012 才能
数日経って、ターシャが動けるようになった。
「お待たせ。」
まだ痩せて細い身体だが、もう歩いていて頼りないところはない。
今日、アリゼとリドルは、すでに別のクエストを行っている。
オレとターシャは冒険者の登録と、装備の購入を行う予定である。
オレはターシャに冒険者の服装をさせて、一緒に歩く。
「そう言えばターシャ。君って、なにが得意なんだい?」
どの装備を購入しようかと考えていたオレは尋ねる。
ターシャは辺りをうかがい、小声で
「魔法師です。中でも指揮管制(tactics)が専門。」
「具体的には?」
「具体的には情報整理・情報共有。」
オレはちょっとビックリする。
「それって王族や貴族、それも上級指揮権ある人か、
騎士団とかの参謀本部にいる人が使ってる魔法だよね?」
彼女はコクンと頷く。
「他には?」
「他には、電撃と風の範囲魔法が使えます。」
「範囲は?」
「直径で300m。」
これも戦術級(tactics)か。
通常、ここまで聞けば充分なんだけど、ひょっとしてと思い、
オレは尋ねてみた。
「他には?」
彼女は再び辺りをうかがい、
「召喚魔法が使えます。」
これには二重の意味でビックリした。
受け売りの又聞きだけど、
ひとつは枠の問題があって、
指揮管制の魔法が使えて電撃と風の攻撃魔法が使えるなら、
使える魔法の枠はいっぱいのはずだ。
もう一つは属性の問題で、
攻撃魔法と召喚魔法は、攻撃+攻撃みたいな感じで相性が悪く、
使えるのはどちらかになるはずだ。
「ちなみに召喚される種別は?」
ターシャは耳元で、こしょこしょと喋る。
オレは改めてターシャを見る。
・・・命を狙われる訳だ。
指揮管制(tactics)の魔法は騎士団や軍の指揮を行うための魔法で、
王族や貴族、参謀とか、それも指揮権のある人しか教えてもらえない。
広域の範囲魔法を使えるというのは持って生まれた才能であって、
練習すればできるというものではない。
召喚魔法も似たようなもので、遺伝によって継承されるものが多く、
使える人は少ない。
指揮権が必要な魔法を知っていて、風と電撃、2種の攻撃魔法を使えて、
おまけに広域の範囲魔法を使える。
この上、召喚魔法を使用できる。
このような才能の重ねがけみたいな人がいるというのは・・・
オレは歩きながら腕を組んで考える。
「職業は魔法剣士。得意は電撃と風の攻撃魔法。
名前はターシャ。姓はナシ。オレ達は君の過去は知らない。」
オレは彼女を見て、
「いいね?」
ターシャはオレを見て、
「わかりました。」
彼女は、どこの国かは知らないが、王族もしくはそれに近い血統の出だ。
何かトラブルにあって、逃げている。
君子危うきに近寄らず。
オレ達みたいな一般ピープルが近寄ると危険である。
追手はオレ達が邪魔と分かれば、
虫を殺すように、ためらいもなくプチッと殺すだろう。
オレは、よほど難しい顔をしていたのだろう、
ターシャは立ち止まって、悲しそうな顔をする。
「どうした?」
オレが尋ねると、
「私のこと、嫌いになった?」
オレはしまったと思い、顔を拭い、苦笑する。
「いや、驚いただけ。
元々、かなり厄介な事情はあるのだろうと思っていたからね。
他の連中のことも考えて、どう立ち回ればいいかを考えてた。」
彼女の手をとって、一緒に歩きだす。
「今から君は、ターシャという冒険者になって生きる。
冒険者は基本的には自分の身は自分で守らないといけない。
だからターシャ。戦う術を学ぼう。」
振り返って
「オレもアリゼも戦う方法は教えられる。
でも、戦う決心をするのは君だ。
一緒に戦って、勝ち抜こうじゃないか。」
オレはニヤリと笑う。
ターシャは少し明るい顔に戻った。
・・いかんな。
ただでさえ病み上がりで精神が不安定な状態だ。
気を使わせちゃいけない。
できるだけ明るい顔をしないと。
オレは自分の至らなさに少し腹がたった。
魔法武器を取り扱う店へ着く。
ターシャの武器は、魔法剣士なので通常のものとはチョイと違う。
通常の武器に魔法を添付・付与・充填等々、
様々な方法で魔法が使えるようにしてある物を使う。
この世界の人間は、使える魔法とその度合が異なるので、
それこそ万に余る魔法武器が存在している。
『カラン♪』
ベルの音で、入室したのがわかるらしい。
「いらっしゃい。」
優しい女性の声が響く。
「マリベル。お久しぶりです。」
オレは丁寧に挨拶する。
「まあ、ヨシュア。珍しいわね。」
黒い洋装の女性である。
顔には薄い黒いレースがかかっていて、目元は見えない。
