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剣豪の息子、旅に出る  作者: 三久
第2章 剣豪の息子、故郷にて??になる
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071 嵐の予兆



新久留里の藩都、寝屋。

今は緊張に包まれている。


御頼申(おたのもう)すーーーー!」

御頼申(おたのもう)すーーーー!」

大声を上げながら、幕府の調査団が到着したのである。


幕府の調査団は、結構な大所帯である。

総勢150名。

屈強な体格をした者も数多く、単なる調査団ではないことをうかがわせる。



当日午後。

寝屋城。


到着した幕府調査団は、身だしなみを整えた後、城主総一朗へと面会する。


御頼申(おたのもう)ーーす!」

幕府御家人の号令と共に、全員が城主へと一礼する。


城主からの挨拶がある。

「城主、総一朗である。遠路、大義であった。」

一通りの挨拶が済むと、早速、会議が始まる。




吉田は余分な話はしなかった。

「治水施設を見せて頂きたい。」

いきなりのストレートである。


総一朗は吉田を見て苦笑して、

「幕府に届け出はして、治水工事を致したのであるが?」

吉田は首を振り、

「治水工事だけではありません。

幕府は久留里藩が、何かを隠していると疑っております。」

刺すような視線を、総一朗に浴びせかける。


総一朗は視線を無視して、

「申請をして工事したのに、何か隠していると言われるは迷惑至極。

もし何も無ければ、それなりの責任はとって頂くが?」

辛辣な質問に、吉田はニヤリと笑い、

「承知したしました。」

平伏する。




同時刻、寝屋城下、鉄の住む長屋。


鉄は、お狐から勘助の手紙を読んでもらって、事の次第はすでに判っている。


「鉄さん、大事(おおごと)になってきたね。」

お狐の言葉に鉄はうなづき、咲夜を仕込んだ長ドスを手元に引き寄せる。


鉄が立ち上がると、お狐は手ずから鉄を導き、草履を履かせて一緒に外へ出る。

「こりゃ、どうも。」

いつものように、ペコリと挨拶をした。



お狐は現在、鉄と同じ部屋で暮らしている。

ユリアから頻繁にお狐宛で手紙が来て、それを鉄に知らせることもあるが、

何より一番は、お狐が鉄に()かれたせいである。


鉄は(めしい)である。

異様に勘が良いせいか、見ていて危なげはない。

ただ、やはり勘だけで色々させるのには、細かいところで抵抗があった。


お狐は生来、お節介焼きである。

困っている人がいると、助けずにはいられなかった。

そのせいで今やっているような、半分藩政に関わって命を狙われるような立場にもいる。


鉄はお狐の親切を素直に受け入れた。

「ありがとう。」

人によれば、お節介と呼ばれるようなところにまで、お狐は鉄の手助けをする。

鉄は逆らわない。

「ありがたいことです。」

鉄の喜ぶ顔が嬉しくて、お狐は、どんどん深みにハマった。


朝に来て掃除洗濯を済ませ、三食を作り、晩ごはんを食べて帰る。

長屋のおかみさんたちには

「お狐さん、もうすっかり鉄さんの御新造さんだね。」

と、からかわれていた。



ある晩のことである。

昼過ぎに鉄の部屋へ来て、それからはずっと雨。

「困ったなぁ。」

傘は持ってきていない。


鉄が

「お狐さん、今日は泊まっていきませんか。」

思わず振り返ると、

「ヘンな気持ちでじゃ、無いですよ。こんな降っているのに帰るのは、難儀でしょう。」

ニコリと笑った。


結局その日は鉄の部屋へ泊まり、それからずっと一緒である。




長次の屋敷に着くと、門番は黙って鉄を中へ入れる。


長次はいつものように、長火鉢の前で煙管(きせる)(くゆ)らしている。

鉄が部屋に入ると

「おう、先生。今、迎えに行くかと考えていたところでさぁ。」

鉄はペコリとおじぎをして、

「返事が来ましたか。」

長次は黙ってうなづき、

「いきなり治水施設を見せろって言ったらしい。」


「ホホ。」

鉄から笑い声が漏れた。

「性急な方ですね。」

長次はひとつ頷くと、

「結局、案内することになったらしい。

でな、それに当たって鉄さんに(ふみ)が来ている。」

(ふところ)から文を取り出す。

総一朗からの手紙である。


鉄は「読ませて頂いてよろしいですか。」と長次に了解をとり、

長次がうなづいたので、お狐に読ませる。


読んだ後、お狐は鉄にポソポソと小声で内容を伝える。

鉄は内容を聞くと「承知しました。」

お狐と一緒に屋敷を出た。



長次は二人が一緒に歩く姿を見て、夫婦のようだなと思う。

同じ屋根の下で一緒に暮らしているようだし、

やんごとなき事も一つや二つ、しているんだろう。


「あの(ユリア)ちゃんが来てから、先生も変わったもんだ。」


殿から鉄を預かって屋敷に住まわせたのは、しばらく前の事。

その時は手伝いも兼ねて、(まかな)い女を一人付けた。

おぼこで素直な娘を付けたのだが、鉄は一切、手を付けなかった。

自分をキツく律する人だなと思ったものである。


お狐は良い女ではあるが、すでに娘の年齢ではない。

身持ちの件では、男の話の一つや二つ、出てくる女でもある。


基本は明るい女ではあるが、時々影が差すのが気にはなった。

うわさでは男には尽くすということなので、鉄にはピッタリだろうと思う。


「何事もなく過ぎればいいんだがなぁ。」

ポソッと長次はつぶやき、部屋に戻った。




青い空に、雲が一つ浮かんでいる。

月照庵から久留里城へと至る道を、光とユリアは歩いている。


「じゃ、いよいよお父様と会うのね。」

コウは言った。

ユリアはコクンとうなづく。

「事の真偽を確かめてからじゃないと、ここから先は、動けない。」

二人は大殿に会って、事の真偽を確かめるつもりである。



普通、姫の身分ならば外出するには駕籠(かご)に乗って、

周りにわからないように移動する。

ユリアといる時、コウは大体、歩いて移動する。

何かあってもユリアが防ぐからである。

お付きの者も付かない。

コウはここのところずっと、自由を満喫している。



街では通りを掃除したり、どこに何を立てるのか検討するのに忙しい。

そういえば、もうじき七夕のまつりである。


「ねえユリア。七夕のおまつりは、一緒に見に来ようね。」

コウはニコニコして言う。

通常、姫の身分では、ヒョイヒョイ城下町へと遊びには出かけられない。

ユリアがいると、そこのところはフリーパスだ。


ユリアは、うーん、その頃は今の件で大忙しになってるだろうな~

なんて思ったのだが、黙ってることにした。



そんなこと話しながら歩いていたら、大手門に出る。



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