銅等級同士。切磋琢磨する良い機会でもあるんじゃないでしょうかね?お互いに組めば、数は多い方が学べる事も沢山あるでしょうし」

「仮に鉄等級に落ちれば、それこそ元も子も無いと思うね」

「…分かった。僕も悠長に鉄と銅の間を行き来したいとは思わない。だからアデライトに手を貸してもらうが、期間は僕たちの戦力が落ち着くまで。この事は口外無用。それでいいなら今回は大人しく引く」

「アデライトさんもそれでいいか?」


 リプシーがようやく妥協し、インウェンが会議の進行を務める。時折エントが低姿勢で割って入り、残るペルカは無言を通す。

 長々と続いた会議も収束するが、表情を隠したアデライトの心中を読み取れるはずもなく。強いて言えば手を貸す気がまるで湧いてこなかった。


(…なんだかなぁ)

【貴様の実力が奴らに同じと言わんばかりの会話進行】

(助っ人って呼ぶには随分ぞんざいな扱いを受けたもんだな。私じゃなくてもいいってトコもあるんだろうけど、それよりも…)


 眉間を揉んで顔を上げれば、一身に視線を注がれている。瞳に輝く思惑はそれぞれだが、すでにアデランテの心積もりは決まっていた。


「……君たちが素直に心根を打ち明けてくれたのなら私も正直に話そう。まず冒険者をやっているのは後学のためでもあるが、それ以上に日銭を稼ぐためだ。昇級には微塵も興味がなければ、食事を取ろうとしたところで声を掛けられて、勝手に話が進んでいる現状に正直困っている」


 腕を組み、黙々と告げるアデランテに一同は見合わせた。不穏な空気が蒸し返された事に納得がいかないのだろう。

 それも1度は到達した解決策を崩し、また一から話し合いを始めないといけない。


 思惑を顔に出す彼らに構わず、ガタっと立ち上がったアデランテに再び視線が集まる。


「君たちの体調はどうだ。魔力切れの話は聞かされているが、依頼の1つや2つはこなせそうか」

「…身体の調子は万全だが念の為に今日は休息を取って、明日には街を離れるつもりだ」

「なら今から街の南に準備を整えて来てくれ。“私を協力者に選ぶか”はその時決めてもらって構わない」


 それ以上告げる事なく、颯爽と部屋を離れたアデランテは振り返る事もない。背中に突き刺さる視線も物ともせず、1階に着けば素早く番号札を千切る。

 掲示板をサッと見比べ、そのまま退出組に沿ってギルドを離れていく。


 目指すは青い煙が導く、入り損ねた飲食店だった。


「面倒事に関わる前にサクッと食べておかないとな……まったく」

【貴様が終始機嫌を損ねていた理由は“お預け”によるものか】

「一応、店が逃げるわけじゃないって我慢はしてたんだけどさ。あの様子なら気負う必要はなさそうだし、適当にあしらってサッサと私らの冒険者生活に戻ろうじゃないか」

【気負う、とは】

「オルドレッドと同じ目に遭って欲しくはないけど、ウーフニールを困らせるのも御免被りたいからな。1度手を貸せば意地でもやり通す自分の性格も知ってるし、今回は手を引かせてもらおうと思ってる」


 ポツリと告げた言葉は、雑踏の入り乱れた音にかき消される。しかし代わりに聞こえた微々たる音が、アデランテの腹を擦らせた。


 音の出所が空腹によるものなのか。

 それともウーフニールの唸り声だったのか。

 どちらとも判別がつかなかったものの、空を仰ぎ見れば雲行きが怪しい。


 まるでアデランテの先行きを暗示しているようで。人気の途絶えた街道で吐かれた溜息だけが、やけに大きく聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