レディ・マリベル。
元冒険者。
魔法攻撃のスペシャリストである。
「今日は武器を選びに来ました。」
オレはそう言うと、ターシャを紹介する。
「彼女はターシャといいます。武器を選んでやってください。」
マリベルはカウンターの前にやってきて両手を差し出し
「手を。」
オレはターシャの耳元でささやく。
「盲目なんだ。手を乗せて。」
ターシャがマリベルの手に自分の両手のせると、マリベルは軽く握る。
少し経って、
「まあ! 貴方・・・」
しばらくして手を離す。
「貴方・・・。いえ、いいでしょう。どのような武器を望みますか?」
ターシャはオレを見る。
オレは、
「ターシャにとってベストの武器を・・とは申しません。
対人用として使えるものを望みます。」
「承知しました。」
そう言うと、彼女はしばし考える。
「メイスは少し重い。ショートソードは威力に欠ける。・・そうね、これなら。」
「失礼」と言って、彼女は奥へと入る。
しばらくして彼女が持ってきたのは、女性が扱う長さのレイピアである。
「これはレイピアです。細身ですが両刃ですし、
ナックルガードはしっかりしていて、打撃にも使えます。」
鞘から取り出して、刃の部分を見せる。
何かをつぶやくと、刃の部分に白く輝く文様が浮かび上がった。
「このように、持ち主の属性に応じて刃に魔法が付与されます。」
鞘に収めて柄頭を見せる。
「この部分に魔石が入っており、そのまま魔法攻撃が可能です。」
杖のように持って、何もない空間に向かって雷撃を走らせる。
「魔法杖としても使えます。」
マリベルはターシャにレイピアを差し出す。
「持ってみてください。」
ターシャは再びオレを見る。
オレは頷く。
武器をとって、鞘から抜く。
少しは扱いを知っているのだろう、空いている場所で色々な動作をしている。
動きを止めて魔法を唱える。
白く輝く文様が出て、刃から軽い雷撃を走らせた。
最後に鞘に収めて、
「ありがとうございました。」
「どう?」
オレが尋ねると、
「いいと思う。」
気に入ったようである。
「お幾らですか?」
オレが値段を尋ねると、
「200万ターレル。」
200万ターレル!?
日本円にすると、2000万円である。
完全に予算不足w
諦めようと思ったところに、
「・・と言いたいところですが、貸与します。」
『エッ!!』
ビックリである。
マリベルは愛おしそうに剣を撫でながら、
「これは私が使っていた剣ですの。
冒険者を引退してからは、居間の飾りになってました。」
鞘を握ってターシャに渡す。
「貴方なら使えるでしょう。」
ターシャはまたもや迷う。
オレを見るが、オレは
「せっかくの好意だ。ありがたく貸与してもらえ。」
ターシャは一礼して受け取る。
「ありがとうございます。マリベル様の好意に恥じないよう、がんばります。」
マリベルはニコニコしている。
「ああそうだ。これも忘れちゃいけないわね。」
ちょっと待っててと言って、再び奥へ引っ込んだ。
しばらくして戻ってくると、小さな盾の付いた小手を持ってきた。
「これはバックラーの付いた小手。
魔法を込められるし、ソードブレイカーも付いているから、
うまくいけば、刃を折れるわよ。」
思わぬ贈り物が2つも手に入った。
店から出る時、ターシャは深く一礼する。
「ありがとうございます。御恩は一生忘れません。」
マリベルはニコニコ笑いながら
「また何か入り用になったらいらっしゃい。今度は有料で相談に乗ってあげる。」
二人が見えなくなる頃、マリベルは真剣な顔になる。
「彼女、相当難儀な運命を背負っている。うまく立ち回れれば良いのだけれど。」
そうつぶやくと、店へと戻った。
ターシャを連れてギルドに入ると、ちょっと騒ぎになった。
マリベルの剣と小手を付けて入場したからだ。
「おい、あの装備は!」
マリベルは魔法剣士として、この界隈では有名な存在である。
引退に際して、マリベルの装備は、かなりの冒険者が欲しがったらしい。
しかしマリベルが「これは私の連れ合いだから」と言って、だれにも渡さなかった。
その装備を冒険者見習いが着けている。
「おい、ヨシュア。ちょっと来い。」
とある中堅冒険者に呼ばれる。
オレはターシャを置いてそちらへ行った。
「あの装備はマリベルのか?」
「らしいよね。」
「マジかよ!? 俺達があれだけ言っても譲ってくれなかった装備だぜ!」
「貸与ってことで、預かった。」
「あの見習い、剣の使い手か?」
「剣の扱いに関しては、一通り知ってるって程度じゃないかな。」
