010 大ポーション
雨は夜半には上がり、朝には晴れていた。
オレはいつものように起きて、支度を済ます。
今日はアイテム目録をギルドに持っていった後で教会へ寄って、
大ポーションを製作してもらう予定である。
オレと一緒に、アリゼもギルドへ向かう。
便利屋ギルドはいつものように混んでいた。
「おっ、ヨシュア。帰ってきたのか。」
肩をバンバン叩いて帰還を喜んでくれる仲間もいる。
手を上げて軽く挨拶しながら、受付へ向かう。
受付のお姉さんに目録を渡す。
事情は通じているらしく、目録は、すぐに奥へと渡された。
奥の椅子に座っていた副支部長が目録を見て、こちらを向いてニッと笑った。
「この目録の1/3はアリゼの取り分です。よろしくお願いします。」
そう言って、受付を離れる。
1時間ほどすると、再び受付に呼ばれる。
「目録より計算すると、このような金額になります。
これより税金を引いた金額がこちら。
うち1/3はアリゼ様の取り分ということで、よろしいですね?」
目録に記載された金額を確認して、オレは頷く。
「では、サインをこちらに。」
オレは受け取り伝票にサインする。
革袋が3つ、出てくる。
「お受け取りください。」
オレはアリゼを呼んで、1つ受け取らせる。
受付を去る間際に、副支部長が寄ってきて
「またぜひ出張してくれ。このような取引は、支部としてもありがたい。」
続いてオレ達は教会へと足を向ける。
教会では、入り口でアリゼの顔をみた僧侶が「ああ!」と言って奥へ走ってゆく。
すぐに「ようこそいらっしゃいました。」と、ニコニコ顔の司祭が現れる。
「今日、行うのですか?」
司祭が尋ねると、
「よろしくお願いします」
と、アリゼが頭を下げる。
「こちらへ」
僧侶に誘われて、教会内部へと入る。
回廊を抜け、大きな部屋へと入る。
「ここは薬品製造室。ポーションはここで作られます。」
揉み手の僧侶はニコニコして、さらに奥へとオレ達を案内する。
上級司祭の衣を来て、先程の司祭が現れる。
「では、早速始めましょう。」
まずは、製作手数料の受け取りである。
支払い方法は双方話し合いが原則で、今回は先払いである。
オレはアリゼから、あらかじめ料金は聞いていたので、すでに用意してある。
革袋をズシッと出して「お確かめください。」
僧侶と司祭が金額を数える。
普通の人が見ればビックリする金額だ。
なんたって一般労働者1年分の稼ぎが1本のポーションの製作代なのである。
「確かに。」
そう言ってお金を革袋にしまうと、僧侶がさっさと持ってゆく。
「では、始めましょう。」
大ポーションの製作は製造室の中にある、小さいが立派な礼拝堂で行われる。
礼拝堂で神への感謝の言葉を述べて、
ポーションの奇跡を通して、患者の回復祈願を願う。
その後、祭壇上でポーション誕生の奇跡が始まるのである。
オレは知っているが、ポーションはそんなことしないでも製作できる。
実際オレは、シュヴァインフルトに帰る途中の宿屋で中級を1本作った。
物事は、実の部分だけだと味気ない。
味わう事のできる、虚の部分が必要なのであろう。
あれやこれやの儀式が終わって、皆が平伏している中で大ポーションは完成する。
「神の奇跡を感じてくだい。」
そうして、光り輝くポーションは手渡されるのである。
竜の尻尾亭に戻り、ターシャのベットへ向かう。
そこにはすでに医者が待っていた。
オレは大ポーションを医者に渡す。
「奮発したもんだ。」
ニヤニヤして医者はポーションを受け取る。
大ポーションは、1本全部使う訳ではない。
患者の容態を見て、適正量を投与する。
余ったとき、余った分はどうなるかって?
