002 出会い・2
ヨシュアは硬い床の上で目を覚ます。
昨日は、ひどい目にあった。
やっとの思いで道に出て、通った荷馬車に助けてもらったまではいいのだが、
見知らぬ女性を連れていたので、通門で一悶着あった。
結局、ヨシュアの従妹ということで入場できた。
門衛が気を利かせてくれて荷馬車を用意してくれたので、
医療ギルドまで連れて行ったのだが、ここでも治療費でモメた。
ヨシュアが支払って治療されたが、バカにならない代金を取られた。
この上、治るまでベッドを使えば、幾らかかるか分からない。
竜の尻尾亭の自室に連れてきた。
「この女性、誰!?」
アリゼが見つけて、また一悶着である。
「知らない女性と同じ部屋なんて、絶対に許さない!」
結局ヨシュアの部屋を病室にして、アリゼと交代で看病することになり、
治るまで生活は、アリゼの部屋で一緒にすることになった。
当然、ベッドはアリゼが使うので、ヨシュアは床に寝る。
ゆさゆさ揺すられて、オレは目を覚ます。
「おはよう。彼女はまだ寝てる。朝食はできてるから降りてきて。」
アリゼはすでに起きて、仕事を一通り終わらせたようだ。
ヨシュアは骨をコキコキさせて背伸びをする。
「おはよ、アリゼ。ありがとう。」
アリゼは少し強張った顔でニコリとした。
まだ怒っているらしい。
今日はアリゼが看護してくれると言う。
「まだクエスト完了まで時間はあるから。」
アリゼのクエストを手伝うことを約束して、頼むことにした。
今日もヨシュアは、薬草採集の続きである。
まずは前日荷物を残した場所へと向かう。
必要なものを除いて、女性を発見した場所に荷物は全て残し、隠してある。
さて、前日のまま残っているかな。
行ってみると、幸い何も盗られずに残っていた。
ラッキーである。
午後も遅い時間になって、必要量は確保できた。
ギルドに戻って納品受付に行く。
受付でもらったメモと照合して、必要量であることを確認する。
「お疲れ様。ざらっと見たとこ、これならいいだろう。」
報酬は注文主確認後である。受付伝票をもらってヨシュアはクエストを終了した。
夕方、宿へ帰ると、食堂は大勢の人で混んでいる。
アリゼが寄ってきて
「昼過ぎに彼女、目を覚ました。
ここどこ?って聞くから、シュヴァインフルトだって教えたら、
そう。って言ったきり喋らないの。
もう、何なの。あの娘。」
一気に喋ってプリプリしている。
「アリゼ、夕食は?」
「まだ。」
「じゃ、忙しいのが終わる頃、一緒に食べよう。」
アリゼは頷いた。
階段を登りかけて、
「ああ、彼女、ご飯食べた?」
行きかけたアリゼが
「いちおう食事は置いといた。食べるかどうかは別だけどね。」
そう言って、急いで仕事に戻っていった。
部屋へ戻ると女性は半身を起こして、ベッドに寄りかかって座っていた。
食事には手を付けていない。
「お気に召さないかな?」
そう言って傍らにあった椅子に座る。
彼女と目が合った時、こいつは難儀なことになるかなと感じた。
目つきが尋常じゃない。
敵意に溢れ、決して譲らない眼だ。
「手が使えないのなら、手伝うけど?」
一応、振ってみる。
・・黙っている。
ジーッとオレを見て離さない。
フーッとため息をつくと、頭をガシガシと掻いた。
「なぁ。名前くらいは教えるのが礼儀だと思うけど?」
しばらく間があって、
「ターシャ。」
オレを睨んだまま、答えた。
オレは睨まれる覚えはないし、悪いことなぞした憶えはない。
ニッと笑って、
「オレはヨシュア。ここの部屋の住人だ。
ここは竜の尻尾亭の305号室で、オレの部屋。
オレは仲間のアリゼというヤツの部屋に移動して、君の病室として使っている。」
ターシャは睨んだままで話を聞いている。
「アナタがここに運んだの?」
オレは頷く。
「昨日だけど、北の門近くの雑木林に君は倒れていた。
傷口から出血が止まっていなかったから、オレが縫った。
縫合がチグハグかもしれないが、それは勘弁してほしい。」
お互い目線を合わせたままで会話をしていたが、
ターシャはツィと目線を下におろす。
「世話かけちゃったみたいで、ごめんなさい。
いえ、・・ありがとうだよね、この場合。」
そう言って見上げた眼は、険が消えていた。
