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相棒が凶暴  作者: 猫山音王
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四話 変身

 悪寒が走る。尋常ではない汗が全身を隈なく汚していく。怖い。兎に角、怖い。


「落ち着かない」

『入園とはそんなものさ』

「そういう問題じゃない」

『肩の力を抜いて、深呼吸しましょう。緊張がほぐれますよ』


 多分、彼等が想像している緊張と、自分の中の緊張は違うものだ。皇輔は、馬車の内装を気にしながらそう思った。無数の視線が、自分に集中している。そう、本物の”目”が至る所に貼り巡らせられているという、確実にガタリが選んだであろう馬車に乗っている。それがまた、気味の悪い動き方をするものだから、心が安らがない。人の視線を感じることはよくあるが、目玉の視線は浴びた経験がない。


『暇潰しにでも、もう少し学校と契約について説明しようか』

「確かに、全く聞いてないよ」

『界立育成学園。その名の通り、魔界を住処とするものがほぼ必ず通う矯正機関。科は七百六十科あり、魔界でも五本の指に入る程の学校だ。卒園生は私を含め、私たち魔王の十二破滅戦争に参加した悪魔や、ニンゲンの世界で疫病や不治とも言われていた様な病を生み出した悪魔が在学していた。組み分けは上から、キング・クイーン・ナイトα・ナイトβ・ビショップR・ビショップG・ポーンと七組になっていて、現在ポーンだけがいないのかな」


 と、言われても実はあまり興味はない。将来、ガタリの補佐役としてしか生存できる可能性がない皇輔にとっては、成績が良ければ特に望むものはない。別に、補佐役としての学力が維持できる、又はそれ以上の実力を保持していれば、学園生活を楽しもうと、楽しまなくとも、楽しめなくとも、関係性はないのである。彼にとって学園生活は生死を賭けた唯の個人戦なのだ。命がかかっている。


「そんなことより、前に言ってた契約について話してくれ」

『いや、もっと校風とかに関心はないのかな?』

「成績を残せば、後は何をしても自由だろ?」

『正直、あまり成績は心配してないよ。ラーンドとの勉強で粗方十分だからね』

「あの地獄のか、、、、。じゃあ、何で通うんだ?他の魔王にバレる危険性があるのになんで?」

『悪魔同士の繋がりを作ってもらう』

「確か、、、、悪魔は性格的に群れるのを毛嫌いすると教わったが、可能なのか?」

『全くその通り。誰も彼も孤独を好み、私の様に顔の広い者は一握りなので、可能性としては、、、ほぼ無理』


 それは、自分が悪魔の中でも浮いていると言っている様なものではないだろうか。悪魔にすら奇抜だと思われる彼は、普段は残りの魔王十一人からどんな扱いを受けているのか。密かに気になる皇輔だった。 

 彼によると、次第に一対一での戦闘が退屈になってきたと。複数での戦闘を流行らせたい。つまり、彼等の暇を紛らわせろと。其れも立派な補佐の務めだそうで。全く、理不尽極まりなし。哀しきかな補佐役。


「そういえば、声を元に戻したんだな」

『他の魔王に君のことを勘づかれたくないからね』

『魔王様』

『そうそう、契約だったね。今回、この学園に編入するにあたって、ニンゲンだと気付かれると他の奴等に私が怒られるので、君と契約することにした』

「あくまでも、俺の為ではないんだな。で、契約することで、俺に何をするんだ?」

『何かする前提で話が進められる辺り、私の傾向が読めてきたんじゃないか?』

「えっ、嫌だな」

『素直な感想ありがとう。さて、君にすることは幾つがあってね。まず一つ』

『じゃん』

『体の、構造を無理矢理変形させる』

『二つ目』

『じゃじゃん』

「ラーンド続けるの?それ」

『体に一つ、入れ墨を入れる』

「何故?」

『最高位となる悪魔と契約を結んで、唯なんてことはあり得ない。ちゃんと、私がいるという証拠を残させてもらうよ』

「スーパー銭湯とかはいれなくなるんだが」

『大丈夫。一種の幻覚を作るみたいなものだから』

『ガタリ様の様な上位層の悪魔を呼び出すには、命を懸けた代償が必要となります。コウノスケ様は今回、入れ墨での御契約なので、かなーーーーーーーーり譲歩していると言えます』