今回は医療ギルドが『買い取り』という形で引き取る。
大ポーションなんて、めったに出ないシロモノである。
貴重なのだ。
医者はポーション瓶の封を切り、口を開け、
細長いスポイトでポーションを吸い上げる。
蛍光を帯びたポーションは、まずは傷口へと滴下される。
少しずつ滴下されるポーションは、
シュワシュワと小さい泡を立てながら、傷口を治してゆく。
10分も経つと、傷口はすっかり塞がった。
化膿もない。
次は口からの摂取である。
小さいコップ半分の水に1滴ずつポタポタと落として、濃い溶液を作る。
医師は持っていた別の容器から薬品を何滴か液を垂らし、
ガラスの棒でかき混ぜる。
それを少しずつ飲ませてゆくと、顔色が急速に良くなってゆく。
今度はコップ半分の水に、ポーションを5滴と、また別の薬品を垂らす。
それをゆっくりと飲む。
コップに2杯飲むと、「もう良いでしょう。」
治療が完了する。
「どんな感じ?」
アリゼが聞くと、ターシャは
「疲れた。あと、お腹空いたかも。」
汗をかいた顔で笑って言った。
医者は余りのポーションを持って、さっさと帰る支度である。
「次の患者が待ってるからね。」
ポーションさえあれば、治る患者は多いのだ。
夜もふけると、宿屋の食堂は酒場となる。
オレはアルコールが好きではないので、
レモン水で薄めたヤツをチビチビと飲んでいる。
今晩は客が少ない。
1つの卓を占領して、クタッと寛ぐ。
まずは1つ、終わったかな。
心地よい疲労感の中、ただボーッと過ごす。
「終わったね。」
アリゼがコップを片手にやってくる。
「彼女は?」
オレが尋ねると、
「疲れて寝てる。明日には元気になるでしょ。」
コップの中身はお酒だろうか。アリゼはクイッと飲んだ。
「まあ、明日からはいつもの日常が戻ってくるというものですよ。」
クタッとしたままオレが言うと、彼女はハハッと笑う。
「また一緒にクエストやる?」
そう言って隣の席に座った彼女に、
「いや、今回溜まった資金を元にして、
もう少し難易度の高いヤツを狙ってみようと思う。」
「具体的には?」
「迷宮都市に行こうと思う。」
アリゼの眼がキラッと光る。
オレはモゾモゾと姿勢を治す。
「・・まずはメンバーを決めて、パーティを組まなきゃいけない。
決まったところで、攻撃のすり合わせを行う。
パーティで所定の性能が出せるようになったところで移動かな。」
「フフン。」
「で、アリゼ。一緒に来てくれる?」
アリゼはオレの持っているコップにカチン☆と自分のコップを当てた。
「言うまでもない。」
よし。
「ターシャも参加させようと考えている。オレの勘だとイケる。」
アリゼは黙って話をうながす。
「もう一人・・少し特殊なヤツだがメンバーに入れる。
大森林地帯で拾った奴で、能力は未知数だが、すばしっこくて偵察には向いている。」
「拾ったって、身内とか仲間は?」
「身内、仲間は全部死んじゃって、大森林で一人で生きてたらしい。」
「えーっ、信じられない。信用できるの?」
「オレはそう思うけど。」
「ふうん。」
「しばらく、オレが面倒みようと思ってる。」
「・・・」
アリゼは、またやってるよみたいな顔をした。
黙っているのは了解ととって、オレはそのまま話を続ける。
「後は装備の改変とか色々だが、それは後でもいいだろう。
まずは今言ったメンバーで、クエストを通して訓練するのが先決だ。」
モヤモヤしていた計画がハッキリしてきた。
「オレが持っている資金でイケるとは思うが、足りなくなったら貸してくれ。」
「了解。」
「後は・・明日だな。」
オレもアリゼのコップにカチン☆と自分のコップを当てた。
「それでは副官殿。これからもよろしく頼む。」
二人でコップを上げて、乾杯のポーズをとった。