少し見た感じだと、そんなものだろう。
「じゃ、宝の持ち腐れじゃねえか!」
オレはニッと笑う。
「オレが今から教えるの。」
中堅冒険者がウッという顔をする。
「お前が教えるのか!」
羨ましそうな顔をして言う。
席に戻るとターシャが「何の話だった?」
オレは
「その装備、羨ましいってさ。」
ターシャはフフッという顔をする。
ターシャの冒険者登録は、すんなり済んだ。
リドルと同じく見習いである。特技は魔法師。
「就職おめでとう。これから君は冒険者として生きてゆく。
危険な仕事だから命を大切にして、用心して働くように。」
オレが初めて冒険者になった時、受付の人にそう教えてもらった。
オレも同じように教える。
「まずは装備に習熟する。そのため仕事の合間に訓練する。
今日は今から練習する。練習での程度を見て、明日の仕事を決定する。」
「承知しました。」
オレは右手を上げる。
「注意を1つ。今からオレを仲間と思って接するように。」
「?」
「敬語は顧客と他の人との会話に取っとけ。『短く的確に』が冒険者のモットーだ。」
「分かりまし・・了解。」
「よし。では今から練習場に向かう。」
練習場には、この時間帯は、人はいない。
オレは練習場にある見本からエストックと小手を取り出し、身につける。
「これが、この装備の基本的な装着方法。
適当に着けると実戦でズレて、斬り飛ばされるから注意。
次にエストックの使い方だが・・・」
まずはお手本を見せて、しばらく練習させる。
次に実戦である。
「百聞は一見にしかずと言って、実戦で慣れるのが早い。」
オレも練習用のエストックとバックラー付きの小手を装着する。
「では練習開始。」
ターシャが汗びっしょりでヘバる頃、練習終了である。
宿へ帰ると、アリゼとリドルが食堂で働いている。
「折角だから、一緒に働くことにした。」
リドルが言った。
ターシャが私もと言ったんだけど、これはオレが断る。
「君は、まず練習してくれ。今の状態だと自分の身一つ守れない。」
ターシャとオレは一緒に夕食をとり、食後、オレの部屋で装備の整備方法を学ぶ。
一通り整備が終わる頃、アリゼとリドルがやって来た。
「お疲れ様。後片付け終わった?」
オレが尋ねると、リドルが
「なんか人いっぱい来てさぁ、もう後片付けが忙しいったらないのw」
どうやら終わったらしい。
「そっちはどう? 真面目に練習してたけど。」
練習場での練習を見たらしい。
アリゼの質問に、
「うん。まあまあかな。初日にしては、よく出来た方だと思う。」
ターシャにウインクしてオレは言う。
「今日はこれで終わりだから、後はよろしく。」
オレがそう言うと、リドルが
「じゃ、身体拭く人用に、お湯作るから手伝って。」
ターシャを連れて行った。
「で、どうだった?」
2人がいなくなって、アリゼがオレに聞いてくる。
オレも真面目な顔になって
「思った以上に深刻な状況だな。彼女。」
ターシャの身の上に関する推測を、アリゼに話す。
話を聞いて、アリゼは
「かなりヤバいってもんじゃないね。民間対国家じゃないか。勝ち目あるのかい?」
オレはニヤッと笑って
「あえて勝ち目があると言えば、オレ達は今から旅に出るっていうことかな。」
「それは勝ち目とは言わないw」
「まあ、来るとすれば暗殺集団だから、情はかけないけどね。」
オレは蒼龍を持ち上げて言う。
「それにしても、油断できる雰囲気ではないね。」
「まあ、そうかな。毒盛られないようには気をつけないとね。」
毒殺については、全然心配していない。
オレとアリゼは鑑定持ちだし、リドルも感知できるはずだ。
お互いに注意していれば大丈夫だろう。
アリゼが部屋へ戻ると、オレは厨房でお湯をもらって身体を清める。
その後、座禅を組んで精神を平静にする。
《今日も色々あったな》
心の中にミナーヴァが現れる。
《ターシャが、どこかの王族とはね》
《お主は気づかなかったが、わらわの精神にはビンビン来ていたぞ。
彼女の魔力は独特なものだ。少し使えば分かるくらいの》
おそらくは王族の血統。
近隣の国で政権が不安定というウワサは、このところ聞かないから、
彼女は降嫁した王族、つまり姫の子供なんだろう。
お世継ぎ問題でも起こったのだろうか。
あとでギルドで探ることにして、今日は座禅を終わって寝ることにしよう。
《おやすみ》
外では冷たい風が吹き、冬がもうすぐだということを教えてくれていた。
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