「はぁ、そう?」

『前例で言いますと、財産や肉欲の充実、地位の向上の代価として魂や心臓等の臓器を契約者から頂いております』

「母さんが妹の内臓を喰っていたのは何でだ?捧げるものなんだろ?」

『悪魔によって、嗜好が異なるのです。ガタリ様は、契約者の体の一部に生贄を取り入れさせる形をお取りになられています』

「つくづく思うけど、ガタリはやっぱり趣味悪いな」

『はいはい、下らないことは後にして早速寝間着を脱いで』


 ここで、学園に向かっているのにもかかわらず寝間着姿でいさせられた理由を理解した。上半身裸、通称上裸になった自分の胸に包帯が丁寧に巻かれた手が押し付けられる。古ぼけた布が大分埃臭い。暫くして、彼が彼自身の右手からガタリが自分の中に潜り込んできた。メリメリと音を立てながら、自分の腹に腕が刺さっているが、全く痛くない。少し、鳥肌が立つが。


「気持ち悪い」

『直ぐ終わる』

『動いてはいけませんよ』


 彼の爪先が消え、静寂が訪れる。誰も喋らない。終わったと思い、ラーンドの方を振り返ろうとした時、それは起きた。


「いっ、、、、、、、、、だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


 感じたことのない痛みが、頭と背後それに、喉を襲った。焼く様な、刺す様な、捻る様な、潰す様な、砕く様な、斬る様な、咬む様な、捥ぐ様な、剥がす様な、変える様に、広げる様に、出て来る様に、突き破る様な感覚が、神経という神経を根こそぎ千切っていく。

 今迄受け継がれてきた遺伝子が、嘲笑うかのように変更される。本能がそれに全力で抵抗している様だ。ニンゲンの体に刻み込まれている歴史が簡単に踏み潰され、消失して行く様を見ていることしか出来ない。悪魔の力はニンゲンが容易く手を出して良いものではない。皇輔は、そう感じた。暫く経って、痛みは去っていった。


『、、、、、あー、終わった?』

『ええ、もう完璧に』

『冷静に考えたら、角とか生やす必要なかったんじゃないか?ニンゲンもいるわけだし』

(そうもいかない。他の魔王の耳に入るのが困るんだ。私の周りにニンゲンがいるということが)

『ああ、そう。リスクヘッジな。、、、今気づいたんだけど、声も変わるんだ』

『はい、悪魔に限りなく近い存在となっております』

(あくまでも幻だから、格の高い悪魔に触られるのは避けてくれ)

『君の幻覚を無効化出来るのは、どの位存在する?』

(ラーンド。どの位だ?)

『そうですね、、、。魔界では他の魔王様辺りではないでしょうか。神の連中だと、其れこそ神話が後世に残る程の実力が必要だと推測します。ニンゲンでは太刀打ち出来る者は、現世では存在していないと思います』

『、、、本当に、たまにしか力を貸さないんだよな?』


 ガタリの返答はいつまでたってもない。一番怖いんだが。授業中に大事故とか嫌だ。本当に大丈夫だろうか。そんな心配を胸に、皇輔はラーンドに制服や髪を整えてもらっていた。この学園の制服は黒が基調で、両腕と両肩に三本ずつ白線が伸びている。頭には学生帽という、首から上は古風、首から下は最新式といった面白い格好になっている。



(いやはや、私が第二席の成績を残すことになるとは)

『はい?』

『魔王であるガタリが二番?』

(勿論、全力は尽くしていない。一生徒に遅れを取るほど、年は食っていないからね。だが、、、注意した方が良いだろうさ)

『?何故?』

『ガタリ様のお戯れに、追走出来る程の実力です。今のコウノスケ様では失礼ながら、歯が立つことはないかと』

(何はともあれ、気をつけ給え)

『了解』

(私も付いているのだから大丈夫だとは思うがね)


 そんな、未だ姿の見えぬ敵に話題を膨らませている内に、学園前の大きな建物の扉近くに馬車は止まった。よく辺りを見回してみると、他にも建物らしきものが点々と聳え立っている。目の前にあるのは、突出して巨大で如何にも豪華絢爛な様だった。軽く眩しい。

 入口には蒼い髪色をした、渋さが浮き出る老人が直立している。肌は恐ろしく白く、顔も無表情なので極めて不気味だ。ホラー小説に登場してそう。


『ようこそ、界立育成学園宿舎へ。従者の方、それに補佐役候補様でいらっしゃいますね。どうぞこちらへ』

『ガタリ、どういう事だ?何故俺が補佐役候補だと知られている?』

(みんな驚いてたよ。補佐役が見つかったことに)


 事後報告は残念ながら、受け付けていない。奴め、面白そうに笑うじゃないか。この野郎。どう想像しても、大勢の悪魔が入学早々押しかけるだろうが。果てしなく面倒臭い。彼は何か考えを持ってそんなことをしたのか?


