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剣豪の息子、旅に出る  作者: 三久
第2章 剣豪の息子、故郷にて??になる
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073 念仏踊り



「わぁ! キレイだねぇ。」

コウは街に入って、大はしゃぎだ。


久留里の七夕は有名である。

まつりは二日間に渡って行われ、

笹に短冊の他に、大きな笹飾りを通りに散りばめて、

夜店に露店、様々な店が軒を連ね、街全体が歓楽街と化す。

特に有名なのは、念仏踊りで、

夜が更けてから行われる念仏踊りは、出会いの場でもあり、

多くの男女が参加する会場は、宵のうちから妖艶な雰囲気を醸し出す。



「いい、コウ。夜の念仏踊りが始まる前には帰るからね。」

ユリアはコウに念を入れる。

若い未婚の姫をそんな場所に入れたら、自分が切腹だけじゃ済まなくなる。

「わかってるよぅ。」

コウは言うが、どこまで解ってるんだか・・・




大通りの商店街は、飾りがいっぱいで華やかである。

大勢の人が通りに出て、お祭りを楽しんでいる。

「大当たりぃー!」

矢場で当たりがでたのだろう、歓声が聞こえた。


仮面を売っている店で仮面を買う。

コウはおたふく、ユリアは鍾馗(しょうき)様だ。


「似合う?」

おたふくをかぶって言うコウに、

「似合うっていうか、そっくり。」

ニタッとわらって答える。

「まっ! 失礼ねw」

コウは両頬を膨らませて、プイと向こうを向く。


機嫌直しにりんごアメを二つ買って、二人で食べる。

「貸して。」

りんごアメ同士を軽く当てて、パリッ☆と表面を割る。

「こうすると、食べやすいんだよ。」

ユリアは幼い頃、巌男に教えられた食べ方を、自慢げに披露する。



今宵は無礼講である。

多くの男女が、夜の相手を見つけようと辺りをうろついている。


「ねえ、君たち、一緒に行かないか?」

兄さんの二人組から声を掛けられた。

まつりを見に来てから、誘われるのは幾度目だろうか。


「どうしようかなぁ~。」

そう言ってユリアは、ペロペロとりんごアメをなめる。

軽く口を開けて表面をカリッとかじり、舌を出してチロチロとなめる。

もう一度含んで離すと、唇に紅色で糸を引いて粘った砂糖を舌でクルッとなめた。


ゴクッとツバを飲んだ兄さんを上目遣いにチロッと見てニコッと笑い、

「あ~とで♪」

そう言ってコウを引っ張って立ち去った。




夕暮れが訪れる。

軒に飾られた本物のぼんぼりに、火が灯される。

昼間の世界は息を潜め、夜の世界が息を吹き返す。


「うわぁー♡」

コウは大はしゃぎである。

お姫様は、こんな時間まで街にいた事はない。


祭り囃子に太鼓の音。

ざわめく大勢の人に、肩を寄り添う二人連れ。

まつりの雰囲気に、コウは盛り上がる。


奥に進むにつれて、カップルが多くなってくる。




「ここが念仏踊りの会場。」

ユリアはコウに言った。


そこは大きな広場である。

周りはぐるっと夜店で囲まれている。

中心に(やぐら)が組まれており、大きな太鼓を打ち鳴らし、笛の音が響き渡る。


「すごい人だねー。」

まだ宵の口で、大勢の人で賑わっている。

家族連れもいっぱいいる。


すでに(よい)の念仏踊りは始まっていて、大勢の人が踊っている。

ゆるゆるとした踊りで、皆が同じ動作で櫓を中心に、輪になって踊る。

早い話が盆踊りである。



「夜の念仏踊りと宵の念仏踊りって、違うの?」

コウが尋ねる。

「うーん。わたしもよくは知らないんだけど、熱気が全然違うって言ってた。」

・・・わかんないよw

コウは首をひねった。


少し説明すると、宵の念仏踊りは今ある盆踊りと一緒で、

家族連れが輪になって、ゆるゆると踊る。

夜の念仏踊りは、より早いビートとリズムで展開し、踊り手は成人しかいない。

踊っているうちに気分を高め、

意気投合したカップルは、一夜の逢瀬(おうせ)へとなだれ込む。



宵の時間は、まだ緩やかな盆踊りであり、家族で楽しむ踊りである。


「ねえユリア、踊っていこうよ。」

コウは言うと、さっさと踊りの輪の中に入っていってしまった。

護衛としては、マズいんだけどなぁw

そんなことを思いながら、ユリアも踊りの輪へ入る。


威勢のよいお囃子で二人は踊る。

最初、踊り方がわからないのでまごついたが、段々うまくなってゆく。

上手に踊る二人に、多くの若い衆が、夜の踊りを目当てに近寄って来る。

全部の誘いを断って、二人は踊りを楽しんだ。




祭りも宴たけなわの頃。

「そろそろ帰るよ。」

ユリアはそう言うと、コウを踊りの輪から引っ張り出す。

「えーw」

コウは嫌がったが、ユリアはさりげなく

「周りを見てみな。」



コウが見回すと家族連れはすでに消え、

周りは少し酒の入った赤い目をした大人ばかりで、雰囲気が変わっている。


ブルッと身震いすると、コウはユリアに身を寄せた。

「いくよ。」

ユリアはコウを抱き寄せると、急ぎ足で輪の外に出る。



ユリアは失敗したことが判っていた。

長い時間、い過ぎた。


そろそろ、夜の念仏踊りの時刻である。

出会いの場を求め、あるいは一夜の逢瀬の相手を求めて、

会場には多くの男女がどんどん集まってきている。


その中に若い娘が二人。

どうかならないほうが、おかしい。

そんな時刻まで、若い娘のコウを引き連れて、

のんびり踊っていた自分が(いまいま)々しい。


あせる心を表に出さず、ユリアはコウを抱きしめたまま、踊りの輪の外を目指す。



時々、誰かの手が自分やコウに伸びてくる。

引き留めようとするものまであった。

ええい、忌々しい!

執拗な手を振りほどきながら、汗まみれになって急ぐ。



やっとの思いで踊りの輪から外に出た時、大きな太鼓の音と笛の音が響き渡った。

夜の念仏踊りが始まったのである。



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