007 出発
翌日。
目覚めると、周囲は明るくなっていた。
天井から光が落ちているのが見える。
ミナーヴァは神像の前で静かに祈りを捧げている。
「おはよう。」
挨拶をしたオレは、朝食の支度をする。
朝食を食べ、装備をしまい、撤収の準備を整える。
オレが撤収の支度をしている間、ミナーヴァは神像の前で何かやっていた。
オレはミナーヴァを見て
「そろそろ戻ろうと思う。」
「・・帰るのか?」
「ああ。」
大森林地帯に来て、二週間が経過した。
まだ必要な原料の1つが入手出来ていない。
放っておいて未発見の遺跡を探査してみたが、成果は無かった。
食料の備蓄を考えても、そろそろ引き際である。
出発に先立ち、武器のチェックを行う。
準備よーし。
様子を見ていたミナーヴァが
「ヨシュア、お願いがある。」
オレが振り向くと
「一緒に外へ出たいと思う。」
「それは一緒についてくるという意味?」
オレが尋ねると、ミナーヴァは頷く。
「自分のことは自分でするし、迷惑はかけない。」
オレは聞きたいことが、もう一つあった。
「リドルはどうなってる?」
「この中にいる。」
軽く胸を叩く。
「外界に出る際、この娘に身体を戻そうと思う。」
2日間一緒に過ごしただけだったが、オレはリドルが好きになっていた。
子犬のようであり、キラキラした目でオレを見る姿は好ましいものだった。
できるならば、もう一度、元に戻って欲しいと思う。
その時ふと気づいたように、オレに
「この娘が『何』か、お主は存じているのか?」
「何って?」
「この娘は、いわゆる生き物ではない。」
オレは頷く。
それは知っている。
箱の中に何年、話だと何百年もいられる生き物なんていない。
「例えが難しいが機械人形、まあ、カラクリ人形みたいなものだ。」
カラクリ人形?
ああ、教会の時計で、時刻になると出てくる人形みたいなものか。
「われわれの世界は、機械人形を著しく発展させた。
それを使役として、様々な用途に使っていたのだ。
これ・・この娘は、最後に残った一体かもしれん。」
説明は全然判らんが、リドルは使っていた使役の、最後の一人らしい。
「ふーん。」
オレには全然興味が無い。
「お主が承諾してくれるなら、早速出掛ける準備をしよう。」
そう言うと、ミナーヴァは神像の前へ行く。
ひざまずいて、独特のリズムで何かを唱えだす。
その祝詞は高く低く、波に乗って言葉を紡ぐ。
聞いていると、祝詞の中に引き込まれそうだ。
気がつくと、永遠に続きそうであった祝詞が終わっている。
ミナーヴァは立ち上がる。
神像から、何か輝くものが降りてくる。
彼女は、それをありがたそうに押し頂く。
そのままそれをオレに持ってくる。
「これを。」
見れば緑青色に輝く宝石である。
オレが両手でそれを受け取ると、
「私が言った通りに唱えよ。」
『Dona nobis de oculo sinistro.我が左目に宿れ 』
唱えた瞬間、左目に焼けるような痛みが走る。
思わず押さえてのたうち回る。
熱さと痛さで気を失いそうな状態が続く。
気づくと熱さも痛さも消えている。
「左目を見よ。」
出された鏡を見ると、左目の虹彩が緑青色の宝石に変わっていた。
「契約は成された!
これより知恵と魔術の神『ミナーヴァ』はヨシュアを使徒と認め、
その知識と恩寵を与える。
ヨシュアは我が使徒として、我が存在を広く世に知らしめよ!」
ミナーヴァはそう叫ぶと両手を上げた姿勢で崩れ落ちる。
彼女の胸から輝く光が飛び出して、左目の中に入り込んだ。
オレがあっけにとられている間に契約の儀式は完了した。
夕刻。
オレとリドルは、オレが最初に遺跡に入った門の、少し手前にいる。
「収穫は、あったのか無かったのか。」
オレがつぶやくと、リドルが
「あったといえばあったし、無かったといえば、無い。」
契約の儀の後、オレはリドルを担いで神殿を戻った。
例の大広間の手前で彼女は気がついた。
「なんでここにいるのかな?」
リドルは神像の間に入ってから後の事は、全然覚えていないらしい。
オレがかいつまんで説明すると、
「あっそう。」
なんとも軽い返事が帰ってくる。
その後、神殿を出て、出発地点まで帰ってきた。
露営の支度をして、ひさびさに温かい夕食を食べ、くつろぐ。
《ミナーヴァ》
《なんじゃ?》
ミナーヴァは、リドルからオレへと転移していた。
オレは意識が2つ同時に存在するから、
《オレの意識は、オレとミナーヴァで二分されているのだろうか?》
そう思ったら、ミナーヴァからの反論があった。
《それは違うぞ。わらわは『境界面』にいるのだ》
《境界面?》
《そう。お前達の言う『現世』と『来世』の境目じゃ。そこにいる》
わからんw
《説明は、おいおいしてやろう。知識がない状態では、説明が難しい》
《・・・よろしく頼む》
「ホントにミナーヴァ様がヨシュアの中にいるんだね。」
リドルが会話を聞いていたかのように言った。
《会話を聞いてた?》
オレが思うと、
リドルはコクンと頷く。
「ヨシュアとミナーヴァ様の会話なら、聞こえるよ。」
オレは声に出して喋っていない。
「あ、ヨシュアは喋ってないよ。
ボクもミナーヴァ様の依代になったりしたじゃない。
そのせいか、二人が話していると分かるんだな。」
なるほど。
「普段考えていることはわかるのか?」
オレが尋ねると、難しい顔をして
「実はね、ヨシュアがミナーヴァ様と会話し始めると、片目の色が変わるんだ。
そしたら意識を集中すると分かるわけ。」
そんな会話をしながら、時はゆったりと過ぎてゆく。
最後のお茶の一滴を飲み干すと、
「じゃ、おやすみ。明日は少し忙しくなるからな。」
オレは固い石畳の上で横になる。
明日で大森林地帯の探索は終了したいと思っている。
そのためには、あと1つ、採集しなければならないものが残っている。
明日、それを採集しにいくつもりだ。
予定の日数は使い切った。
明日でキメて帰るぞ。
オレは決意した。
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