045 巡り合い
再び鉄火場・・・の別部屋。
ユリアとお狐は、親分と対峙している。
「なあ、姐さん。あんた何者だ?」
親分の長次は、ユリアと会って、少々困惑している。
年の頃16、7の可愛い娘が一点買いの大勝負をする度胸もさることながら、
腹いせにこっちが出したヤクザ者を返り討ちにした。
その上、奥の手で出した凄腕の用心棒と、腕は同格っていうのは・・・
横にいるお狐は黙って下を向いているが、
「なあ、お狐。この嬢ちゃん何者だ?」
長次は知り合いであるお狐に助けを求める。
「名前はユリア。歳は・・・知らない。
久留里藩の方から来て、新久留里を見たいって言ってる。
剣の腕は見ての通り。」
お狐は知っているままを答える。
「フーム。」
煙管から煙草を吸った後、長次は深く息をつく。
フーッと鼻から出る煙が見えた。
パンと煙管を煙管盆に叩きつけると、灰を落とす。
「ま、ヤクザに会って殿様と会いたいって言うようじゃ、
まともなお人じゃ、あるまい。」
まともな人じゃないというのは『堅気』、つまり素人ではないということだ。
「ねえ親分さん。この二人、あっしが面倒みちゃ、いけませんかね?」
それまで黙っていた鉄が言った。
長次は少し驚いて
「先生。アンタが面倒見なさるんで?」
意外そうな口調である。
鉄はフッと苦笑して、
「恥ずかしながらあっしの居合い、止められたのは、この嬢ちゃんが初めてでさ。
16、7の小娘に、あの初太刀を止められちゃ、
あっしは『先生』なんて呼ばれる資格は、ありやせん。
それで少し尋ねたいことがありやして。」
長次はしばらく黙っていた。
しまったキセルをキセル筒から再び取り出して、
袋から煙草を取り出し、クネクネと入れる。
囲炉裏から火箸で炭を取り出すと、火をつけた。
「フーッ。」
一服つけると
「ま、先生。よいでしょう。その二人、預かっておくんなさい。
どうやって分かったのか、殿様とあっしが知り合いだということを知っているし。」
二人は鉄と一緒に離れへと移動する。
板敷きの廊下と畳の部屋だけの、簡素な離れである。
「さて、と。」
鉄は何かを探す。
ユリアが動いて座布団を3つ、畳に敷いた。
ペコリと鉄はお辞儀をして、
「やっぱり勘の良い嬢ちゃんだね。」
鉄が座りやすいようにユリアが鉄の手を握ると、鉄はビクッとした。
「お、こりゃ・・」
「武近兄ちゃん、オレだよ。」
ユリアは鉄の耳元で囁いた。
『!?』
鉄が驚いた顔をする。
「良彌!?」
ユリアが鉄の口に手を当てて
「シー。」
耳元に口をやって、何事かポソポソと囁く。
鉄はコクンと大きく頷く。
ユリアの手を握り返して、ポンポンと叩く。
奥から、三下が三人分の茶を持ってくる。
対座する三人の前にそれぞれ置いて、一礼して去った。
鉄とユリア、二人は懐手でしばらく黙っている。
しばらくすると
「さて、と。」
打って変わって、険の消えた表情の鉄。
「まったく驚いたねぇ。一体全体、どうなってるんだい?」
お狐は鉄の顔を見て、これが同一人物かと唖然としている。
先程までの鉄は、いかにも博徒という感じの、
在る種、殺気を帯びた雰囲気を持つ渡世人であった。
今の鉄は涼やかな雰囲気を持つ、優しげな表情の町人である。
「こっちもビックリしちゃってる。いきなり女だもん。」
ユリアが言うが、お狐には何言ってるのか、さっぱり判らない。
「お光さんはどうしてる?」
「今、宿屋で休んでる。」
「大丈夫なのかい?」
「まわりに人が多いし、刀持たせてあるから大丈夫じゃないかな。」
ユリアもくつろいだ様子である。
お狐は、何が何だか判らない。
お狐はユリアの耳をグイと引っ張る。
「イタタタタw」
「おいユリア、どうなってるんだい。説明しとくれ。」
怒っている。
ユリアは居住まいを正して、お狐に言った。
「こちら武近兄さん。私の兄です。」
鉄も居住まいを正して
「盲の鉄こと、武近です。」
ポカンとする、お狐である。
ユリアの話で、お狐にもある程度、状況がつかめてきた。
「じゃ、何かい。
総一朗様を外して弁次郎様を立てて、
殿に具申申し上げる機運が、急速に盛り上がっていると?」
武近がユリアに尋ねる。
「そうらしい。
で、コウは、一旦久留里に戻って御館様に理を述べた上で、
将来の計画を説明した方が良いと言っている。」
ユリアは話す。
当然、あたりの様子を伺いながらの会話である。
小さくポソポソと話している。
その会話がピタッと止まる。
スッと障子が開くと、先だっての兄貴が来た。
「先生。説明できるか親分が聞いてこいと。」
鉄に変わった武近は、
「もう少し待ってくれと、親分におっしゃってください。
少々込み入ってる話になっておりやす。」
兄貴は軽く頭を下げると、障子を締めて再び戻ってゆく。
「さて、どう説明したもんだか。」
懐手で武近は悩む。
「私としては、コウが来ていることを親分に話して、
総さんに説明してもらって、コウと城内へ入って説明。
総さんが久留里へ戻って、
殿に説明っていうのが順当なんじゃないかと思うんだけど。」
ユリアのアイデアに、武近は
「いくつか危ない箇所がある。
まず、親分から総さんに説明だが、横槍が入る可能性がある。
次に、ここから久留里に戻る際に、弁さん側から攻撃があるやもしれない。
最後に、殿の出方だな。
あの人の真意がはっきりしていない現在では、
総さんを連れて行ったら、いきなり投獄って可能性もある。」
ユリアもその点は、薄々気がついている。
不確実性の高い今回のミッションは、どこが押しどころなのかハッキリしない。
武近は懐から手を抜いて
「まあ、私とお前。二人いれば、大概の事は何とかなるだろう。
いいよ。お前の筋に乗ってやろう。」
鉄は長次に経緯を説明した。
ざらっと言えば、
ユリアは同門の剣士であったこと。
寝屋の町に新久留里の惣領、総一朗の妹、光姫を連れて来たこと。
世継ぎの件で至急、久留里に戻って、大殿に面会する必要があること。
「と言うことで、アッシ経由で親分さんに、お頼の申し上げます。
明日にでも姫様をこちらにお連れいたしますので、
会って話を、聞いちゃくれませんか?」
鉄の話を、長次は懐手で黙って聞いている。
しばらくして
「わかりました。良ござんしょう。
姫に会った後、殿にご説明申し上げましょう。
元々、先生は、殿が私にご推挙していただいた方であります。
先生がこう申しておりましたと言えば、話は通り易いと思われます。」
突拍子もない話であったが、ちゃんと話しを通してくれる長次に感謝である。
長次は鉄とユリアを見て、
「それにしても、総一朗様には先生、光姫様には嬢ちゃん。
先生の門派は、よほどご領主様より、信頼されておられるようですね。」
二人は軽くお辞儀をして
「信頼に恥じないよう、務める所存にございます。」
その後の話し合いで明日の朝、長次と姫は会うことになった。