「すっかり冷めちゃったけど、まずは食事を食べてくれ。
顔色見れば分かるけど、相当血が流れたんだと思う。
まずは体力を回復しないと怪我は治らない。」
何かを気にしているようなので、ニッと笑って
「毒なんか入ってないよ。
大体、死なすつもりなら、林にそのまま放っておいて帰ってる。」
その一言で安心したようだ。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかった。
ただ・・いえ、確かにそう。ごめんなさい。
今までずっと、注意しなければならなかったの。」
素直に謝った。
彼女が食べられるようにトレイを移動して支えてやる。
そうすると、斬られたのが利き手じゃなかったので、何とか食べられるようになった。
しばらくすると
「もう充分。」
オレはトレイを持って部屋を出る。
食堂に戻るとアリゼが待っていた。
「彼女は?」
トレイを持ち上げて
「やっと食べてくれた。」
アリゼはオレの顔をじーっと見ていたが、フッと笑って
「食事にしましょう。」
食事をしながらターシャから聞いた話を、かいつまんで話す。
「ふーん。」
気のない様子でアリゼは答える。
「で、彼女、どうするの?」
「どうするって?」
オレが聞くと呆れた様子で
「このまま治るまで居させる気?」
それこそオレは分からない。
「治るまで面倒は見る気だけど?」
「アンタねぇ・・・」
今度こそ本当に呆れたようだ。
「どう見たってあの娘、面倒事抱えてる感じでしょ。
揉め事が飛び込んできたら、どうするつもりなの。命懸ける気!?」
オレはちょっと詰まる。
そこまでは考えてなかった。
「彼女、相当難儀な事にハマってる。
私達のような、しがない冒険者が解決できないくらい大きな問題だと思う。
出来ないんだったら助けるのは、どちらの為にもならない。」
アリゼはオレの目を見て言った。
食事を終えて3階に上がると、何かおかしい。
気になって305号室を見ると、誰もいなかった。
慌てて探そうとするとアリゼが引き止める。
「さっき言ったこと忘れた?」
アリゼを見ると、彼女は頷く。
ああ。
確かアリゼはこう言った。
「出来ないんだったら助けるな。」
しばしオレは迷う。
オレに他人の人生を背負う気構えがあるのか。
《信念に従うべし》
突然、天啓が訪れる。
それは祖父が言っていた教え。
オレは刀を取り上げ、脇にさす。
振り返りもせずに部屋を飛び出した。
アナスタシアは、喘ぎながら裏通りを歩く。
アイツらは執念深い。
このまま宿にいたら、いずれ見つかって全員殺されてしまう。
呼吸するたびに痛みが身体に響く。
傷口が再び開いたのを感じる。
彼女はヨシュアに憶えがあった。
この前助けてくれた人だ。
森で見つかり、肩を斬られ、もうダメだと思ったときだ。
「なんとなく」と言って、5人を倒した。
どんな偶然か、再び助けてもらった。
でも、ダメ。
連中はしつこいから、見つかって殺されちゃう。
「おやおや。姫君がこんな所で、何をなさっておられるのか。」
嘲るような口調が、影から漏れ出す。
・・やっぱり追ってきていた。
アナスタシアは壁に手をあてて呼吸を整える。
「ねえ、シュトキン。『私こそ忠臣の徒』と言ったセリフが恐れ入るよね。」
彼女は影の中を見もせずに答える。
男は黙って左右に合図する。
複数の人間がすばやく動く。手には武器を持っているらしい。
アナスタシアは武器を持っていない。
ああ、わたし、これで最後かな。
そう思った瞬間、宙を舞う光の輪を見た。
キンキンという音が聞こえて、火花が見える。
「チッw」
今度は光の矢が二閃三閃。
周りにいた敵が倒れた。
ヨシュアはターシャが囲まれているのを見る。
全員武器を持っている。
鯉口を切って突っ込むと抜刀、一番危険な2人を切り裂く。
キンキンという音と火花が出た。
「チッw」
鎖帷子を着てやがる。
攻撃を突きに変える。
急所に向かって素早く繰り出す。
彼女の周りにいた敵が倒れる。
アナスタシアは驚いた。
まさか来てくれるなんて。
視界の隅に、何かが映る。
「危ない!」
とっさに叫んだ瞬間、敵の支援である弓兵が倒れた。
アリゼはヨシュアが斬り込むのを見た。
周囲を見回すと・・いた!
