008 最後の獲物
大森林奥にある大滝。
滝壺周辺を見渡す絶好の位置にオレ達はいる。
大気は、しぶきによるマイナスイオンに満たされている。
深呼吸を繰り返し、新鮮な空気で肺を満たす。
オレは双眼鏡を取り出して、眼下に見える滝壺周辺の緑地を見せる。
「緑地に白い花があるだろ。あれが採集する『しずく草』だ。
しずく草は、ここみたいな環境の土地ならば生育しているんだが、
ここのは特に薬効が高いと言われている。」
「あれだけあれば、採るのはすぐなんじゃない?」
リドルが言った。
オレは人差し指を立てて
「リドル君。そう思うのが普通なんだけど、ことはそんなに簡単じゃない。
まあ見ていたまえ。」
オレは事前に作っておいた凧を持ち上げ、
凧についた黒い球状のものと一緒に滝壺へと投げる。
凧を気力で操り、風に乗って、しずく草の群生地へと降りた。
『パカン☆』
球体が2つに割れて、中からクモに似たモノが出てくる。
それはオレが事前に機械魔術師から購入した『採集クモ』である。
採集クモは、登録してある《しずく草を採集せよ》という命令を始める。
すると、何か白い霞のようなものがクモの周囲を回りだす。
クモが採集を続けていると、霞はやがて精霊となり、採集クモを破壊してしまった。
「と、いう訳だ。」
オレは締めくくる。
「この滝壺には精霊がいる。
そいつらは聖職者、それも高位の聖魔術が使える奴しか通さない。
高位の聖魔術を使える聖職者は、何やかやで忙しい。
中々採りに来る機会が無い。
で、ここのしずく草は、高値で取引されるって寸法だ。」
その他、幾つかある禁則事項の説明をする。
オレの目論見では、ここのしずく草だけは、対策が取れなかった。
仕方がないので、ぶっつけ本番で大森林に向かって、
聖職者がいたら頼むしかないと思っていた。
「さて、どうやるかな。」
ここに来ても、未だに解決方法は考えついていない。
《ひとつ考えたんじゃが》
ミナーヴァから会話が入る。
《何だ》
《今の聖魔術がどういうものかは知らないが、私はラ・ナヤの聖魔術が使える。
それでイけないかの?》
オレは少し考える。
ミナーヴァが聖魔術を使えるとすれば、問題は解決する。
ただし、それが『使えるシロモノ』ならばである。
「どのみち採集する方法は考えつかない。ダメ元で試す価値はある。」
テスト無しのぶっつけ本番は危険極まりないが、実行に移すことにした。
それから数時間後。
オレ達は滝壺入り口にいる。
オレはしずく草の群生地に向かってあるき始める。
オレの左目は緑青色に輝いている。
『Via nobis Shimese.Ut morbis dare gramina.
我に道を示し、薬草を与えよ。』
オレの口を通してミナーヴァがラ・ナヤの聖魔術を唱える。
次々と防御魔法が唱えられ、ラ・ナヤの聖魔術による結界魔法も発動された。
効いてくれと願いつつ、歩みを進める。
群生地に近づくと、精霊達が実体化してやってくる。
警戒しているのであろう、オレ達の周りをぐるぐると回っている。
・・・手出しをしない。
ラ・ヤナの聖魔術により、オレとリドルは群生地に到達できた。
しかし、まだ薬草は採らない。
オレは知っていた。
事前に精霊から許可をとらないといけない。
『Permittere medicis colligere.薬草を採る許可を与えよ。』
ミナーヴァが許可を求めると、精霊が退いた。
言葉は違っても、意味は通じたらしい。
静かに1本採ってみる。
・・・よし。
この後2人でしばらく採集に集中する。
ただしこれも多量に採集をしてはいけない。
必要と思われる量に、少し足すくらいで終わらなければならない。
「よし、必要量は確保した。帰るぞ。」
オレは言うと、撤退準備を始める。
群生地から出る間際、リドルが欲を出した。
後少し欲しいと思い、手近なものを引き抜こうとして、結界魔法の範囲外に出た。
『!!!』
途端に精霊達の攻撃を浴びる。
幸いというか、リドルは生き物ではない。
『パシッ☆』という火花が出て、動きが止まる。
オレはリドルを担ぐと、一目散に逃げ出した。
精霊から次々と攻撃されたが、
ラ・ヤナの結界魔法により、何とか脱出に成功する。
群生地から離れると、オレはリドルを降ろした。
「おい、リドル。大丈夫か!」
揺さぶってみたが、リドルは固まったまま動かない。
《交代するぞ》
ミナーヴァはそう言うと、オレと交代した。
彼女は聞き慣れない呪文を唱える。
リドルの顔に亀裂が入ると「パカン☆」と開いた。
ミナーヴァは状況を分析して修理箇所を探し、次々と修理してゆく。
頭の中に次々と分析結果が示され、クリアされてゆく。
《幸い、リドルは製品としては新品と言って良い。
対魔法コーティングも効いているし、部品はまだ新しいから修理も簡単じゃ》
小一時間ほどすると、修理は完了した。
「よし。」
リドルの顔を閉じると、継ぎ目は消える。
ミナーヴァが呪文を唱えると、キュインという音がして目が開いた。
「あれ? また壊れた?」
滑らかな動きで立ち上がる。
《動作確認OK。正常だな》
ミナーヴァはそう言うと、オレに交代した。
「しずく草は?」
リドルが言うと、オレは収穫を見せる。
「これだけあれば充分だ。」
「やったね!」
「リドル、ミナーヴァ。ありがとう。」
オレは二人に深く感謝する。
二人の協力が無かったら、ポーションの原料は採取できなかったに違いない。
それから1日後。
オレ達は冒険者大森林支所にいた。
採った原料と獲物を資金と交換して、収益とする。
一人で大森林に入ったので、リドルは途中で採用した荷運び人であることにする。
「よく一人で生きてこられましたね。」
受付の担当者に感心されてしまった。
換金後、一泊して駅馬車に乗り、シュヴァインフルトへ移動。
大森林から2日、出発してから二週間と少し。
オレはシュヴァインフルトに戻ることができたのである。
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