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剣豪の息子、旅に出る  作者: 三久
第1章 剣豪の息子、冒険者となる
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009 シュヴァインフルトの便利屋ギルド



午後の少し遅い時間。

商業都市シュヴァインフルトの便利屋ギルドである。

冒険者ギルドには先に寄って、シュヴァインフルトに復帰した旨、伝えてある。




受付に行くと、応接室に通される。

旅の衣装のままなので、応接椅子を汚さないか気を使う。


「おかえり。今回は、随分長い出張だったね。」

便利屋ギルドの副支部長が入室した。

オレは立ち上がり、敬意を表する。

穏やかな物腰と柔らかな喋り方をする人だが、油断出来ない人だ。


勧められて、再び椅子に座る。


「大森林へ行ったと聞いたが。」

「はい。」

「成果は?」

「明日、目録を提出します。」



しばらく間が空いた。

その間に副支部長は立って窓に近づき、外を見る。


「・・・例のもの三種、揃ったかね?」


その言葉で、副支部長はオレの事情を知っているというのが分かる。

どう答えようか、一瞬、躊躇したが、どのみち分かることだ。


「揃いました。」


副支部長は後ろ手で、顔だけ半分、オレを見る。

「フフ。それは上々(じょうじょう)。」

要件は済んだのだろう、オレに手を振り、用は済んだことを示す。

オレは応接椅子から立ち上がり、一礼して退出する。


応接室から退出して廊下に出ると、この数分で自分が疲れたことに気がつく。

やはりあの人は油断ができない。

オレは受付で挨拶した後、宿へ帰ることにした。




竜の尻尾亭に着く頃、曇り空だった空から雨粒が落ちてきた。


玄関から中に入ると、

「おや! やっと帰ってきた!」

女将さんがびっくりして大声で叫ぶ。

「ちょっとアリゼちゃん! ヨシ君帰って来たよ!」


奥からバタバタという音が近づいてくる。

ハアハアという息をしながらアリゼが姿を現す。


「ただいま。アリゼ」

オレが言うと、アリゼは目を見開いて

「あ、うん。おかえりヨシュア。」

少し息を継いで、小声で

「揃った?」

オレは小さく頷く。

「そう。」

アリゼも小さく頷くと、ニコリとした。


その後、急に口調が変わると、

「そうそうヨシュア。長い間、洗濯物はどうしてたの? 

あったら早く出しなさい!」


いつもの風景が戻った。




雨は本降りとなって軒を濡らしている。

オレは新たに別の部屋を確保して、お湯をもらって旅塵で汚れた身を清める。

一段落すると、ターシャに会いに行った。


ターシャは横になっていたが、オレの顔を見ると喜んで、半身を起こす。

「おかえりなさい!」

やはり顔色が悪い。身体も、一回り痩せたようだ。

「ただいま。」

そう言って、かたわらの椅子にすわる。


「待たせて悪い。素材は揃った。後は教会で調合してもらうだけだ。」

正確には「上級の聖魔法を使える人間」が調合すれば完成する。


「できるだけ早く、大ポーションを製造してもらう。もう少しだ。待っててくれ。」

ターシャは首を振る。

「あなたが、いいえ、みんなが私を助けてくれている。ありがとう。」

差し出した手をオレは握る。

オレは笑って、ただ頷いた。



部屋を退出して、自分の部屋へと帰る。

今回得たアイテムの整理をして書き出す。


そういえば大ポーション製造の件だが、疑問があるんじゃないかと思う。

・・ミナーヴァに頼めば出来るんじゃないかって。

そう。良い質問だ。


答えは・・・『出来る』。

実際、ミナーヴァの知識で中ポーションを1つ調合してみた。

ミナーヴァの持つ知識スキルの一つ『上級鑑定』により、

それは中ポーションであることは確認された。


しかし大ポーションをオレが製造して、今回使ってはマズい。


例えば、何もないところに高価な大ポーションが出て来て病人が治ったとする。

見た人はどう考えるかな?


一介の冒険者が、こんな高価なポーション持ってる訳ない。

当然、盗んだじゃないかと思うだろう。

窃盗したと、いわれのない疑惑を持たれる危険がある。

今回は正規の手続きでポーションを製造して使うべきだろう。



オレがアイテムの書き出しが終わる頃、ドアをノックする音がする。

「はい?」

アリゼである。

「宿の仕事は終わった?」

オレが尋ねると、彼女は頷く。

「ちょっといい?」

オレは椅子を勧める。



外の雨は小ぶりになって、

軒から落ちる雨だれは、チタチタと(しずく)を垂らしている。


「落ち着いてから、報告にいこうと思っていた。」

オレが言うと、アリゼはしげしげとオレを見て

「アンタ、雰囲気が変わったね。」

『?』

「何ていうか、・・(すき)が無くなった。」

「そいつはなんというか・・そうなのかな。」


オレとしては、アリゼの変化の方が気になっていた。

何というか、艶っぽくなっていたのである。

ツイと髪をかきあげる仕草にドキッとする。


「見たから分かると思うけど、ターシャの具合は悪くなってる。

傷口が化膿してさ、治らないんだ。」

憂鬱な表情でアリゼは言う。


気分を変えたのだろう、表情がかわって、

「ポーションを作ってくれる聖職者の手配はOK。

材料さえ持ってゆけば、作ってもらえる。

かなりの手数料とられる予定だから、念の為。」

「了解。」



沈黙が訪れた。

オレ達は黙って雫が落ちる音を聞いている。


「ねえ、アリゼ。」

「ん。なに?」

「今回のお礼なんだけど、色々考えた。」

オレが言うと、

「お礼なんていらない。アンタが考えて納得して私は動いた。それだけ。」

少し怒る。

オレは首を横に振って、

「気持はありがたいけど、これはオレの気持ちの問題。

今回採ってきたアイテムの1/3を分けようと思う。」

書き出したばかりのアイテム目録を見せる。


ざらっと見たアリゼは呆れて、

「アンタねぇ・・ソロで期間が短かったのに。こんなに採ったの?」


ジッとオレを見てため息をつく。

「これで『いらない』って言っても、何かの機会に渡しちゃうだろうし。

・・わかった。ありがたくいただく。」

オレはニヤッと笑い、

「それでこそアリゼだ。」


部屋から退出する際、

「ポーション製作はいつ行く?」

「明日、さっそく。」

「了解。」

アリゼは帰っていった。


誰もいなくなった部屋で、一人オレはため息をつく。

「これが終わったら、もう1つ、大きなヤマが待ってるな。」


そう、面倒は、まだこれからなのだ。




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