軒から弓兵が、ヨシュアを狙っている。
アリゼは弓兵に矢を射る。
胸に屋が刺さった弓兵は、軒から落ちる。
「チッ、味方がいるなんて予想外ですね。」
シュトキンは手を挙げる。
一味は素早く撤退した。
ヨシュアは内心ドキドキしている。
ヤバかった!
慌てていて、弓兵に気づいていなかったのである。
アリゼがいなかったら死んでいた。
壁にもたれて倒れそうになっているターシャをヨシュアは支える。
「そんな怪我で、何処へ行こうというんだかw」
ため息をついて彼女を抱きかかえる。
「痛かったら言って。」
そのまま歩き出す。
アナスタシアはヨシュアの顔を見られない。
涙で視界が滲んでいるからだ。
助けに来てくれた。
散々、迷惑をかけまくって宿を出た。
何処に行くとも言わずに出たから、探せるわけはない。
それでも自分を探して救ってくれた。
信じられない。
「もうダメだと思った。」
ポツンとターシャが言った。
ヨシュアは抱く体勢を軽く直して
「礼ならアリゼに言ってくれ。
オレは弓兵がいるなんて気が付かずに突っ込んだんだ。
倒してくれなかったら、今頃死んでる。」
「ちょっと前に囲まれてた人?」
ヨシュアがアナスタシアに尋ねる。
「・・・」
アナスタシアは答えられない。
だって、逃げるのに夢中で、お礼の言葉も言ってない・・。
少し離れた通りの角からアリゼが姿を現す。
「ありがとう。」
アナスタシアが言った礼は、弱々しい声であったが聞こえたらしい。
アリゼは硬い顔をして頷いた。
しばらく無言で歩く。
宿に近づく頃、ヨシュアは
「まあ、なんだ。ターシャ。
その・・出てゆくなら治ってから出ていって欲しい。
せっかく助けた手前、途中で行き倒れられたら助けた甲斐がないからな。」
サラッと言ったつもりだったが、照れが出て、途中で声が裏返った。
アリゼが「プッ」と吹き出す。
らしくないのがバレたw
オレは苦笑いする。
いきなりターシャが、顔を間近に近寄せる。
「アナスタシア。私の名前はアナスタシア。ターシャは愛称。」
ビックリしてオレは彼女を見る。
言葉を繋ごうとするが、思いつかない。
「あ、ああ。了解。アナスタシアだな。オレはヨシュア。よろしく頼む。」
なんとも間の抜けた返答を返した。
アリゼが寄ってきて、
「言ったと思うけど、私はアリゼ。
あんたがどういうつもりか知らないけど、
ヨシュアがみるというなら、私もあなたの面倒をみる。
せいぜい面倒をかけないようにしておくれ。」
ターシャは頷いて
「わかりました、アリゼ。治るまでおとなしくします。」
「あ、そうだ。忘れてた。」
アリゼが突然言う。
オレを見て
「もうすぐクエスト締切だから、約束通り手伝ってよね。」
オレはアナスタシア、いや、ターシャを見て、
「と言う訳でターシャ、明日はお留守番だ。静かに寝ていておくれ。」
彼女に軽くウインクした。
寒の戻りか、寒い~w