043 探索
新久留里と呼ばれる領地は、久留里の町から山並みをぐるりと回って到着する。
「え? まだここじゃない?」
ユリアが通りかかった農民に尋ねたところ、
「この道ずっと真っ直ぐ行って、鳥居のある丁字路があるから、
そこ曲がって真っ直ぐ。」
らしい。
「旅の衣装にして、良かったね。」
コウが言った。
二人共袴を履き、地味な着物でポニーテールにして、脇に刀を差している。
ちょっとした若武者風である。
最初、この姿を見た乳母が「はしたない!」
文句を言った。
「姫様も優里亜様も、いい加減になさいまし。
それでなくとも婦女子は男子に比べて弱いのです。
その姿で旅に出るなどど。」
一方、光は、キヤキヤしている。
「うわー! こういう格好、してみたかったんだ。ユリア、ありがとう!」
農民が言った、鳥居のある丁字路が見えた。
脇にある道標に、人が一人、所在無げに腰掛けている。
二人が曲がると、
「おっと。そっちは行き止まりだよ。」
腰掛けていた人物から声がかかる。
「こっちは新久留里藩なんでしょ?」
コウが言うと、
「何用だ。」
急に口調が変わる。
菅笠を被っていたので分からなかったのだが、見ると女性である。
縦縞の着物を着て短パンのような股引、
脚絆に足袋、わらじ姿で、脇差を差している。
二人をじーっと見て
「よく見りゃ、お前ら二人とも女だな。そのナリ、怪しいな。何用でい!」
伝法な口調である。
ユリアは二人の間にツィと割り込み、
「新久留里藩は色々面白いものがあるっていうから見物に来た。」
怒ったのは伝法な姐さんである。
「おう!おうおう!『面白い』たぁなんだ!こっちゃ、命賭けてやってんだぞ!」
どうもこの人、新久留里藩の関係者みたいである。
「ここって関係者以外、立入禁止?」
ユリアが姐さんに尋ねると、
「最近、怪しいヤツが多いんだよ!」
「私たち、怪しくないよ?」
ユリアが言うと、
「どこどう見たって、おメエら、怪しいじゃねえか!」
怪しさ満点という感じでお姉さんは言う。
うーん、困ったな。
・・・そうだ。
「ねえ、お姐さん。一緒に新久留里藩案内してくれない? お代は弾むよ!」
「うわー嬉しいなっ♪・・なんて言うわけないだろ!」
姐さん、怒って刀を抜いた。
「帰れかえれ! 命あっての物種だぞ!」
ユリアは白虎を抜くと裏返し、峰を姐さんの手首にパシッと当てる。
「ウワッ。」
姐さん、刀を落として慌てて拾おうとしたが、手がしびれて拾えない。
ユリアは、足先で刀をすっとどけると
「仲間呼んでもいいけど、死人が出るかもね。」
姐さんはしゃがんだまま、痺れた手首を握りながらユリアを見上げた。
ユリアはしゃがんでニコッと笑い
「ね、案内して。」
目が笑ってないところが怖い。
姐さんと一緒に歩いてゆくと、道の陰に4、5人の三下がいた。
「おっ、お狐。ソイツら、何だ?」
怪しい顔をして二人を見る。
狐はニコッと笑って手を振って
「ああ、知り合いなんだ。大丈夫。町へ戻るから、後を頼む。」
怪訝な顔をした三下達を通り過ぎて、道を曲がるとやがて見えなくなった。
「よく『敵だ!』と騒がなかったね。」
歩きながらユリアが言うと、
「お前なら、あの程度、一瞬だろ?」
悔しげに言う。
それを無視して
「お狐さんって言うんだね。よろしく。」
ニコッと笑う。
小さな峠を1つ2つ超えると、田んぼが見え始める。
少しいったところに、小さな店が見える。
「お狐ちゃん。見張り、大変だね。」
お店にいたおばさんが、お狐を見て言った。
一緒にいた二人を見ながら
「おや、新しいお武家様かね。寝屋の里にようこそ。」
ユリアとコウはお辞儀をする。
ユリアが
「ねえ、お狐さん。少し休んでいかない?」
そう言って、さっさと縁台に腰掛ける。
なにか食べるもの無いとか言って、くつろぎだした。
お狐はチッと思ったが、顔に出さずに
「おばさん、団子とお茶3つ。」
そう言って座る。
眼の前には、春の日差しに照らされた、耕作前の田んぼが広がっている。
ユリアが
「おばさん、ここ、寝屋の里って言うんだ。」
おばさんが
「そうだよ。最近じゃ『新久留里藩』とか言うみたいだけどね。」
「へえー。ここって久留里藩じゃなかったの?」
そんな世間話をしながら、お店のおばさんから少しずつ情報を仕入れる。
しばらくして
「おばさん、お勘定、ここに置くね。」
と言って、店を出た。
店のおばさんとユリアが話している間、お狐はずっと唇を尖らせて下を向いていた。
歩きだしてしばらくすると
「アンタ達、間諜だろ。」
そう言って、憎々しげに見る。
ユリアとコウは顔を見合わせて、プッと笑った。
怪訝な顔をする狐に、
「お狐さん、
もし私たちが間諜だったら、こんな昼間に正々堂々、道をたどって来ません。」
コウが言う。