(いや、唯の気紛れ)

『おい』

(お父様と呼んで良いんだよ)

『冗談は嫌いだと言ったはずだぞ』

(やれやれ。君を息子だと偽ったのは、保険だ。万が一他の魔王に何か言われても、色々と言い訳が出来る。他にも面倒な色恋沙汰が無くても後継者が出来て助かる)

『後継者?』

『魔王の補佐とは、実質ガタリ様に次ぐ、この国の王位継承権二位に座することとなります』

『それだと、ラーンドさんを超える程の知識や体力が必要だということですか?』

『はい、当然です』


 無理。その二文字が、頭の中を縦横無尽に走り回っている。先日のラーンド先生監修、過酷勉強会において、皇輔が死を覚悟して臨んだ地獄。彼はその中で、一つのことを学んだ。ラーンドは、出鱈目。攻撃は通らない。学力は頗る優秀。勝てる気がしない。いや、勝とうと思うこと自体間違いだという気がする。


『補佐、降りれないんだよなぁ』

(大丈夫だよ。何もこの前の様に、一日で終わらせる訳じゃない。ここで、色んな人と話したり、先日の勉強をかなり遅いペースで復習する様なものだろう)

『何も、私は知識だけでガタリ様の御世話係に抜擢された訳ではございません』

『違うのですか?』

『今の私が存在しますのは、この学園で学んだこと、コウノスケ様で例えれば先日の御勉強ですが、その他にも多くの方から、異なる事を山程学ばさせて頂きました』

『つまり、俺はこの学園で知識以上の補佐に必要な物を手に入れれば良いんですか?』

(大方、合ってるんじゃないかな?因みに、私達は何も教えないよ。自分で見つけ給え)

『えぇー』


 こんな流れで、知識以上のことを見つけ出す様に言われた。知識以上に大切な事とは何だろう?あの地獄では、補いきれないことがあるのか。ま、その内分かるだろう。じゃないと、生きていけないし。補佐になれなかったら、死ぬのだ。頑張らないと、俺。ガンバラナイト。


『頑張って下さい』

『はい、死なない程度には』

(ラーンドにはその言葉使いを続けるのかい?)

『特に断られてないからな』

『これから、私はコウノスケ様の従者という立場となります。教師と一人の生徒ではなく、執事とガタリ様の御養子としてお振舞ください。切り替えるのも大切な次期魔王様に必要なことですよ』

『補佐役でいいじゃないですか』

『言葉遣いを』

『いいじゃないか』

『貴方は確実に、魔王様になられます。その素質がおありなのです。ガタリ様がそう仰った。ならばそうなのです』

『補佐役=魔王とは思ってなかったなぁ』

(諦めた方が良い。私がもう決めたんだから)


 喧しいわ。其れにしても、過去に凄惨な戦争に参加して、魔界を壊滅させかけた男に追随する首席とはどんな奴だろうか。肉体に自信があるのだろうか。それとも、魔法に長けているのか。案外人間だったりして。とても気になる。


『どんな感じだった?』

(そうだなぁ、、、、銀色だった)

『、、、だけ?』

(後は興味が失せたから、記憶にないな)


 アホみたいに使えない。まぁ、仮にも七つの大罪を手中に収める男だ。傲慢で、怠惰。もしかしたら、嫉妬や強欲な一面もあるのかもな。一生徒に楽々勝てなくて悔しいのか?ざまあみやがれ。


(君はもうそろそろ、僕が中にいるということに慣れておいた方が良い)

『そういやそうだね』

『何かあれば、次期魔王様の席が危うくなることをお忘れなく』

『自ら望んでいるわけではないんだけど』

(やらないと死だ)

『それだけが問題』


 他の魔王にバレたら即死、卒園出来れば魔王というハイリスク・ハイリスクという、全くもって不本意な環境から、俺の学園生活は始まりの音を告げた。

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