ポカンとした顔で、
・・・それもそっか。
思ったお狐である。
新久留里藩の藩都、寝屋。
全体が見渡せる丘から見ることができた。
思ったより大きい。
コウはびっくりした。
コウから見て、兄、総一朗は『アホ』である。
真面目に父の言うことを聞いていれば、順調に総一朗は『殿』になれる。
それを何を考えているのか知らないが、こんな山奥に独立藩を作っている。
もっとスマートに出来ないもんかなぁと、思っていたのだ。
その兄が、山奥の寝屋に、こんな大きな町をつくっている。
「ね、ユリア。思ったより大きな町よ。」
意外そうな感じで、コウは言う。
ユリアは頷きながら
「大きいね。」
「ヘヘン。久留里ほどじゃないけど、ちゃんと町なんだぜ。」
得意そうな顔で、お狐は言う。
確かに、ちゃんと町になってる。
街に入る手前に、関所があった。
お狐は手形を持っている。
「あんた達の分はないよ。どうやって入るつもりだい。」
もう二人が捕らえられるつもりで、ニヤニヤして喋っている。
不安そうにこちらを見るコウに、ユリアは微笑して軽く頷いた。
「次の方、入られませい!」
二人は、お狐と一緒に入る。
お狐はユリアに、いつもどおりでいいと言われている。
そこは狭い通路である。
正面に役人がいる。
「はい。」
お狐は自分の手形を見せる。
役人も慣れたもので、お狐の顔と手形を見て、すぐに通した。
「次は・・」
役人がそう言った瞬間、ユリアは『真言』を使う。
『もうすでに、手形は見せましたね?』
役人はポカンとした後、
「あ、ああ。もう私は手形を見た。」
『通っていいですね。』
「・・通っていい。」
そして
「次の者!」
お狐は様子を見ていてゾクッとした。
何、アイツ。あれで通れちゃうの!?
なにか得体の知れない術を使ったんだ。
「お待たせ。」
ユリアがお狐に近づくと、お狐は青い顔をしていた。
「? どうしたの?」
尋ねると、
「アンタ、妖術使い!?」
おそらく先程の関所の通り方を見ていたに違いない。
ユリアはニコッと笑うと
「お狐さん、逆らったらホントの狐にしちゃうかも。」
その様子に、ぶるっと震えたお狐である。
寝屋の町に入ると、大勢の人で賑わっている。
「いらしゃい、いらっしゃい!」
「さあさあ、今から名場面が始まるよ!」
商人も町人も、楽しげに歩いて働いている。
コウが
「まるでお祭りの時みたい。」
はしゃいでいる。
確かにお祭りの賑やかさによく似ている。
ユリアはお狐に
「お狐さん、町の中って、いつもこんな感じ?」
お狐は諦めたのか、逃げる気配はない。
「まあ、大体いつもこんな感じだね。」
コウは「楽しいなぁ。すごいなぁ」なんて言いながら、感心して歩いている。
3人で町のあちこちを歩く。
夕刻。
「お狐さん、今日はありがとう。」
二人は狐に礼を言う。
「後、適当な宿屋を紹介してくれたら嬉しいな。」
ユリアはそう言って、お金を出す。
「これ、少ないんだけどお礼の気持ち。」
お狐はジッとそれを見て、
「宿紹介したら。帰っていいんだね。」
ユリアはコクンと頷く。
「手間取らせて、悪かった。」
お狐は二人と、このまま離れて良いのか迷っている。
ユリアと名乗る女は、狐に対して、
別れてから黙っていろとも命はないとも、脅迫じみたことは言わない。
「アンタ、私が喋ったら、どうするつもりだい?」
そう聞いてみたかった。
ただ、そう聞いたところで答えはないだろう。
コイツ、相当デキる。
それだけは分かる。
私が番屋へ届けて役人が動いても、解決できる自信があるに違いない。
『皆殺し』
ゾッとした思いが狐を通り過ぎる。
コイツ、邪魔なら全て殺すに違いない。
そんなヤツを、私は寝屋の里へ入れちまったんだ。
「ねえ、お狐さん。物騒な考えはしないでね。」
そう言われて、狐は心底ゾッとする。
コイツ、アタイの考えを読んでやがる!
ユリア、いや、ヨシュアにとって、お狐がどう思っているかなど考えてみるまでもない。
一連の流れから読める。
「宿を紹介するし、これからも案内だってする。ただ一つだけ、約束してくれるかい?」
狐は青い顔のままで言う。
コウは怪訝な顔をしたが、ユリアは小さく頷く。
「アンタ。私が言うことを聞いている間は、殺生はやめてくれるかい?」
やっとの思いで狐は言う。
ユリアは狐を見つめて
「状況が許す限りはいいよ。」
・・・言質はとった。
お狐のちからでは、これが精一杯である。
馴染みの宿に二人を入れて、お狐は尋ねる。
「で、明日は何をするんだい?」
ユリアはニコニコ笑いながら、
「お狐さん、夜は長い。これからひとっ風呂浴びたら、夜の街を紹介しておくれ。」
お狐は気が遠くなった。
まだ出かけるのか!
ユリア、まだまだ行く気である。
明日、投稿休みます。




